扉の先に待つモノ
謎空間、ここは隠し部屋と言い換えよう。
その隠し部屋の中には、中央にある扉以外の他は本当に何にも無かった。
警戒しつつ隠し部屋の中を歩き回ったり、扉を調べてみたりする。
すると、やっぱりあの扉がこの部屋での唯一の物体であることが分かった。
扉は特にこれといった装飾も無く、むしろボロボロという印象を受ける。見た限りだと木製で、まるで廃墟にでもありそうな雰囲気を漂わせている古めかしい扉だった。
「ふむ。ということは、やっぱりこの扉がこの隠し部屋の意味なんだろうけど……確かめる為には開けてみるしかないか? なんかちょっと怖いけど」
この扉そのものがアイテムで持ち出せる可能性も考えられたけど、調べてすぐにそれが不可能だと気付いた。
何故なら扉は完全に地面に固定されていて、動かすどころかビクともしないからだ。
とするとやっぱり残された手としては、この扉を開けてみるということしかない。
どっちから開ければいいのか分からなかったので、取り合えず俺が入って来た魔法陣のある方向から開けてみることにする。
そうして扉を開けると、その先には――
「……まあ、そうだよな。普通なら向こう側が見えるわな」
ひみつ道具よろしく、何処か別の場所に繋がるなんてことは全然無く。
単純に向こう側にあるダンジョンの壁が目に入っただけだった。向こう側に手を伸ばしてみても、特にこれといった変化は無い。
そこで開ける方向が違ったのかと考え、今度は反対側から扉を開けてみる。
けれどさっきと特に変わる事は無く、今度は魔法陣の描かれたダンジョンの壁が目に入っただけだった。
結果、これはただのボロい扉だということが分かっただけ。
「いやいやっ!? これだけ怪しい雰囲気出しといてただの扉って事は無いだろう!?」
だってもしこの扉が何の仕掛けも無いただの扉だったら、こんなところにいかにもな感じで置かれる理由が無いだろ!?
何かある……絶対に何かあるっ!! もう一度きちんと調べるぞっ!!
「……あれ? 何か……違う??」
そうして改めて扉を見たとき、さっきまでと何か違和感があることに気付いた。
「なんだ? 何処が違うんだ……?」
じっくり扉を観察してみて、ようやく違和感の理由に気付いた。
それは、さっきまでよりも扉が修復されているということだった。
「修復された」という表現が正しいのかどうかは分からない。
だが、あのボロボロだったはずの扉が少し――ほんの少しだけ真新しさというか、元の形を取り戻しているよう見えるのである。
それから少し調べて分かったのは、その変化は俺がドアノブに触れている間にだけ起こっているということだった。
理由なんてもちろん分からない。でも、俺がドアノブに触れていると時間が巻き戻るかのように扉が修復されていくのだ。
ゆっくりだけど、それでも確実に……だったら――
俺は一度扉を閉めて、扉の変化が終わるまでドアノブを握り続けた。
そうして暫く握って――変化が無くなったのを確かめてから、ドアノブから手を放す。
その変化はゆっくりだったが、同時に劇的でもあった。
さっきまでそこにあった扉とは、まるで別物になった扉の姿が露わになった。
さっきまでは崩壊寸前の有様だったのに、今は良い意味でその古めかしさがアンティークのような味を出している。
それに先程までは見られなかった模様が扉全体を覆うように現れている。その模様の意味は分からないが、何かの風景を描いているようにも見える。
そして最も気になる変化は、扉が緑色の光を薄っすらと纏っているところだった。
その光はさっきまでは感じられなかった扉の神秘的な雰囲気を醸し出し、際立たせているように感じられる。
色々と気になることも多いし、分からないことも多いけど……きっとこれは、準備が整ったということなんだろう。
次に扉を開ければ最初とは違う結果になる。
そんな確信が俺の中にはあった。いや、こんなものを見せられたら誰だってそう思うだろうけどな。
