妹とユニークスキル
特にこれといってすることも無い――ことは無い。
折角、冒険者になったのだから本当ならダンジョンに行くべきなんだろう。というか今すぐにでもダンジョンに行きたい気持ちで一杯だ。
でも、したくてもそれをしない理由がある。
冒険者登録をしてから翌日。
俺はその理由について家のリビングにあるソファで考えていた。
「う~ん……」
「……何を真っ昼間からうんうん唸ってごろごろしているのだ?
「おお、
呆れたような目をしながらリビングに入ってきたのは、妹の
もちろん俺なんかよりもずっと頭は良いし、何とそれに加えて運動も出来るという文武両道っぷり。
我が妹ながら、どうしてこんなに万能なのか不思議な完璧妹様だ。
まあ唯一の欠点、といえるかどうか分からないが身長が平均よりもかなり低いことを気にしているらしい。
その為今も牛乳をごくごく飲んで身長を伸ばそうを頑張っている。
「ああ、おっす。それより、さっきから一人で唸って何をしてるのだ? 兄のことだから登録したら真っ先にダンジョンに突撃するかと思っていたが」
「ああ、俺もそのつもりだったんだけどなあ……なあ愛華。レベル1の冒険者のステータスがどれぐらいかって知ってる?」
「ん? 大体7~8前後で10いかないぐらいだったと記憶しているが、それがどうかしたのだ?」
「何で冒険者でもないお前がそんなこと知ってるんだよ?」
「筆記試験がヤバいからと泣きつき、私が冒険者に詳しくなる切っ掛けを作ったのは――はて誰だったか?」
……俺です。
「その節は大変お世話になりました」
「報酬の件は忘れてないだろうな?」
「も、もちろん! ただ、それにつきましては冒険者活動が上手くいってからという事でどうかご勘弁を……」
「仕方ないな。今の兄の貯金に期待してもたかがしれてるのだ」
ちなみに愛華と約束した報酬とは、本屋で好きな本買い放題という約束だ。
愛華のことだから一切の容赦はしないはず。その時が来るまでに少なくとも二桁万円ぐらいは溜めておかないとヤバいかもしれない……
自分のした約束に戦々恐々とする。
「それで? そんなことを聞いてどうするのだ?」
「う~ん……まあ、見せた方が早いか」
ステータスの公開に関しては桃木さんから口酸っぱく言われているけど身内の、それに愛華なら問題ないだろうと判断する。
こいつは口が堅い方だし、何より冒険者にとってのステータスというものをよく理解してるはずだ。
「ちょっと俺のステータス見てくれ――『ステータス、リリース』」
「躊躇なく見せたな……まあ口外するつもりもないが。私だから良いものの外ではその辺しっかりするのだぞ」
「大丈夫、だいじょうぶ。ギルドで俺の受付をしてくれたお姉さんにも言われたから」
「それはいい人に当たったな。ならまあ私からはこの程度にしておくとしよう。では兄のステータスを見せてもらうぞ」
そうして俺のステータスを見た愛華は、最初はワクワクとした雰囲気だったが次第に眉を寄せて口元が引き攣り始める。
「おい兄……これ、マジか?」
「大マジだ。俺も最初に確認したときはお前と似たような反応したよ」
俺のステータスは冒険者登録の日から変化していない。レベルは1で、幸運以外の全ステータスが2のままだ。
「これを見た感想をどうぞ」
「ふむ……同レベル帯の冒険者と比較して、間違いなくステータス平均は最底だろう。オブラート100回ぐらい包んだ上で良く言えば『万能型』ってところなのだな」
「……率直に表現するなら?」
「器用貧乏どころか器用大貧乏。全てにおいて不得手を極めたようなステータスなのだ。まあ、眺める分には見やすくていいのが唯一の良点だな」
そうだな。間違っちゃいない。
何一つ間違っちゃいない評価だが……それだけにグサッとくるわ。さすがに家族身内だけあって言う事に容赦がない。
「まあ、俺も同意見だけどさ。愛華さん……もう少し言い方どうにかならんかったん?」
「率直な感想を言えと言ったのは兄の方だろうに」
「……そりゃそうだ」
「しかし、なるほど。兄が悩んでいた原因はこれか……私としては冒険者を諦めても仕方ないと思うぞ。このステータスでダンジョンに潜るのは、あまりにも危険なのだ」
「ああいや、それについてはもう決めてるんだ――俺は冒険者を続けるよ」
何の説明も無しでステータスを見せたから、勘違いさせたようだ。
