本当の初ダンジョン
冒険者への登録、ステータスの取得、武器と防具の準備。
冒険者を始める為の全ての準備が整った。もちろん、まだまだ問題点は山積みな状態に変わりはない。
ステータス周りについては特にそうだ。スキルに関しては試行錯誤段階だし、ステータスの低さに関してだって解決していない。
だからあくまで最低限の準備が出来た、そんな程度である。
でも、だからといって俺もそろそろ我慢できそうに無い。
だからこそ俺は、おやっさんの鈴木冒険者専門店で武器と防具を買ったその足で、新宿ダンジョンに向かった。
新宿ダンジョンに到着してすぐに、ダンジョンの傍にあるコインロッカー付きの控室で防具への着替えをすませ、手荷物になってしまうものをロッカーに預ける。
真っ赤なレザーアーマーを身に纏い、腰に妖刀(仮)を差してみるとそれだけで気分が高揚してくる。
そしてダンジョンへの入場列に並ぶと、俺の心臓は増々ドキドキと五月蠅いぐらいに鼓動を繰り返すようになった。
さほど時間も掛からず、ついに自分の順番が回ってくる。
「冒険者カードの提示をお願いします」
「はいっ」
「――はい、確認できました。今回は申請がありませんので日帰りでの探索として登録させていただきます。一日経ってもダンジョンから戻られない場合は捜索隊が結成されてしまうので、ご注意下さい。それではご武運を」
「分かりました。ありがとうございます!」
受付のお兄さんは冒険者カードを機械に翳して、入場を確認していた。
何でも、入場と退場の際にああやって登録することで誰が戻って誰が戻ってきていないを判別するらしい。
日帰りの場合はともかく、数日をかけてダンジョンにいる場合はちゃんと事前に申請が必要になるのだ。
その為、申請も無く丸一日経ってもダンジョンから帰らない場合は『何かあった』と見なされ捜索隊が派遣されるというわけだ。
受付を通り過ぎれば、そこには開放されている大きな扉があった。
あの扉よりも向こう側が昨日も行った――ダンジョだ。
「ふぅ……」
なんとなく呼吸を整える。
二度目のはずなのに、何か昨日よりも緊張してる気がするぞ?
一度目より二度目の方が緊張するって聞いたことはあるけど……まさか自分がこんな形で体験するとは思わなった。
思わず震えだしそうになる身体を抑えつけて、境界までの一歩一歩を進んで行く。
そうして――扉の枠を跨ぎ、俺は再びダンジョンに足を踏み入れた。
前のようの誰かが随伴している訳じゃない、本当に一人では今日が始めて。
つまり、今日が本当のダンジョンデビューだと言っても過言じゃない!
そんな風に興奮しつつも、一先ず今日の目的を確認する。
「まずは武器と防具の使い心地の確認だな。出来ればスキルも試しておきたいけど、それは後回しでもいいや」
スキルに関しては、もう少し自分の中で詰めたい部分もある。余裕があればもちろん試しておきたいが、無理そうならそれで構わない。
それに、武器や防具を試すのだってどうしてもという訳じゃない。
そもそも今日は初日だし、あんまり長居するつもりも無いからな。ダンジョンの実際の雰囲気を体験して、ある程度探索したら引き返すつもりだ。
階層も今いる第一階層より下には行くつもりは無い。
いくら俺だって、始めてでガンガン進んで行くような無謀な真似はしないのだ……しないぞ?
