第33話 夜更け

 雨の中、落雷が起きる。

 美羽は震えながら布団の中にいる。

 ネグリジェと甘い香りから、いけない気分になりそうだが、抑えねばなるまい。

 俺は美羽の手を握ると、落ち着かせるように口を開く。

「ほら。美羽。安心しろ。俺がついている」

「ん」

「俺がいる。美羽が怖いならこのまま一緒にいよう。だから落ち着いて」

「うん。ありがと」

 声が震えている。相当怖がっているな。

 あの完璧美少女である美羽がここまで怖がっているのが不思議なくらい。

 かみなりがそんなに怖いのか。

 俺にはどうしようもないが、このまま一緒にいることはできる。

「怖い。怖いよ……」

「大丈夫だ。大丈夫」

 俺はしっかりと両手を握り返し、そっと肩を寄せる。

 吐いた息は甘く暖かく感じた。

 ずっとこのままがいい。

 そう思ってしまった。

 落雷はまない。

「美羽。好きなことを考えよう」

「ん。好きなこと」

 逡巡しゅんじゅんする美羽。

 俺はその肩をギュッと引き寄せて、抱きしめる。

「な。好きなことあるだろ? 音楽とか」

「そう、ね。……でも、大輝と一緒にいるのが一番、好き……」

 恥じらうように呟く美羽。

「…………」

 言葉を失う俺。

「ふふ。なら良かった。俺が抱きしめているときも好きなことか?」

「ん」

 恥ずかしそうに俯く美羽。

 そっかそっか。嬉しいことを言う。

 ギュッと抱きしめると美羽は身じろぎをする。

「美羽。大好きだ。愛している」

「ん。わたしも、愛してる。だから、傍にいて」

 甘くべっとりとした感覚に俺は酔いを覚える。

 この甘言も、可愛い顔も。

 すべては俺のためにある。そう思えてきた。

 だって、俺に会うために化粧をして、俺のために言葉を投げかけてくれる。

 これって最高の気分じゃないか。

 俺はこんなに人を好きになったことがない。

 満足いくまで抱き合うと、すっかり空が晴れていた。

 月明かりに浮かぶネグリジェ姿の美羽。

 つやっぽい顔に、甘い吐息。

 無茶苦茶にしたい気持ちを落ち着かせるために、一度離れる俺。

「ありがとう。大輝」

「いや、いいって」

 俺はイヤホンをつけて再び音楽を聴く。

「その、なんでそうなっているの?」

「言わなきゃ分からないか?」

「う。なんでもない」

 恥ずかしそうに顔を伏せる美羽。

 その顔はサクランボみたいにまっ赤だ。

 しばらくして落ち着いた俺たちは、すっかり目が覚めてしまった。

「寝られないね」

「寝られないな」

 二人してクスクスと笑い合う。

「でも大輝の身体、ゴツゴツしていて暖かった」

「可愛い子が言うと違うな。変態ぼさがない」

「もう。もう。そんなこと言わないでよ」

 まあ、美羽が言っても変態的なのだけど。

 ちなみに俺は美羽の身体が柔らかくて温かく感じた。変態認定されそうなので、言わないが。

「でもおっかしいな」

「なにが?」

 美羽の言葉に疑問符を浮かべる俺。

「だって大輝とはずーっと一緒にいたのに、こんなに知らない一面があるんだもの」

「それは俺も同じだ。いやか?」

 ふるふると首を横に振る美羽。

「違うよ。大輝のいろんな面がみえて嬉しかった。こんな一面もあるんだ、って思えて楽しかった。だから、ありがとう」

「それは俺も同じだ。こんなに最高の彼女と出会えて、素敵な思い出もたくさんあって。そしてこうして今ここにいる。こんなに嬉しいことがあるもんか」

 美羽に思っていることを、言いたいことが沢山あったはずなのに、言葉にならない。

 なぜなのか分からないが、涙が流れてくる。

「大輝、泣いているぅ~」

「バカ。やめろ」

 布団から起き上がり、俺の頬を撫でる美羽。

「大丈夫。わたしはずっと一緒だから」

「違う」

「ん?」

「嬉しいんだ。美羽がこんな近くで感じられて。いつも一緒にいてくれて。だから俺は……!」

 いろんなことがあった。

 朝起こしてくれたり、洗濯をしたり、ゲームで遊んだり、掃除をしたり、ネコのチャオと遊んだり、昼食を一緒にしたり、読書や映画だって観た。

 こんなにも沢山のことを一緒に楽しむことができて、嬉しかった。