しかし愛華が言ってくれた点に関してはとっくに答えは出している。もちろんこれしきのことで冒険者を辞めるつもりは無い。
「それについては後でジックリと話し合いたいな……という事はステータスの低さに関してか?」
「それもある。割合でいうと三割ぐらいはそれだ。残りの七割は俺の初期スキルについて」
「スキルというと――ああ、これか。『スイーツマジック』とは、名前からしてまた妙なスキルを手に入れたものだな」
「実はそれユニークスキルだったみたいでさ。昨日はそれで色々騒ぎになっちゃって「ユ、ユニークスキルだと!? そ、それは本当なのか兄!!」――お、おう。ほら、種別にユニークって書いてあるだろ?」
俺のユニークスキルという言葉を聞いた瞬間、愛華はお茶を吹きだしながら俺を問いただすという器用な動きを披露した。
胸倉を掴まん勢いだったので、すぐにスキル情報に関してもステータスリリースして見せる。
「ほ、本当にユニークスキルだ……」
「ギルドの人もそうだったけど、ユニークスキルってだけでそんなに騒ぐことか?」
「……あれだけ勉強したっていうのに。兄! お前ってやつはっ!!」
「わ、分かってる! ユニークスキルがどれだけ貴重かってことは分かってるよ!」
「ほう、じゃあユニークスキルについて説明してもらおうか」
正直、昨日桃木さんとの話に出てくるまで存在すら忘れていたけど。
だ、だって筆記試験の内容にはかすりもしなかったし、勉強してから日数が経ってたんだぜ? 頭から抜けててもおかしくないだろ?
……物覚えが悪くてすみません。愛華には今度美味い物でも奢ってやろう。
まあとにかく、ユニークスキルの事はちょうど昨日桃木さんから改めて聞いたばかりだ。しかもたっぷりと聞かされているから今ならちゃんと説明できる、はず。
「えっと……スキルにはステータスでも見て分かる通り、いくつかの種別がある。その中の一つが俺のみたいなユニークスキルだ。そしてユニークはその名が示す通り、他の誰も同じスキルを持つことが出来ない事実上の個人専用スキルである」
「ふむ、それで?」
「ユニークスキルはその一つしか存在しない。その代わりなのかどうか知らないけど、総じてスキルが持つ力が強大なことで知られている――こんなところで、どうだ?」
「まあ及第点なのだ。少し訂正するなら、ユニークスキルの力は強大どころじゃない。今の所ユニークスキルを発現した冒険者は全員、冒険者ランキング100位圏内に入っている。それも
愛華の言う通り、ユニークスキル保持者は冒険者内における格付け――ランキングにおいて上位を占めている。
ランキングは戦闘能力のみが評価される訳じゃないが、上位に入るというだけでどういう方面にしても一定以上の力を持つことが証明される。
つまりその全員が世界有数の実力を持つ冒険者であるということだ。
それを聞いて、猶のこと思ってしまう。
「やっぱり俺のスキルがユニークなんて冗談だろ。だってスキルの力が『お菓子の魔法を使う事が出来る』だぜ? 百歩譲ってもお菓子だぞ? どこに強力な力を持つ要素があるってんだよ」
俺が自分のスキルがユニークスキルだと聞いてもいまいち実感が無かった原因はコレだ。
とてもお菓子に関連するようなスキルが世界に通用する強力なスキルだとは思えないのだ。
「むぅ……まあ言いたい事は分かる。しかし人の常識が及ばないのもまたユニークスキルというものなのだ。私達が想像もしないような力を秘めていたとしても不思議じゃない」
「ギルドの人も同じこと言ってたよ……」
あの後、桃木さんに色々と聞かされた。そして俺がさっきと同じような事を言うと、愛華と似たような言葉で返された。
俺は昨日、少しだけ試したスキルの効果を愛華に見せようとする。
「とりあえず試しに使ってみるぞ」
「ちょ、ちょっと待て兄! ダンジョン外でのスキルの使用は――」
「大丈夫だ。特例になるけど許可は貰って来たから。それじゃあ見ててくれ」
俺はテーブルに置かれた茶菓子を見てイメージを固め、スキルを発動する。
「ほれ。そこにあるクッキーと全く同じだ。食べ比べてみてもいいぞ」
俺はスキルで作ったクッキーを愛華の掌にのせる。
それを呆然とした顔で見送った愛華は、すぐに再起動するとテーブルにあったクッキーと見比べる。
「……確かに一緒だ。本当に食べられるのか?」
「昨日俺もギルドの人も食べてみたけど普通に食えたよ。味も特に変わりない」
愛華は意を決したように二つのクッキーを食べ比べる。
