第3話 朝支度
俺が皿洗いを終えると、ふあっとあくびが漏れる。
「そろそろ着替えたら?」
「それもそっか」
俺は間仕切りで仕切られた空間に行き、着替えを始める――。
じーっ。
「何見ているんだよ。美羽」
「いいじゃない。彼女なんだから」
美羽は筋肉フェチだ。
映画などでも、《らんぼう》や《ムキムキゾンビ》などを好んで見ている。
俺はそんなに筋肉質ではないので見る価値がないと言っているのに頑なに見ようとしてくる。
俺がパンツ一丁になると「素敵」という嬉々とした声音が聞こえてくる。
「ご立派!」
何を見ていったのかわからずに困惑していると、目を逸らす美羽。
よほど俺の肉体美に惚れたのか、いつもこんな感じだ。
まあ筋トレはしているから見せて恥ずかしい身体をしているわけではないが。
それでも恥じらいを覚える。
着替え終わると、間仕切りの向こう側にいく。
美羽がもじもじとしているがネコのチャオがそばで頭をこすりつけている。
そんなチャオを撫でる俺。
「恥ずかしいなら見なきゃいいじゃん」
俺は美羽に対し少し強めに出る。
「で、でも……。あぅ!」
俺のデコピンをうけて、額を痛そうにくしくしと撫でる美羽。
「いいじゃない。わたし以外と付き合う気なんてないんでしょ?」
「そりゃそうだ。こんなに可愛くて、気が使えて、優しくて、真面目な
「もう! そういうところだよ!」
美羽は照れ隠しで言うと、ほっぺを小さく膨らませる。
「なんでそんなにスラスラと褒められるのさ」
プイッと顔を背ける俺の彼女。
「でもその服でいいの?」
「おうちデートなんだからいいだろ」
「わたし相手じゃ、おしゃれする気になれない?」
そう言われると弱いな。
「分かった。分かったから、その手に持つ衣服はやめろ」
「着てみないと分からないじゃない」
前に着たとき、合わないといったのは美羽だが!?
不服そうにしていると、新しい衣服を選ぶ美羽。
「これはどう?」
「執事姿じゃねーか!」
「じゃあ、これ!」
「おい。ヒイロのコスプレかよ! タンクトップのみとか!」
「ふふ、じゃあこの黒い服」
「キ〇トさんじゃねーか! なんで全部コスプレなんだよ」
「だってここに置いてあるから」
俺の自腹で買ったコスプレ衣装がそろっているのだ。
「そうでした! すいません――っ!」
土下座をすると、クスクスと笑う美羽。
「待て、落ち着く」
俺はそう言いながら洗面所に向かう。その後をパタパタと追いかけてくる美羽。
「わたしも歯、磨く」
洗面所にある青とピンクの歯ブラシを手にすると、歯磨き粉をつけて歯磨きを始める俺たち。
ゴシゴシと磨くと綺麗になった気がする。
口の中を水道水で洗い流すと、美羽がじっと見つめる。
「なんだ? 歯磨き終わったぞ」
「磨き残しがあるでしょ? 歯見せて」
そっと両手で俺の頬を触ってくる美羽。
そしてじっくりと観察を始める。
「ほら、前歯の横にある二本、磨き忘れているよ」
指摘されて鏡で確認する。
「本当だ。さすが美羽」
「雑に褒めないでよ」
呆れたような声音でため息を吐く美羽。
今度こそ歯磨きを終えると、俺はそのまま顔を洗う。
家で顔を洗い、メイクまでしてきた美羽は見ているだけ。
それでも俺は美羽の暖かさに触れ、多幸感に包まれていた。
美羽が渡してくれたタオルがお日様の匂いをしっかりと染み込ませており、俺は満足した気分で顔を洗い終える。
次は髪のセットだが、ムズムズした様子の美羽。
「わたし、ヘアアレンジしてみたい!」
そんな笑顔で言われると断る気にはならなかった。
美羽は俺の後ろに立ち、したり顔で髪を触りだす。
その右手にはワックスが握られており、嫌な予感しかしない。
その手が素早く動く。
「じゃ〜ん。
「いや待て。これは富士山だろ! ちゃんとしたのやれ!」
鏡を見ていた俺は美羽の芸術作品を一蹴する。
「いいじゃないこれはこれで。味があっていいと思うよ!」
「じゃあ、お前の頭もこうしてやろうか?」
