健司、冒険者になるってよ

『将来の夢は、冒険者になることです!!』


 中学の卒業文集で『安藤健司あんどうけんじ』はそう語った。


 昨今、冒険者は子どもたちの将来なりたい職業として堂々の一位に君臨するようになっていた。


 理由は多々ある。まず昔に比べてダンジョンでの安全性が上がったこと。

 ダンジョンから出現してから20年以上。ダンジョン内部に関する情報もかなりの量が出回っている。例えば各階層に出現するモンスターの種類や攻撃手段。例えば道中に仕掛けられている罠の位置や性質。

 これらの情報によりダンジョンでの安全性は過去に比べるべくもないほどに上がっている。


 そして冒険の配信化、冒険者のアイドル化などによる認知度の上昇。

 今やテレビ、動画サイトで冒険者を見ない日は無いといってもいい。上昇した身体能力を生かした一般人には出来ないパフォーマンス。容姿の優れた冒険者が物語の主人公もかくやと恐ろしいモンスターと戦い華々しい勝利を収める姿。

 それらにより今、優れた冒険者はそれだけで芸能人のような扱いをされることも多い。


 また、それらに加えて冒険者としての適性が高ければ……下世話だが普通に働くよりも

 上位層の冒険者ともなればで億を超えるような冒険者も少なくない。


 まあつまり、冒険者には様々な夢がある。

 当たれば大きいのだ。


 だからこそ冒険者になる者たちは、いわゆる『バズり』と成功報酬を目的としてダンジョンに潜っているのが多い。


 しかしそんな中、健司はそのどちらにも属さなかった。


 それは――『ダンジョンの全てを見てみたい』という好奇心。未知の冒険へと挑む探求心と冒険心であった。


 ここでハッキリと言えるのは、未だに誰もダンジョンのということだ。さらに言えば既に人の足が踏み入った階層でも、その全てを探索出来ているかと言えばそうではない。

 そう、ダンジョンには未だに多くの未踏破領域が残されているのである。


 そして未踏破領域であるからこそ前情報は無く、危険も多い。

 

 それを理解してなお、ダンジョンの未知を追い求めるとしたら。

 その者はよっぽどの馬鹿か、あるいは――





 ダンジョンに興味を持ち始めたのは、何時頃からだったか。

 そんなもの思い出そうとしなくてもハッキリと覚えている。あの出来事があったからこそ俺は、冒険者にそしてダンジョンに強く惹かれるようになったのだから。


 そして今日、ついに俺は憧れへの道の……その第一歩を踏み出すのだ。


「母さん! それじゃあ行ってくるからな!」


「あらもうそんな時間なの? 行ってらっしゃい!」


「行ってきまーす!」


 母親に見送られた俺がやって来たのは『日本ダンジョン協会』の新宿支部だ。

 ここは新宿に出現したダンジョンを管理する為に作られた支部で、俺の家から一番近くにあるだ。

 『ギルド』と言うのは日本ダンジョン協会の通称である。大抵の人間はこっちの呼び名を使用する。


 ……だって日本ダンジョン協会新宿支部、ていうよりも新宿ギルドって言った方が早いだろ? そういうこと。


 ここ新宿ギルドはさっきも言った通り、新宿に出現したダンジョンを管理する為に作られたギルド支部だ。

 つまりダンジョンへの入り口が併設されている。それゆえに武装した冒険者たちがその辺りを数多く行き交っている。

  

 たったこれだけでダンジョンにやって来たという実感が湧いてきた。

 ああ、これから本当に冒険者になるんだなあ……


「ダンジョン協会新宿支部へようこそ。本日はどのような御用でお越しでしょうか?」


 ギルドの受付に行くと美人の受付嬢さんにそう聞かれる。


「えっと、今日は冒険者登録に来ました! よろしくお願いしまス!?」


 やばっ!? 緊張のせいで声が裏返った!?


 案の定それを聞いた受付嬢のお姉さんはクスリと笑みを零した。


「ふふ、畏まりました。それでは筆記試験の合格証と身分証明書のご提出をお願いします」


「は、はい……お願いしますぅ」


 冒険者としての登録を行う為には筆記試験に合格する必要がある。難易度的にはさほど難しくはない。まあちゃんと勉強している人にとっては、という枕詞が付くけど。

 かく言う俺は勉強が苦手なので、頭の良い妹に勉強を手伝ってもらってようやく合格出来た。試験の内容は冒険者としての常識を問うものが多いとは言え、覚えなくちゃいけない事柄が多いんだよなあ。

 むしろそんな試験を一発合格した俺を褒めて欲しい。


 ……妹に勉強を見てもらって恥ずかしくないのかって?


 冒険者になる為ならその程度のこと。

 妹に頭を下げに行った段階で俺はそんなつまらんプライドも恥も捨てている。年も学年も下の妹に恥も外聞も捨てて土下座した記憶が思い出される……


 そうしてちょっと恥ずかしい思いをしつつも無事に受付を完了させる。今はお姉さんに少し待っているように言われたので待機中だ。

 

 それにしてもギルドの受付嬢には美人な人が多いって聞いたけど、本当に多いな。

 特に受付をしている職員さんのほとんどが綺麗なお姉さんだ。中にはおじさん男性職員が受付をしているところもあるけど……列の長さに覆し難い差がある。

 おじさん職員も退屈そうにしているというか、なんか目が死んでいるというか――


 あっ、目が合った。


 ……すまん、おじさん。


 俺も折角だったら受付してくれるのは綺麗なお姉さんがいい!!


