鳳の戦いと……二度目

 スライムに向かって行くおおとりの姿を見て「そう言えば鳳ってどうやって攻撃するんだろう?」という疑問を抱いた。

 何故なら鳳は手に武器を持っておらず、無手だからだ。

 思い返せば、出会った時から腰にも何処にも武器らしきものは持っていなかった。


 もしかすると魔法使いなのか? とも思ったが、それならそれでナイフとか最低限の近接戦闘が出来る程度の装備や、杖なんかも持っているはず。 

 しかし鳳はそれすらも持っていない。


 だとすれば、一体どうやって戦うのか……?


 その答えはすぐに明らかになった。


「さあ、久しぶりのだからね。思いっきり派手に行くよ!!」


 鳳がそう言った瞬間だった。

 

 その姿が掻き消えたかと思うと、スライムの背後の出現する。

 あまりの速さにまるで瞬間移動でもしたのかと思ったが、すぐにそれはあり得ないと否定する。

 瞬間移動のような能力は、数あるスキルの中でも本当に限られたスキルにしか宿っていない力だと聞いたことがある。

 しかもそれはユニークスキルばりに貴重なスキルで、そう簡単には手に入るものじゃない。

 

 そんなスキルを鳳が持っているとは思えなかったので、あの動きは単純に高速移動の結果だと結論付ける。

 だとしても、とても信じられなかった。

 鳳の言うことが本当なら、彼女が冒険者になったのはごく最近のことのはずだ。その上スライムと遭遇したのすら、これが二回目だと言っている。

 

 なのに、あの異常な速さの機動はなんなのか?


 そんな疑問を抱えつつ、鳳が出した次の一手は――だった。


「はっっっ!!!!」


 凄まじい音が辺りに鳴り響く。


 まるで隕石が降って来たかのような凄まじい衝撃がスライムを吹き飛ばし、その余波がダンジョンを揺らす。

 ダンジョンの中にいるのに地震にでも見舞われたかのような状態になった。


「……うっそ、だろ」


 衝撃から立ち直って見たもの、さっきまでスライムがいた場所に拳を振り下ろした体勢のまま止まった鳳の姿だった。

 そして地面には鳳の拳の振り下ろしによって出来ただろう、クレーターが出現していた。


「ふぅ、やっぱり全力を出すのが気持ちがいいね! ほんとはもうちょっと見栄えが欲しいところだけど、そこら辺は要練習かな?」


「お、鳳……今のって……」


「あっ、私の戦闘どうだったかな安藤君? まだ戦闘に慣れてないから技も何も無い力押しなんだけどね」


「な、なあ鳳。聞いてもいいか……?」


「うん? なになに?」


「今のって、純粋な身体能力なのか? それともスキルの力を踏まえてなのか?」


「今のって今の動きのこと? スキルは使ってないよ」


 それを聞いて猶のこと訳が分からなくなる。

 もしレベルが低くとも、強力な身体強化とかを施せるスキルであればさっきの挙動にも納得がいく。

 けれど、今のをスキルも使わずステータスだけで繰り出したなんて何がどうなってるんだ……?


「私のスキルは安藤君と同じように戦闘向きのスキルじゃ無いんだよ――でもね? 戦闘向きじゃないからって戦闘に役に立たないとは限らないんだよ?」


「それってどういう――」


「これ以上は私のスキルに触れることになるから、秘密ね! でも今の戦いでスキルを使って無いのは本当だよ。でも全く関わってない訳でもない。そんなところかな?」


「むぅ、よく分からんけど……要はスキルは使いようってことか?」


「そうそう! そんな感じ!」


 もしかすると、鳳も俺と同じように戦闘中には使い辛いスキルを持っているのかもしれない。

 でもそこで諦めずに、使い方を模索して今のような動きが出来るまでに昇華させたんだとしたら……


 さっきの鳳の姿は、俺が目指すべき姿の一つなのかもしれない。

 そう考えると、少し無理をしてでも鳳に付き合って本当に良かった。あの時帰っていたらこの貴重な経験は絶対に出来なかったからな。


「ありがとう、鳳。俺ももっと頑張らなくちゃって気持ちになって来たよ!」


「ん? よく分かんないけど、安藤君も頑張れ!」


「おう! ありがとうな!」


 それからの新宿ダンジョンの第一階層を歩き回り、何回かスライムと遭遇した。

 その度にその相手を鳳に譲っては、その戦闘を観察させてもらった。


 見ていて分かったのは、鳳の動きが凄く綺麗だということ。

 前に少しだけ見る事ができた桃木さんの動きのようだった。しかし同時に決定的に違うと思えるところもあった。

 例えば桃木さんの動きは、型があるような決まった形の滑らかな動きだった。

 だが鳳は、その場その場での最適な動きを心がけているというか……なんかそんな感じ。


 と言っても、素人の俺が見た感想だから結構的外れなことを言ってるかもしれないけどな?

