ダンジョンでの出会い
最初、灰色スライムは全く動く気配を見せなかった。
このまま反応が無ければ、俺にはコイツを倒す手段が無くなってしまう。こんなチャンスをみすみす逃すなんて、あまりにも……あまりにも勿体ない!
それに早くしないとちょっと前に遭遇したアイツ等のような、平気で人の獲物を横取りするような連中が現れないとも限らない。
気持ちは焦りながらも準備を終えた俺にはこれ以上出来ることは何も無い。
あとは、言いたくないがあの灰色スライムの行動に全てが掛かっている。
そして身を潜めて待つこと数分――
遂に、灰色スライムが動き始めた。
よ、よかったあ……全然動かないから、希少スライムとかじゃなくてただ道の真ん中に落ちてる金属の塊だったのかと思い始めてたんだ。
でもこれでアレがモンスターであることは確定した。後はこっちの作戦通りに動いてくれればいいんだが……
そんな心配をしている間にも、灰色スライムは真っすぐ前へ進む。
俺が作ったキャンディが置かれた箇所へと進んで行く。
そして眼前と言える程に、キャンディと灰色スライムの距離が縮まる。
――さあ、行け。そのキャンディを食えっ!!
果たして俺の願いが天に届いたのか、灰色スライムはキャンディに触手を伸ばす。そしてその体内にキャンディを……取り込んだ。
それはつまり、俺の作ったあの『状態異常キャンディ』を食べたということ。
「(外からは固くても、内側から。それも物理的な攻撃じゃなくて状態異常ならどうだっ)」
確かに俺の攻撃は灰色スライムには通じなかった。
そこで思い出したのが、当初予定していたスキルの使い方の一つ。相手に食べさせて倒すことを想定したデバフ型の使い方だった。
抵抗があるとかそんなことを言ってられない。使えるものは使うし、出来ることは全部やる。
そうして作ったのがあの『状態異常キャンディ』だ。効果としては、相手を毒状態にして毎秒固定ダメージを与えるという類のもの。状態異常といっても毒に特化したタイプにしてみた。
しかし俺のスキルへの熟練度の低さか、魔力の少なさなのか。
固定ダメージといっても大きなダメージを与え続けるような強力なものは作ることが出来なかった。
だから今出来る最大限のダメージを短時間で与えられるように調整して作った。
……もし、これが通用しなかったら諦めて見逃そう。そうなったら現状の俺にアイツを倒せる手段は皆無だろう。少なくとも今思いつかない。
そして毒の状態異常に掛かっても倒せなかった場合も同様だ。いや、この場合は二度目が通用するかどうか試してからでもいいかもしれないな。
スライムは雑食だから、基本何でも食べるはず。もしかすると、二度目でも警戒せずに食いつくかもしれない。
さて、結果はどうなるか……
緊張した面持ちでスライムを観察していると、キャンディを食べて数秒後に様子がおかしくなった。
さっきまでは最低限しか動いていなかった灰色スライムが、体の表面を波のように揺らし辺りを転げまわり始めたのだ。
すぐにあの反応は、毒によって苦しんでいるんだと推測できた。
その時だった。
「――。……だよ――」
まだ微かだったが、人の話し声が聞こえてきたのだ。
「(なんてタイミングで来るんだよ!? 灰色スライムを倒すのが先か、それとも他に人に見つかるのが先か……こうなりゃ!!)」
俺は岩陰から飛び出すと、苦しむ灰色スライムに対して何度も妖刀(仮)を振り下ろした。
これでダメージが入っているかなんて分からない。もしかしたら意味なんて無いのかもしれない。
それでも少しでも灰色スライムの体力が早く減ることを信じて、何度も何度も妖刀(仮)を叩きつける。
近づいて来る声は徐々にはっきりと聞こえるようになってくる。
灰色スライムは表面の揺れはそのままに、動きが段々と鈍くなってきていた。
俺はそれが弱ってきているサインだと判断して、攻撃する手をを更に早く強くする。
「あれ? これって戦闘音かな? この先で誰かが戦ってるみたいだね」
遂に、声がすぐそこにまで迫ってきていた。
だが同時に灰色スライムもなんか形が崩れ始め、あと一押しでいけるところまで来ている。
「これ、で……終わりだあああ!!!」
これまでで一番全力を込めて振るった妖刀(仮)は、弱っていた灰色スライムの身体を見事に両断して見せた。
そして灰色スライムが消えるのと、先程から聞えていた声の主がこの場に現れるのはほぼ同時だった。
「ありゃ、ちょうど終わったところみたいだね。どうもこんにちはー! 戦闘お疲れ様ですー!」
「あ、どうも。こんにちは。ありがとう、ございます?」
そんな風に話しかけてきたのは、俺とほぼ同年代に見える女の子だった。
その子は、頭上にドローンのような機械を浮かべながらこっちにやってきた。
「はじめまして、私は『
そう「えへへ」と恥ずかし気に笑う女の子――
ダンジョン配信者……普通の動画配信者と同じように、ダンジョンの中の様子だったり自分の戦闘風景を配信する人たちだったよな。
まさか、自分と同年代ぐらいの女の子がやってるとは思わなかった……いや、別にやってても不思議じゃないのか。
今はダンジョン全盛時代だ。そんな時代だからこそダンジョンと関わることは切っても切り離せない。鳳さんが配信者をやっていたとしてもなんらおかしくはないか。
それにしても生のダンジョン配信者なんて初めて会ったなぁ……
ん? 配信者ってことは鳳さんが指差したドローンは撮影用のカメラってことだよな?
