2章 冒険者育成校のプロローグ
入学式当日
人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものである。
どんなに重要な秘密であろうと流出する時はあっという間に伝播して第三者の知るところになる。
例えば政治家の汚職や芸能人のスキャンダル、クラスメイトの想い人やベッドの下のいかがわしい本など……
有名無名に関わらず誰しもがその可能性を秘めていると言ってもいいだろう。
いくら情報の管理を厳にしたとしても洩れる時は洩れる。秘密とはそういうものなのだ。
そしてそれは冒険者ギルドであっても例外ではない。むしろ冒険者ギルドであればこそであろうか。
冒険者ギルドにはそのギルドを普段から利用する多くの冒険者の個人情報が登録されている。
場合によってはその人物のステータスなどに関する情報さえも記録されていることもある。
だからこそギルドは情報の管理に関して慎重になるし、それを扱う職員にもそれ相応の責任感を求める。
だがやはり『人の口に戸は立てられない』のである。
今回も一つ、極秘扱いにされていた情報が一つ外部に洩れてしまった。
その情報とは新たにユニークスキル保持者に加わった一人の少年の情報だった。
世界には冒険者を管理する為のギルドが存在するが、冒険者が自分達で立ち上げた組織も存在する。
それは『クラン』と呼ばれており集団でのダンジョン攻略や、冒険者の支援などを主な活動として行っていた。
今回冒険者ギルドから流出した情報を入手したのもそんなクランと呼ばれる組織だった。
ユニークスキルを持つ者は、たった一人で一国の軍隊を上回るほどの力を有すると言われている。
それを証明するかのようにかつて起こった『
それ程に強力は力を持つユニークスキル保持者を冒険者組織であるクランが放っておくわけもなかった。
その情報を手に入れたいくつかのクランはすぐさま動き始めた。その少年を自らの陣営に取り込もうと考えて。
数少ないユニークスキル保持者を引き入れる事が出来れば、それだけで大きな発言力を得る事が出来ると考えてのもの。
または単にその力を自らのクランの為に役立てたいと考えてなどその理由は様々だったが。
そんな国内における大きな動きは、新たなるユニークスキル保持者である少年を中心に動き始めていた。
大きなイベントの前日。興奮してなかなか寝付けない布団の中。眠気を導くためにちょっと本でも読もうかな。
ここまで揃うとおおよそ結果も一つに集約されるだろう……
――寝坊しました。
大事な大事な入学式の当日の朝に寝坊しましたが!?
確かに最終的には明け方ぐらいまで眠れなくてもういっそこのまま徹夜しようかなと考えたのは朧気ながらに覚えている。
そして気が付くと時計の針は予定時間よりも一時間も進んだ状態になっていた。
リビングに降りて開口一番「なんで起こしてくれなかったんだよ!」と叫ぶと、「起こしたけど起きなかった」というお決まりの返事が返ってくるぐらいにそりゃあぐっすりと眠っていたらしい。
母さん曰くもう高校生なんだから自分で責任を取れるようになれとのことだった。
それを入学式の日に言うのか!? マジかよ!?と思ったけどそういえば前日に「朝起きるとか余裕だって!」みたいに調子にのった発言をしていたのを思い出して反論を諦めた。
だから今俺は学校まで全力疾走をしながら朝食を食べるという蛮行をしていた。
「はぁ……はぁ……!!?」
パンを咥えて走る女子高生って漫画である表現だよな?
アレは無理だ。もうパン齧ってるだけで口の中の水分を持ってかれて、滅茶苦茶苦しい。
というか運動しながら飯を食うとか普通に無理だ。このままだと死ぬ。
そう考えた俺は途中のコンビニで買った朝食のサンドイッチを一口食べてから鞄に仕舞った。
どうせならゼリータイプの栄養食とかにすればよかったと後になってから後悔している。
ちなみに鞄の中にはサンドイッチの他にあとおにぎりが二つ入っている。
コンビニに入った時の俺は、この急いでいる時に何でガッツリ食べようなんて考えたのか。
どうせ今日は午前中だけなんだから朝ぐらい食べずに我慢しても良かっただろうに……
「げほっ! やべ、朝から吐きそうなんだけど……!」
寝起き数分で全力疾走するのは自殺行為だということを思い知った。
ただ冒険者活動の中で上昇した身体能力のお陰で何とか入学式には間に合いそうである。
こんなところで有難みを実感するとは思わなかったけど、この際だから何でもいい。とにかく初日から遅刻してクラスの中で悪目立ちするのだけは絶対に避けたい。
俺がこれから通うことになる冒険者育成校はただでさえ中学の同級生がほとんどいない。つまり今日、初顔合わせとなる人がほとんどなのである。
そんな中で式に遅刻して入って言ったら悪目立ちすること間違いなし。
知り合いがほとんどいない環境でそんなことには絶対になりたくない!