 でも戦闘に不向きなスキルを持つ者同士としては、あそこまで至ることが出来るんだと見ていて嬉しかったし楽しくもあった。

 正直、俺と同じ初心者とか嘘だろと思ったのも一度や二度じゃない。

 

 そこで思い切って聞いてみた。


「なあ、鳳って前にどっかで武術とか習ってたのか? なんか凄く戦い慣れてるような気がするんだけど」


「別に習ってた訳じゃないよ。まあでも。昔取った杵柄ってやつだね。確かに戦い慣れてると言えばそうかも」


「なんだ、そうなのか。もし何処かで習ってるんだったら、俺も教えてもらおうと思ったんだけどなあ」


「もし習ってたとしても安藤君には合わなかったかもしれないよ? だって私は主に徒手空拳で戦ってるけど、安藤君はその刀でしょ? 少しは参考になるかもしれないけけど、やっぱり得物が違うからそこら辺は勝手が違う部分も多いと思う」


「ああ、言われてみればそうか。確かに鳳の戦い方は素手だもんな。というかむしろそれに驚いたわ! よくモンスター相手に素手で戦おうと思ったよな。俺なんて武器が届く距離でも、まだおっかないのに」


「ま~、そこら辺は慣れかなぁ。もちろん私だって怖くない訳じゃないけど、なんか素手の方が『戦って勝った!!』って感じがしない?」


 ……さてはコイツ、戦闘狂の類か?


 言わんとしてることは分かるけど、理解できる訳じゃないぞ。

 そう話している顔がいかにも楽しそうなのが、戦闘狂疑惑を後押ししてる。


「なるほどつまり、戦うのが好きでその感触を一番味わうことの出来る素手に限る、と」


「違うよ!!? とんでもない風評被害は止めてくれるかな!?」


「でも、素手の方が楽しいんだろ?」


「……」


 そらみたことか。


「さ、さて!! そろそろいい時間だし今日の探索は終わりにしようかな!!」


 露骨に話題を変えたな、コイツ。


「よしっ! 安藤君、引き返すから帰りの戦闘はよろしくお願いね? 私はに沢山戦えて満足したから。それにこれだけ私の戦闘を見せたんだから、今度は安藤君の戦闘風景も見せてよね!」


「それなら帰りは俺が先導するわ――ん? 久しぶり……?」


「それじゃあお願いね! もし戦い方で変なところがあれば、私に出来る範囲でアドバイスしてあげるから!」


「よしっ!! さっさと行こうぜ!!」


 あれだけ強い鳳に戦闘のアドバイスを貰えるなんて、またと無い機会っ! 

 逃してたまるものか!


 俺はその時に感じたちょっとした違和感のことは完全に忘れ去って、意気揚々と新宿ダンジョンの出口へと歩いて行った。





 新宿ダンジョンを出てからすることはもちろん、ダンジョンから持ち帰った物の換金だ。

 その為に俺と鳳はギルドに向かった。


「それにしても、本当に良かったの? 帰りの魔石まで私が貰っちゃって」


「いいのいいの! どうせあれ以上持ちきれなかったし、それに帰りに指導して貰った分の指導費だと思ってくれればいいって!」


「指導費って……あんなの見てた感想を言っただけなのに……」


 鳳はそう言うが、帰り道での鳳のアドバイスはかなり為になった。

 言われた箇所を意識してみると、次の戦いでは確実に動き易くなったし、狙いを外し難くなった。

 それだけでも俺にとっては十分過ぎる程に十分な成果だった。

 それに加えてダンジョン配信を体験させて貰ったり、非戦闘向きなスキル使いの考え方だったり。

 

 今日だけで色々なことを、鳳に教えてもらった。

 それが意識してかしなくての事なのかは分からないけどな!


「まっ、とにかく俺としてはそれを譲っても全然いいと思えるぐらいに収穫があったんだよ! だから貰ってくれよ! それにここで返されたりなんかしたらカッコ悪いだろ?」


「う~ん……釈然としないけど、安藤君がそこまで言うなら貰っておくよ」


「おう! そうしてくれそうしてくれ!」


 ギルドの買い取りカウンターに着いた所で別れて、それぞれの買い取り物を査定してもらう。

 暫く待っていると俺の番が回ってきたので、カウンターで今日の成果であるスライムの魔石を出した。


「これ全部買い取りお願いします!」


「畏まりました、全て買い取りですね。査定しますので少々お待ちください」


 受付のお姉さんはそう言って、魔石を何かの装置に翳す。


 そういえば、前に来たときに受付にポツンッと座っていたおじさんはいなかったな?

 もしいたらそっちに並ぼうかなと思ってたんだけど……今日はお休みだったりするのか?