……もしかしてこの様子って配信されたりしてる?
「あの、鳳さん。もしかして今の様子って……」
「ああ、その辺は大丈夫だよ。確かに配信中だったけど、君の前に出ていく前にカメラもマイクもミュートにしたから」
「はぁ、なら良かった。なら自己紹介しても問題ないよな。俺は安藤健司。冒険者になったのはつい最近で、今日が初めてのダンジョン探索なんだ」
「ほんとう!? 実は私も少し前に冒険者になったばかりなんだ! ダンジョンに来たのも数える程だし、配信者を始めたのもさっき言った通り! 正確には今日で配信五回目ってところかな? あ、それから敬語とか使わなくていいよ。多分私と同じぐらいだろうし」
「そ、そうか? じゃあ、遠慮なく普通に話すことにするよ。にしても生ダンジョン配信者かあ……今の内にサインとか貰っといた方がいいかな?」
「あははっ、欲しいならあげるよ? でも今は視聴者なんてほとんどいない人気も知名度も無い弱小配信者だけどね……もちろん! 将来的にはチャンネル登録一千万人を超えるぐらいに超人気配信者になる予定だけどね!」
そう言って楽しそうに笑う鳳は、心底ダンジョン配信者が好きだし楽しんでいるんだなと感じられた。
俺にも目標があるように鳳にも自分の目標があってダンジョンに潜ってる。
何だかこうして同年代で大きな夢を追っている人を見ると、嬉しくなるというか楽しくなるというか――とにかくいい感じだ。
それは多分、鳳の人柄とかもあるんだろうけどな。会ってすぐだけど、何となく話しやすいし距離を縮められるのが不快にならない。
いかにもクラスのムードメーカーといった雰囲気を持つ女の子だった。
「あんまり配信を止めておくのもあれだし、そろそろ再開しようかな。あっ、もしよければ安藤君も配信に写ってみない? 折角だから即席パーティー組んで一緒にダンジョン探索しようよ!」
「ああ……それは――」
実は今帰り道の途中だったんだよなあ……
そしてそれ以上に心配なことがある。鳳の容姿は普通に可愛い。美少女として紹介されても「ああそうなんだ」と納得してしまうぐらいには整った顔をしていると思う。
そんな女の子が配信者をしていれば当然、そういう人達もいると思う訳で――
「もしかして、視聴者の反応を気にしてる? 大丈夫だよ。そもそも私に固定の視聴者なんてまだいないし、同接だって二桁少し超えたぐらいがやっとなんだから! きっと今も中断している間にゼロに戻っちゃってるよ」
「そ、それはそれで聞いてて悲しくなってくるけど……ちなみに今日はあとどれぐらい探索する予定なんだ?」
「う~ん、安藤君に会う前にも一時間ぐらいは探索してたし――あと三十分ぐらいかな? 長引いても一時間は超えないと思うよ」
てことは三十分から一時間の間ぐらいか……うん、それぐらいなら別に大丈夫そうだな。身体は少し疲れてるけど、まだまだ全力で運動ぐらいは出来る程度に体力な残ってるし。
それにちょっとだけ、ダンジョン配信者ってものにも興味が無いこともない。
……むしろどんな感じなのか結構興味がある。
「そうだな。折角だから俺も参加してみようかな……?」
「そうこなくっちゃ! そんなに固くならないでもいいからね。どうせ見てる人なんて別の配信への繋ぎか暇つぶし程度にしかいないんだから」
「お前、自分で言ってて虚しくならないのか?」
「別に? だって事実だからね。これからどんどん人気を上げていけばいいのさ!」
そんなこんなで突発的に始まった鳳のダンジョン配信へのゲスト出演。
本人が言っていた通り、配信画面を確認すると視聴者はゼロになっていた。
それでも配信再開の挨拶や事情説明などを丁寧にしているのには、何というかプロ意識みたいなのを感じた。
