ダンジョンでの発見【後】
桃木さんとの会話の後、俺はダンジョンに戻ってきていた。
今いるのは、あの謎空間があるちょうどそこの周りの通路のところだ。
何にしてもまずは、この謎空間の中に入る方法を見つけない事には何も始まらない。
そう考えて俺は謎空間を囲む通路を調べてみることにした。さっきの探索では見つけることは出来なかったがもう一度、今度はもっと詳しく調べてみれば何か発見があるかもしれないと思って。
そうして一先ず壁伝いにぐるりと一周してみたのだが……
「み、見つからない……」
ちなみに今は絶賛周回二周目に突入している。
一周目では謎空間がある側に面した通路の壁を調べてみたんだが、俺が分かる範囲では何処も変なところは見つけられなかった。
だから二周目は床とか天井にも注意を向けて調べてみてるんだが……特におかしなところは見つけられない。
「これで駄目なら向かい側の壁も調べてみる必要があるな。もしそれも空振りだったとなると――かなり面倒なことになるな。普通の手段じゃ入れない可能性が出てくる」
ダンジョンでも稀に見られるトラップの中には転移系――つまり作動すると別の場所に飛ばされるような代物があるらしい。
もしそういった仕掛けを利用するタイプだったら、入り口はここに面している必要は無い。
だって転移出来るんだったら、例え第一階層の端だって構わないんだから。
「そうなってくると、第一階層を全部探索しないといけなくなる。まあそれが嫌だっていうんじゃないけど、時間がかかるんだよなあ……」
春休みが終わり、ダンジョンに来る時間が作りにくくなるというもある。
だけど一番の理由はこの場所が他の誰かに発見されないかという心配があるからだ。
ギルドで地図を買わずに第一階層をプラプラ探索しているのだって、俺だけとは限らない。
いや、むしろ真に冒険者ならそういう人達の方が多いはずだ!!
てことは、他の誰かが発見してしまっても何もおかしくない。
だからあまり時間を掛け過ぎたくないのだ。
そうこうしている内に二周目も終わる。
「発見は無し、か。こうなると本格的に第一階層を全部探索する必要が出てくるか? それならそれでとっとと動き始めないといけないが……ふむ」
……こんな時こそスキルを使えないだろうか?
俺のスキル<スイーツマジック>は効果のところがかなりふわっとしている。
というか出来ること、いや作れるものの幅が思っていたより広かった。
実はこの前なんて、面白半分で「次の日の朝、ぴったり七時に起きれるチョコレート」を作って食べてみたのだ。
そしたら何と、次の日ぱっちりと目が覚めて時間を見てみると正に七時ジャスト。
まあ時間を確認する間とかがあったから本当にピッタリでは無かったが、起きたのは恐らく七時ピッタリだっただろう。
珍しく寝坊しなかったもんだから、母さんにも愛華にも驚かれるし。父さんには「今日は雪か!?」なんて本気で心配されるし……
まあ今はそんなお遊びの事はどうでもいいんだ。
そんな訳で、俺のスキルは出来ることの幅が思ったよりも広い。
であればこんな時こそ使えないかと思ったのだ。
「まあ、道具に頼るのはちょっと邪道かもしれないけど、背に腹は代えられん! ここはスキル頼るとしよう!」
そうして俺はスキルとの対話を始める。
対話とは言っているが、単にスキルで出来ること出来ないことを確認しているだけだ。
でも何となく対話っぽいだろう? だから俺はこれをスキルとの対話と呼んでいる。
「――この方法ならいけそうか。じゃあ早速――」
作るお菓子の方針が定まった俺は、すぐにスキルを発動させる。
魔力を消費した感覚と共に、手の中に『キャラメル』が現れた。
たった今作ったキャラメルは、もちろんただのキャラメルじゃない。
食べている間、『物体を透けて見えるキャラメル』だ。所謂、透視能力が付与されたキャラメルってことだな。
思ったよりも魔力の消費が激しかったけど、果たしてちゃんと効果を発揮するかどうか――
そう思いつつ、謎空間がある方の壁に対してソレを使う。
「おっ、本当に壁が透けて中が見えるじゃん!!」
思い描いた通り、目の前の壁を素通りして中を見ることが出来た!
