第25話 水槽(アクアリウム)

 俺の部屋にはアクアリウムがある。

 まあ簡単に言えば水槽の魚を見るだけだ。もちろん餌や水質管理もしなければならないが。

 でも俺はLEDにきらめく魚たちを綺麗だと思っている。

 疲れた身体を癒やすのにはちょうどいい気分転換になる。

「グッピーだっけ?」

 美羽が後ろ向きで四つん這いになり、水槽を眺める。

 お尻の形を隠すようにスカートが伸び、腰のスカートが少しめくれている。

 胸の方も重力に負けて、少しみえそう。

 そんな無防備な美羽を見て、思うところもあるが、これだけ無防備なのは俺の家だから。たぶん。

 一応言っておこう。

「美羽。みえそうだから自重して」

「え。あ、うん。ごめん」

 美羽は謝ると、水槽の前で座り直す。女の子座りだ。

「これがグッピーだよ。綺麗だろ?」

「むぅ。他の子に綺麗って」

「え。なんで?」

 美羽はぷくりと頬を膨らませる。

「だって。綺麗って言われたことないもの」

「いや、だって美羽は可愛い系じゃないか。綺麗な肌はしているけど……」

 言い終えて気がつく。

 まるで変態みたいな言い分だ。

 これじゃあ、美羽にもがっかりされたかも……。

 ってあれ!?

 美羽を見やると顔を赤くして、背けているではないか。

 まるで照れているように。

「ど、どうしたんだ? 美羽」

「な、なんでもない」

 面はゆい気持ちになり、二人してしばらくそのままだった。

「もう。もう。そういうところだよ」

「わ、わりぃ……」

 美羽の表情が険しくなる。

「ん。理由も分からずに謝るのは良くないと思うな」

「いや、これは不愉快にさせてしまったことに謝っているだ。理由についてじゃない」

 俺はふるふると首を振り答える。

「……そっか」

「そろそろ、水替えしなくちゃ」

 俺はバケツやらホースやらを持ちだして、水槽の中の水を入れ替え始める。

 まずは三分の一の水を抜いて、新たにカルキ抜きをした水を用意する。水温は水槽の水と同じにする。

 魚は水質の影響を受けやすい。いきなり環境を変えると病気につながるし、最悪死ぬことだってある。

 慎重に水を入れ替えると、今度はフィルターを掃除し始める。

 餌や糞などで水質が汚れてしまう。

 水槽の壁にはこけが広がっている。それを掃除する。

 美羽と一緒にやっているからか、あまり苦にならない。

「美羽。こっち持って」

「ん」

「ありがと」

 そんな短いやりとりでも美羽の暖かさが伝わってくる。

 水槽の掃除を終えると、美羽がお茶を出してくれた。

 そんなお茶を片手にアクアリウムを楽しむ俺。

「なんか。こういうのもいいなぁ~」

 俺はお茶で喉を潤すと、のんびりと眺める。

「そう? 魚は綺麗だし、可愛いね」

「だな」

「チャオが食べないか、不安になったときもあったよね?」

「ああ。蓋をすることで解決できたけどな」

 蓋をしたらチャオは無駄だとわかり魚を狙うことはなくなった。

 でも酸素を吸入する穴は空いている。

 餌も一週間に一回供給するだけで自動であげるものを買った。

 アクアリウムに使った石や水草も買いそろえた。

 最初、美羽はあんまり好きじゃなかったみたいだけど、情が湧いたのか、今では積極的に手伝ってくれる。

 嬉しい。

 美羽も俺と同じ気持ちを共有していると思うと、やはりいい。

「美羽、ありがとな」

「ん。さっきのことは許す」

「許された……!」

 美羽はけっこうさっぱりしている。だからすぐに許してくれる。

 これは彼女にして最高だな、と思う点の一つだ。彼女の魅力だ。

「美羽が彼女で良かった」

「大いに褒めるがいい」

「その美羽も可愛いよ」

 耳もとでささやくと美羽は顔を赤らめ、身をよじる。

「ん。もう。大丈夫」

「そんな控えめなところも素敵だよ」

「もう。もう。もう! わたしを大輝はどうしたいの!」

 どうしたいんだろう。

「抱きしめたい」

「~~~~っ!?」

 耳までまっ赤にする美羽。

 パタパタと両手を扇いで顔を冷やす。

 しばらくしてグッピーを眺めていた美羽は、口を開く。

「いいなー。一緒に泳ぎたい」

「あー。美羽は泳げるもんな」

「うん。クロールで地区大会優勝」

 改めて聞くとやはり美羽はすごい。

「でも、魚たちと泳ぐのも悪くないかも」

「ダイビングってこと?」

 俺が気になり訊ねてみる。

「うん。綺麗な海で潜ってみたい」

「沖縄とかの珊瑚礁さんごしょう辺りが楽しいんだろうな」

 ふと美羽の水着姿を思い浮かべる。

 白いフリルのついたビキニ姿だ。

「う。鼻血が」

「何を想像したの!? たぶんだけど、ダイビングはぴっちりしたダイビングスーツだよ!?」

「あー。それもそうか」

 鼻血が収まると、俺は冷めた目で眺める。

「まあ、それはおいておいて、ジュゴンとかと一緒に泳ぎたいな」

「あの人魚伝説の?」

 美羽は目をキラキラ輝かせてのぞき込んでくる。

「ああ。ジュゴンは人魚に間違われて、その肉は永延の命をもたらすと言われているな」

「そう言えば人魚は綺麗な声を持つことから最初は人間の半身に鳥の下半身だったそうだよ」

「へ~。それは聞いたことがない」

「ミウィキペディアに載っていたよ」

 情報源がそこかー。

「あー。たまに間違えているから鵜呑みにするなよ?」

「分かっていますって」

 美羽はどこか不満そうに呟く。

「今度、水着買おうっと」

「気が早いな。まだ夏じゃないぞ」

 俺は美羽の水着を見たい気持ちを抑えつつ、美羽を落ち着かせる。

「ん。でも今の時期の方が安いから。それに……」

 美羽は自分の胸の辺りを手で触る。

「もう。成長しないもの……」

「あー……」

 俺はなんと言っていいのか分からずにいたたまれない気持ちになった。

「そういえば、胸の成長には睡眠が必要と聞いたことがあるな」

「ホント!? なら今から寝れば効果あるかな?」

「いや、どうだろう?」

 高校生って成長期なのだろうか?

 それにしても美羽は睡眠不足であることがあるけど、いったい何をしているんだ?

「美羽」

「ん?」

「寝不足が多いけど、何をしているんだ?」

「え……。ひ み つ♡」

 指を唇に当てて妖艶ようえんに言葉を放つ美羽。

 こんな顔もできたんだ。

 そう思い、ドキッとしてしまう俺。

 そんな言い方をされたら、俺は口を閉じるしかなくなるじゃないか。

「もう。今から寝る!」

「いやいや、俺はどうすればいいんだよ?」

「ん。膝枕!」

 膝枕……?

「へ? 俺が?」

 こういうのって女子がやるからいいのではないのか?

「俺が膝枕になってもあまり良い気分ではないのでは?」

「いいの! 女子だって憧れるんだから!」

 そう言うものか?

 分からないが、美羽が言っているんだ。嘘でもないのだろう。

 俺は美羽の頭の近くで正座する。

 美羽は頭を俺の太ももに乗せると、満足げににんまりと笑う。

 あ。ちょっと暖かくてくすぐったい。

 なんだろう。けっこう重い感じがする。でも言う訳にはいかないよな。

「美羽、寝られそうか?」

「ん。無理」

 ギンギンと目が冴えた美羽がそこにはいた。

「いや、やっぱり膝枕でなくていいんじゃないか?」

「でもせっかくだし、もう少し堪能する」

「お前はおっさんか!」

 俺は膝がしびれてくる感覚に、まさにしびれを切らす。

「起きろ。俺がもたない」

「もう、意気地のない大輝」

 美羽が頭をどかすと、俺は足を伸ばし、血流を流すようにマッサージする。

「まず、正座の練習が必要だな」

「しびれるなんて、予想外なの」

 美羽は残念そうに呟く。

「あー。わりぃ。今度までにはもう少し耐えられるようにしておくよ」

「うん。お願いね!」

 笑みを浮かべ、会釈する美羽。

 そんな姿も絵になる。

 最後に水槽の前で俺と美羽の記念撮影をして終える。

 水槽に餌が落ちると、グッピーたちは水面めがけて泳ぎ出す。

 やっぱり餌に釣られるんだな、となんとなく得心する。

「今度はわたしも膝枕してあげる」

「ホントか!? やっほー!」

 俺はテンションが上がり、ガッツポーズをとる。

 それに驚いたのか、美羽は目を見張る。そして顔をほころばせる。

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