第7話 ネコ

 ネコのチャオはとても賢いし、甘え上手だ。

 俺の足下に来ては頭をこすりつけてくる。

 可愛いな、と思い撫でるとゴロゴロと音を鳴らす。

「ぶー。なんでわたしには懐いてくれないの。チャオ」

 美羽はふくれっ面を浮かべながらチャオに手を伸ばすが、ぷいっとそっぽを向く。

「むぅ! そんなに嫌わないでよ!」

 美羽が珍しく不機嫌になっている。

「ほら。これで遊んであげたら。少しは懐くかもよ」

 そういって猫じゃらしを取り出す。

 それを見た時点で目の色を変えるチャオ。

 すでにネコパンチしてじゃれ始める。

「こらこら、少しは待て」

 そう言うと待てをするチャオ。

「今のうちに」

 美羽が受け取ると、途端にやる気を失うチャオ。

「~~~~っ!?」

 顔をまっ赤にして、何かを我慢する様子の美羽。

「もう! バカ!」

 美羽はその場に猫じゃらしを投げつける。

「どうしてよ。いつもご飯上げているじゃない」

「そんなあなたに、これをどうぞ」

 俺はスマホを操作し、とある小説サイトのとあるエッセイを薦める。

「こ、これは……!」

「これをやってみれば、何かつかめるかもよ!」

 半笑いで言う俺。

 それは俺が書いた『ネコの気持ちが分かる本』というタイトルのエッセイ(?)だ。

 ちなみにPVページビューは余り伸びていない。

「だ、第一項。ネコの真似をするべし。ネコになりきることによってネコの気持ちを知ろう! まずはネコの鳴き真似から」

 ゴクリと喉が鳴る音が聞こえる。

「にゃ、にゃ~ん!」

 美羽が上ずった声でそう呟く。

「え。聞こえなかったな」

「にゃーん!」

 ニマニマしながら俺は美羽を眺める。恋人なのだからいいだろう、という免罪符を手に、スマホを操作する。

「次はこれだね」

「ね、ネコの動きを真似する?」

 困惑する美羽を目の前に少し苦笑する俺。

「まあ、やってみたら?」

 その言葉には見てみたいという気持ちも含まれていた。

 彼女のネコ真似も可愛らしくて素敵だ。

「にゃ、にゃ~ん♪」

 そう言って猫の手をし、こまねいている。

 その姿は実に可愛らしく、愛おしい。

 抱きしめると、美羽が困惑する。

「え、ええ……!」

「すまん。可愛すぎた」

 俺は離れると、スマホを操作する。

「先ほどの続きだ」

 本を開くと、美羽は続きを読み始める。

「なるほど。なるほど。香水もダメなのね」

 美羽は香水を落とすため、洗面所に向かう。

 数分後、香水を落とした美羽がチャオの傍にやってくる。

「にゃ、にゃーん!」

「にゃーん」

 チャオはよくわからないと言った様子で首をかしげる。

「にゃ~ん!」

 美羽は声を張り上げ、なんとか振り向いてもらおうとする。

 が、顔面にチャオの後ろ蹴りをくらい、美羽は倒れ込む。

「うぅ。全然ダメじゃない~!」

 俺がよしよしと撫でると、少し落ち着いた様子の美羽。

 そんな俺の足下にすり寄ってくるチャオ。

「お前も撫でてほしいのか?」

「にゃーん」

「よしよし」

 俺はチャオを撫で回すと、美羽の気配を察知する。

「なんでよ~! いつも大輝のことばっかりじゃない! なんでわたしには懐かないのよ~!」

 恨み言を言い、スマホを見直す。

「って。これ書いたの大輝じゃない!」

「あ。バレた?」

「~~~~もう!!」

 怒りの籠もった言葉で俺を睨む美羽。その目尻には涙が浮かんでいた。

「ご、ごめん! でも、可愛かったぞ! グッジョブ!」

「そんな慰めの言葉なんていらないの! チャオ……」

 振り絞るように呟くと、チャオが美羽の膝の上に乗った。

「チャオ!」

 喜びの声を上げ、手を伸ばす美羽。

 その直後、チャオはネコパンチを顔面に食らわす。

「へぶしゅっ!」

 訳の分からない悲鳴を上げ、美羽は後ろに倒れこむ。

 座布団の上に頭を預け、チャオは何ごともなかったように、その場から離れる。

「ひ、ひどい……!」

「大丈夫か?」

 俺が手を伸ばし、美羽を起こす。

「うん。ありがと。でもネコに嫌われているなーって思っていたけど、ここまでなのね……」

「い、いや。そんなことないぞ。これはまれな例だろう」

 コクコクと頷く俺に、得心いっていない様子の美羽。

「すぐに仲良くなれるさ。俺に懐くにも一週間はかかったからな」

「じゃあ、毎日おうちデートする。そしてチャオに認めてもらうんだ!」

 それって同棲!?

