第26話 イヤホンを直す
「大輝~」
泣きべそを掻くように近寄ってくる美羽。
腕に胸が当たっているが、気にした様子はない。
「な、なんだ?」
「イヤホン壊れた。片方しか聞こえないよ……」
「あー。今どき有線なのか。分かった直してみる」
俺はイヤホンを受け取ると、自分のスマホに差し込み、音楽を流す。
「何しているの?」
「接触不良なところを探しているんだ」
俺はイヤホンのコードを少し触りつつ、確認する。
コードの中で断線しているとなると、こうして動かすことで時折、つながることがある。音楽が聞こえてくる場所で断線しているのなら、直せる。
音楽が一瞬聞こえた場所を把握し、俺はナイフとニッパーでその場所の絶縁体を剥がす。
「あった」
「何があったの?」
「導線が切れているんだ。ほら」
俺が美羽に見せると、断線したコードがみえる。
「ホントだ。これが原因なの?」
「そうだ。引っ張ったり、折りたたんだりするとよく起きるんだよ」
俺は説明しながら、
ちぎれた導線同士をはんだでくっつけると、その周りをビニールテープで巻き付ける。
「ほら。これで直った」
一度、俺のスマホで音楽を聴いてみる。
「うん。直っている。安心だ」
俺は直ったイヤホンを美羽に渡す。
「わぁあ。さすが大輝。なんでもできるね!」
「それを美羽が言うか?」
ハテナマークを浮かべる美羽。
「まったく自覚がないのかよ。完璧美少女さん」
「あー。言わないでって言ったのに!」
美羽は〝完璧美少女〟と呼ばれるのに抵抗があるらしい。
まあ、でも勉強ができて、音楽ができて、水泳ができて。おまけに顔立ちが整っているのだから、そう呼ばれても不思議ではないのだが。
「分かったよ。美羽」
「もう。大輝の意地悪……」
「そうは言うが、成績も運動もできる、その上可愛いんだから、少しは自覚してくれ」
「もう。もう。もう! そう言うところだよ。なんで自然に褒められるのさ」
そう言われても、俺にとっては完璧だからな。
「大輝の方がすごいのに」
「そうか?」
「だって。成績優秀だし、技術力があるし、運動は苦手だけど、友達も多いし。それにイケメンだし」
イケメン。
飯田にも言われたことがあるが、そうなのか? 俺には分からない。
鏡でよく見る顔は、平凡なものと信じてきた。
だから違和感があるのだ。
「あ。でも俺も自覚がないだけなのか……?」
「そうだって。何度も言っているじゃない」
美羽はふくれっ面を浮かべて言う。
「そ、そうなのか。でも美羽だって」
「わたし、ずる賢い人だよ?」
首を傾けながらさらさらの黒髪を揺らす。
そんなにずる賢くはみえないが……。
「だって、大輝と他の子が噂になっていると、わたしと付き合っているって言っていたもの」
「……!」
付き合う前の話だ。
裏でそんなことを言っていたなんて、驚きである。
でもそれが少し嬉しく感じるのは、俺の感覚がマヒしているのかもしれない。
「それでか。周りの目がおかしいなーと思っていたら」
噂のせいで、俺は付き合ってもいない美羽と一緒にいることが多くなった。
すべては美羽に目をつけられた時点で決まっていたのかもしれない。まあ、可愛い顔立ちをしているし、完璧だし。断る理由なんてなかったけど。
それでも俺の中では幼馴染み。そのイメージが強かった。
だけど、告白をしてきた美羽の涙には負けた。
俺が攻略される側だと、そのとき気がついた。
良くも悪くも俺たちは幼馴染み。距離感が近すぎたのだ。
意識したのは最初のデートのとき。
普段着てこないようなワンピース姿にドキッとしたものだ。
素が可愛いから、俺もあのときは参ったものだ。
そして三ヶ月後。それが今の俺たち。
同級生で、幼馴染みで、恋人で。将来を誓い合う関係。
そんな俺たちを祝福してくれる人は多かった。
まずは飯田、それに武雄。他にも
