友達候補と生徒会長

 会場となる講堂には既に多くの入学者が集まって着席していた。

 入学者席は殆ど埋まっていてさすがに時間が迫っているだけあって、ほぼ全員が集まっている様子だ。

 俺はそそくさとあまり目立たぬように講堂に入り空いている席に腰を下ろした。

 七海ななみさんは講堂に入る前に分かれたので何処に座っているのか分からない。なんとなく前の方に座ったのを人垣越しに見えた気がするんだけど、まあそれはいいだろう。

 それからほんの数秒後に入学式が開始された。


 ……分かってはいたけど、こういう式典って知らない人からの話が異常に長く感じるよな。

 市長とか名前どころか顔すら知らなかったし、他にも教育委員会が何たらと言われても正直「お前誰だよ」感が強すぎて話の内容なんて全く頭に入ってこない。

 その上、昨日の夜更かしが利いているのか眠気がしてくるから困ったもんだ。


 うとうとしながら、もう寝ちゃってもいいかな――なんて思い始めていた時、隣から肩をポンポンと叩かれる。


「なあなあ、お前も式とかつまんねえって思ってるんだろ? ちょっと喋らねえか?」


  閉じかけていた目でそっちを見ると、隣に座っていた男子生徒が悪い笑みを浮かべながらこっちを見ていた。


「……いや、確かに退屈だけど喋るのは不味いだろ。バレたら怒られるって。いやだぜ? こんな式の場で怒られるのなんて」


「大丈夫だって! むしろこういう式の最中だからこそ注意なんてされねえよ。先生たちだってわざわざ式を雰囲気をぶち壊しにしたくないはずだろ? だから多少のお喋りぐらいは見逃してくれるんだよ」