しかし、魔力も少なくスキルも使い慣れてない俺が作った魔法のキャラメルだ。その能力にはちゃんとした制限も存在する。
それは、目の前の物体一つにしか作用しないということ。例えば隣の部屋を透視することは出来ても、そのまた向こうの壁には通じないということ。
加えて見える範囲が、まるで双眼鏡を覗き込んだときのようにかなり狭い範囲しか無い。その為、壁に張り付くようにして中を見る必要がある。
つまり傍から見れば、ダンジョンの壁に張り付く変人にしか見えないのである。
いや~……本当に人が来ないような場所でよかったわぁ。
こんなの見られたら軽く死ねるもんな――
……――ん?
ふと、気配を感じたような気がした。
気配というか……視線?
モンスターだよな……? こんな外れの方に他の冒険者なんて滅多に来ないはずだもん。
それがこんなタイミングで来るなんて都合の良いこと――あ、いや悪いこと?あるはず無いもんな。
でも「ああ、見たくないな」と思いつつ、視線を感じた方に顔を向ける。
「ひっ!?!?」
そこには、化け物にでも遭遇したかの如く短い悲鳴を上げる女性冒険者の姿があった。
俺が顔を向けると、更に怯えたように身体を震わせる。
「あ、あの、違うんです」
そんな言い訳をするが……あれ、何が違うんだろう……?
「こ、来ないで下さい!!」
「いや、これにはちゃんとした訳があって――」
このままダンジョンに出没する新種の変態扱いをされるのは嫌だ。
そう思いどうにか誤解を解くために一歩踏み出せば――
「きゃああぁぁぁぁ!!?」
女性冒険者は脱兎のように逃げ去ってしまった。
「……」
その場で手を伸ばした体勢のまま固まる俺。
暫くその体勢のまま固まっていたが、その後再起動する。
何だか若干顔から血の気が引いている気がしなくもない。
「……だ、大丈夫だよ。顔見知りならともかく、全然知らない人だったし!?」
知人でも無ければ、会ったのだってさっきが初めてのはず!
だったらちょっとぐらい奇行を見られたところで、例え噂が広まってもその正体が俺だとは分からないはずだ!!
うん、だから大丈夫だ! 何も問題ない! そうに違いない!!
「探索に集中しよう……」
キャラメルの効果時間だって有限なんだから。
それに思ったよりも魔力を使ったせいで、残りの魔力量が少ない。出来れば今食べてるキャラメルで、どうにかヒントぐらいは掴んでおきたい。
……念の為、場所は変えておくか。
俺は、さっきあったことは胸の奥に仕舞い込んでどうにか意識を切り替えた。
そうして変えた場所でもう一度謎空間の中を覗き込む。
すると、やはりこの壁の向こうには部屋があることが分かった。
この時点で、ここが少なくともギルドに把握されていない未発見の隠し部屋であることが判明した。
さらに観察を続けると、中央にあたる部分に扉が設置されているのが分かった。
「なんだアレ? どこ◯もドアか?」
その表現がピッタリな感じで、扉だけが部屋の中央に佇んでいる。
「いや、今はそれよりも入り口の手掛かりを探すのが先だ。なんかそれっぽいのないかなあっと――」
場所を移動しながら色々な角度から部屋の中を観察して見ると、壁の一か所に魔法陣のようなものが描かれている場所を発見した。
すぐさまその真裏にあたる通路の壁にやって来る。
そして、そこの壁に何か無いかを徹底的に探した。
もしかすると、ここの壁は関係無くどっかから転移させられるタイプなのかもしれない。
でもそうじゃない可能性もある。だとすれば一番怪しいのは魔法陣のちょうど真裏であるこの場所だ。
壁の染みから小さな凹みなどに至るまで、隅から隅まで調べ尽くす。
すると――
「……あった。多分これ、だよな?」
ようやく見つけたソレは、本当に小さな違いだった。
壁の一部がほんの少しだけ、周りと色が異なる場所があったのである。
しかも真四角の正方形に近い形で、まるでその部分だけ切り取って別の素材で入れ替えたかのようになっている。
その上、色の変化が本当に微妙だった。ここだと的を絞って探さなければ見つけられなかったぐらいには、ほんの少しの違い。
俺も見つけた時は、目の錯覚でも起こしたんじゃないかと思って何度も見返したぐらいだからな。
それでも一度認識すれば、その部分だけ明らかに違うということが分かる。
ちょうど魔法陣の裏で、こんな違和感のある場所があるとくれば……間違いない。必ずここに中に入る為のヒントが隠されているはず!!
