エピローグ【前】

 無事に新宿ダンジョンを出てギルドに辿り着き、ちょうど手隙だった桃木さんに今回の探索の成果を報告した。

 俺としては適当に報告して後はよろしくお願いします程度のつもりだったんだけど、その報告のせいでちょっとした騒ぎになってしまった。


 俺の話を聞き終えた桃木さんに「ちょっと一緒に来てください」と言って連れていかれたのはこのギルドの支部長の部屋だった。

 その時点で緊張で変な汗を流してたのに、その上支部長の前でさっきの話をもう一度しろと言われるもんだから……いや大変だった。

 その後、自分でも何を話したのか覚えていない程に頭の中を真っ白にしながら支部長への報告を行った。

 その時に始めて会った支部長は女の人で、俺の話を聞いて終始面白そうな顔をしていたのだけは覚えている。

 ちなみにめちゃめちゃ美人だった。


 そうしてついさっき、ようやく支部長への報告を終えたところだ。

 今は桃木さんとギルドのロビーに戻る為に来た道を引き返している。

 すると、俺のそんなぐったりした様子を見た桃木さんが申し訳なさそうな顔をしながら労いの言葉をかけてくれる。


「お疲れ様でした、安藤さん。ダンジョン帰りのところを突然すみませんでした」


「あ、いえ全然だいじょう――ぶ、でもないです。結構疲れました……」


 何でダンジョンでの探索以上にギルドでの報告の方が疲れているのか。

 やっぱり立場がある人と会うのってそれだけで緊張するし、精神的に疲れるよな……

 改めて俺って小市民なんだなって思い知ったわ。

 もうこんなことは無いということを願いたい。いや、願わなくても一冒険者がギルドのトップに会って報告を行うなんて二度とないだろうけど。


「ダンジョンに関わる重大な案件でしたので、どちらにしろ安藤さんには一度正式に報告を行ってもらう必要が在ったんです。それで後日改めてよりは今日中に済ませてしまった方が、と思ったんですが――私の配慮が足りませんでした。そこまで緊張させてしまうとは思わなくて」


「いやまあ後日呼び出されて報告しろっていうのも面倒なんでそれはいいです。でも俺が報告する必要ってあったんですか……? そんなに重大とか言われる程のことでもないと思うんですけど」


「十分に重要なことですよ。今回は特に隠し部屋というダンジョンの構造に関わる情報でした。ダンジョン内の情報はそれだけで冒険者にとっての生命線となります。それが中に強力はモンスターが待ち受けているとなれば猶更その内部の情報は貴重なんです」


「なるほど、納得です」


 確かに適当に話してハイ終わりっていうのは、さすがに俺の考えが甘かったと言わざるを得ないだろう。


「それにしても災難というべきか……話を聞く限りですがかなり強敵だったようですね。そのイフリートと名乗ったモンスターは」


「少なくとも俺の実力だと死を覚悟するぐらいは強かったです。倒せたのだって奇跡的な要素が強かったですし。でも実際どれぐらい強かったのかと言われると、分からないんですよね~」

 

 確かにイフリートは強敵であり、圧倒的なモンスターだった。

 しかしそれはあくまでという前提条件が付くことになる。

 何が言いたいかというと、俺の中で強さの比較が出来ないということなのだ。


 なにせ俺はまだ冒険者になって数日の初心者中の初心者である。

 戦った経験のあるモンスターはスライムという最弱モンスターだけ。そこに新しく加わったのがイフリートなのだ。

 つまり俺はイフリートとスライムという二種類のモンスターとしか戦った経験がない。

 それに加えて他の冒険者の戦いもほとんど見たことが無い俺にとって、イフリートの強さが一般的に見ればどの程度のものなのか?という点が判定できないのである。


「そうですね、一概には言えませんが……イフリートは言葉を喋ったんですよね?」


「喋ったというか、頭の中に直接言葉を届けてきたって感じですけど。でも流暢に言葉を話してましたよ」


「基本的にモンスターは人間を襲うという本能にも似た何かに突き動かされています。ですからほとんどのモンスターは狂暴な野生動物と変わりありません。もちろんそこらの野生動物なんかよりもよっぽど脅威ではありますけどね」