嬉しい限りだったが、俺にとっては美羽においていかれるんじゃないか? という不安がまだ残っている。だから勉強だけでも勝つ努力をしている。
天才美羽に釣り合うために。
俺の直したイヤホンを手にして音楽を聴き始める美羽。
「あ。すごい。ホントに直っている」
「俺は嘘はつかないぞ。美羽と違ってな」
「いいじゃない。結果的に付き合えたのだから」
策士な美羽は全部予定調和だったのかもしれない。
でもそのたびにドキドキしていた俺。なんだか悔しい。
「美羽」
「ん?」
声をかけるとイヤホンを外し、髪をいじる美羽。
「キス、しないか?」
その言葉に硬直する美羽。
キス。
今まで一度もしたことがない。
それは俺だけではなく、恐らく美羽も。
これまで付き合った人もいなければ、お互い初恋の相手。なら――。
「や、やめておこうよ」
「なんで? 嫌いか?」
「そうじゃ、ないけど……」
顔を赤らめ、ふるふると力なく横に振る美羽。
「こういうの、って雰囲気が大事じゃん」
髪をくるくるといじりながら、うつむく美羽。
「……ふ」
「ふ?」
「ふふっふふうふ!」
俺は笑いを堪えきれずに決壊してしまう。
「ホントにすると思ったんだ!」
「あー! 意地悪! 絶対からかったでしょ!」
美羽は思いっきりを顔を膨らませて怒りを露わにする。
「大丈夫だって。タイミングなら見計らっているから」
「え!」
「いつかはするよ。今じゃないけどね」
「もう。もう。もう! びっくりさせないでよ!」
美羽は照れくさそうに声を荒げ、俺を上目遣いで見てくる。
「ホントに、しないの……?」
それはまるで求めているかのように聞こえてくる。
「ないない。俺、そこまでふしだらじゃないからな」
そう言って前に壊れたイヤホンと、その延長コードを出す。
それもはんだでくっつけると、音が出るかのテストを行う。
「それ、高いイヤホンじゃなかったっけ?」
そう。今直しているイヤホンはノイズキャンセリングつきの何万もしたイヤホンだ。これを直せば、まるっと7万得する計算になる。
だけど――。
「こういうのって素材が違うんじゃないのか? はんだでくっつけて大丈夫かな?」
「前の性能でなくとも、きっといいと思うよ」
「そうだな」
美羽の後押しを受けて、高級イヤホンも直してみる。
直したイヤホンで曲を聴くが、ノイズキャンセリングはできている気がする。
「うん。大丈夫そうだ」
「ん。わたしも聞く」
俺は美羽に高級イヤホンを渡して、その性能を確かめてもらう。
「だいたいいいね」
そう言って美羽は音楽にのめり込む。
もともと音楽が好きな美羽だ。
高級イヤホンを欲していたのかもしれない。
今度、ちゃんとしたものをプレゼントしよう。
そう思えた。
でも餅は餅屋に、とはよく聞く。音楽に詳しい美羽に、音楽関係のものを送るってまるで仙台の人にずんだを送るようなものなのではないだろうか?
考えが仙台すぎて分からないかもだけど。
「ん。いい曲」
感慨深そうに音を聞く美羽。
「深緑と真紅のコントラストがいい」
天才美羽は時折、音を色で表す。
それこそ、天才ゆえんの言葉だ。
俺には理解できない領域に彼女はいる。
これが俺が劣っていると思う理由の一つ。
「俺にも聞かせろよ」
甘い言葉で言うが、その裏は少し嫉妬している気もする。
「ん。いいよ」
イヤホンを借りて聞く。
色には聞こえない。
でもいい曲だ。
嫉妬していた俺がアホらしくなるほどに。
このBPMが心地良い。
嫉妬心が洗われるような気分。
黒くよどんだ感覚が晴れていくような。そんな気分になる曲。
「いいな。これ。歌手は?」
「ん。わたしだよ。ほら」
見てみると
原曲うみ、歌手うみ。
ちなみに美羽のアカウントは「うみ」が多い。
しかし、
オーマイガー。
オーマイガー!
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