ユニークスキルたる所以
シュガーさんは、まず最初に俺を拘束していた炎の騎士に目を付けた。
「さて、じゃあまずはコレから処理しましょうか」
正直言って、俺はこの人が何なのかさっぱり分かっていない。本人が話さないのもあるが、その正体に全く心当たりが無いのだ。
まあでも「シュガー」っていう名前とか、<スイーツマジック>について何か知っている様子があるからそれに関係する人?なんじゃないかとは思ってる。最初に見た時もめちゃめちゃお菓バク食いしてたし。
ただそれだけで、何者かなんてのは分からない。
案外本人が言っているように妖精か何かなのかもしれないしな。スキルに宿ってる妖精さん的な?……自分で言ってて猶のこと訳わかんないわ。
それでも、少なくとも今は敵ではないことだけは分かる。
さっきまで瀕死状態だった俺の身体も治してくれたし、それに今は俺の身体を使って炎の騎士と戦おうをしてくれてる。
ただ不安なのが、シュガーさんが使ったところで結局戦うのは俺の身体であることだ。いくら中身が変わったとしても、ガワである俺の身体が突然強くなったりする訳じゃないと思う。
それでどうやって圧倒された騎士相手に戦うというのか……
「心配ご無用。あんたはただ私の戦い方に集中してなさい。身体の感覚は共有してるから、ちゃんと私が何をしているのかは分かるでしょ?」
ああ、言われてみれば確かに。
手足を動かすことは出来ないが、その感触だけはちゃんと伝わってくる。
「じゃあ始めるわよ――」
その宣言と共に、シュガーさんは右手を炎の騎士に向かって翳す。
それと同時に<スイーツマジック>が発動したのが感じられた。この状況でお菓子を作ってどうするのかと思ったが……シュガーさんは俺の想像とは全く異なるスキルの使い方を見せてくれた。
翳した手が騎士に触れる――そして触れた箇所から、騎士に向かってスキルを使った。
すると、信じられない現象が目の前で起きた。
触れた部分を中心にして騎士の身体がお菓子に変わっていくのである。
「さて、今度はどんな味がいいかしらね?……そうね。世にも珍しい甘くてフワフワで食べられる炎、今度は脳が蕩ける程の甘さにしてみましょう。さっぱりした甘さの後はねっとりした甘さが食べたくなるわよね」
きっと表面上だけだったら、騎士がお菓子に変わっていくのは分からなかったと思う。
俺も自分の身体を通してスキルが発動しているという感覚があったからこそ、騎士の身体に起こっていることが分かったのだから。
だから一見すると、さっきまでと何も変わらない騎士の姿がそこにある。
だが、中身は完全に別物だ。
シュガーさんはさっきと同じように騎士の身体を千切りそれを口に入れる。
最初に感じたのは暴力的とも言えるほどの強烈な甘さだった。
何をどうしたらこんなに甘くなるのか――これまでの人生で一度も感じたことが無い程の砂糖の味が口の中に広がる。砂糖を煮詰めたものを更に蒸留とか濾過とか色々して徹底的に甘さだけを抽出したようなそんな感じ。
でも、決して嫌な甘さじゃない。脳を貫く程に強烈な甘さなのに、それでいてクドくは無く、早く次の一口を食べたいと思えるような中毒性すら感じた。
「ふん、まあまあね。でも久しぶりの身体だからこれぐらいでちょうどいいか――」
そんな風に呟いていると、後ろから新しく三体の騎士達が迫っているのが見えた。
シュガーさん、向こうから追加が来てますって!! ちょっとシュガーさん!!
「うるさいわね、分かってるわよ――ちょっとそこで待ってなさい。こっちを食べ終えたらすぐにそっちにそっちも食べてあげるから」
すると、シュガーさんは睨むだけで三体の炎の騎士達を止めてしまった。
やっていることは理解できる。今のだって簡単に言えば、ただスキルを使っただけのことだ。
でも、だからといっても同じことが出来るかと言われると……難しい。それぐらい俺とシュガーさんではスキルの使い方というかその練度とでも言うべきものに格段に差があるんだ。
あんな遠距離にいる相手にスキルを作用させるなんて、どれほど練習を重ねたら出来るようになるのか見当もつかない。
少なくとも一朝一夕に出来る技ではないことは確かだ。
そしてシュガーさんは一瞬にして目の前の騎士を食べ尽くすと、今度は残りの三体の騎士達に対しても同じことを繰り返しその全てを腹に収めた。
でも不思議と満腹感とかは感じない。むしろもっと食べたいという欲求がどんどん強くなっているような気さえする。
「その欲に飲まれないように注意した方がいいわ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつね。何事も腹八分目ぐらいがちょうどいいのよ」
なんかシュガーさんに言われると謎の説得力を感じる。
ちなみにシュガーさん的に今は腹何分目ぐらいなんですか?