 そりゃそうだ。

 とある冒険者の話になるが、ソイツはある時何を思ったのか野生の熊と戦ったらしい。

 しかも森を歩いている最中に偶然襲われたとかじゃなくて、わざわざ戦う為に熊を捜し歩いていたんだとか。

 冒険者って何を考えているか分からない連中が一定数いるらしいけど、ソイツもきっとその筆頭なんだろう。野生の勘でも身につけたかったのかもしれない。

 その結果は、冒険者の圧勝。熊は拳一発で森の中に逃げて行ったんだとか。

 それは普段ダンジョンのモンスターを相手にしている冒険者にとって、狂暴で知られる熊でさえ取るに足らない存在であるという証明になった。


「モンスターの中でも人の言葉を解し、更には自身も言葉を話すような個体はこれまでにも確認されてきました。そのようなモンスターが確認され始めたのは、ダンジョンの到達階層がを超えたあたりからなんです」


「っ!?」


「言葉を解するから強いのか、それとも強いから言葉を理解する知能があるのか。その理由は定かではありません。ですが人の言葉を理解するモンスターは強い、というのがギルドを含めた冒険者全体の見解です。ですから安藤さんの戦ったイフリートというモンスターもそれに近い強さを持っていたのではないかと……まあ推測にはなってしまいますが」


 ダンジョンの五十層……今の俺からすれば雲の上のような話に感じられる。

 もし桃木さんの言ったように、本当にイフリートがそれ程の強さを持っていたモンスターなんだとしたら――

 俺のスキルはそんな奴等にも通用するってことなんだろうか。

 もし本当にそうだったとしたら……


「安藤さん? どうかしましたか?」


「あっ、いえ、何でもありません! まあ隠し部屋っていう特殊な環境でもあったんで、きっと五十層とかそこまで強くはなかったんだと思いますよ。じゃないと、俺なんて瞬殺されてますって!」


「まあ……そうですね。確かに今の安藤さんの実力では五十層クラスのモンスターを相手にするには無理があります。その点も踏まえれば強くとも三十層か、その辺りのモンスターだったのかもしれません」


 実は、隠し部屋であった出来事の中でもシュガーさんの事や<スイーツマジック>についてはまだ話していないのである。

 もちろんそれにはちゃんと理由がある。

 まずシュガーさんの事は話しても信じて貰えない可能性が高いと思ったのが大きい。信じて貰えないどころか奇人変人扱いされたのでは目も当てられない。

 何せ実際に話した俺自身、あの人の正体について何も分かってないんだから。

 そして<スイーツマジック>に関することだが、こっちも似たような理由だ。

 確かにシュガーさんに教えてもらって使い方は身体で覚えている。

 しかし、その全体像までは掴み切れていないのだ。例えば何がお菓子に変えられて、逆に何が出来ないのかなど。

 だから少なくとももう少し自分で使ってみてその特性とかが分かってきたら桃木さんには話すつもりでいる。

 もっとも、どうしようも無くなってアドバイスを求める為に話しちゃうかもしれないけどな? まあそん時はそん時だ。


「でもどちらにしてもっ、それだけの強敵を倒したということに変わりありません! 到達階層の記録として残らないのが残念ですが、登録して数日で三十層クラスのモンスターを倒すなんて偉業ですよ!」


「そ、そうですかね……?」


「そうですよ! 隠し部屋の存在に気付いたことも、その内部を探索してきたこともそうです。この短期間にこれだけの成果――安藤さんはもう立派な一人前の冒険者です!」


「何か気恥ずかしいですけど……ありがとうございます!」


 むふふ……ここまで言われると悪い気はしない。

 一人前かどうかは分からないけど、順調に冒険を出来ていることは確かだと俺も思う。

 イフリートだけじゃなくて、あの隠し部屋そのものにも、そして何より扉の向こう側に広がっていた世界にも俺は心躍らせていた。

 だってあんな世界、普通に生きてたんじゃ絶対に見る機会なんて無いだろっ!?