「ごめん! ちゃんとやるから!」
素早く手が動く。
「じゃ〜ん。エミリア!」
「待て待て! なんで性別を超えてきた!?」
エミリアはとある作品の美少女、銀髪ハーフエルフである。
美羽がしたのはその長い銀髪。
「てか、ウイッグに頼るなよ!」
「え〜。もう。しょうがないな〜♪」
嬉しそうにまた髪をいじる美羽。
素早く手が動く。
「じゃ〜ん。スネ夫!!」
「待て待て待て! 前髪が足りていないのだけど!?」
なんでスネ夫にしたんだ。
あんなの髪型的に無理があるだろ。
「じゃあこれ! トロワ」
「バートン! じゃねーよ! スネ夫と何が違うんだよ!」
「え。不服だった?」
「むしろなんでイケると思ったんだよ。お前の発想怖いわ!」
「じゃあこれ! くまもん!」
「馬鹿野郎! ただのくまもんじゃねーか! 全身ふっさふっさだな!」
ぬいぐるみを当てている美羽。
「なんでそんなもんがうちにあるんだよ!」
「え。言っていたじゃない。くまもんになりたいって」
「言ってねーよ! どんだけふさふさが足りないんだよ!」
「はいはい」
「いや聞けよ!」
もういっそくまもんでいいか、となりそうなった俺。
すんでんのところで思いとどまり、すっと冷静になる。
自分で整えればいいのでは?
俺は自分で髪をいじり始める。
「あ。ずるい! わたしがやりたかったのに!」
「お前に任せるとまた変な髪型にされかねないからな!」
「そんなことシナイヨ」
棒読みになっているし。
「バレバレの嘘はやめろ」
美羽が嘘を付く時には左手で頬を掻くと相場が決まっているのだ。
現に今も掻いている。
「もうせっかくだからナミヘイにしたら?」
「ハゲれと!?」
「どんな髪型でも愛せるよ」
初めて使った日本語だが意味は通ったらしい。
「そういう問題じゃないだろ。てかそれを言ったら俺だって美羽がツルピカになっても愛せるぞ」
「もう。しょうがないな〜」
渋々といった様子で俺の髪を直していく美羽。
コ○ンぽくなってしまったがそこはご愛嬌。
しばらくすれば慣れると割り切り、そこでヘアアレンジは終了。
「今日は一日、どこにもでないからこれでいいのだ」
「バカボンにすればよかったかな?」
「何を言っているのだ? いいわけないのだ」
は。この喋り方が悪いのだな。
変えねば。
「それよりも美羽も髪型を変えてみたら?」
「え。まあいいけど……」
逡巡する美羽。
それは気になったけど、せっかくだし、可愛い髪型を見てみたいと思った。
料理の時はポニーテルにしていたし、
「じゃあツインテールとか、三つ編みとか!」
希望を口にすると戸惑いながらも自分の髪をいじり始める美羽。
しばらくしてツインテールができあがる。
「ど、どう……?」
ツインテールを結んでいるリボンが特徴的でこれはこれでありだ。
「可愛いな。リボンのワンポイントもいい感じだ」
「そ、そう……!」
続いて三つ編みにする美羽。
「これはどう?」
「知的でいいね。ほどきたくなるよ」
三つ編みは勉強できる人、みたいに見える。
そこにアクセであるおしゃれメガネを渡す。
度数は入っていない。
美羽はメガネをくいっと持ち上げて見せる。
「いいね! 可愛いよ! さすが大天使美羽さま!」
「もう。もう。もう!」
照れ隠しなのか髪を
黒髪がハラリと舞う。
シャンプーの香りが漂う。
俺はその香りにクラクラとした多幸感を味わうことになった。
いい匂いだ。
「どうしたの? ボーッとして」
「いやなんでもない」
俺が髪フェチであることと、匂いにやられていたのは伏せたほうがいいだろう。
まだ結婚していないのだから。
結婚しても話せるかどうかわからないけど。
まあ卒業したら結婚かな。
子供は二人くらい欲しいかな。
そんな話もこれからしていけるといいな。
でも美羽は『結婚』を考えているのだろうか?
気になる。
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