ダンジョンでの発見【中】

 俺が振り下ろした一刀が、スライムの核を破壊する。

 すると直前まで戦っていたスライムは、その形を崩し跡形も無く消えてしまった。その場にはドロップアイテムとして魔石が残っている。


「よしっ、スライムは安定して倒せるようになってきたな!」


 ダンジョン探索二日目、俺は既にここ第一階層でスライムとの戦闘を何度か終えていた。

 その中で、スライム相手であれば余程のことがない限り安定して倒せるようになっなってきたと実感していた。

 昨日に引き続きスライムの相手に慣れてきたというのもあるだろうが、他にも鳳に少しだけ指導して貰った経験が生きていると思っている。


「今度会ったら何かお礼しないといけないなあ。短時間の指導だけでこんなに動きが変わるなんてビックリだぜ。というか、それほど俺の動きが素人だったってことでもあるんだけどな……」


 そんな事実を改めて思い知らされるようで若干へこむ。


 冒険者になりたいと決めてから、コツコツ身体は鍛えているつもりだった。 

 だから体力だけは人並より少し上ぐらいはあると自負している。筋トレとかもしていたから、それなりに筋肉だってついてるんだぞ?

 力こぶを作ればちゃんと、ぽっこり膨らむ程度にはちゃんと成果は出ている。


 でも今更ながらに、ちゃんと戦う訓練とかも受けておけばよかったと思った。

 

「戦闘訓練なあ、今からでも探してみるか。今までの感じからすると、受けられるなら絶対に受けておいた方がいいだろうしな」


 俺みたいにステータスで戦えない冒険者は、その他で補うほかない。

 確か新宿ギルドでもそういう講習会みたいなのやっていたはずだ。先輩冒険者がギルドの依頼として後輩に指導するような集まりを見かけた覚えがある。

 

 早速、帰りに寄って聞いてみるとしよう。

 もう時間が取れるのなんてこの春休みの間ぐらいしかないんだから、今の内に出来る限り沢山経験しておくに越したことは無い。


 それはともかく、帰りのことは後回しにして今は目の前の探索に集中しないとな!


「そろそろスライムとの戦闘とか、ダンジョンの雰囲気にも慣れてきたし……どうする? 第二階層にも足を伸ばしてみるか? それともまだ早いかな?」


 昨日からかなり歩き回っているお陰か、今日の段階で次の第二階層に行くための階段は発見していた。

 正直言って、第一階層はかなり広大な面積を誇っている。例えるなら某有名なドームが幾つ分とかそんな単位で比べるぐらいには広い。

 そんな中で探索二日目にして次の階層への階段を見つけることが出来たのはラッキーだと言えるだろう。


 あっ、ちなみに既に踏破されている階層についてはギルドが公式に地図を販売している。ただし、最前線とかそれに近い階層に関してはその限りじゃない。

 だから地図を買えば第一階層の構造なんて手に取るように分かってしまう。だったら最初から地図を買えばこんなに歩き回らなくても良かったって?

 いやいや……それだと勿体ないだろう!


 だって、皆が皆地図を頼りに階段を目指したんじゃ、もし他の場所に凄いものが眠っていたとしても誰も発見できないじゃん! 冒険ってのは最短ルートが必ずしも正解って訳じゃないのだ!


 それに何より、やっぱりマッピングはといえば冒険の醍醐味だろう! 自分の足で歩いて、一から地図を作っていく……これもロマンだぜ!


 そこで、迷っているのが第二階層に行ってみるかそれともこのまま第一階層を全て探索するかどうかなのだ。

 さっきも言ったが第一階層はトンデモなく広い。全てを探索し尽くそうと思ったら、それこそ残りの春休みを全て費やすことになるかもしれない。

 一方で、第二階層に行けば目新しくはあるだろうがじゃあ次の階層は?などと止め処が分からなくなるかもしれない。


「う~ん……やっぱり第一階層をちゃんと探索してからの方がいいか。折角のダンジョンなんだから隅から隅まで見て回らないと意味がないもんな」


 よし、そうしよう。

 そうと決めたら、話は早い。


 俺はさっき見つけた第二階層への階段とは見当はずれの方向に歩を進める。


 何故かって……?


 そんなの決まっている。ダンジョンに出入りする冒険者の大半は入り口から階段に向かって一直線に歩くことだろう。

 ということは、そのルートから外れた場所には何かがあるかもしれない! 何せ他の冒険者がほとんど通らないところなんだから!