「あの~、以前来た時にいた男の人の受付さんって今日はいないんですか?」


「はい? ギルドの受付業務は基本的に女性が担当しているかと思いますが……何かの見間違えじゃありませんか?」


「えっ……?」


「――はい、査定が終わりました。全てスライムの魔石ですね。買い取り金額は合計で18,500円となります。それでは冒険者カードを出して下さい」


「……」


「あの、どうかされましたか……?」


 え、え、え??


 じゃ、じゃあ、あのおじさんって何だったの??

 俺にだけ見えてた訳じゃないよな?……でもあの時、あのおじさんの受付には誰も並んで無かった?

 でも俺と目が合ったし、ちゃんと反応もしてくれたし……


 そ、そうだよ! このお姉さんも『原則は』って言ってたじゃないか!

 てことは臨時であのおじさんが受付をしていて、お姉さんがそれを知らなかったってだけかもしれないよな!

 うん、そうに違いない!!


「大丈夫ですか? 何やら顔色が悪いようですが……?」


「い、いいえ!? そんなことありませんが!? あっ、冒険者カードでしたよね! はいコレ、お願いします!!」


 俺が勢いよく冒険者カードを出すと、お姉さんは若干引いたような表情をしながらそれを受け取る。


「そ、それでは手続きをしますね」


 そ、そうだよ。


 あんな真っ昼間に、それもこんなに人が多い場所でゆ、ゆうれ――


 お姉さんの後ろに、人影が現れた。


 少し草臥れたような表情と、ギルド職員の制服。

 それはまさしくあの日、誰も並ばない受付にいたおじさん職員の姿であった。


 おじさんは、俺と目が合うとニコリと笑う。


「で――」


「……?」


「出たあああぁぁぁ!!!???」


「「「っ!?!?」」」


 俺が突然上げた大声に、周囲の人たちが目を剥く。


「ど、どうされましたか!?」


「う、後ろ、後ろにぃぃ!!?」


「う、後ろですか――あっ、副支部長じゃないですか。こんな所で何してるんですか?」


「いやあ~、ちょっと見覚えのある顔を見かけたからちょっと寄ってみたんだよ。そしたら……なんか予想以上に驚かれて逆ドッキリを仕掛けられたような気分になってる」


「え……副支部長、ですか? 幽霊とかでは無く……?」


「「ゆうれい?」」

 

 お姉さんと副支部長が揃って首をかしげる。


 あぁ……俺はまた何か盛大な勘違いをやってしまった気がする……


 俺は先日、受付をしている副支部長を見かけた件や、さっきのお姉さんとのやり取りでの勘違いを説明する。


「なるほど、そういうことでしたか……百%、副支部長が悪いですね」


「ぼ、僕かい!?」


「だってそうでしょう? 何で勝手に受付業務なんてやってるんですか? その時間だと休憩に行って閉めたはずの受付を勝手に開けてたんでしょう?」


「い、いやあ、ほら少しでもみんなのお手伝いをしようと思ってね?」


「以前に業務が混乱するので、そういうのは止めてくださいって言いましたよね! 大体その日は支部長と一緒に重要な会議があったんじゃないんですか!?」


「……実は支部長に今日の会議はお前はいらないって言われて暇だったんだよ。で、自分の仕事するのも面倒だし、だったら受付でもやって仕事やってます感を出そうかと」


「やっぱり副支部長が悪でしたね。後ほど支部長の元へ連れて行くので、向こうの方で待機しててください。ああ、言っときますけど逃げたりしたら、支部長にあることない事ぶちまけますから。例えばセクハラ「向こうで静かに待機しております!」――お見苦しいものをお見せして、申し訳ありませんでした」


「い、いえそんなことより、いいんですか!? あの人、ここの副支部長なんでしょ!?」


 なんかもの凄く雑な扱いされてなかったか!?


「ああ、前からあんな感じですから。それよりも、すみませんでした。さっきはああ言いましたが、私がもっと丁寧に説明していればよかった部分もありますので」


「いえ、一番の原因は俺が変な勘違いをしたことですので……」


 なんか俺、ギルドの受付に来ると恥しかかいていない気がする……

 

 買取は既に終了していたので、お姉さんと軽く二、三言話して買い取りカウンターを離れた。

 というか少しでも早くその場を立ち去りたかった。

 逃げた先では鳳が既に買い取りを終えて、待っていた。


「大丈夫安藤君? なんかさっき凄い声がしたけど。それになんか顔が変な色してるよ? 青いような赤いような……?」


「うん。ホラーとドッキリと同時に体験した感じだった……」


「え? どういうこと……?」

  

 もう、恥ずかしくてギルドに来れなくなりそう……

 

 そう思って終了したダンジョン初日だった。

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