 臭いは最悪だったけどその分記憶にはばっちり残っている。

 海外にいったわけでもないのに、あんなに立派な西洋風の城を見ることが出来るのなんてきっと日本ではダンジョンだけだろうからな。

 もっとも俺がもう一度あの場所に行けるのかは分からんけど。

 少し時間を置いたらまた今度行ってみるとしよう。それで駄目だったらきっぱりと諦めて次の冒険を探せばいい。


「この調子だと、もしかすると『アレ』に出場できるかもしれませんね?」


「アレ、ですか?」


 桃木さんが突然そんなことを言い出す。

 アレってなんだ? 出場ってことは何かの競技だろうか?


「年に一度開かれる『大冒険者大会』ですよ。安藤さんもテレビとかで見たことありませんか?」


「大冒険者大会って――あの大冒険者大会ですか!?」


「多分一つしかないと思うので、安藤さんが考えているもので合っていると思いますよ」


 大冒険者大会といえば、日本中から時には世界中から冒険者を集めて行われる冒険者の為の祭典だぞっ。

 毎年年に一回開かれては日本中が熱狂する今の時代だからこその一大イベント。

 その名の通り冒険者が様々な競技で競い合う大会で、その見応えといったらどんなスポーツよりも凄いと評判のアレだ。

 ……確かに出場したいと考えたことはあるけど。


「そ、そんなまさか~。俺が出場するなんて百年は早いですよっ!」


「いえいえ可能性はありますよ。安藤さんは高校からは冒険者育成校に入学するんでしたよね?」


「え? はい、そうです」


「だったら学生部門ですね。全国の冒険者育成校が参加しますから、安藤さんも学校の代表に選ばれれば参加できます。入学前から冒険者として活動していて、尚且つ今回のような成果も出している安藤さんなら代表に選ばれるのだって決して不可能じゃありません」


 テレビで見ていたときは「俺もいつかきっと」なんて考えていた。

 でもそうだ。俺ももう冒険者になったのだ。

 見ているだけだったあの時とは違う。参加資格を持つ側に立っているんだ。


「そうですね……それを目標にしてみるのも面白そうです」


「その意気です! とはいえ大会が開かれるのは毎年年末の時期ですから、まだ半年以上もあります。校内での代表選抜も考えれば夏の終わり頃でしょうか」


「あと半年ないぐらいですね……」


 その間に俺は代表に選ばれるぐらいに冒険者として成長することは出来るだろうか。

 学校には俺よりも経験豊富な先輩たちだって数多くいるはず。それに同級生の中にも凄い奴なんて何人もいると思った方がいいだろう。

 そんな人達を押しのけて選ばれようと思ったら、絶対に今のままだと駄目だ。

 もっと、色んな意味で冒険者として成長しなくちゃいけない。


 でも――目指すところとしては、めちゃめちゃワクワクする!!


「俺……代表目指してみようと思います! 何かそれだけで普段の冒険にも気合いが入りそうですし! 何より大会に出てみたい!」 


「頑張って下さい!――と言いたいところですが……無茶だけはしないで下さいね? 安藤さんは放っておくと何処までも無茶をしそうな気があるので」


「大丈夫です! むしろ新しい目標が出来て頗る調子が良いですから!」


 さっきまでの気疲れはどこへやら、代表を目指すと決めた途端に身体に力が漲って来た!

 

「よ~し! これからの冒険者活動にもより一層力を入れて頑張るぞっ!!」


「本当に分かっているんでしょうか……?」


 新しい目標を得た俺は、そのままの勢いでもう一度ダンジョンに行こうとしたのだが桃木さんに今日は大人しく帰るように注意されてしまった。

 自分でも気付かないうちに疲労は溜まっているものだからと、今日はこれ以上の探索は危険だと言われてしまったのだ。

 その言葉は正しく、家に帰って少し横になろうと思ったら全身にどっと疲れが押し寄せてきた。

 さすがギルド職員さんだ、きっと俺が自分の想像以上に疲れていると見抜いていたんだろう。

 その日は止めてくれた桃木さんに感謝しつつ休んだ。

 

 さて、学校が始まるまであと少し。

 それまでにもっと冒険するぞっ!!

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