「本当に味は変わらないんだな……」
「だろ? しかも驚くなかれ。コレを作ったとき、一切の魔力消費が無かったんだ」
その言葉を聞いた愛華は一瞬、何を言われたのか理解できないような顔をしていた。
しかしその意味を頭が理解すると、驚愕すると同時に「ありえない……」と何度も頭を振る。
「――そんなはずない。スキルを発動するからには、必ず魔力を消費するはずなのだ」
愛華の言っていることは正しい。
スキルという一種の超能力を使う為には、燃料となる魔力が必要となる。それは絶対であり、今のところ例外は存在しない。
「でも実際に魔力は消費してない。そこが分からないんだよな~」
ダンジョンに行かずに家で悩んでいた理由――それはスキルの使い方が分からないこと。
「お菓子が出てくるって事はスキルは発動してるはず。でも魔力を消費してないって事は正しくスキルを使えていない……それが昨日、俺とギルドの人とで出した結論だ」
俺と桃木さんも愛華と同じ疑問を持った。まあ正確には桃木さんがだけど。俺は魔力消費が無いならいいじゃん! と浮かれるだけだったよ……
「し、しかし如何に正しく発動してないと言っても少しの魔力消費も無しに物質を作れるはずが無い。そんなのゲームのバグやチートの類なのだ。いや、でもユニークスキルが成したことだと思えばどうにか納得できない事も――」
「……お~い愛華、戻ってこい~」
「――はっ!? す、すまん。少し考え込み過ぎてしまったのだ」
「それは別にいいけど……とにかく俺はこのスキルの使い方について考えてたんだ。ギルドの人曰く『ただお菓子を作るだけのスキルとは思えない。本質はもっと別にあるはずだ』ってさ」
「ふ~む……なるほどなあ」
俺はもう一度スキルの説明に目を通す。
――――――――――――――――――――
スキル:スイーツマジック 種別:ユニーク
効果:お菓子の魔法を使うことが出来る
――――――――――――――――――――
「何度見てもさっぱり分からん」
「……強いて言えば、効果に関する説明に少し違和感がある」
「違和感って?」
「『お菓子の魔法を使える』って変じゃないか? ただお菓子を出す事が出来るなら『お菓子を出す魔法が使える』と書かれるはずだろう?」
「言われてみれば確かに……」
「お菓子の魔法……あまりピンとこないが、作ったお菓子に対して何かできないか?」
作ったお菓子に対して……?
いきなり何か出来ないかと言われてもどうすればいいやら……そうだな~、じゃあ試しにこんなのはどうだ――
「――!? い、いま魔力を使った感覚があった!! 成功したかもしれない!!」
「なに? じゃあそのグミに何かしたのか?」
「おう! 愛華に言われたように何か出来ないかと思ってな? それであの魔法学校シリーズに登場する面白お菓子をイメージしてみたんだよ!」
「それを聞いて嫌な予感しかしないんだが……? ちなみにどんな不思議お菓子をイメージして作ったんだ?」
「あれだよ。食べると耳から蒸気を吹きだす何とかグミだかキャンディだかってやつ!」
「……私は絶対に食べないからな!! 試すんなら自分で試せ!!」
そんなに嫌がらなくてもいいのに。少なくともあの映画の中でも食べれたんだから、スキルで作ったこれも食べられるはずだ。
少し納得がいかなかったが、まるで威嚇する猫のようにこっちを睨みつけている愛華に食べさせる訳にも行かず仕方ないから自分で食べる。
「――あっははは!!! 何だコレ!!? 本当に耳から蒸気が吹きだしたんだけど!! あはははは!!!」
「あ、兄!? それ本当に大丈夫なのか!? 鼓膜が吹っ飛んだりしてないだろうな!?」
「大丈夫だって! どこも痛くないし、なんか耳の辺りが少し痒いぐらいだ! ほら、もう一個作ったから愛華も食ってみろって!」
「い、嫌だ!? そんな劇物だれが食べるもんか!?――ひぃ、それをこっちに近づけるな!!」
その後、嫌がる愛華を追い回した俺は母さんに見つかってゲンコツをもらった。
ちなみに母さんや父さんにも進めてみたが、二人とも引き攣った顔で本気で嫌そうに断りやがった。
そんなに危ないもんじゃないし、むしろ面白いのに。
やっぱり納得いかん……
そうして俺は自分のスキルの使い方をほんの少しだけ理解したのだった。
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