第8話 昼食
「そろそろ小腹が空いてきたな」
時間を見ると昼の12時3分。
「そろそろ昼食だねぇ~。何があるかな?」
「美羽が作ってくれるのか?」
手料理!? とても嬉しいことに俺のテンションはあがる。
「これでも大輝の彼女のつもりだけど?」
ふふんと鼻を鳴らす美羽。
弾んだ陽気で、俺はコクコクと頷く。
「じゃあ、昼飯頼んだ!」
にへらと笑い、台所に立つ美羽を見つめる。
長い髪の毛を一括りにし、エプロンを衣服の上からかぶる。その人妻感に少し気持ちが揺れる。
「ありゃ? 大輝は裸エプロンの方が好みだった?」
「待て待て! 俺を変態にするな!」
「そう? ベッドの下の本とか過激なの多いけど?」
顔をまっ赤にしてブルブルと首を横に振る俺。
「えっちな本はあるんだね」
「かまかけたな! こいつ!」
柔らかく言うと、美羽は舌をちろりと見せて、料理に取りかかる。
と言っても大量のお湯を沸かしているみたいで、他にはあまり動きが見られないけど。
やっと聞こえてきたトントンと小気味よくリズムをとる包丁の音。
シャカシャカと何かを
ワクワクした気持ちを抑えて、俺はテレビに集中する。
『パッパッパッチマン! パッパッパッチマン! ウィアー! パッチマン!』
軽快なリズムに合わせて流れてくる歌。
説明しよう! パッチマンとはヒーローもので、死生観や命のやりとり、生きる意味を問う子ども向けアニメ番組である。
すでに十を超える仲間が死に、パッチマンは一人嘆き、世界を破滅へと導こうとしている。だが、そこにかつての仲間の面影を見せる一人の少年が現れ、パッチマンを、その命を持って止める。
『パッチマン。君にならこの世界の行く末を任せられる、そう思っている』
そう言って事切れる仲間たち。
彼らがパッチマンに託したものは大きく重たいものだった。
というのが今週のエピソードらしい。
なるほどな、と思い、俺が涙を流していると、後ろから柔和な声がかかる。
「お昼できたよ~」
「おう。ありがとうな!」
ちょっとビックリしたが、俺はソファから立ち上がり、食卓に向かう。
とそこにはそうめんと薬味がそろっていた。
包丁で刻んでいたのは小ネギ、すりおろしていたのはワサビだった。ちなみにミョウガもある。いったいいつの間に買っておいたのか。だが、このままじゃ終われない。
「美羽。ちょっとアレンジしていいか?」
「どったの? 不満?」
「いやそうじゃないんだ」
俺は台所の奥にしまい込んだあるものを取り出す。
久しぶりに出したそれは、埃をかぶっているが、洗えばまだ使える。
使えるのだ。
洗い終わると、俺は食卓に持っていく。
「ちょ、ちょっとそれ……」
驚きと戸惑いを隠しきれない美羽。
「流しそうめん機だ!」
はしゃいだ子どものようにニカと笑いを浮かべる俺。
「……」
無言になる美羽。
気に入らなかったのか? それとも……。
「……いい」
「え?」
「いいじゃない! それ、やろう!」
はしゃぐ子どものように目を輝かせ、さっそく準備を始める。
流しそうめん機は高さが50センチほど。横幅はそんなに大きくなく30センチほど。
簡易的な流しそうめん機だが、その遊び心は満載。
そうめんは水流により流れていくのだが、その間にいくつかの装置を動かす。
それによりライトが光ったり、Tレックスの旗が動くのだ。
「おー。ちょうすげーじゃん!」
心まで少年になった美羽が興奮した様子でそうめんを流し始める。
「だろ?」
自信満々に呟く俺。
むふふふと内心ウキウキする。
「おー。そうめんが流れていく~♪」
「いやいや、食べないとダメだろ」
そうめんを何度も流す美羽に対して、俺は慌ててそうめんを
「待ちなさい。そこで掬うと恐竜が起き上がらないでしょ!」
どうやら鍋奉行ならぬそうめん奉行が始まったらしい。
そして美羽お気に入りの恐竜は起き上がらせないといけないらしい。
俺はめんつゆにつける前のそうめんをそっと戻す。
最終的にポンプで持ち上げられるそうめん。最初からやり直したそうめんが最上階から流れ落ちてくる。そして最初の地球回転。恐竜Tレックスが起き上がる装置が動き、最後のプールでゆったりと流れ、やがてポンプにより最上階へと戻る。
これだけのギミックがあり、定価9000円! 安い! ……安いか?
