第4話 洗濯
朝支度を終えると美羽が部屋に散らかっていた洋服を集めだす。
「もう、何日くらい掃除していないのよ」
呆れ返ったように呟く。
「洗濯物は干しているぞ」
ベランダを指差すといくつか干されている。
「あれ。干しっぱなしにしているでしょ?」
「ぎくっ!!」
図星を刺されて目を泳がせる。
「もう、しょうがないなー」
洗濯ものを一緒にまとめて洗濯機に入れる美羽。
「しかし洗濯ものも楽になったよな。昔なら洗濯板だぞ」
「そう思うのなら自分でやってよね!」
ちょっと機嫌を損ねたようでプリプリと怒っている美羽。
そんな姿も愛くるしいと思うのだから――。
「やっぱり美羽が好きだ」
「え。なんでそういう話になるの!?」
「いやだって美羽が可愛いから」
「もう。もう。もう! そういうところだぞ!」
美羽は照れ隠しをしながら洗濯物を洗い出す。
柔軟剤入洗剤を片付けると、しばらく待つことになる。
その間に外に干しっぱなしの衣服を取り込む。
「まったく、わたしがいなかったらどうしていたのよ?」
「いいじゃん。美羽がいれば」
「あまり依存しないの」
今度は俺がデコピンをうける番だった。
少し額が痛い。
「依存かー。まあ自立した方がいいのかもな」
「きゅ、急にはやめてよ?」
不安そうな声音を上げる美羽。
部屋に取り込んだ衣服をダンボールを使って畳んでいく。
ちなみにそのダンボールは前にうちに来た時に作ってもらったものだ。ダンボールの上に衣服を置き、折り目に沿っておると綺麗にたためるといったスグレモノだ。
ユーチューブとかで話題になっているらしい。
そんな俗世とは程遠い俺は、
「やればできるじゃんか!」
美羽は口を尖らせ声を上げる。
「今度からは気をつけるよ。ごめんな」
「いいわよ。少しうれしいし」
「嬉しい?」
その言葉が気になり、問う。
「だってわたし必要とされているもの」
「それはそうだ。美羽を必要としない人生なんて考えられないぞ」
「もう。またそういう!」
照れている美羽も可愛らしい。
俺が好きになるのも不思議ではないのだ。
むしろなんで、みんなは好きにならないのだろうか。
気になる。
「美羽って告白されることってないのか?」
「なによ。突然」
「いや不安になってな」
「大丈夫よ。告白されることはあっても断っているから」
やはり告白はされるらしい。それを聞けただけでも安心できる。
それに俺の家に入り浸っているくらいだ。他に男がいることもないだろう。
ウンウンと頷くと美羽が小首をかしげて尋ねてくる。
「わたしと付き合えて嬉しい?」
「もちろん! 美羽のいない生活なんて考えられない!」
「ふふ。わたしもそうよ。だから――」
何かを言いかけたところに洗濯機の音が鳴る。
「続きは?」
「ひ・み・つ」
それだけを言い残し、洗濯機のある洗面所に向かう。
乾燥機付きの洗濯機だから乾燥モードに切り替えてさらに数十分。
「どうだ。乾燥機の感想は?」
「つまらないわよ」
「そう言う美羽も、虫は無視とか言うじゃないか」
ぶつくさと僕は文句をたれる。
そんなことを言ってもすました顔で応じる美羽。
「はいはい」
「で。感想は?」
「冗談じゃないのね……。まあ、使いやすいわよ」
「良かった。バイト代で買ったものだからな。良くないと困る」
「そうなんだ。で、貯金は?」
「ギクッ!」
今時にしては珍しく声を上げてしまう俺。
「して、いないんだね。これからの生活費とかを考えないの?」
財布は美羽が握っていた方がいいのかもしれない。
「もう。わたしのバイト代だって高くないのよ?」
「それはわかっている。でも、生活必需品にはお金をかけるべきじゃないかな?」
こほんと咳払いをし、訊ねる俺。
「まあ、変なものにお金を使うよりはいいけど……」
曖昧な笑みを浮かべる美羽。
美羽は笑顔を浮かべるのが多い気がする。その笑顔に負けてしまう俺がいる。
