【悲報】俺ステータスがクソ雑魚だった件について【後】
俺のあまりにもなステータスを鑑みて、桃木さん協力の元で俺の初レベルアップが行われることになった。
「――はい、そうです。ですので――を――」
レベルアップする事が決まると、桃木さんは何処かと連絡を取り始めた。距離があるので話している内容は不明だけど、それに関連する事は間違いないはずだ。
そういえば、桃木さんが俺の戦闘をサポートするって言ってたけど……根本的な疑問として、桃木さんって戦えるのか?
まあギルド職員だから『ステータス』を持っている可能性は高い。
でも正直……あんまり戦えるようには見えないよな。
だって桃木さんって、いかにもな清楚系美人さんだし。
とにかく、剣を振る姿が想像できないってことだ。だから何となく魔法を主体にしているのかなんて想像している。
「分かりました。はい、ではお願いします――お待たせしました安藤さん。許可が取れましたのでこちらも準備を始めましょう」
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
意気込みながら出口に向かおうとしたら、桃木さんに呼び止められる。
「安藤さん? どちらに行かれるんですか?」
「えっ? ダンジョンに移動するんですよね?」
「えっ?」
「えっ??」
移動……しないの? てっきりさっきのダンジョンの入り口に戻ってからモンスターを討伐するもんだと思ったんだけど。
「いえ、別に移動はしませんよ?」
「でもそれだと、どうやってモンスターと戦うんですか?」
「……安藤さん、お忘れかもしれませんがこの場所は既にダンジョンの中なんですよ?」
「あっ」
そうじゃん。よくよく考えればここって一応ダンジョンの中だったわ。
いや、頭では分かっていたんだけどさ?
だって暫くここにいるけど、全然モンスターが現れないだろ? だから何時の間にか自分がダンジョンの中にいるって忘れてた。
「ダンジョンの中なのにどうしてモンスターが出てこないんですか?」
「あまり詳しくは説明できませんが、この部屋にはモンスターの出現を抑制する仕組みが仕掛けられています。だからその仕掛けが作動している限り、この場所にモンスターが出現する事は無いんです」
「え、何それ凄い」
それが本当ならダンジョン内で自由に安全地帯を作ることが出来るってことじゃないのか?
しかし俺の甘い考えはすぐに桃木さんの言葉によって否定される。
「とは言っても、それほど便利では無いんですけどね。使うのにも色々と制約がありますし、何処でも自由にって訳にはいかないですから」
「ああ、さすがにそう上手くはいかないんですね」
「そういうことです。今はちょうど一時的にオフにしているので、そろそろ――」
そこまで言ったところで桃木さんが口を噤んだ。それと同時に桃木さんを中心にして、この場を包む空気が少し変わったような感覚があった。
その視線は俺から俺の背後へと行き先を変え、鋭くその先にいる何かを射抜いているようだった。
まさかっ――そう思い慌てて振り向くと『ソレ』がいた。
「出ましたね。安藤さん、気を引き締めて下さい」
「は、はい!」
「では武器はこの剣を使って下さい。流れとしては私がギリギリまで弱らせて、最後の止めを安藤さんにお願いします」
そう言った桃木さんは何時の間にか俺の横に立っており、片手に持ったサーベルと呼ばれるタイプの片刃の剣を俺に差し出していた。
そして俺はその剣を、驚きのあまり呆けた顔で受け取ってしまった。
何に驚いたのかって、もちろん一瞬で移動したり何時の間にか手にしていた剣にも驚いた……だけどそれよりも、桃木さんのもう片方の手にある身の丈以上もある槍にもっと驚いていた。
えっ、まさかソレで戦うの……?
「も、桃木さん。その大きな槍は一体。それに一体何処から……?」
「ふふっ、女性に秘密を尋ねるのはマナー違反ですよ。それでは行ってきますね」
そんな風に茶目っ気を見せた桃木さんは悠然と、現れた
ダンジョンにおける、というより現代におけるスライムは最弱の代名詞的な扱いをされている。それほどまでにスライムというモンスターは弱い。
ただし、スライムはそれを差し引いても他のモンスターとは比較にならない環境適応力を持っているのだ。
これもよく知られていることだが、ダンジョンには様々な環境が存在する。
例えばここのような洞窟のような場所。他にも極寒の吹雪や、焼けるような暑さの砂漠、ずっと雨が降り続ける湿地など――その環境は多岐に渡る。
そして環境が異なれば、そこで出現するモンスターの種類も当然変化する。
しかし、だ。
スライムはそのほぼ全ての環境下において発見され、存在が確認されている。
それは即ち、スライムはあらゆる環境への適応力がずば抜けて高いということ。
その点だけに限っていえばスライムは全モンスター中でナンバーワンの呼び声が高いのだ。
……まあ、最弱モンスターであることに変わりはないんだけどな?