 この地図を作った当時は隅々まで探索したのかもしれないが……今は分からない。


 ダンジョンは、何時までものだ。

 もしかすると人が通らなくなった間に、これまでには無かったものが現れていても不思議じゃない。

 なんたって、ダンジョンのことを完璧に知っている人間なんていないんだからな。

 何時どんな変化があったとしても「ダンジョンだから」で片付けられる程度には何が起こるか分からないのである。


「待ってろよ! まだ見ぬ新しい冒険たち! すぐに俺が見つけに行ってやるからな!!」





 そんな風にマッピングを進めること、かれこれ一時間程。


「な、何もねえ……」


 何も無かった。


 ビックリするぐらい何も無かった。


 当初の気力が何処かに吹き飛んでいくぐらいには、何も無かった。


「いや、確かに何か確信があって進んできた訳じゃないぜ? でもさ~、何か一つぐらい発見があってもいいと思わないか!? 宝箱とか秘密の通路とか、なんかそういう心躍るような発見がさあ!!」


 そんな虚しい叫びはダンジョンの通路に吸い込まれていく。

 第二階層へ続く道から外れ過ぎたのか、辺りには人っ子一人いやしない。いるのは時折現れるモンスタースライムぐらいなもんだ。


 手元の端末で付けていたマップには、それなりの範囲が記録されている。

 

 しかしあるのは、迷路のような通路と行き止まりばかり。

 何処にも期待していたようなふしぎ発見はありゃしない。


「ま、まあ一筋縄ではいかないよな。何たって新宿ダンジョンでも一番探索されやすい第一階層なんだから、そう簡単に未発見の何かが見つかるはずもないさ……でもせめてちょっとしたことでもいいから何かあって欲しかったよ……」


 もはやマップの空白を埋めるだけの機械となりつつある。


 ……いいや、駄目だ。


 冒険とは忍耐だ。こんな所でへこたれるような男に、勝利の女神は微笑まない。

 絶対に諦めない男にだけ勝利の女神は微笑むのだ!――そんなことをどっかの少年漫画で言っていたような気が、しなくもない。


 とにかく! 最低でも第一階層のマップを全て埋めるまでは諦めるのはまだ早い!

 

「まだまだ~! 俺の冒険はこれからだ!!」


 

 ……



 午前中の探索を終え、昼休憩の為に俺は一旦ダンジョンの外に戻ってきていた。


「う~ん……」


 端末に映るこれまでの探索の成果を眺めながら唸る。


 というのも、昼休憩までの探索ではこれといった発見をすることが出来なかった。

 まあ始めたばかりだから仕方ないと思いつつ、次はどのルートを進んでみようか自作したマップを眺めていたときのこと――俺はマップの中にある違和感を覚えていた。


「やっぱり変だよな~……何でここだけ変にスペースが出来てるんだ??」


 見返して気付いたのだが、マップの中にが存在することに気が付いたのだ。

 

 もちろんまだ通っていない通路だとか、下に続く階段があるとかそんな場所じゃない。

 そういうのとは関係なく、周りの通路が避けるように通っている空間があるのだ。それもサイズでいえばかなりの大部屋と思われるぐらいの広さの空間だ。


「周りを囲んでいる通路は通ったけど、特に何も無かったよな? ああでも、そんなに隅々まで見た訳じゃないから見逃しはひょっとしたらあるかもしれない……でも、この空間に何かあったとして、問題は中に入る手段だよなあ」


 通路上の変化はなるべく見落とさないように気を付けていたはずだけど、それでも気付かないぐらいの小さな変化があった可能性もある。

 もしくは、転移トラップみたいに何処か別の場所で仕掛けを作動させると中に飛ばされるような仕組みがあるのかもしれない。


 まあ、何も無い単なる構造上の空白って可能性も無くもないけど……


 そんな風にマップとにらめっこをしていると、突然肩を叩かれる。


「っ!?!?」


「安藤さん――あっ、すみません驚かせちゃいましたね」


「あ、ええと……桃木ももきさん?」


「はい、お久しぶりです安藤さん。と言っても二、三日ですけどね」


 そう言って笑顔で話しかけてきたのは、俺の冒険者登録をしてくれたギルド職員の桃木桃香ももきももかさんだった。


「どうして桃木さんがここに……?」


「どうしてって、時間もお昼時ですし。それにここは新宿ギルドの併設された食堂ですから。安くて美味しいので職員の多くも利用するんですよ? もちろん私も結構な頻度で使ってます」


 ああ、そっか。そういえばここってギルドの傍の食堂だっけ?