 そんなことを小声でこしょこしょ話す。


 そんな悪ガキ見たいなことを言いだした男性生徒は、この状況の中でもの凄く楽しそうにしている。

 まあ壇上の人の話は聞いてないみたいだから退屈なのはそうなんだろうけど、こういう喋っちゃいけないみたいな場所で話しているのを心底楽しんでいる様子だ。

 確かにその誘いに魅力は感じるけど、入学早々に怒られるのはなあ……

 まあ無いとは思うけど式典の最中の無駄話をしてましたってことで親に報告が行くのだけは絶対に嫌だし。もしそうなったら父さんはともかく、母さんに殺される。


 そう考えて断ろうとしたのだけど、よく周りを見てみるとあちこちで隣同士で話している生徒が見えた。

 話し声は聞こえてこないが、一緒に笑ったり意見が合ったのか頷きあったりしている。しかし壁際に立っている先生たちは全く注意しにやってこない。

 気付いてないはずはないと思う。だって何人かの先生が話している生徒の方をガン見してるから。

 もう穴が空くんじゃないかってぐらいじっと見てる。


 ……あれは間違いなく顔を覚えられてるな。後でお小言を貰うやつだ。絶対に。


 でも、そろそろ眠気が限界に近いんだよな。

 あともう少し無言の時間が続いていたら恐らく普通に眠っていた。しかもこの感じだと一度寝たら式が終わるまで爆睡する自信がある。

 それはそれで不味いな。

 「全員起立」とか言われた時に俺だけ立たなかったら、それはそれで目立ってしまう。

 ……う~ん、仕方ないか。


「よし、俺も退屈だったし喋ろうぜ」


「そうこなくっちゃ! じゃあまずは自己紹介からだな。俺の名前は『鈴木タイチ』っていうんだ。よろしくな!」


「俺は安藤健司あんどう けんじだ。こっちこそよろしくな。タイチって呼んでもいいか?」


「もちろん! 代わりに俺も健司って呼ばせてもらうけどいいよな?」


「それこそもちろんだ!」


 最初は抵抗があったものの、面倒な式の中ではこういうお喋りがオアシスのように感じられて思ったよりも話が弾んだ。

 話の中心はやっぱりここが冒険者育成校だからかもっぱら冒険者の話題だった。

 最近あの冒険者が凄いんだとか、あのメーカーの武器やら防具やらが優秀だとかそんな冒険者同士でなら通じる類の話をした。

 その話の中で分かったのは、タイチはまだ冒険者の資格を持っていないということだった。

 しかしこれは別に珍しいことじゃない。何せここは冒険者育成校だからな。


 この学校は読んで字のごとく冒険者を育成する為の学校だ。

 ただしその意味は二種類あって、一つ目は既に冒険者資格を持つ学生をより優れた冒険者にするということ。

 そしてもう一つは、冒険者を目指している学生を冒険者として育成するということだ。こっちの場合、この学校を卒業すると自動的に冒険者の資格を得ることになる。

 俺が受けたような試験だのなんだのをパスすることが出来るし、わざわざ学校で得られるのに地力取得する必要は無いと考える人もいるのだ。

 もちろん在学中に試験を受けて地力で合格することは認められている。パンフレットで見た時は七割ぐらいが地力取得で、二割が卒業取得と書かれていた気がする。

 ちなみに残りの一割は……なんと退学者、らしい。

 つまり毎年入学者の一割ほどは卒業までにこの学校から消えているということだ。


 それだけ授業内容が過酷ということなのか……うん、実に恐ろしい。


 まあでも今更そんなことは恐れていないけどな。

 どんな授業なのかは気になるところだけど、むしろどんな授業でもドンとこいって気分だ。

 それで冒険者としてより成長出来るのならどんな過酷な訓練だろうとこなしてみせるっ。


「それでさ、健司は冒険者の資格を持ってるのか?」


「ああ、持ってるぜ」


「マジかよっ。てことはあの面倒臭い試験を突破したってことだよな。よくやるぜ~」


「そりゃあ冒険者になるのは小さい頃からの夢だったからな。その為の苦労なら何とやらってやつだよ。と言ってもまだまだ取得したばかりで、駆け出し中の駆け出しなんだけど。ランクだってまだ上げてないし」


 あっ、そういえば俺の冒険者ランクって後どれぐらいで上がるんだろうか?

 休み中は色々あったから途中からランクのことなんて二の次になっていた。

 結構探索したしモンスターだって倒したから、もしかするともうそろそろ条件に引っかかってもおかしくない、かもしれない。

 今度ギルドに行ったときに受付で聞いてみるとしよう。


「それでも凄いって。俺なんてわざわざ難しい勉強してまで資格取ろうなんて思わねえもん。だって卒業したら自動的に冒険者になれるしさあ」


「まっ、そういう考え方もあるよな……」


「今ここにいる俺達と同じ新入生の奴等だって、この時点で冒険者の資格持ってるのは両手で足りるぐらいしかいないだろうぜ。俺の兄貴がここの卒業生なんだけどさ、大体毎年そんぐらいなんだと」


 詳しい人数は分からないけど、この講堂には二百人近い新入生がいるはずだ。

 タイチの言う事が確かなら入学時から冒険者なのは一割も居ないってことになるが……そんなに少ないのか?


「本当にそんなに少ないのか? ここって冒険者育成校だぞ? 半分ぐらいはいると思ってたんだけど……」


「いやいや、それは夢見過ぎだって! 大体学生冒険者ってそんなに簡単じゃ無いんだぜ? 装備にアイテムと金はかかるし、勉学と両立しないと親とか学校からお叱りがあるし」


「確かにな~その辺は実感してるよ。試験の勉強も装備の為の資金とかマジで大変だったからな。そっか、考えてみればその辺の理由もあるんだなあ」


 そんなこんな雑談をしながら式典の時間を潰していると、司会進行の言葉が耳に入った。


「では続いて――当校の生徒会長による送辞です」


 冒険者育成校の生徒会長、それは普通の学校の生徒会長とは異なる意味合いを持っている。

 それはこの学校における紛れもない『強者』であるということ。

 冒険者を目指すような者の中にはそれなりに気性の荒い者も多い。そういった連中を纏める為に、いつしかこの学校の生徒会長は実力者しかなれないというような風潮が生まれたらしい。

 学校『最強』だなんて噂もあるけどそれが真実かどうかは分からない。

 でも、少なくとも一定以上の実力を持つ強者であることは間違いないのである。


「知ってるか? 今年の生徒会長は歴代でも『最強』だって話……今の学校最強もあの人だって言われてるらしいぜ」

 