「それにしても……モンスターいないなぁ……」
ダンジョンに入ること暫く、あちこち歩き回ってみるものの見かけるのは人ばかりで肝心のモンスターに全く遭遇しない。
恐らくだけど、この階層に人が多すぎてモンスターが現れた傍から討伐されてしまっているのだろうと思う。
実際に、何度かそういう声を出している冒険者を見かけた。「こっちにでたぞ!?」「絶対に逃がすなよ!!」「待ちやがれこの野郎!!」などなど。
「となると次の階層に――いやっ!! ダメだ! 今日はこの階層だけを探索するって決めただろう、俺!」
しかし、歩けど歩けどモンスターは現れない。
と思った、その時だった。
目の前に突然スライムが出現した。
「よしっ! 今日最初の相手はお前だ!」
まさか自分の目の前で
スライムは出現したばかりにも関わらず、傍にいた俺を敵だと認識しているようだ。まるで威嚇するかのように身体を跳ねさせている。
――そっちがその気なら、遠慮なくいかせてもらうぜ。
元々、遠慮するつもりなんて無かったけどな。
腰の刀を抜き、いざ勝負だ――と仕掛けようとしたとき、
「ファイヤボール!!」
俺の背後から飛んできた火球がスライムに直撃し、一撃で倒されてしまった。
何事かと振り向くと、そこには男三人組の冒険者がいた。
ニヤニヤとした笑みを浮かべるその三人の内一人が杖を構えているのが見える。そこでようやく、アイツが放った魔法がスライムを倒したのだと認識した。
俺よりも年上だろうけど、さほど大きくは離れていないように思える。
多分高校生、ないし大学生ぐらいの三人組だろうな。
ソイツ等は俺を無視してペラペラ喋り出し始める。
「おっ、ナイスシュートってか? この距離でも当てるとかスゲェじゃん!」
「いやいや、これぐらい余裕っしょ! ただでさえスライムは動きが遅いんだからさ!」
「ははっ、確かに。じゃあ『魔石』回収して次に行こうぜ~」
さっきのって、俺があのスライムの相手してるの一目瞭然だったよな……?
冒険者間のマナーとして、他人の
それをコイツ等は平然と破ったうえに、俺に何も言わずに立ち去ろうとしている。
……さすがにコレはおかしいだろう。
俺のことを完全にいないものとして扱っている男達は、横を通り過ぎてスライムが落とした魔石を拾いあげる。
そのまま先に進もうとする男達に声を張り上げた。
「ちょっと待てよ!!」
「あ? なに、お前?」
「さっきのスライムは俺が戦ってたんだ。モンスターを横取りしたってのに、一言も無しかよ!」
「そんなもん知らねぇよ。お前がモタモタしてるのが悪いんじゃねえの?」
何言ってんだこいつ……?
「大体、そんなルール以下のもん守ってる奴なんていねえっての。むしろスライムから助けてやった俺らに感謝して欲しいぐらいだわ」
「それなっ。お前見るからに初心者っぽいし、優しい先輩冒険者に感謝しろよ~」
「おい、時間の無駄だからさっさと行こうぜ?」
そんな無茶苦茶な理論を振りかざして再び立ち去ろうとする男達。
「なっ、そんな理屈が通るわけないだろっ! とにかく一言謝罪ぐらいは――」
そこまで言ったところで、俺の足元にさっきスライムに放たれたのと同じ火球が叩きつけられた。
「っ……!?」
「お前さあ、うざいんだわ。これ以上ゴチャゴチャ言ってくるなら、俺らもキレっかもよ?」
あと少しで俺に当たるところだった……
そんな人殺しみたいな真似を本気でするとは思えない。でも、コイツ等の態度から絶対にしないとも言い切れなかった。
だから俺は言い返すことも出来なかった。もし本当にコイツ等が人を傷つけることを何とも思わない連中だったら、俺は確実に――負ける。
その後どうなるか、なんて想像したくもない。
奥歯を噛みしめながら男達を睨みつけることしか出来ずにいると、魔法を放った男がそんな俺の様子を見て嘲る。
「はっ、ダッサ。雑魚が粋がってんじゃねえよ」
「「あははは!!」」
そう言い残して男達はどこかに歩き去った。
俺はその姿が見えなくなったことを確認してから、ようやく足が動き出す。
いつの間にか俺の足は震えていた。男達が去ったことを見届けることでようやく動くことが出来た。
そうしてさっきの自分の姿を思い返して、拳を握る手に力が入る。
――何も出来なかった……
口では何とでも言えても、実力行使がちらついただけで尻込みしてしまった。自分の主張を保ち続けることすら出来ず、言いたいように言わせてしまった。
自分が言ったことが間違いだったとは思わない。それに男達が言ったように冒険者全員がルールを守らないような人たちだとも思わない。
だからこそ、何も出来なかった自分に嫌気が差す。
「くそっ……」
ダンジョンに入った時の、どこかドキドキする高揚した気分はどこかに吹き飛んでしまった。
今あるのは、ただただ悔しいという想いだけだった。
俺は自分のステータスを理解した時、それでも何とかなると楽観していた。
だって冒険者には必ずしも戦闘能力が必要って訳じゃないと思ったからだ。もちろんいずれは実力を付けたいと考えていたけど、それほど急いでもいなかった。
俺はダンジョンでする冒険を楽しみつつ、目標を達成出来ればそれでいいと思っていたんだ。
しかし、冒険者は良くも悪くも実力主義である。
そのことをたった今強く再認識させられた。
「強くならないと」
誰にも馬鹿にされない冒険者になる為に。
自分の意志を、考えを貫き通す為に。
もっと貪欲になろう。
「よしっ!! そうと決めたら今日は時間が許す限りここで戦いまくるぞ!!」
レベル上げもそうだが、戦闘経験の習熟とスキルの練習も兼ねて!