 かく言う俺も、冒険者を始めるあれこれで金欠の為ここに決めたんだっけ。何といっても桃木さんが言った通り、安くて美味いってのが決め手だった。

 

「そうだったんですね。俺も金欠だったんで、ネットで調べていい感じだったここにしたんですよ」


「確かにここの食堂は冒険者の方々にも評判がいいですからね。料理長をしている方が元冒険者ということもあって、そこら辺をよく分かってるんだと思いますよ」


「え!? 元冒険者の人がコレ作ってるんですか!?」


「そうですよ。だから量が多くて味付けが濃い目の料理が多いんです。まあ女性利用者向けの料理も普通にあるので、需要が高いんですよ」


 はは~、元冒険者だからこその視点ってことだな。

 確かに帰ってくる頃には歩き回ったから腹ペコだったし、ガツガツ食べられるのは有難かった。

 料理長、ありがとうございます!


「それで、さっきから何を唸ってたんですか?」


「あ、ああ、見られてたんですね……う~んと、実は――」


 俺は桃木さんになら話しても大丈夫だと判断して、探索の中で見つけた謎の空間のことを話してみる。

 すると話を聞くに連れて桃木さんの表情が険しくなっていった。


「――という感じなんですけど、桃木さん?……どうかしましたか?」


「いえ、ただ……こんな大規模な構造変化があったのに気付かなかったなんて、ギルド職員として情けないと思っていました」


「大規模な、構造変化、ですか……?」


「もしかして安藤さんは、第一階層のマップを見たこと無いですか?」


「はい。マッピングも自分でやりたいと思って特に買いませんでした」


「なるほど。ちょっと待ってくださいね――」


 そう言うと桃木さんは自分の端末を操作して、ある画面を見せてくれた。


「これは現在ギルドが販売している第一階層の全体マップです。で、ここの部分。ちょうど安藤さんのマップと同じ場所なんですけど……どう思いますか?」


「どうって――全然違うじゃないですか! 何よりこの空間が!」


 桃木さんが見せてくれたマップには、俺が作ったマップにはあったあの謎の空間が無かったのだ。


「恐らくですが、周辺の通路の角度が少し変わったんでしょう。その結果、このような空間が出来たんだと思います。ほとんど気にも留めない場所な上に、通路の変化が小さかったのもあってここまで発見されなかったんでしょう」


 ……なるほど、そういうことか。


 確かに変化する前と後で見比べてみると、通路の変化はそこまで大きくない。

 右から左に百八十度変わるようなことは無く、精々歩ている人には誤差ぐらいにしか思われないだろう。

 その上、第一階層の外れの方にあるもんだからほとんどの人が気付かなくても不思議じゃない。


「……てことはコレって、未発見の空間ってことですか?」


「こうして通路をわざわざ変化させて作ったということは、確実に何かあります。安藤さんの言う通り――の何かが」


「……」


 よ……よっしゃああああ!!!!


 マジか!? 本当に発見しちまったよ!?

 これまで誰にも確認されてこなかったダンジョンの未知を!!!


「ところで安藤さん、この発見はどうなさりますか?」


「えっ? どう、とは……?」


「このままギルドの報告して調査してもらうか、それとも御自分でこのまま調査を進めるか、ということです」


「そんなの自分でやるに「決める前にこれだけは聞いてください」――は、はい。何でしょうか?」


 桃木さんの声がいつになく真剣味を帯びる。


「未発見ということは、文字通り誰も足を踏み入れたことがないということです。事前情報は何も無く、何が待ち受けているのかも分からない。ダンジョンでは『未知』という言葉は『最大の危険』と同じ意味を持ちます……それを踏まえた上で、判断してください」


「……」


 ……俺ってむしろ、何か事前情報ありきで臨んだことの方が少ないような。


 ま、まあもちろん桃木さんの言いたい事は分かる。


 でもなあ……ここでこの発見を譲るようじゃあ、冒険者してる意味がないだろ?


「答えは同じですよ。この謎空間の調査は自分でやります! どうしてもって時はギルドのお願いするかもしれませんけどね。でも、出来るところまでは自分でやってみます!」


「……はぁ。そうですよね、安藤さんならそう言うと思ってました。でも十分に気を付けて下さいね? 何かあったら『命大事に』ですよ?」


「分かってます! 家族にも口酸っぱく言われてますから!」


 よ~し、午後は謎空間の謎解明を進めていくぜ!!


 こうして午前中の探索は、大きな成果を残して午後の探索に続く。




 この発見の先で何が待ち受けているのか……俺は、いやまだ誰も知らない。

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