健司の周辺事情

 俺達のクラスの担任である九島くどう先生が仲裁に入ったことで、何とかその場は収まりホームルームが開始された。

 とは言っても今日することは本当に少ない。明日からの授業で使う教材やらを配ったり、簡単に予定を説明したりする程度だからだ。

 冒険者育成校といっても、何も冒険者とダンジョンに関することだけしか学ばないわけじゃ無い。

 普通の高校と同じように数学とか英語などの一般科目の授業も行われる。それにプラスして冒険者関連の授業が存在する訳だ。

 まあ比率で言えば冒険者関連の科目に割かれる時間が多いのは事実だし、その分一般科目の成績があまり奮わない人が多いんだけどな。

 とは言え定期試験とかも普通にあるらしいし、もちろん赤点で補習なんかも普通にあるらしい。試験はともかく補習とかはネットで在校生らしき人の発言を見つけただけだから本当かどうか知らんけど。


 そんな訳なので、各教科の授業で使用する教科書などが配られた。

 中学校までの教科書って雑誌ぐらいのサイズだったのに、高校の教科書が文庫本ぐらいのサイズだったことに少しだけ驚く。

 そして更にで使う体操服が配られた。

 何故体操服が配布なのかと言うと……それは普通の体操服じゃないからだ。


「お前らも承知だろうが、この学校では実技科目がある。内容はもちろん冒険者の為の様々な訓練だ。そしてこれにはスキルなどを使用する戦闘訓練も含まれる。だから、普通のジャージなんかを着てたら卒業までに数百着は買い替える必要があるし、最悪の場合当たり所が悪ければ死ぬ可能性もある」


 先生が「死ぬ」なんていう言葉を出したから、教室内が少しざわついた。

 俺も少し動揺はしたけど、それは先生が濁すでもなくはっきりと死ぬなんて言ったことに対してだ。

 別に訓練の段階でそういう可能性がある事は最初から承知の上でこの学校に入学している。今更そこで驚くようなことは無い。

 そもそもとして、そういう可能性を限りなく減らす為にこの体操服があるんだから。


「この体操服はモンスターの素材が使われた特別製だ。防御力、頑丈さ、柔軟性においてそこらの冒険者が付けているような防具よりも上だな。まあ私としては……初心者の内にこういう装備を付けさせたくないんだがなあ。早い内に一度モンスターの恐ろしさを体験しておいた方が良いと思うんだよ。お前等もそう思うだろう?」


「「「(思いません……)」」」


 クラス全員の心の声が一致したような気がした。

 

 まあ確かに先生が言わんとしている事は理解できる。装備に頼り切ったダンジョンアタックを繰り返していれば、いずれ何処かで装備が通じない敵に遭遇したときに詰む。

 何せこれまでずっとその装備に頼ってきたんだ。それが通用しなければなす術も無く、呆気なく殺されるだろう。 

 とは言え先生が言うようにわざわざ装備を付けずに装備無しはだかでモンスターに特攻しようとは思わないけどな。

 

 そんな感じでホームルームはあっという間に終わりを迎えて全員が下校の準備を始める。

 まだ今日が初顔合わせのはずなのに既に何人かのグループで集まってご飯を食べに行く相談をしているクラスメイトが居れば、そそくさと帰り支度をしてそろそろと教室から出て行ったクラスメイトもいた。

 こうして見ると、やっぱりグループを作っているのは女子の方が多い気がする。男子もそういうのが無いわけじゃないが、こういう時のコミュニケーション能力は女子の方に軍配が上がる気がする。

 ちなみに赤嶺さんと七海さんは、さっきの件で多少は懲りたのかホームルームが終わっても絡んでくることは無かった。今は同じクラスメイトの女子たちと楽しそうにお喋りをしている。

 

 一先ず今日は絡んでくることは無さそうだけど、明日からはどうなるかなあ……

 まあ別に話を聞くぐらいだったらいくらでもって感じなんだけど、どうも面倒臭いことになりそうな匂いがプンプンするんだよ。

 まあでも話を聞く前からそう決め詰めるのは良くないよな。ちゃんと話を聞いて、やっぱり面倒そうだったら断るとかをすればいい!