「可愛いな」
「なんでそうなるのよ!? もう。しょうのない人ね」
照れた顔で髪をいじる美羽。
可愛くてしかたない。
抱きしめたくなるが、まだ付き合いたての俺たちには早い。
据え膳食わぬ波男の恥、とは言うが美羽はそんな素振りを見せない。
まるで母のように暖かく受け入れるのだ。
そんなんで俺だけが突っ走る訳にはいかない。
熱そうにパタパタと手であおぐ美羽は可愛らしい。
「もう。キャパオーバーだよ」
どうやら俺に褒められるのに限界があるらしい。
「何度でも言うぞ。可愛いって」
「もう。もう。もう!」
「だって可愛いんだから、しょうがないだろ。それとも可愛いをやめるか?」
「やめる、ってどういう意味よ?」
「確かに……」
「何も考えずに言わないでよね!」
美羽は少しプリプリと怒っているが、俺は満足する。
と、乾燥機の完了した音が鳴り響く。
乾いた洗濯物を持ってくると床に置き、折りたたみ始める美羽。
俺も一緒になってたたむ。
「いつもありがとう」
「いえいえ」
柔らかな口調で嬉しそうに目を細める美羽。
今の生活に満足しているのか、美羽はあまり不満を言うことはない。
とてもできた女なのだ。
俺にはもったいないくらいの――。
でもそれを口にすると怒られるので、心の中でとどめておく。
「あ。これ、ポケットにティッシュいれっぱだった!?」
「本当だ。バラバラになって衣服についているじゃない」
散り散りになったティッシュは衣服にくっつきなかなか剥がれない。
「ごめん。俺のミスだ」
「いや、わたしがポケットの中まで確認しないのが悪かったわ」
「違っ……」
これ以上は無駄な争いになりそうだから、口を閉じる。
俺は無心になり、ティッシュを剥がしにかかる。と、美羽も手伝ってくれる。
ジーパンやTシャツについたティッシュは頑固にくっついている。
「こういうときの楽な方法はないかな?」
「WiiTubeで調べてみる?」
「ああ」
俺と美羽はパソコンに向き合い「洗濯 ティッシュ 簡単」で調べる。
一度、酢か柔軟剤で洗い、野菜ネットでとるのが早いと分かると、さっそく実行してみる。
洗濯機に衣類を入れ、柔軟剤をいれる。
「こんな方法があるんだね」
「うん。みんなの知恵を借りるのはいいね。さすがネット時代」
「ネット時代ってなに?」
「ネットを使える時代って、こと」
クスッと笑う美羽。
「今は西暦だからね。神の世紀のままだ。未だに神が忘れられないらしい」
「どうでもいいけど、大輝の考えって面白いよね」
「どうでもいいのかよ」
洗濯機が鳴ると、俺は洗濯物を取り出す。
そして野菜ネットでティッシュを取り除いていく。
「おお。本当に取りやすい」
「だね~♪」
少し楽しそうに作業をする美羽。
「洗濯物、好きなのか?」
「だって。綺麗になっていくのって嬉しいじゃん!」
ニカッと笑う美羽。
なんとも天使な彼女だ。
「可愛いな!」
「もう。どうしてそうなるのよ?」
「だって可愛いんだもの」
嬉しそうに目を細めると、作業に取りかかる美羽。
「衣服畳んだら、タンスにいれるね」
「ああ。ありがと」
洗濯物の中にあったパンツが飛び出し、美羽は硬直する。
「あ。わりぃ。俺が片付けるよ」
「うん。お願い」
今のようにパンツを見ただけで恥じらいを覚える乙女なのだ。
だから彼女を抱きしめるなんてできやしない。
この純愛を、俺は守り抜く。
まったく純粋無垢すぎるぞ。うちの彼女。
まあ、可愛いからいいけど。
ふっと笑うと美羽が噛みついてくる。
「な、何よ! ぱ、ぱ、パンツくらいで動揺していないわよ!」
「はいはい」
動揺していたのがバレバレです。はい。
それが顔に出ていたのか、美羽はしばらくご機嫌斜めだった。
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