「さて、それじゃあ再開していこう! ところで安藤君は見た感じ前衛タイプみたいだけど合ってる?」
「そ、そうだぞ。本当に今日が初だからアレだけど、一応前衛で剣を振って戦うタイプだ。俺の場合はスキルがあまり戦闘向きじゃ無いから、武器を振り回す以外に選択肢が無かったってのもある」
「それならこんな感じでパーティーを組めばよかったんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど……ちょっと色々事情があって……」
「ふ~ん……? まっ、詳しくは聞かないけどさ。冒険者に秘密は付き物だもんね」
というかそうだった……俺の場合はユニークスキルがあるから、パーティ―を組むのに慎重になろうって考えたばかりだったじゃないか……
それを忘れて鳳と簡単にパーティーを組んじまうなんて。しかも大勢が見るかもしれない配信の前で。
はぁ……どうして俺ってこう、うっかりが多いんだろう……
「――くん。安藤君てば!」
「あっ、え? ど、どうしたんだ?」
「もう、まだ緊張してるの? ほらまだ視聴者いないからそんなに緊張しなくていいって! それより、ほら――あそこ」
鳳の指差す先には、今日何度も戦った普通のスライムの姿があった。
「私、ここでスライムに遭遇するのこれで二回目だよ! 凄いね! 安藤君と一緒に行動した瞬間これなんて!」
「……はっ? 二回目?」
嘘だろ……
俺なんて今日だけで十体以上と戦ったぞ?
「な、なあ鳳。いつもどれぐらいダンジョンで配信してるんだ……?」
「え? そうだなあ、大体二時間か三時間はしてると思うよ。今日はちょっと用事で遅くなったから、一時間と少しぐらいの予定だけど」
「そ、それだけ探索してスライムとの遭遇が、これで二回目?」
「うん、そうだよ。でも人の多い第一階層ではモンスターと出会い難いって聞いたことがあるし、これぐらい普通じゃないの?」
いや――いやいやいや!? だって鳳が普通だったとしたら俺の方が異常ってことになるじゃん!
五日間毎日三時間近くダンジョンを徘徊して、出会ったモンスターがスライム一匹だけって絶対鳳の方が異常だろ!?
「ど、どうする!? どっちが戦う!? あっ、それとも一緒に戦うか!?」
……――
「鳳、あのスライムはお前のだ。俺は手を出さないから、好きに戦ってくれ」
「えっ!? いいのっ!!? だ、だって貴重なスライムだよ!?」
「いいんだ!! 俺は今日スライムと戦ってるからアイツは鳳に譲る!!」
「あ、安藤君、君ってやつは……ありがとう! じゃあ、私の戦っている姿をしっかり見ててよ!」
何だろう……凄く、すっごく悲しいものを見たような感覚になるのはどうして……
言えない。今日だけでスライムなんて何体も倒しているとか。
絶対に言えない。鳳があれだけ興奮しているスライム一匹に、俺は今日だけで何度も遭遇しているとか。
そうだっ。これから出てくるスライムは鳳に譲ろう! それがいい!
冒険者同士は助け合い。俺は倒してしまっても鞄はスライムの魔石で一杯だし、これ以上倒しても持ち帰ることが出来ない。
だったら鳳に倒して貰った方がずっと有意義だろう。
嬉しそうにスライムに向かって行く鳳の、背負うバックパックのぺちゃんこ具合にちょっぴり涙が出そうになるけど……
だから俺は、せめて今日が終わるまではこのフィーバータイムが終わりませんようにと願った。
少しでも多くのスライムと遭遇して、鳳が満足いくまで戦えるように。
そうして、始まった鳳とスライムの戦闘に視線を向けるのだった。
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