「お~い、何一人で百面相してんだ?」


「ん? ああ、タイチか。何か用か?」


「おう、折角午前中で学校も終わったんだから昼飯でも一緒に食って帰らねえかと思ってさ! 実は近くに美味いカレー屋があってさ~、どうだ?」


「カレー、か……」


 何を隠そう実は俺――辛い食べ物が苦手なのだ。

 寿司のワサビ然り、おでんのからし然り、それこそカレーもそうだが。

 辛味とは口の中で感じる痛みなんだ。つまりアレは味では無く、単に口の中で痛みを感じるだけに過ぎない。それはもはや毒と言っても過言ではないだろう。

 

「そのカレー屋は、辛いか?」


「あぁ~、確か辛さは自分で選べたはずだから辛いの苦手な人でも大丈夫だったはずだぜ。あとラッシーとかもあって、しかもセットで頼めば飲み放題「よし、行こう!!」……そっちに食いつくのかよ」


 辛いカレーは苦手だが、カレー味とかは好きだ。

 それに何よりカレー屋のラッシーは自分で作るのより何倍も美味しい。やっぱりプロが作るとそこら辺が違うのかもしれない。

 しかもそれが飲み放題とくれば行かない理由はあるまい!

 幸い家族とのお祝いは夜ご飯を外に食べに行くという話だから、お昼を食べて帰っても全然余裕はある。


「行くぞタイチ! ラッシー飲み放題が俺を待ってい――」


「おお~、安藤。張り切ってるところ悪いが、お前に話があるんだ。少しだけ残ってくれ」


「……九島先生?」


 そう背後から声をかけてきたのは九島先生だった。


「そんな世界の終わりのような顔をするな。話といってもそんなに長くはかからん。せいぜい五分から十分もあれば終わる話だ」


「タイチ、少し待っててもらってもいいか……?」


「ああ、もちろんいいぜ! どうせこの後は暇だからな!」


 そんな訳でタイチには教室で待っててもらい、俺と九島先生は生徒指導室に移動した。

 わざわざこんな場所に移動したって事はあまり人には聞かれたくない話なんだろうか? でも特に問題を起こした記憶も無いし、教室での騒ぎだって俺だけが呼び出されるのはおかしい。

 てことはそれ以外の話だと思うんだけど……如何せんその内容に思い至らない。

 そうして生徒指導室の四人掛けの机を挟んで向かい合って腰を下ろす。


「さて、お前の予定があるようだから話は手早くすませるとしよう。早速だが――お前は今自分が置かれている状況をどれほど理解している?」


「自分の状況、ですか? 言ってる意味がよく分かんないんですけど……?」


「なるほど、その程度の認識ということだな。まあギルド側からも伝えてはいないらしいから、仕方ないか」


「あの、さっきから何の話をしてるんです?」


 俺が今置かれている状況ってどういうことなんだ?


「ふむ、簡単に説明するとだな――新たなる『ユニークスキル保持者』であるお前に国内外の様々な組織が目を付けているということだ」


 先生が言うには、先日ギルドで管理されていた俺の情報が外部に流出したらしい。

 それによって安藤健司という人間がユニークスキルを手にしたことがあちこちに知られることになってしまった。


「でもそれだけのことで……」


「お前は『ユニークスキル』というものに対する認識が甘いな。ユニークスキルは文字通り他に誰一人として同じスキルを所持していない正真正銘の個人スキルだ。そしてこれまでに確認されているどのユニークスキルも使い方次第で社会全体に大きな影響を及ぼす程に力を持っていた……そんな力を持つ者が新たに誕生したのであれば、自分達の陣営に取り込みたいと考えるのは当然の流れだろう?」


「で、でも俺のスキルはそんな大層な力を持っている訳じゃありませんよ!? 現に最前線に立てる程の力も無ければ、トンデモない攻撃力を持ってる訳でもありませんし――」


「言っただろう、重要なのはその力が社会に及ぼす影響なんだ。例えお前から見て凄い力を持っていなくとも、別の視点を持った人間が見れば神の権能のような力と見出すかもしれない。だからこそ、現在世界中で確認されているユニークスキル保持者はそのいずれもが国際社会に対して大きな影響力を持っている。それは別に『強さ』だけが全てじゃない。優れた装備を作る力、傷ついた仲間を癒す力、味方を励ます力。そのどれもが直接の攻撃力を持っているわけじゃ無いが、どの分野においても極まった力は社会全体を動かし得るということだ」


「……」


「だからこそお前は今自分とその周辺の状況を正しく認識しておく必要がある。そしてその大きな波をどう乗り越えていくかを考えなくちゃならない」


 先生は説明を続けてくれた。


 現段階で活発に動いているのは、国内にある冒険者クランであるということ。

 その中でも国内最大規模を誇る二つの大手クラン『赤竜せきりゅう』と『蒼海そうかい旅人りょじん』が今正に俺に接触してきているということ。

 あの二人、赤嶺さんと七海さんはそれぞれがその二つのクランのリーダーの娘であり恐らく今日接触してきたのは俺をそのクランに勧誘する為であるということ。


「他にも動いている連中はいるが、大きなところはその二つだ」


「そうか、だからあの二人俺の名前とかスキルのことを知ってたんですね」


「まああれぐらいの勧誘なら可愛いもんだろう。中にはお前を誘拐や洗脳して無理やり自陣営に取り込もうと考えている輩もいるかもしれんしな」


「えっ!?」


「ははっ、まあ安心しろ。そこら辺はギルドと学校が何とかする。と言っても安心できないかもしれないが、ともかくお前は普通に学校生活を送っていればいい。赤嶺や七海のようにクランへの勧誘もあるかもしれんが、危険性が無い限り私らも止めないからな。気に入ったところがあれば、自分で決めて所属するのもありだ。その場合クランが大きな後ろ盾になってくれるだろうから、安心感は上がるかもな」


「そんな……まだクランへの所属とか何にも考えたこと無かったですよ。急に自分達のクランに来いなんて言われても困るんで、暫くは断って行こうと思います」


「まあそれもありだな。どうせお前には引く手あまただろうから、ゆっくりと考えるといい。もっと言えば、お前自身がその程度の脅しに屈しない程の力があると分かれば自ずと今回の騒動も落ち着いていくだろうさ」


 強く、か。何だか最近は強さを意識する機会が多い気がする。

 俺としては楽しく冒険を出来ればいいと思っていただけなのにどうしてこんなことに、と思わない事もないけど。

 でもこれから先もダンジョン攻略を続けていくのであれば、強さは必須条件になりそうだな。

 というかもう確定で必要だ。必殺技とか考えたほうがいいかな? 

 それに桃木さんと話した件もある。


「あの、先生。ついでに聞きたいんですけど『大冒険者大会』の学生部門ってあるじゃないですか? アレのこの学校の選抜選手に選ばれるためにはどうすればいいですか?」


「ん? 入学早々にそれを狙ってるのか。まあ確かに一年生でもなれないことは無いが……難しいぞ。そうだな、教室でも話したと思うが近々一年生全クラス合同でのレクリエーションが行われる。詳しくは言えんが、まあ冒険者らしいイベントだ。そこで一番を取れればその目標に近づくと思うぞ」


「なるほど」


「ただし、そのレクリエーションはチーム制だ。チーム人数は五人。そこら辺の人選も重要になってくるだろうから頑張れよ」


 てことはチームで何かをするチーム戦ってことなのか?


 ともかく優勝する為にはしっかりとしたチームを作らないといけない。 

 さて、どうしようか……?

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