「ふぅ、何かドキドキしてきたな。さてさて、この扉の先がゴールなのか。それともさらに別の仕掛けが続くのか。まあでも……確実にゴールに近づいている事は確かだ!! だったら何処までも付き合ってやるよ!!」
俺は最後にもう一度、深呼吸をする。
そして最初と同じように入って来た側、魔法陣が描かれている方の壁側から扉を勢いよく開け放った。
「っ……!!」
予感は見事に的中していた。
扉の先にあったのは、決して薄暗いダンジョンでは無かった。
「なんだよ、コレ……」
俺の視界を埋め尽くすのは――夜だった。
いや、やっぱり違うな。
血の様に紅い月と、それに照らされて真っ赤に染まっている空。
魔界――そんな言葉がぴったり合うような雰囲気の空間がそこには広がっていた。
これを見て地獄と表現しなかったのは、奥に見える城が理由だった。
西洋風の良く言えばディ◯ニー映画にでも出てくるような大きな城。しかし白かったであろう外観は今は薄汚れ、全体には植物の蔦のようなものが巻き付いている。
「うん。やっぱり地獄よりかは魔界って表現の方が合ってるな……」
木々はねじ曲がり、方々に鋭く尖った枝を暴力的に伸ばしている。
さらに足元には濃い紫色をした、いかにもな毒の水溜まりらしきものが点々と存在している。
心なしかそこからは、悪臭まで漂ってくるような気がする。
いや、気がするじゃなくて確かに悪臭が鼻をついてくる。
「ええ……マジでこの中に入っていくの?」
いや、探索するって言ったのは俺だよ?
でもさあ……コレはさすがに躊躇われるんだよなあ……
だって! 一本道とはいえ中に入ったら絶対アンデッドとか骸骨とかが襲ってくるような風景してるよ? 勢い余ってカラスとか魔女とか悪魔とかも出てきそうだよ?
俺、聖水とか十字架とか持ってきてないけど。アンデッドとか出てきたら倒せるのか?
「まあでも、ここから見た限りだと生き物はいないんだよなあ。モンスターの鳴き声とかもしないし、一応ここから城までは一直線みたいだし」
改めて考えると、この隠し部屋があったのはダンジョン第一階層だ。
もっと下の階層ならまだしも、第一階層にある隠し部屋の難易度がそこまで高いだろうか?
もちろん油断はしちゃいけないけど、警戒しすぎて一歩も踏み出せないのは俺の冒険者道に反するし……
「とりあえず、準備だけして行ってみるか」
一先ず必要そうなのは、毒の解毒手段とアンデッド系モンスターが出たときの対処方法だ。
毒に関しては解毒ポーションを一本持ってきているが、それだけだと心許ない。
だからスキルで解毒が出来るかも確かめておく。同様にアンデッド系への対処についてもスキルで検証しておく。
「……うん、両方とも何とかなりそうだな。後はいつでも作れるようにしておいてっと――よし、こんなもんでいいか」
万全ではないかもしれないけど、今できる準備は出来た。
冒険をしていれば常に準備万端とは行かない事態なんてこれから何度も遭遇するはず。
今日みたいに突然降って湧いてくるかもしれないしな。
だからこそ、ここで足踏みをしている訳にはいかない。
覚悟を決めて、扉の中に一歩踏み出す。
「うっ、やっぱり臭いな。何なんだこれ? 生臭いような、ゴミが腐った様な……」
分かっていたことだけど改めてやっぱり酷い臭いだ。
扉を潜った俺は、まずはその場で立ち止まってすぐにダンジョンの方に戻れるようにしておく。同時に手元に解毒ポーションも待機させておく。
身体に異常を感じたらすぐに飲めるようにと、ヤバいモンスターが出てきたらすぐに戻れるようにという警戒だ。
少しの間、その場で立ち尽くす。
中に入って見てから改めて、状況を確認してみる。
汚れていて気付かなかったけれど、足元は石畳で舗装されていた。
ぬかるみを歩くよりかは全然マシだから、その点だけは有難い。加えて扉の後ろには深く暗い森が広がっているようで、その中を見る事は叶わなかった。