しかし大きさは一辺が小指の第一関節程度しかない。それに色が違うことが分かっても、触っても押してみても変化が無い。
「待てよ? 壁の一部だけ色が違う場所がある時のセオリーと言えば――そうかっ!!」
俺は妖刀(仮)を抜き放つと、その部分に向かって切っ先で何度も突く。
「こういうのは破壊可能オブジェクト的なものを分かり易く視覚化してるってパターンが定番だよな!! おっ! ちゃんと削れてるじゃん! よしこの調子で――」
掘削作業を続けること十分少々、遂にその瞬間がおとずれた。
妖刀(仮)から伝わる抵抗感が突然無くなる。
色の違った部分は、どうやら填め込まれていた板のようなものらしかった。
その板の先には僅かながら空間が存在しているようで、切っ先はそこに突き刺さっていた。
妖刀(仮)を上手く使ってその板を外して、中を覗き込む。
「う~ん、なんかあるな。もしかしてスイッチとか?」
光る石のようなものが奥の壁に埋め込まれていた。
何となくスイッチか何かだろうと判断して、触れてみることにした。だけど、ちょっと指では届きそうにない距離だったので妖刀(仮)の切っ先に布を巻いて、それで触ってみる。
間違っても壊すなんてことがあっちゃいけないからな……
カチッ
「お?」
すると、確かに押したような感覚があった。
そして、そこからの変化は劇的だった。
謎空間側の壁が突然光り出したかと思うと、光の線が何本も引かれていく。
それはあっという間に幾何学模様を形作ってしまった。
「部屋の中にあった魔法陣に似てる……てことはこれが入り口ってことか?――よっしゃああ!! 遂に見つけたぜ隠し部屋の入り口!!」
俺は早速とばかりに魔法陣に手を伸ばそうとして――そこではっと正気に戻って、何度も深呼吸をして心を落ち着ける。
――そうだ。桃木さんも言ってたじゃないか。
この先は誰も冒険者が誰一人として踏み入ったことの無い、正真正銘の未踏破領域だ。
何が待ち受けているのか誰にも分からない。それはどんな危険が待っているのか分からないことと同じでもある。
ここで浮かれたまま中に入ってしまったら、何かあった時に咄嗟に動くことが出来ないかもしれない。
だからまずは落ち着いて、今の内に出来る準備はしっかりしておくことだ。
準備を怠ったから死にました、なんて笑えないにも程があるからな。
俺は腰のポーチから、魔力回復ポーションを取り出して飲む。
……これ、結構高いのよ。
何せ一本で数千円するんだから。傷を治すタイプのポーションはそれに比べていくらか安いけど、魔力を回復するタイプは昔からずっと高い。
きっと原料が貴重とかそんな理由だろうな。
とは言え、ここでケチってもいられない。多少の躊躇はありつつも、中身の液体を全て飲み干す。
次に、何かあった時の為に『勘がめちゃめちゃ鋭くなるキャンディ』を作る。
直感を強化することで、不意の襲撃やらを警戒する。
これで半分ぐらい魔力を消費したので、続けてもう一つ。今度は自分の身体能力を底上げするタイプのチョコレートを作る。ちなみに中にはお酒が入っているウイスキーボンボンタイプのチョコだ。
ああ、この各種効果によって出てくるお菓子なんだが……別に俺が選んでる訳じゃないんだ。
不思議な話だが「この効果を持ったお菓子を作りたい!」と考えると自然に、どんな種類のお菓子なのか決定される。
効果によってはその場で食べにくいものも出てくるから注意が必要だ。
それはともかく――
身体能力強化のチョコの効果も、それほど大したものじゃない。
精々ステータスで言えば1か2ぐらい強化する程度のもの。しかし俺にとってはレベル1~2分の強化だ。
普通に大きいので使う意味はちゃんとある。
そしてほとんど空になった魔力を、再び魔力回復ポーションを飲んで回復させる。
「ああ、これで諭吉さん一人に近い額が吹き飛んだな……冒険者って意外と世知辛い。せめてこの先にお宝でもあればいいんだけど、さて何が待っている事やら」
準備は出来た。
俺は未だに光り続ける魔法陣に触れる。
次の瞬間、身体が何かに吸い込まれるような感覚と共に俺の姿はその場から掻き消えた。
辿り着いた先はもちろん、あの謎空間の中。どうしてそれが分かるのかは、部屋の中央にある扉を見れば一目瞭然だ。
とうとう俺は、謎空間の中への到達に成功したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます