第6話 お掃除

「ほら。お掃除して」

「ええ~。あとでいいじゃん」

「お昼前にやっておかないと気が済まないのよ。それにここ酷いし……」

 ちらっと家の中を見渡す俺。

 そこかしこに本が乱雑されているし、カップ麺の容器も残ったままだ。

「それは……たははは」

「もう、放っておくとすぐこうなるんだから」

 ぷりぷりと怒り出す美羽。

「あ。これ!」

 美羽がぷくっと小さく頬を膨らませ、俺に言及してくる。

「エッチな本は買っちゃだめでしょ!」

 美羽の手には女の子が下着姿で映っている写真集があった。

「ち、違うって。それはアイドルのグラビアだから!」

「ふーん」

 パラパラとめくり、内容を審査する美羽。

「確かに胸は大きいけど……」

 内容を見ていた美羽が眉根を跳ね上げる。

 バンッと机に叩きつけて、怒りを露わにする。

「こんな巨乳が好きなのね! がっかりだわ!」

「いや、違うぞ?」

「何がどう違うのよ!」

 半泣きになりながら写真集を握りしめる美羽。

「貧乳の写真集は売っていない」

 そのとき、美羽に電流が走った。

「そ、そっか……。って! ええ!」

 気がついてしまったのか美羽よ。

「じゃあ、貧乳はお払い箱ってこと! そんなの!」

 そうこの世界は欺瞞で満ちている。

 巨乳の子しかグラビアアイドルをやっちゃいけないのだ。

 貧乳はステータスだ、貴重価値がある。とはオタク界隈でしか認められていない。一般化されていないのだ。

 そして貧乳=ロリの称号を与えられ、その貧乳の魅力に気がつかない者も多く存在する。

 貧乳と大人は両立できるのだ。いやしなくてはならない。

 そのために我々貧乳派は存在するのだから。

「しかしなんていうアイドルだ? けしからんのは」

 未だに納得いっていない様子の美羽。

静流川しずるがわ夏鈴かりんさんだよ。可愛いだろ? 特にその目。まるで美羽を見ているかのようだ」

「ええ。違うと思うんだけど……」

「その綺麗な足や腕は美羽そっくりだよ」

「んっ。もう……!」

「ただ、巨乳なんだよな…………」

 長いため息を吐くと、美羽が困ったように眉根を寄せ、頬を掻く。

「はいはい。でも捨てるわよ」

「え。他の女の匂いがするのは勘弁」

 そう一刀両断されたら、俺の立つ瀬がない。

「……分かったよ。その代わりに、美羽の写真撮影に付き合ってもらうからな」

「え。下着になれ、って?」

「ば、バカ。そんなんじゃないよ!」

「ふふ。冗談よ冗談」

 冗談で安心していると本当にゴミ袋に放り込む写真集。

「後顧の憂いは立ったわ。さあ、次はこのカップ麺たちね」

 中にはちゃんと洗われていないものもある。使い古した箸が乱雑に机の上を転がっている。

「あーあ。これじゃあ、匂いが染みついて新しいのが必要じゃない」

 ブツブツと文句を言いつつ片付けを始める美羽。

 カップ麺の容器を洗い終えると、今度はゴミ袋にまとめていく。

「今度は本ね。ラノベばかりじゃない」

「しょうがないだろ。俺の唯一の楽しみなんだから」

「それはラノベに敬意をもってから言うべきね。こんなに乱雑に置かれていると本が可哀想よ」

「あ。そこのラノベはまだ読んでいない奴だ。こっち片付けて」

「もう。命令するなら自分で片付けてよね」

「悪いな。でも手伝ってくれるものな」

「当たり前でしょう。仮にもあなたの彼女なんだから!」

 怒っておいて冷静に考えるとハズいセリフを言っていると気がつき、美羽は顔を赤らませる。

「もう。何を言わせるのよバカ」

 バカに愛が籠もっている。

「言ったのはそっちじゃん」

「うー。うるさいな! じゃあ、そこの未読の本をどかして」

「お、おう」

 俺は積んであった本を枕元に移動させる。

「未読の本、何冊あるのよ……」

「ひいふうみい…………。四十冊くらいかな!」

「よく笑顔で言えたわね。まったく。そんなに買って結局読まないんじゃないの?」

 怪訝そうな顔を見せる美羽。

「大丈夫。老後にでも読破するから」

「スパン長過ぎ!」

 ずっこける美羽。

「ははは。でも老後もこうして美羽と一緒なのかな?」

「……ふふ。意識してくれているんだ?」

「あ、当たり前だろ。付き合うってことはそれ以上先の関係も考えるだろ」

 恥じらいながらも俺の本心を告げる。

「そのとき一緒に手を握ってくれたら嬉しいなー」

「老後で?」

「うん」

 俺が老けて、当然ながら美羽も老けて。それでも一緒に手をつなぎあえる。

 それはとても素敵なことのように思えた。

「いいね。それ。俺たちの生きる目標にするか」

「やりたいこと、また増えたね」

 ふふと上品に笑う美羽。

 掃除も終盤になり、本棚から出ている一冊を見つける美羽。

「これは?」

「ああ。卒業写真だ。みるか?」

「うん。気になる」

 アルバムを開くと、そこには同級生の顔ぶれが見てとれる。

「同窓会とかするのかな……」

「かもね。でも、こんな可愛い子もいたんだ。今はもっと綺麗だろうなー」

「どうしてそう思う?」

「女は化けるのよ。高校、大学、社会と」

「そんなもんかね」

 俺は不思議に思い、椅子に座ったまま一緒にアルバムを覗いてみる。

「同窓会しても、わたしを捨てないでね」

「どんだけ信用がないんだよ。俺はそう簡単に捨てたりしないって」

「そっか。そうだよね。真面目一辺倒だもんね!」

 クスクスといたずらっ子のような笑いを浮かべる美羽。

「からかうなよ。まあ、真面目らしいけど……」

「何かご不満?」

「なんだか、頭の固い奴とか、面白みがないだとか。そんな批判をされそうで」

 ふるふると首を振る美羽。

「違うよ。いいところなの。だって健全で純粋で、とっても優しいことだから」

「優しい? 真面目が?」

「自覚、ないのね」

 嬉しそうに目を細める美羽。その顔に陰りが見えたのは気のせいだろうか。

「なんでそんな悲しそうなの?」

「え。いや、これは……」

 困ったように後ろを向く美羽。

「あ。そっか。他の女の子にも優しくするのが不安なんだ」

「言わないでよ! 恥ずかしいんだから!」

「やきもちなんだ。可愛いな~♪」

「もう。もう。もう!」

 枕でバシバシと叩いてくる美羽。

「痛い。痛いって。それに枕が破ける!」

「だって! もう……!」

 ぷんすかと怒る美羽を見ていてホッとする。

 気持ちの整理がついていないとああなるのはよく知っているから。

 感情の発散が苦手な子なのかもしれない。

 まあ、それも含めて――

「可愛いんだよなぁ」

「な、なによ。しみじみと語るじゃない」

 頬を赤らめて、俺のベッドまでくる。

 そのシーツを新しいものに変えると、すぐに洗濯籠にいれる。

「これは明日ね」

「明日もくるんだ」

「む。今日は泊まる!」

「え。で、でも俺たち高校生だぞ。そんな不埒なことはしちゃいけないんだ」

「あれ。泊まるだけでなんで不埒なの?」

「うっ」

 言葉に窮する俺。

「い、いや一つ屋根の下で男女が二人、何も起きないはずなどなく……」

「そんなテンプレいらない。大丈夫でしょ? 真面目な大輝くんなら」

「そ、そうか。期待に応えよう」

 正直、美羽と一緒にいて平静を保っていられる自信がないけど。

 でも俺は彼女の気持ちを尊重したい。ここで泊めるのが男の務めではないのか。

「分かった。泊まっていくといい」

「やった!」

 嬉しそうに跳ねる美羽。

 謎の踊りをしたと思うと、掃除機で床の埃を吸い取っていく。

「ルンバでも買おうかな?」

 俺が提案すると訳知り顔で美羽が問う。

「でも荷物がいっぱいだとルンバが行けないよ?」

「た、確かに荷物は多いが」

「それに高いのだと何万もするし」

 そんなお金はない。

 だからこそ、こうしておうちデートをしているのだから。

「まあ、二人で暮らすようになったら考えましょう?」

「ふ、二人で!?」

 不意打ちに俺は驚き、胸を高鳴らせる。

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