まあ、買ってしまったものはしょうがない。
「これいくらしたの?」
美羽が満面の笑みで訊ねてくる。
ここで嘘を言ってもいいが、きっと美羽もおうちで買い物をするのかもしれない。
そう考えるとホントのことを言ってしまうのがいいだろう。
「きゅ、9000円」
「たかっ! 高いよ。大輝くん!」
「ああ。そうだよな……」
がっくりとうなだれる俺。
なんで昔の俺はこれが欲しいと思ったのだろうか。
「だったら、たくさん遊ばないと!」
「……そ、そうだな」
俺はコクコクと赤べこのように頷く。
そうめんを掬い上げるとめんつゆにつけてずるずるとすする。
美羽は長い髪の毛をそっとよけてスルスルとすする。
「いいゆで加減だ。固くも柔らかくもない。まさに絶妙!」
「ふふ。そうでもないわ。それに薬味もつけてね♪」
美羽は笑いながらそうめんを流す。
薬味で味を変えてからまたすする。これもうまい。
さすが美羽。そつなくこなす。
しかし、そうめんか。
そうめんもけっこう大変だよな。大量の水を湧かさなくちゃいけないし。それに薬味をそろえてくれる気遣い。
これが彼女からの初めての手料理。
嬉しさで飛び跳ねる。
そうめんとひやむぎって何が違うんだろうな……。
「美羽は料理うまいな。他にもできるのか?」
こう質問するのは失礼な気がするが、他の料理も食べてみたい。あわよくば夕食も。
「ん? できるよ?」
「そ、そうか」
そうめん以外に何が出来るのだろう? 素直な疑問が生まれる。
「ふふ。そうめん以外はなにができるのだろうと思っているね?」
唇に指を当てて、ふふっと笑う美羽。
「……ああ」
俺は包み隠さずに肯定する。
こういったとき、濁すと後々大変になるのだ。
「親子丼、コロッケ、グラタン、ハンバーグ、カツ丼。わたしの得意料理。夕食楽しみにしてね♪」
「おー。マジか」
メチャクチャ料理できるじゃん。素敵な彼女じゃん。
俺はテンション上がり、流しそうめん機からそうめんを
「うまい」
「ふふ。ありがと」
そうめんを食べ終えると、少し物足りない気持ちになる。
「何か食べるものある?」
「羊羹でも持ってこようかん?」
「羊羹はよう噛んで食べるんじゃ」
二人でクスクスと笑うと、台所から水羊羹を取り出し、包丁で切り分ける美羽。
「はじのカリカリしたところ、うまいんだよな」
「分かる! わたしもそこが好き」
そう言って美羽の持ってきた羊羹ははじの方ではない。
美羽の羊羹にははじのがある。
「むむむ」
俺はうなり声を上げ、美羽を睨む。
「な、何よ。いいじゃない。端っこちょうだい」
「えい!」
俺はフォークで端っこを奪い取ると、美羽がぷくっとをほっぺを膨らませる。
「ああ! もう!」
そのフォークに突き刺さった羊羹(端)に
「ずるい!」
俺も反対方向から齧り付く。
鼻息が、吐息が触れあう距離感にドギマギしながら羊羹を味わう。
緊張して味なんかわかるもんかい。
「てか、最初から包丁で半分にすれば良かったんじゃね?」
「それ。わたしも思った」
「一人で欲張るから」
「反論できない……!」
美羽は、たはははっと乾いた笑いを浮かべる。
まあ、これはこれで面白話になりそうだけど。
笑いにつられて俺も笑う。
「いい思い出になったよ」
「そうね」
二人で笑い合い、歯を磨きに行く。
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