第16話 通話

 一息吐いたところで、スマホが振動する。

「ん? 誰だ?」

「どうしたの? 大輝」

「あー。姉貴からだ」

 そこにはスマホの画面に麻美あさみという表示がでる。

 通話をオンにすると、耳にスピーカーを当てる。

『もしもし? 大輝ー?』

「どうしたんだ? 姉貴」

『誰と電話しているの? あさねぇ』

 電話の向こうから妹の里奈りなの声が聞こえる。響くソプラノボイス。

「ねぇ。わたし知らない」

 袖を引っ張る美羽。

 少し寂しそうにしている。

「あー。姉貴の麻美と、妹の里奈だ。少し挨拶するか?」

『誰と話しているんだい? 大輝ー』

「ああ、わりぃ。彼女とデート中なんだ」

 電話越しにガタガタと何やら音をたてている。

『ま、まさか無から有を生み出すとは……!』

「いやまぼろしじゃないからな? ちゃんと実在するからな?」

『あの朴念仁ぼくねんじんな大輝おにぃが?』

 里奈まで、酷い!

「じゃあ、代わるからな。ちゃんと挨拶するんだぞ」

 俺は里奈と麻美に言い聞かせ、美羽に代わる。

「もしもし。大輝、いえ大輝くんの彼女の実沢さねざわ美羽です。よろしくお願いします……。え、はい。えーっと。ははは……」

 困ったように髪をくるくるといじる美羽。

「なんだ?」

「ん。ちょっと待ってね」

 美羽は再びスマホを当てると、話を聞き続ける美羽。

 なんだろう。どんな話をしているんだ? 気になる。

 美羽が引くような過去はないだろうし。

 いや、待てよ。姉貴のことだ。美羽を困らせるような発言をしているかもしれない。

「美羽。無理はしなくていいからな」

「うん」

 美羽がとろけるような笑みを浮かべて応えてくれる。

 でもなんでそんな顔をしているのだろう?

「はい。大丈夫です。わたしは覚悟を決めましたから」

 覚悟? なんの? 怖いな。

 ホラーって実在するんだな。

 俺は震えながら、電話が終わるのを待つしかない。

「ん。終わったよ」

 そう言って返してくる美羽。

「お、おう!」

 耳までまっ赤にした美羽はどんな思いでいるのか。

 スマホを受け取ると、姉貴に文句を言う。

「俺の美羽に何を言ったんだ?」

 少し怒気をはらんだ声になる。

『たいした話はしていないって。でもあんた相当良い子と出会えたねぇ~』

「あー。まあ、そうだな」

 ? とクエスチョンマークを浮かべ、小首を傾げる美羽。

『可愛いでしょ? 声からして可愛いもんね! 今度写メを送ってよ』

「写メって古いって。姉貴の年齢バレるって」

『うっさい。ほら里奈も何か言ってやりな!』

『おにぃ。卒業したの?』

 中学三年の里奈が不思議そうに声を上げる。

「卒業? 何の話だ? 高校は二年だから来年だよ?」

『うん。なんでもない。さすが大輝にぃだね』

「お、おう? ありがと?」

 俺は訳も分からずに反応するが、美羽を口をはさむ。

「なんで疑問形なのよ……」

『まあでも、あんたが彼女をつくっているなんて驚きだよ』

 姉貴がテンション低めで呟く。まるで残念そうに言っているので、なんだか困惑する。

「いや、なんでテンション低いんだよ。姉貴」

『だって、私の大輝が他の人のものになるんでしょ? いやよ……』

「いや、弟の人生を祝おうぜ?」

『里奈も残念だよ……』

 なんで里奈まで!?

 俺は驚きで困惑する。なんで恋人ができたことに喜べないんだよ。

 弟、兄の祝福は家族の祝福じゃないのかよ!