 そんな意を込めておじさんに視線で謝る。

 するとおじさんは「気にするな」とばかりに、乾いた笑みを浮かべた。そして誰も並んでいない列の方に視線を戻した。

 この世に希望なんて無いと言わんばかりの光の消えた瞳がその先にいた一人の冒険者を射抜く。冒険者は「ヒッ!?」と悲鳴を漏らすと、逃げるように別の列に並んだ。


 ……抜け出せない負のスパイラルに陥った哀れな男の姿がそこにあった。

 うん、決めた。次にギルドに来るときにはおじさんの受付に並ぼう! だっておじさんが可哀そう過ぎるだろ!? あのおじさんが何したってんだ!?

 こんなことになるぐらいならいっそ、受付を全員男性職員にしてしまえば――


「お待たせいたしました。どうかなさいましたか?」


「いいえ何でもありませんとも!」


 やっぱり受付なお姉さんが一番だよな! 受付が男性オンリーのギルドなんて誰が寄り付くかってんだ!!

 すまん、おじさん。こんな弱い俺を許してくれ……


「それでは筆記試験、身分証明書共に確認がとれましたので、これより冒険者登録手続きに移らせていただきます。よろしいでしょうか?」


「はい、お願いします!」


 俺はお姉さんが渡してくるいくつかの書類に必要な情報を記入していく。

 現代における冒険者とは免許制なんだ。冒険者には武器や防具の携帯や、スキルの使用など様々な特例措置がある。

 一般人とは隔絶した力を持つということは、それ相応の責任を伴うことと同じだ。だからこそ冒険者は厳しく管理されている。街中でのスキルの使用は原則として禁止だし、許可なく使えば罰則を与えられることになる。

 状況によってはそのまま冒険者としての資格を剥奪される場合もあるんだとか。


 まあ冒険者なんて危険物が服を着て歩いているようなもんだからな。

 そりゃあ冒険者以外からすればそんな存在が何の枷も無く歩き回っていると考えれば怖いのは分かる。

 だからこの厳しさはむしろ冒険者を守る為の措置でもあるのだ。人の枠を超える力を持ってしまった冒険者という存在が社会から爪弾きにされないように。


 そのお陰もあって冒険者の地位はこの社会の中で確固たるものになっている。

 俺もこれから一冒険者となるからには、きちんとルールは守らないとな。これまで冒険者の評判を作り上げてきた先輩たちに恥じないようにしないと。


 そうしていくつかの書類、中には誓約書もあったがその全てへの記入を済ませる。


 お姉さんは一枚一枚丁寧に見て、記入ミスやモレが無いかをしっかり確かめる。

 そうして全ての書類に目を通し終えると満足した様子で一つ頷いてみせた。


「はい、問題ありません。では最後に――こちらを」


 そう言って机の上に置かれたのは一枚の板。サイズはクレジットカードやポイントカードと同じぐらいの大きさ。

 色は金属らしく銀色ではあるが、どこか青みを帯びている不思議な板だ。


「こ、これが――」


 そう、俺がこの手に入れることを夢にまで見たもの。

 冒険者になったという、その証。


「『冒険者カード』になります。これを受け取った瞬間からあなたの身分にはが追加されます。その責任をくれぐれもお忘れにならないように」


 お姉さんの真剣な表情と声音に思わず背筋を伸ばす。


 すぐにでも冒険者カードに手を伸ばしたいと本能が叫ぶ。だけど、そんな簡単に受け取ってはいけないと理性が呼びかける。

 お姉さんが言った通りこのカードを受け取った瞬間から、俺は冒険者になるんだ。

 

 本能と理性の狭間で震える指先を抑えつけて、慎重にカードを受け取ろうとする。


 触れた指先から伝わるのは冷たい感触だった。そして確かな重みだ。

 それはカードそのものが想定以上に重かったというのもあるが、それに加えて精神的な重さも大きいんだと思う。

 このカードは自分が冒険者だと証明するもの。それは冒険者としての自分の分身を言い換えても過言ではないかもしれない。


「っ……」


 受け取った。


 ――俺は、今日この瞬間から冒険者だ。


「お、俺、頑張ります!! 絶対にダンジョンを踏破してみせます!!!」


「あら……そうですか。じゃあ、頑張って下さいね。安藤健司あんどうけんじさん」


「は、はい!!」


「でも――もうちょっとだけ声のボリュームは落として下さいね。他の方々の迷惑になってしまうので」


 お姉さんは苦笑交じりにそう言った。


「……」


 周りに視線を向けてみれば、ギルドの職員さんやギルド内にいた他の冒険者の人たちが俺の方を見てクスクスと笑っている。

 顔にとんでもない量の血が集まっていくのを感じた。きっと今の俺の顔は茹でタコのように真っ赤になっていることだろう。


「~~~……!!?」


「ま、まあやる気があるのは良い事ですよ? 冒険者にとって気力は何よりも大事ですからね」


「すみません……」


 こうして盛大に恥をかいた俺の冒険者登録は、終わった。


「では、続けてステータスの取得に移りますね。これからダンジョンに入りますが準備はよろしいですか?」


 ああ、そうか。冒険者登録はステータスの取得までが一連の流れだっけ。

 何となく気分的に終わった気になってた。というか強制的に終わらせようとしてた。


「はい。準備は大丈夫です。行けますっ」

 

 冒険者の特権の一つ、ステータス。

 一体俺はどんなステータスになるんだろうか? そんな期待と不安が胸中で渦巻く。冒険者としての今後を左右するといってもいいステータス取得。

 そんな一大イベントに遂に挑む。

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