「まだまだ一分目にも届いてないわね」
えっ……あれだけ食べたのに?
「あんた、知らないの? 女性はスイーツに関しては幾らでも入る別腹があるのよ。こんなのまだ食べた内にすら入らない」
うわぁ、女の人ってすげぇ……
そんな無駄話をする余裕すらある程にシュガーさんは圧倒的だった。
何も腕っぷしが強いって訳じゃない。あの炎の騎士に無駄な抵抗を一切させずに文字通り飲み込んでしまったのだから。
その全ては<スイーツマジック>という一つのスキルを使った結果であるという点も驚きなんだけど。
やっぱりシュガーさんて、スキルの妖精か何かでしょ。俺の知らないような使い方も知ってるし、名前だってシュガーとかいかにもな名前してるし。
「まっ、そこら辺は好きに解釈しておいて。少なくとも今はあんたに私の正体を明かすつもりは無いの。色々時期ってものがあるから仕方無いと思って諦めなさい。どうしても聞きたいっていうならこっちにも考えがあるけど?」
いやいや、ここまで助けて貰っておいてそんな恩知らずなことしませんて!
というかシュガーさんと喧嘩して勝てるとも思ってませんし。マジで本当に、謝るんで勘弁してください。
「まあいいわ。私もそろそろ限界だし」
限界って……?
「あんたの身体を借りることの限界って意味よ」
……あの、出来ればあの巨大な炎のモンスターも倒してくれると嬉しいんですけど~?
「それぐらい自分でどうにかしなさいっ! 元々このタイミングで私が出てくることの方がイレギュラーだったんだから。それに心配しなくても今のあんたなら早々負けはしないわよ。ちゃんと私の戦い方、見て覚えてるでしょう?」
まあ、一応は。身体を通してシュガーさんの<スイーツマジック>の使い方とかは感覚で覚えてはいます。
でもそれを真似しろってなると話は別ですよ!? 今さっきの話でそう易々と出来るようになったりしませんて!!
「ごちゃごちゃ五月蠅い! 元々は自分で蒔いた種なんだから何時までもあんな燃えカスにビビってないで男らしくサクッと倒してこい!」
ぐぅ……確かにさっきボコボコにされたことが若干トラウマになってるかもだし、ビビってることは否定しませんけど。
じゃあ、あの……シュガーさんから見て俺はアイツに勝てると思いますか?
「知らないわよそんなの。勝負の世界に絶対なんて言葉は無いんだから。いい? 勝てる勝てないかじゃなくて、勝つのよ! 勝てなかったら死ぬだけなんだから他に選択肢なんて無いでしょ?」
いや、確かにその通りなんですけど。さっき手も足も出なかったんで、どうしても不安と言うか何と言うか……
「情けないわねぇ……」
……すんません。
「まあ……唯一言えるのはさっきみたいな一方的な展開にはならないはずよ。あんたは元々それぐらいのポテンシャルは持ってる。それをちゃんと生かすことが出来れば勝つことなんて幾らでも可能よ。これじゃ足りないかしら?」
……いいえ、それで十分です。
シュガーさんの言う通り、ここまで進んできたのは俺が選んだ結果です。その尻拭いをシュガーさんに頼むことが筋違いだってことは分かってます。
だから後は俺に任せて下さい。きっちりあの怪物に勝って無事に地上に帰ります!
「いいわね、その意気よ。じゃあ体の主導権は返すわね。折角だからこの戦いが終わるまでは私も観戦しててあげる。でも助けてはあげられないから――これ以上情けない所は見せないでね?」
合点ですっ!!