 タイチも興味があるのか雑談が途切れる。もちろん俺もそうだし、きっと新入生の全員が登壇してくる人物に注目していると思う。

 誰もが注目する中ステージに現れたのは、普通の男子生徒だった。

 中肉中背、特に目立った特徴も無く、どこにでもいるような必ず一度は見たことがあるような平凡な容姿。

 本当にあの人が学園最強なのかと疑問符を浮かべる程に、その肩書が似合わなそうな人だった。

 他の新入生たちもそれは同じだったのか、さっきまでとは別種類の騒めきが起こる。


 しかし生徒会長らしき男子生徒はそんなことお構いなしに、登壇すると人が良さそうな顔でにっこりと微笑む。


「新入生の皆さん、始めまして。当校の生徒会長を務める『東雲八雲しののめ やくも』と申します」


 あ、やっぱり生徒会長本人で間違いなかったみたい。


「さて、今皆さんは僕みたいなのがこの学校の生徒会長を務めていることに疑問を抱いていることでしょう。ですがそれは――見る目が無い」


 その瞬間だった。

 生徒会長から何か、得体のしれない気配を感じて全身に鳥肌が立った。

 

 驚いて回りを見ると、ほとんどの生徒は何も無かったかのように生徒会長の話を胡乱気に聞いている。

 しかしほんの一部の生徒だけは、俺と同じように何かを感じたのか困惑したような様子で辺りを見回したり小刻みに頭を動かしているのが見えた。

 一瞬気のせいだったのかもと思ったが、他にもいるってことは気のせいじゃない……? 

 だったらあの気配は何だったんだ?


 すると正面を向いた拍子に生徒会長と目が合った。

 覗かれている――そんな表現がピッタリな感覚だった。


 そこで初めて俺は、壇上にいるあの男子生徒をだと感じた。

 得体のしれない何かに見られているような、モンスター相手にすら感じたことの無いような。

 自分でもどう言い表せばいいのか分からなかったけど、あの生徒会長に対して確かにそんな妙な感覚を覚えていた。


 すると生徒会長は、そんな俺や他の気付いた生徒達の反応に満足そうに小さく頷いた風に見えた。


「断言してもいいでしょう。僕は今ここにいる君達のだれよりも『強い』。これは虚勢でも冗談でもなく純然たる事実です。もしこの言葉を嘘だと思うのならば、いくらでも挑んできてください。皆さんの挑戦を僕は歓迎します。それが皆さんの成長につながると信じていますから……すみません、あまり言葉が得意な方では無いのでもう終わらせますね」


 うわぁ~、めっちゃ煽ってるよ。

 ただでさえ冒険者を目指す奴等なんて気性が荒い奴が多いのにあんな風に挑発なんかしたら――ほら。

 顔を真っ赤にしている奴だったり、呼気を荒くして今にも殴りに行きそうな奴がいるもん。

 というかリアルに「ふしゅー、ふしゅー」って言ってる人間とか始めて見た。野生の獣かお前は。確かに見た目もの凄くごつくてプロレスラーかと見間違うぐらいの体格はしてるけど。

 というかそれ止めろよ。周りの生徒がめちゃくちゃ怖がってんじゃん。


「では最後に。皆さんの入学を心の底から歓迎します。この学び舎で共に切磋琢磨し、冒険者として成長していきましょう。以上、生徒会長の東雲八雲からの送辞でした――ああ、ちなみに挑戦は明日から付けるけるから好きな時に挑んできてくださいね」


 そう言って終始楽しそうな雰囲気のまま生徒会長は壇上から降りて行った。

 ……これ、絶対明日から大変なことになるぞ。まあ被害者予定は生徒会長だけっぽいからいいんだけど。

 少なくとも俺は挑戦しようとか思わなかった。勝てる勝てない云々の話じゃなくて、単純にあの人とは戦いたくないと思ったから。


 まあでも……いずれはあの人すら超えて行かなくちゃいけないんだよなあ。

 だからあの生徒会長が卒業するまでに、胸を張ってさっきの言葉を否定出来るだけの実力を身につけたい。

 俺はそう思った。


「続いて校長からの挨拶――の予定でしたが、校長に急用が入ってしまった為これは省略させていただきます」


 おいおい、校長先生が入学式に出てこないってどんな用事があっただよ…… 

 

 そんなトラブルも挟みながらも入学式は順調に進んで行った。

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