『だって。おにぃが先駆けするから~』

『私たちのことを忘れてイチャイチャラブラブしているから~』

「いや、そんなことしてねーし!」

 俺はそんなにイチャイチャしていない。美羽を大切にしているし、いやらしいことは一つもしていない。健全な付き合いをしている。

 だから姉貴や里奈に言われる筋合いはない。

「健全な付き合いをしているからな? 勘違いするなよ?」

『あー。その調子だと長そうだね。美羽ちゃん、かわいそー』

 姉貴が悲しげな声音で応じる。

 いやなんで美羽が可哀想なんだよ。

 まったく失礼な奴だ。

「美羽とは良い関係性を築きたいんだ」

 俺は怒りを覚えるが、少しマイルドに返す。

『へぇ。それで、ねぇ?』

 里奈に同意を求めるかのように呟く姉貴。

『あたしもそう思う。可哀想だよー』

「……なんで里奈まで……」

 俺は言葉に窮する。

 二人に言われると、確かに俺が悪いことをしている気分になってくる。

「な、なら何をすればいい?」

『それはキスとか?』

 恋愛経験豊富な姉貴は、にししと笑いながら言う。

「いや無理だろ」

 付き合ってまだ三ヶ月だぞ。心の準備ってものがある。

『ヘタレ』

「ふぐっ!」

 里奈に言われてダメージを受ける俺。これは毒だ。テトロドトキシンだ。

 あ。フグ食べたい。

 そう思わせる一言だ。

『里奈も言っているし、大輝も本気で向き合うべきだとお姉さん思うなー』

 こんなときだけお姉さんぶるんだ。

 まあ文句は言えないけど。

「でも美羽はどう思うか……」

『大丈夫よ。大輝のこと大好きみたいだし?』

「そ、そうかな〜」

 俺は少し上機嫌になると心配そうに見守る美羽が視界に入る。

 手招きするとそばまで寄ってくる。

 犬みたいに尻尾を振っているような気がする。

『きーすっ! きーすっ!』

 姉貴がはやし立てる中、俺は美羽の唇を見つめる。

「ど、どうしたの? 大輝」

「いやなんでもない」

 俺はスマホを持ち直し口を開く。

「やっぱり今は無理だ。そんな気分じゃない」

『ええ――――っ! つまんないの!』

『バカおにぃ』

 姉貴の奥で里奈まで文句を言う。

 いやだって、美羽はほけっとしていて乗り気じゃないし。

「お姉さんとどんな話をしていたの?」

 今もボーッとした様子の美羽がそう尋ねる。

「あー。なんでもない」

 俺は困ったように頭をガシガシと掻き視線をそらす。

 内容を聞かれたくはない。

 俺がそそのかされてキスしようとしたなどと。知られたくはないのだ。

「もしもし。お電話代わりました」

「んん――っ!?」

 気がつけば俺のスマホを握っている美羽。

「大輝くんに何を言ったのですか?」

 聞いちゃったよ!

 聞きましたよ!

 さすが美羽。躊躇ためらいがない。

 話を聞いているうちに頬を赤らめる美羽。

「そ、そうだったのですね。はい、あ、はい」

 何やらやり取りをしていると美羽は自分のスマホを取り出す。

 そしてLionのIDを言う。

「待て、姉貴と連絡先の交換か? やめるべきだぞ」

「大丈夫。だいきには迷惑かけないから」

「いやでも」

 あの姉貴のことだ。どんな悪知恵を働かせるか、分かったもんじゃない。

「あ、はい。来ました! ではのちほど」

 美羽は丁寧に対応するとスマホを俺に返してきた。

「姉貴。美羽に変なこと教えるなよ?」

『あんたのパソコンの中身とか?』

 ぐっ。そこにはエッチィフォルダがある。

「なんで知っているんだ?」

『さぁ? なぜでしょう?』

 姉貴のことだ。どこで何をしているか、分かったもんじゃない。

「とにかく! 美羽には手を出すなよ」

 自分でも驚くほど低いトーンになり、内心焦る。

『おー。怖いね』

 姉貴はびくともしない。さすが姉貴。

『でも大輝にもそれだけ大切な彼女ができたわけだ。大事にしなよ』

「そんなの言われるまでもない」

『ま、そっか。大輝は大事にしすぎるくらいだものね』

『大輝おにぃ。今度オンライン対戦しよ?』

「ああ。いいぞ。楽しみに待っているからな」

『うんとね。そのときはぜひ美羽さんも一緒に』

 甘えた声が耳朶を打つ。

 里奈は本気で遊びたいだけらしい。姉貴も見習ってほしい。

 じゃあそろそろ切るよ。

『あーはいはい。これ以上、二人の邪魔をしては悪いし』

『じゃあね!』『じゃあの』

 里奈と姉貴が別れを告げると俺はため息をはく。

「なんだかにぎやかな家族だね」

 美羽はなんだか嬉しそうに呟く。

「うるさいだけだって」

 疎ましく思う気持ちがある。でもそれだけないのは確かにある。

 美羽が傍に寄り添い、こてんと頭を預けてくる。

「わたしの家族になるかもしれない人たちかー」

 その言葉にドキッと胸がはねた。

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