今回出現したのは、青色で水饅頭のような形をしたスライムだ。大きさでいえばサッカーボールと同じか、それより少し大きいぐらい。
そんなスライムは、自分に近づいて来る桃木さんにさっきから何度も体当たりを仕掛けていた。
一方の桃木さんも、スライムの体当たりを悉く長槍でいなしていた。
傍から見れば、まるでスライムと桃木さんが戯れているような光景だった。その槍の扱いはとても滑らかで、素人目から見ても『上手い』と感じるほど。
まさかとは思ったけど……桃木さんって、前衛型だったんだ。
しかもあのデカい槍を使うってことは、スピードよりもパワー重視の槍使いっぽい。
今は特に激しい動きも無く、スライムの攻撃を捌いているだけ。どれぐらいのレベルがあるのかは分からない。
でも、ひょっとすると既に人間の領域であるステータス10を超えているかもしれないな……
そんな一人と一匹の攻防を見て思う。
――「あれ? 思ったよりスライム強くね?」と。
あの体当たり、桃木さんは簡単に捌いてるけど結構早い。具体的にはと言われるとあんまり自信が無いけれど、強めに蹴られたボールぐらいの速さはある気がする。
それを繰り出し続けるスライムも、平気な顔で捌き続ける桃木さんも。
俺が想像していたよりも、ずっと強い。
特にスライムなんて、最弱モンスターなんて言われてるもんだからもっとずっと弱いと思っていた。
それが蓋を開けてみればどうだ? ひょっとすると負けるんじゃないかって想像するぐらいには強そうに見える。
……俺はモンスターという存在を甘くみていたのかもしれない。
俺はこの時、改めてモンスターという存在は怪物であると再認識した。
それと同時にそんな怪物たちが潜むダンジョンという場所に、背筋に悪寒が走る。
「安藤さん。そろそろ決めますよ」
そんな俺の思考は、桃木さんの一言で現実に戻される。
未だに体当たりを仕掛けてくるスライムをいなしながら、視線だけは俺の方に向けていた桃木さんと目が合う。
文字通りスライムが片手間で処理されていた。桃木さんにとってスライムは、見ている必要すらなく捌ける相手。
どうとでもなる存在、もはや敵と認識すらしていないのかもしれない。せいぜいが、邪魔な羽虫程度にしか思っていないんだろう。
「それとも、今日は止めておきますか?」
「っ……」
言葉を返すことすら出来ずにいた俺への桃木さんなりの気遣い――ではない。
その言葉にはどことなく、こちらを挑発するような意志が感じられた。
――怖気づいたのか?
――そのまま逃げるのか?
だがそれは、決して俺に対する悪意から来ているものじゃない。
むしろその逆だ。俺の決意を汲んでくれた桃木さんだからこそ、こんなところで足を止めるなと。俺の意志を煽っているんだ。
もし、ここで俺が「やっぱり止める」なんて言い出したら桃木さんはどう思うだろうか。情けないと思うだろうか、それともしょうがないと笑ってくれるだろうか。
……いや、そんな事はどっちでもいい。
こんなところで逃げ出す奴が、これから冒険者をやっていける訳がないだろっ!!
想像を上回った本物の戦闘風景にちょっと弱気になった。でも、こんなところでビビってたら冒険者なんて夢のまた夢になっちまう。
そもそもこんなにお膳立てされてるのに弱気になるなんて意味分からんわ。
そうだよ。今日に限って言えば、頼りになる槍使いがサポートしてくれてる。
一体何処に不安がる要素があるっていうんだ?
