第22話 奇跡の祭壇
~語り手・ルピス~
12月。ちょうど正午。
この辺りではもう雪が降っている。まだ積もっていないだけ。
雪が積もるとお客さんが来れなくなるから、除雪に魔道具が必要なのよね。
まあ、まだ準備しておくだけでいいでしょう。
カランコロン♪
ああ、ドアベルに細工をして、リルかミラが開けたときのみ鳴る音にしたの。
普通のお客様はリーンゴーンのままよ。
とにかく2人が来たようね、時間通りだわ。
今日はみんなで本格カレー(リルの所で育った鶏を使う)を作る約束をしていたの。
ラキスもスパイスを挽くぐらいならできるでしょう。
シナモン、カルダモン、スターアニス、マスタードシード、タカノツメ、ターメリックパウダー、チリパウダー、コリアンダーパウダー、ブラックペッパー(粗挽き)
何の呪文かしらね、これは………
私にレシピがインプットされていたので、調理はサクサク進んだ。
え?私は人間ではないのかって?
ええ。私は悪魔で
ラキスも同じ。
わたしが
悪魔に堕ち、理性を失くして暴れている所をご主人様が拾って下さった。
今ではご主人様の忠実なる僕。「オルタンシア」願いの叶う魔道具屋の従業員。
今はこの店の経営と、店を継がせる予定のリルとミラを鍛えるのが仕事だ。
私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身
見習いの2人(リルとミラ)は?
リルが腰まである金髪に碧眼。ミラがブラウンの肩までの髪とブラウンの瞳。
2人とも、おしゃれしたい年頃なので、動き易いが可憐なワンピースを着ている。
そのうち、彼女たちにも制服であるドレスを作ってあげないとね。
さあ、自己紹介の間にカレーができたわ。
「「「「いただきます」」」」
とても美味しかったわ。2人が来るようになって昼食の習慣ができたのよね。
辛かったけど、一緒に出したマンゴーラッシーがいい感じで相殺してくれた。
「リル、ミラ。今日は特別な事があるのよ」
「なぁに?ルピス(リル)」
「ご主人様が魔女のホウキとして、ここオルタンシアの林檎(禁断の実)の木の枝を柄に、紫陽花の茎を箒の先端にしていいと許可をくださったのよ。茎は裂いてから使うと繊細に出来上がると思うわよ。きっと特別なホウキになるわ」
「すてきです、魔力も増えそう!(ミラ)」
「じゃあ、一緒に作りましょうか。ラキス、枝を切って来てくれる?」
「任せろ、丁度いいのを選ぶさ」
「「お願いします」」
「私たちは
切っていいのは車庫と倉庫のある裏庭のものよ。
花は店に飾るから、この剪定鋏で切って頂戴ね」
材料が集まったので、工作の時間だ。私がリル、ラキスがミラを手伝う。
キッチリと作るために、裂いた茎を束ねておくための黒いワイヤーと染色するための色粉を出してくる。リルはコバルトブルー、ミラはベビーピンクを選んだ。
持ち手の枝は凸凹の所を、ラキスが器用にナイフで円にしていた。
あと、この店にある小物(魔道具)を柄の先端のストラップにしていいと言ったら、2人で相談して「妖精のクルミ(回数制限なしバージョン)」がいいと言ってきた。
割るとピッタリのドレスが出てくるアイテムだ。私もお世話になった。
年頃の女の子にはいいのかもね、サバトに行く時重宝するでしょう。
「ホウキは大体できたわね、今の年齢で成長を止めると言ってたし、丁度いいんじゃないかしら?カラフルでお洒落だわ。ワイヤー隠しにリボンも巻く?」
「「巻きたいです」」
リルは水色、ミラは赤色のレースリボンを巻いた。可愛いわ。
リーンゴーンと鐘が鳴る。
~語り手・ラキス~
誰か来たね、お客様だ。リルとミラに接客をさせよう。
現れたお客様はシスターの恰好をしていた。
長い黒髪の、綺麗な女性だ。24~25歳かな。
「ようこそおいで下さいました、私は店員のリルと申します」
「同じくミラと申します。とりあえず応接室へどうぞ」
「そちらでお話を伺います(リル)」
「今お茶を淹れてきますので、ゆっくりしていてください(ミラ)」
台所では、ルピスがいる。お茶の場所と入れ方を指導するだろう。
気まずい沈黙。お客様は何か哀しい事でもあったようで、沈んでいる。
だがすぐお茶(ジンジャーティー)とお菓子(黄金のバウンドケーキ)がやってきた。
お客様は1口飲んで「おいしい」と呟くと、ポロポロ泣き出してしまう。
「どうなさったのですか?(リル)」
「………この近隣諸国が戦争間近なのはご存じですか?」
「「はい」」
「………そういえば「何でも喋るラジオ」がそんなことを言っていたね」
「そうね、開戦間近だとか」
「既に国境では争いが。巻き込まれて父と兄が死んだのです」
「ええ?もうそんなことに?(リル)」
「願いは何なんですか?(ミラ)」
「戦争を―――止められませんか?」
「「それは―――」」
言葉を詰まらせる2人。さすがにそんなものは無いからだ。だが―――
「あなたが、生贄として死んでもいいというなら、できるが」
「体の死と、魂の消費により、奇跡が起こせるのです」
「どうする?」
彼女はしばらく沈黙していた。