「それはマズいんじゃないかな?」

「なんでよ。大輝は不服なの?」

「い、いや男女で二人っきりは……」

 目を泳がせてしまう俺。ドギマギしてうまく答えられない。

「ははーん。エッチなこと考えているな~?」

 美羽が目を煌めかせ、にやりと笑う。

「い、いや。そういうわけじゃないからな!」

「いいじゃない。わたしたち付き合っているんだから」

「ダメだ。そう言ったことはちゃんと結婚できる年になってからだ。それにお金を稼いでいないと難しい話だろ? 俺は進学する予定だし……」

「ありゃ、大輝は大学行くんだっけ? わたしは高卒でもいいかなっと思っていたけど……。一緒の大学に行きたいな♪」

「なら、勉強だな。このままじゃ、進級も難しいだろ?」

 美羽は気分屋なところがある。普段はかなり好成績をとっているのだが、気を抜くと平気で赤点をとる。

「うへ~。言うんじゃなかった……」

 美羽は本気で嫌そうに呟く。

「勉強くらい教えてやるからさ」

「ぶー。頭いいのは分かっているけどさ……」

 文句を言いながら机に突っ伏す美羽。

「まあ、勉強は後にするとして、」

「後でやるんだ……」

「今はネコと仲良くする方法だろ? マタタビでも与えてみるか?」

「いいの!」

 一気にやる気に満ち満ちている美羽。

「確か、この辺に」

 以前買い置きしておいたマタタビを台所の奥から引っ張り出す。

「スプレータイプと枝タイプ、どっちにする?」

「え。マタタビってそんなに種類あるの?」

 俺が持っているのは枝とスプレー。他にも実を潰したものなどが売られている、らしい。

「じゃあ、枝で」

 そっちの方がじゃれ合えると思って選んだのだろう。

 美羽は枝を持ってチャオに近づく。

「チャオ。マタタビだよ」

 その言葉を聞いた瞬間、跳躍。着地。その場でくるくると踊り出す。

「え。まだ上げてもいないのに……」

「チャオは賢いからマタタビ、って聴いただけで興奮するんだ。気にせずに与えてみて」

「う、うん」

 自信なさげに枝を差しのばす美羽。

 その枝の匂いを嗅ぐと、目をうっとりとさせ、かみ始める。

「こ、これで大丈夫なのよね?」

「ああ。でもいつもよりも興奮気味だ。なぜだろ?」

(かわい子ちゃんからのご褒美♪)

 チャオはそんなことを思いながら、枝に食いつていたのだった。

「ネペタラクトールという成分に反応しているんだと」

「へー」

 チャオは枝にごりょにゃんと身体をこすりつける。

「その成分は蚊から身を守るためらしいぞ」

「じゃあ、人間にもつけるべきなのでは!」

 ウキウキした様子でこちらをみる美羽。

 しばらくじゃれつくチャオを見届けると、俺はチュールを手にして、チャオに向き直る。

「これから面白いのを見せるよ。美羽」

「なになに? 芸とかできるの?」

「そうだよ。やって見せるね」

 俺は手を前に出して手のひらを広げる。

「お手」

「にゃーん」

 チャオは鳴きながら俺の手に小さな手を乗せてくる。

「おかわり」

「おすわり」

「ふせ」

 どれも完璧にこなすチャオ。

「す、すごい……! ワンちゃんみたい!」

「チャオは賢いからな。次は〝バキューン!〟」

 銃に撃たれたように転げ回るチャオ。

「ありがとうな」

 そう言ってチャオにチュールを差し出す。

 高価なおやつだが、その芸に免じて許そう。

 チュールを美味しそうに頬張るチャオ。以外と現金な奴なのかもしれない。

「すごいね! お手!」

 チャオに対して手を伸ばす美羽。

 ぷいっとそっぽを向くチャオ。

「そ、そんなぁ~」

 泣き出しそうになる美羽をなだめる俺。

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