という訳で決して脚は止めずに学校を目指して全力で走り抜ける。
途中で何人か俺と同じ制服を着ている人を見かけたけど油断はしない。もしかすると先輩とか新入生じゃない人かもしれないから。
そして走り続けること数十分。
冒険者の体力を以てしても息も絶え絶えになって、ようやく学校に到着することが出来た。
本当に急ぎまくったお陰かほんの少しだけど式までは余裕がある。
時計を見てそう考えた俺は、少し離れた場所にあるベンチで少しだけ休憩してから会場に入ることにした。
「ふぅ……何とか、間に、あった……」
ベンチに腰を下ろして大きく深呼吸を繰り返す。
まだ肌寒いのもあって冷えた空気を取り込む度に身体が肺から冷やされていくのを感じる。
それも走って熱くなった身体を冷やすのに丁度いい。
少しの間そんな感じで休むとようやく呼吸が落ち着いてきた。身体をベンチの背もたれに預けて脱力する。
何とか間に合ったからいいものの、やっぱり夜更かしはあかんな。
毎朝こんなことをしていたら卒業する頃にはオリンピック選手並みに足が速くなるかもしれない。もちろんそんなこと望んじゃいないけど。
外に設置されている時計で時間を確認するが式が始まるまではまだ余裕があるようだった。
かといって今のコンディションで朝飯が食えるとも思えないし……というか食ったら絶対に戻してしまう。
空きっ腹で運動するとなんか気持ち悪くなることってあるんだよな。あの現象ってなんでなんだろうな?
満腹の時に運動して気持ち悪くなるのは分かるけどさ。
「まあいいや。もう少しだけのんびりしてよう。結構疲れた……あっ、水だけは飲んどくか」
朝飯と一緒にコンビニで買った水を飲むと、あっという間に半分ぐらい飲み干してしまった。
自分で思ったよりも喉が渇いていたらしい。冬というか寒い時期ってこういう所が分かりにくい。
そうこうしてベンチでだらーんとしていた時だった。
「ねえちょっと、あんた安藤健司よね?」
「はい……?」
いきなり自分の名前を呼ばれたことに驚き、視線を上から正面に戻す。
するとそこには全く見覚えの無い女生徒が立っていた。
見た目はかなりの美少女だった。勝気そうな目でこっちを観察するように眺め、中でも目立つのはツインテールに結ばれた髪と明らかに改造を施したであろう制服だろうか。この学校の制服なのは分かるけど、俺のとも他の女生徒の制服とも違う。
確か改造とか自分の好きにしていいみたいな項目がパンフレットに書いてあったような……うん、自分には関係無いと思って覚えてないわ。
あっ、あと本当に同年代なのか疑いたくなる身長もだな。美少女とはいったけど、タイプとしては可愛い系に分類される感じだ。
クラスのマスコット的な感じ?
「えっと、どちらさま?」
「質問してるのはこっちよ。あんたが安藤健司かって聞いてるんだけど?」
「……そうだけど、なに。あんたこそ誰だよ」
自分勝手な物言いにむっとしつつそう答えると、女生徒は口の端をにやりと吊り上げて笑う。
「ふーん、じゃああんたが国内で十数年ぶりに現れたユニークスキル保持者ってことね」
「っ!?――どうしてそれを……」
冒険者ギルドで桃木さんが言っていた。
冒険者の個人情報は原則ギルドが厳重に管理するから外部に洩れることは無いって。だから俺にもユニークスキルに関することは、無暗に喋ったりしないようにと口を酸っぱくして言われた。
俺もちゃんとそれを守って身内とかかなり親しい人にしか話していなかったはず。
それを見ず知らずの目の前の女生徒がどうして知っているんだ……?