戦争を止めるならレイズエル様(ご主人様の
使用条件は「女性」で「長い黒髪」で「利他的な望みであること」だ。
彼女は条件を満たしているので、儀式場で願いが叶う。
「………私の命で、流れるはずの血が流れないで済むのなら、お願いします」
「わかりました。案内しましょう」
「あ、あのっ!(ミラ)」
「お父さんとお兄さんは生き返らせなくていいんですかっ?(リル)」
「2人だけと思うなら、他の死者もまとめて蘇らせます!(ミラ)」
「本当ですか!?お願いしても―――?でも何を支払えば?」
「採血させてください。ヴァンパイアの食料になります(リル)」
「それ以外の用途には使わないと誓いますのでっ(ミラ)」
「そんな事で良ければ喜んで………」
リルとミラは採血をし、問いかける。
「最後に会いたければ先にその現場に行きますが、どうします?(リル)」
「………いえ、決心が揺らぎそうだから良いです。死んでも2人が生き返ったのは見えますか?無理でしょうか?」
「大丈夫だよ。見えると聞いている。不安なら儀式場の司祭に聞くといい」
「はい、わかりました………」
「リルとミラ。死者蘇生のアイテムと魔法の矢印を使うんだ、わかるね?」
「私がサポートするわ。儀式場にはラキス、あなたが」
「わかった。連れて行くよ」
2手に分かれる事になった。
私はご主人様に連絡して、事情を説明した。
「そういう事情なら大丈夫だと思うけど、姉ちゃん(義母のあだ名)に聞いてみる」
5分ほど間があった。私はお客様に名前を聞いてみる。
「カローナです………覚えていてくださいますか?」
「もちろんだ、私の脳は一度刻んだ情報は忘れないのさ。カローナ」
私はカローナを抱きしめてやる。震えていたからだ。
「ラキス、姉ちゃんの許可が出た。司祭役は姉ちゃんの部下がするってさ。今からそこに儀式場の入口を出すから入るんだ。入った後は真っ直ぐ祭壇に行け」
言うが早いか、目の前にドアが出現した。普通のドア。
私はカローナを抱き寄せたまま入口を開き、入った。
そこは、道以外は足首まで染まる血で溢れていた。
平地には赤い麦が実っており、朧げな輪郭の女性たちが収穫や世話をしていた。
みんな魂なのだ。
私達は道の上にいるから、血には染まらない。
道なりに進んでいくと、上が平らなピラミッドに辿り着く。
道は、その平らな場所まで続いていた。
かなりきつい道のりなので、私はカローナを抱き上げて進んだ。
たどり着くと、そこには愛想も何もない黒ローブを纏った女性が佇んでいた。
長い黒髪に赤い目の、凄い美人だったが、服装と同じく愛想は無かった。
「願いをかなえたいのはその女性ですね?祭壇まで来てください」
私は祭壇の前にカローナを下ろした。手を握っておいてやる。
「祭壇の上にある水晶球に手をつけて、かなえたい望みを言いなさい」
「はい………私の住んだ星から、戦争がなくなりますように!」
その声を発すると、水晶は眩く輝き始める。
「願いは記録された。貴女の死でそれは成就される。自分でここから飛び降りできますか?それとも助けが必要ですか?」
「………お助け下さい」
「わかりました。目を閉じてお待ちなさい」
彼女(後で聞いたらエスという名前だった)は、カローナの背後に回り、無造作に後頭部にスティレット(突き用の短剣)を埋めた。即死だろう。
そしてカローナをピラミッドから突き落とす。盛大な水音。
カローナの体は血に溶け、彼女の魂が戸惑ったようにそこに立っている。
周囲の魂たちが世話を焼きだしたので大丈夫だろう。
そして空には、休戦協定や同盟を結ぶ指導者たちの姿が映し出される。
何故か理由もなく唐突に、平和が星全体に広がってゆく。これが奇跡か。
そしてカローナの思念が呼び出したのだろう、戦没者の遺体に「天使の血」を振りかけて回るリルとミラの姿と、呆然と起き上がって来る元死者の姿があった。
カローナの魂は削れたため薄くなっているが、まだ存在した。喜びで泣いている。
いつかこの儀式場で消費され尽くすまで、彼女はここに居るのだろう。
「忘れないからな、カローナ!」
私は一声かけると、司祭役の女性に一緒に帰ろうと申し出た―――
悲しくはない、ただ彼女に敬意を持っただけなのだ。
♦♦♦
全員が「オルタンシア」に帰って来た。
今回は全員が善行を積んだ形になったが―――まあ、こういう事もあるだろう。
リルとミラは仮の自室(2段ベッド)に泊まって疲れを癒していった。
専用の部屋は、私達と交代する時、整える予定なのだ。
ちなみにカローナの事をご主人様に言うと、小さな銀のピンキーリングをくれた。
その存在で、人を覚えておくのに使うんだと説明された。
自分もたくさんのアクセサリーをつけているが、それが理由だと。
物凄く短い付き合いなのにおかしくはないかと聞いた。
ご主人様はおかしくない、何かが心の琴線に触れたのだろうと言われた。
ご主人様の言葉なら信じる。安心してリングを小指にはめたのだった。
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