その後すぐにシュガーさんは引っ込んで、身体の感覚が戻って来た。
ちゃんと意識して腕も脚も動かすことが出来るし、スキルも使うことも出来そうだ。
そうこうしている間に、新しい炎の人型が作り出されていた。それはこれまでの騎士のようなタイプではなく、王冠みたいなのを付けたいかにも偉そうな感じの姿をしているタイプだった。
少し造形は異なるがそれが二体、さっきまでの騎士型よりも明らかに強そうは気配を漂わせながら俺の方を向いている。
『どうやらその騎士達では力不足だったようだな。では新しく用意した
声音から何か真剣味のようなものを感じる。さっきまでとは雰囲気ががらりと変わっているのは明白に思えた。
もしかするとシュガーさんの蹂躙劇を見て、相手も本気になったということなのかもしれない。
てことは、ここからが本番ってことか……
俺も静かに気を引き締め集中力を高める。
どうやら新しく作り出された人型は
なるほど確かにそう呼ばれるだけの風格みたいなものがある気がする。
てことは何となく感じたようにさっきまでの騎士型とは全く別格の強さを誇っていると考えていいだろうな。
でも、やるしかない。
俺は先手必勝と、スキルを発動させた。
『行け――』
それにほんの少し遅れて、キングとクイーンが動き出す。
俺に迫ってくるスピードはやっぱり騎士型とは比較にならないぐらい早い。
あっという間に開いていた距離を詰められて相手の間合いに捉えられてしまう。きっとさっきまでの俺だったら、次の瞬間には真っ二つにされるか焼き尽くされていた事だろう。
そう、さっきまでの俺だったなら、な?
だが残念、キングとクイーンの攻撃が俺に到達するよりも俺のスキルの発動の方が早い。
正直言うと、ついさっき見たばかりでいきなりぶっつけ本番だったから本当に出来るか少し心配な部分もあった。
でもいざやってみると、驚くほどスムーズに発動することが出来た。自分自身のスキルだからなのか、それともシュガーさんの使い方をしっかりと見て学んだあとだったからなのか。
まあどっちでもいいか。今はコイツ等を倒すのが先決だ。
「『
さっきまでシュガーさんがやっていたことと同じだ。
キングだろうが、クイーンだろうが。騎士型よりもずっと強くなっていようが関係ない。
ただ奴等をお菓子に変えて食ってしまえば俺の勝ち。ただそれだけだ。
でもやっぱり懸念した通り俺はシュガーさんほどこのスキルに習熟していない。遠距離でスキルの力を飛ばして二体をお菓子に変えるなんてことは出来そうになかった。
だから俺は、自分の周りに一種の結界のようなものを張ってみた。触れたモノはその瞬間にお菓子に変わってしまう甘い甘い、けれど決して容赦はしない結界だ。
技名に関しては今適当に考えたものだから何にも言わないで下さい。
シュガーさんの名前を使っちゃったけど、別にいいですよね?……特に何にも言ってこないところをみると問題無いということだろう。そうに違いない。
そうして俺は物言わぬお菓子の彫像となったキングとクイーンを喰った。
何だか、それによって身体の底から力わ湧いてくるような感覚があるんだけど――まあそれは後でいい。
それよりも次は親玉であるあの巨大は炎を倒さなくちゃいけない。
『何なのだ……貴様っ!! さっきからその力は一体何なのだ!!?』
「何だと言われても、ちょっと癖が強いだけのただのスキルの力だよ。そんなことより、次はお前の番だぞ。覚悟はいいか」
『……ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!!』
「っ!?」
巨大は炎の塊はそう叫ぶと、これまでにないぐらいに勢いよく炎を噴き上げる。
あまりの熱に離れているはずの俺まで火傷しそうなぐらいだ。
そして、巨大な炎から何かが伸びてきた。
それは同じぐらい巨大は腕のように見えた。次にもう片方の腕、その次は足のようなものが生えてきた。
まるで卵から孵るように、蛹から蝶へと羽化するかのようにただの炎の塊だったそれはみるみるうちに姿を変えていく。
巻き込まれたら不味いと感じ、入って来た扉まで避難して距離を取ったがそれでも元々が部屋の大半を埋めつくしていた巨大さだ。どうしても完全に逃れる事は出来ない。
変形が完全に終わった時に、そこにいたのは巨大な炎の人型だった。
高さだけで言えば俺の十倍近くあるかもしれない。見上げるように見なければ顔すら見えやしないぐらいだ。
『無理矢理な復活だったからか、このような姿になるとはな。仕方あるまい。この程度の力でも、貴様を殺すだけであれば十分だろうからな』
さっきまでとは明らかに違う。
「ははっ、マジかよ……」
『魔王と呼ばれし頃には遠く及ばないが、人間よ誇るがいい。この炎の悪魔イフリートが直々に相手をしてやろう。我が長い年月かけた計画を台無しにしたのだ。その償いはしてもらうぞ?――貴様の命でもってな!!』
そう言った巨大な炎の人型、イフリートは燃え盛るその拳を俺に向かって振り下ろした。
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