 楽しかった。

 そんな時間もそろそろ終わりだと思うと、俺は悲しくなる。寂しくなる。

 もう会えないと言うわけでもないのに。

 こんなにも近くにいるのに、まだ足りないとさえ思えてくる。

 ずっと傍にいたいと思わせてくれる。

 もっと頑張ってみようかと背中を押してくれる。

 そんな美羽が好きだ。大好きだ。愛している。

「そう。美羽を愛している」

「ん。わたしも大輝を愛している」

「だから――」

 何を言おうとしたんだろう。

 俺はこんなにも美羽を愛している。でもそれだけじゃない。

 大切に思っているからこそ、言えない言葉もある。

 ――結婚してくれ。

 そう言いたかった。言えなかった。

 だって俺たちはまだ高校生で、結婚できる年齢じゃない。

 経済的な自立もしていない。俺はまだ親のすねをかじっている。

 そんな状態で言えることじゃない。

 美羽もそれを分かっているのか、俺をギュッと抱きしめると、頭を撫でてくれる。

「大丈夫。まだ先の話だよ。だから、今はこれで我慢してね」

「うん。分かった。俺も頑張って良い会社に入って、美羽に楽させてやるんだ」

「うん。ありがとう」

 美羽は嬉しそうにはにかむ。

「わたし、大輝にこんなに思われて幸せだよ。本当に好きになって良かった。えへへへ」

 ニマニマと笑う美羽。

 おっぱいが顔に当たらないが、撫でてもらうと少し落ち着く。

 抱きしめ合うとストレスが減るホルモンが出るらしいが、そんな理屈はどうでもいい。

 俺は美羽の、その柔らかな身体を抱き寄せる。

「ずっとこのままがいいな」

「うん。わたしも」

 顔が熱くなる。心臓がうるさく跳ねる。

 でも悪い気分じゃない。とても嬉しく感じる。

 素敵な時間だ。素敵なことだ。

 これは。きっと。

 だからずっとこのままがいい。

 夜明けが近づいてきているが、離れたくない俺がいる。

 今日も、もうすぐに始まる。

 そんな夜明けを迎え、俺たちは抱きしめ合う。

「まだ」

「もうちょっと」

 二人してギュッとする。

 不思議と気持ちは安らいでいた。

 こんな日も悪くない。

「またお家デートするか?」

「うん! する!」

「そっか。そっか」

 俺は嬉しくなり、目を細める。

「もう。大輝のこと、大好きだよ」

 美羽も感極まったのか、泣き始める。

「うれし泣き?」

「ん。うれし泣き」

 そう言ってネグリジェの端で涙を拭う美羽。

「わたし、ずっとこうしたかった。ずっとこうしていたい」

「ダメだよ。また今度だね。今日は学校だぞ」

 俺はそう言って時計を見る。

 午前四時。

 時間も時間だ。

 甘い時間は過ぎていく。

 おうちでーと! は終わりを迎えようとしている。

 一日の間に刻まれた大輝と美羽の時間はこれでお終い。

 でもまたおうちでーと! をする。

 二人はどこまで言っても、ラブラブなカップルだから。

 甘々なカップルだから。

 尊いカップルだから。

 だから明日も頑張れる。

 お出掛けしても、おうちでも、楽しめる二人だからこそ、安心してスローライフを過ごせる。

 事件なんて起きなくていい。ラッキースケベもいらない。

 楽しいことだけあればいい。

 お家でデートする、それだけで良い。

 甘々イチャイチャな時間を、尊いと思う。

 これが全て。

 これで終わり。

 いったんの終わり。

 みんながどう思うかは分からないけど、美羽と大輝は一緒にいられてとても嬉しかった。愛し合っている。

 おうちでーと! は成功した。

 楽しいことばかりだった。

 嬉しことばかりだった。

「おうちでーと! いいな」

「うん。わたしも。もう一度しない?」

「いいね!」

 俺は美羽と再び、おうちでーと! の約束をする。



                               終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おうちでーと! 夕日ゆうや @PT03wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