城側には妙な影は見えないけど、森側から来る可能性もあるから念のためそっちに注視しておく。
それから十分程たっただろうか……
「ふぅ、一先ずは大丈夫そうか?」
身体には特に異常は無く、またモンスターが現れて襲ってくるようなこともなかった。
不自然なぐらい静かな十分間だった。
「静か過ぎて逆に怖いけどな。でもずっとここに立ってる訳にも行かない……よし、行くか!」
俺は目の前に見える城に向かって歩き出した。
幸いと言っていいのか、城までの距離はさほど遠くない。せいぜい百~二百メートルってところだろう。
普通に歩けば五分以内には城に到着する。
まあでも警戒しながら歩くから、もう少し時間は掛かるはずだけどな。
そうして歩くこと暫く、しかし心配していたような何かは一向に出てこない。
いやまあ、出てこない方が嬉しいんだけどさ? ここまで何も無いと逆に不安になってくるってやつだよ。
もう城までの距離は半分を切っているっていうのに。
不思議に思いながらも、決して警戒は解くこと無く歩き続ける。
ふと辺りを見回せば、その城はどうやら湖の中の孤島に立つ城であることが分かった。
湖は崖とその上の森に囲まれていてこの場所は窪地になっているらしかった。
「それにしても何だってこんなところに城があるんだか。中に何があるのか、というか何がいるのか分かったもんじゃないし。どうせならもうちょっといい雰囲気の城なら良かったんだけどなあ」
まあダンジョンに文句を言ってもしょうがない。
そういう場所だと受け入れる他ないな。
そして遂に、何事も無く城門の前にまで到着してしまった。
遠目から見て分かっていたことだが、城門は開け放たれ誰でも城内に侵入出来る状態になっている。
「まるで誘い込まれているみたい、だな……」
果たしてこの城の中に何者かが潜んでいるのかは不明だ。
だけど、もし待ち受けている者がいるとして。こうして城門を開け放った状態にしているということは、中に入ることを誘っているみたいじゃないか?
単に誰もいなくてボロい城だからということも考えられる。
でも警戒するにこしたことは無い。
「何かが潜んでいると想定して動くべきだよな。というか――あそこに行くしかない感じだろうな」
城門から覗ける城の中の様子。
二階にある最奥にあたる部屋、その場所から青白い光が漏れている。
何かあるとしたら、あそこにいる可能性が一番高いだろう。
それに何だか、俺自身あの場所に行かなくちゃいけないという使命感を感じている部分があるんだ。
これも俺が何かに誘われていると思った理由だった。
だから俺は躊躇うことなく城内を進んで行く。
長い階段を上り、その部屋の前に辿り着いた時にそれは起きた――
『ふむ、客人が来たようだな』
「っ!?!?」
『何、そこまで驚くことでも無かろう。貴様も我の存在を感じ取ってここまでやって来たのだろう?』
突然、扉の向こうから声が聞こえてきたのだ。
聞こえてきたというと違うかもしれない。
頭の中に直接話しかけてくるような所謂テレパシーの類を使われたような感覚だ。頭に直接言葉が流れ込んでくる。
「お前は、何者だっ……」
『それが知りたくば、その扉を開くがよかろう? それともなんだ? 怖くて開ける事が出来ぬのか?』
その声音は完全に俺を嘲笑っていた。
だからという訳じゃないが、扉の向こうの存在に興味が湧いた俺に開けないという選択肢は無かった。
「そこまで言うなら開けてやるよ! 部屋の中に引き籠ってる奴の顔をしっかりと見て拝んでやるとするかな!」
そうして俺は、扉を開いた。
『ようこそ、我が城、我が待つこの場所へ。喜べ、貴様を心から歓迎してやろう!』
中にあったのは、巨大な青い炎だった。
『我はただの空腹な悪魔だ。久しぶりに上手そうな
青い炎がそう言って、ニヤリと笑ったような気がした。
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