「すみません。大丈夫です!」
すると桃木さんがニヤリと笑ったような気がした。
「では、少しサービスしときますね。よっと――」
さっきまでの防御の専念していた態勢から、刃がある側の真反対の石突の部分でスライムを弾き飛ばす。
そのままスライムは壁に叩きつけられ、ズルりと地面に落下する。
「さっ、後は安藤さんがお願いしますね。スライムの弱点は、中にある核の部分なのでそこを積極的に狙っていきましょう」
「……いきます」
何がサービスなのかよく分かんないけど、許可を得た俺はスライムに接近する。
先手必勝と放ったサーベルの一撃は、スライムの身体を切り裂きこそするものの核の破壊には至らなかった。
「ちっ」
「……!!」
その上、斬った跡はすぐにくっついて元通りになってしまう。
今の俺の攻撃はほとんど効果を成していないという証拠だろう。
そしてスライムは、今の攻撃で俺を敵と認識したようだった。対象を桃木さんから俺に変えて、体当たりを繰り出してくる。
「……やばっ!?」
やっぱり正面から見た攻撃速度はかなりのものだった。最初は受け流してみようなんて考えてたけど、即刻そんな考えは捨てて横っ飛びに回避する。
「スライムの攻撃は単調過ぎるほど単調です! よく見れば必ず隙を見つけることが出来ます!」
……よく、見る。
俺はスライムの攻撃を避けながら、その動きの観察に集中する。
すると、あることに気が付く。スライムは体当たりした後に体勢を立て直す為なのか、数秒間動きが止まる瞬間がある。
そこを上手く狙うことが出来れば――
「――そこだっ!!!」
「……!!?」
放った攻撃は再び核から逸れてしまった。でもそれでいい。
傷口が再生する前にひたすら斬り続ければ、いずれは核の破壊に至る。
――パキンッ
10回ぐらい繰り返したところで、ようやく核を破壊することに成功する。
するとスライムは、身体を光の粒子へと変えて跡形も残らずその場から消えてしまった。
「ふぅ……ふぅ……」
「お疲れ様です。呼吸が落ち着いたら飲んでください、スポーツドリンクです」
「あ、ありがとうございます……あの桃木さん。最初ってスライムを弱らせて俺が止めだけを刺すって言ってませんでした?」
「ええそうですね」
「……それにしては元気過ぎませんでしたかね!?」
途中からおかしいと思ったんだよ。なんか滅茶苦茶体当たりしてくるし、全然弱ってる様子とか無かったし。
「言ったじゃないですか。サービスします、って」
「そんなサービス、欲しく無かったです」
もしかしてだけど、この人って意外とスパルタなのかもしれない。あの時の怪しい笑いの正体はコレだったのか……
あんなにデカい槍を使っているパワー型だし、スパルタ属性があると言われれば納得っちゃ納得だけど。
そんな事を考えていた次の瞬間だった。
【レベルが上昇しました】
「えっ? 今のって――」
「おや? もしかしてもうレベルアップが来ましたか?」
ステータスを取得した時と同じように、頭の中に声が聞こえてきた。
まさかレベルアップの度に聞こえてくるなんて思ってもみなかったけど、分かり易くてこれはこれでいいかも?
「あの、ステータス確認しても?」
「もちろんです! その為にレベルアップしたんですから」
桃木さんのお言葉に甘えて、逸る気持ちを抑えつつ自分のステータスを開く。桃木さんにも見えるようにステータスリリースもしておくのも忘れない。
――――――――――――――――――――
名前:安藤 健司 レベル:1
攻撃:2
防御:2
敏捷:2
魔法:2
幸運:50
スキル:スイーツマジック
称号:甘党
――――――――――――――――――――
「こ……れは……」
……うん。桃木さんの気持ちは分かる。
「あんまり意味、ありませんでしたね……」
「!? い、いえ! そんなことありません! ステータスが低い傾向にある人はスキルが強力な場合が多いとも言われています!」
「そうなんですか?」
「ええそうですとも! 安藤さん、自分のスキルを意識しながら再度ステータスオープンしてみて下さい!」
言われた通りにすると、追加でもう一つ小さめのウィンドウが出現する。
そこにはスキルの説明が簡易的に書かれていた。
――――――――――――――――――――
スキル:スイーツマジック 種別:ユニーク
効果:お菓子の魔法を使うことが出来る
――――――――――――――――――――
「「……」」
2人でスキルの説明文を読んで何とも言えない顔になる。
しかし俺が抱いていた感情と、桃木さんのソレは全く異なっていたようだった。
「安藤さん。もう少しだけ、付き合っていただいてよろしいですか?」
「それは別にいいですけど……あの、桃木さん。どうかしたんですか?」
「あなたのスキルは――『ユニークスキル』です。きちんと調べないと大変なことになります」
これまでにないほど真剣な表情になった桃木さんの迫力に気圧される。
ユニークスキルってそんなのヤバい代物なのか?
俺は、自分が一体何を手に入れてしまったのか。そんな新たな不安を抱えつつ、長い一日になるかもしれないと覚悟を決めたのだった。
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