そう決めて歩き始めると、驚くべきことが起こった。
さっきまで全然姿を現さなかったスライムが、次々と俺の目の前に現れ始めたのだ。
数分歩けばスライムにぶつかる。まるでポケ◯ンの草むらを歩いているみたいな感じだ。
だが、今の俺にとっては好都合! むしろどんとこいだ!
スライムとの戦闘は、昨日の戦闘経験が生きた。
体当たりしてくるのを避けて、出来た隙をすかさず斬る。それを何度か繰り返せばスライムの核を破壊し倒す事が出来た。
加えてよかったのが、妖刀(仮)が思った以上に使えたこと。
鞘から抜くと黒ずんだ刀身をしたそれは、桃木さんに借りたサーベルと同等かそれ以上の切れ味でスライムを斬ってくれた。
もし、この刀が本当に妖刀だったとしてもコレだったら使い続けるかもしれない。
もちろん妖刀ではあっても、呪いとかが無いことは大前提だけど。
「それにしても、これは桃木さんとおやっさんに感謝しないといけないな! 今度お菓子の差し入れでも持っていこう!」
二人とも甘い物好きだからな。どうせ普通のお菓子だったらほぼ無限に作れるっぽいし、好きなだけ出してあげるとしよう。
なんか今の俺、砂金で相手を釣ろうとする仮面のアイツみたいか……?
「まっ、ともかくこの調子でどんどん倒していくぜ!!」
その後も次々と出現してくるスライムを倒し続け、気が付くと背負っていた鞄がスライムの魔石で一杯になってしまっていた。
「おお~、軽く三十体以上は倒したかな? なんで急に湧き始めたのかは知らんけど、大収穫だったな!」
スマホで時間を確認すれば、そろそろいい時間になりつつあった。
「帰りの時間もあるし、今日はこの辺にするか」
そう思い、歩いてきた道を引き返している時だった。
道中にも何体か出現したスライムを狩っていると、一匹だけこれまでとは毛色が異なるスライムが現れたのだ。
「何だコイツ……?」
現れたのは、これまでの青色のスライムではなく『灰色のメタリックなカラー』のスライムだった。
「お前……もしかして
「……」
返事が返ってくる訳もなく。
スライムというモンスターは様々な環境に適応する。しかし稀にだが、環境云々に関係なく出現するスライムがいるらしいと聞いたことがある。
そういったスライムは総じて希少と呼ばれる。
そして希少スライムは、他のスライムに無い特徴を持つことでも同様に知られている。
その生態もそうだが、冒険者への報酬という意味でも――
故に倒さないという選択肢は無い。
何故か一向に動く気配の無い灰色にこっちから攻撃を仕掛ける。しかし――
「うわっ!? かったい!?」
妖刀(仮)は相手を切断することも突き刺さることもなく、ただ弾かれるだけに終わった。
「マジか……」
さすがに自分の攻撃が全く通用しない相手はどうしようもない。
しかも、俺に攻撃されたのにも関わらず灰色スライムは一向に動く気配すら見せないのだ。
まるで俺の攻撃なんて蚊に刺された程度にすら感じていないような様子だった。
しかし、俺にはこの刀以外に攻撃手段が無い。
どうするものか悩んでいると、一つ思い付いたことがあった。
「一か八かだけど……やってみるか」
俺は刀の構えを崩し、灰色スライムに近づきながら手の中に一つのキャンディーを作り出す。
作り出したそれを灰色スライムの近くに置き、俺はその場を少し離れる。
「さて、上手くいくか……」
俺は灰色スライムの様子を観察しながら、待ち望む瞬間が来るのを待った。
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