「ユニークスキルを持っているにしてはあまり凄みは感じないわね。身体も……鍛えてはいるみたいだけどそこそこ。思っていたよりも――微妙だわ」
「お前さっきから何なんだよ!? いきなり現れて人のことを微妙だのなんだの!! そっちこそ一体何者なんだ!! どうして俺がユニークスキルを持ってることを知ってる!?」
「それを話すのはまた後でね。今は入学式で時間が無いし――ああでも、一つだけ教えておくわ」
「……?」
立ち去ろうとしていた女生徒は思い出したかのように振り返ると一言。
「私の目的はあんたを『
そう言った時の女生徒の目はギラついていたというか、まるで肉食獣にでも睨まれたみたいで背筋に寒気が走った。
それにしても最後に言い残した「赤竜への勧誘」って何のことだ?
勧誘ってことは何かに誘ってるんだろうけど、赤竜って部活か何かかな? どっかで聞いたことがある気がするんだけど思い出せない。
結局名前も聞きそびれたし……まあでもまた来るみたいなことを言ってたからそん時に聞けばいいか。
「全くなんだったんだか「少しよろしいでしょうか?」――あ、はい」
ようやく嵐が去って落ち着けると思ったら、また声をかけられた。
しかも声的にまたさっきとは別の女生徒らしかった。嬉しいやら面倒臭いやら複雑な心境で視線を向ける。
するとそこにはさっきの子とは別ベクトルの美少女が立っていた。
こっちの人は綺麗系の美少女で思わずその立派な胸部装甲に視線が行きそうになる。
多分、というか間違いなく俺に話しかけてきているんだろうけど……さっきの女生徒よろしく、やっぱり見覚えの無い女の子だった。
「
「えっ、ああ、はい。安藤健司です」
思いもよらぬ丁寧な言葉に少し驚いて言葉に詰まってしまう。
いや、さっきの嵐みたいな子の方がおかしかったんだろう。普通は初対面ならまずは丁寧な感じで接するはず。
まあこの人のは少しやり過ぎ感が否めないけど。
でもさっきの子よりは心象的に良いのは間違いない。
そして俺が自分が安藤健司だと返事をしたのを聞いて表情を綻ばせる。
「よかったです。こうして実際にお会いするのは初めてでしたので、人違いでしたらと危惧してしまいましたわ」
さっきもそうだったけど、俺っていつの間にこんなに有名人になったんだ?
この人も俺がユニークスキル保持者だと知ってのことなのか不明だけど、でも心当たりがあるのもそれぐらいしかないし……
そんな訝し気な思いが顔に出てしまったのか、七海さんと名乗った女生徒は困った顔をする。
「すみません、突然見知らぬ人間に声をかけられてはご不快でしたか?」
「あっ、いえいえ! そんなことは無いですよ!――たださっき変な人に話しかけられたので少し警戒してしまったというか」
「そう言えば
「そうなんですよ。なんか急に勧誘だとか赤竜だとか訳わかんないこと言うだけいって会場に入って行ったんですけど……本当に何だったんだか」
「……」
「ああ、そっちは別にいいんですよ。それよりもそっちの用件は何ですか?」
「……そうでしたわね。今はそんな些事よりも私の話を――」
キーンコーンカーンコーン
そこでタイミング良く、悪く?学校のチャイムが鳴り響いた。
ビクッとしつつ慌てて時計を確認すると、もう入学式が始まる時間となっていた。
「あの、話は式が終わってからにしませんか!? もう入学式始まりますし!!」
「仕方ないですわね。遅刻しては叱られてしまいますから式の方を優先いたしましょうか」
そんな訳で入学式が行われる講堂に急いで向かった。
それにしても初日からこんなに喋るとは思ってもいなかった。
二人目の女の子はともかく、一人目の方は何だか面倒臭そうだしあんまりお近づきになりたくないんだけど……
でも友達になれるんだったらそっちの方がいいよなあ。
まあ今はともかく入学式の方に集中するとしよう。
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