第1話 ジュールの寝物語

「ラキス、あなたもハーブティーを飲む?」

 鈴を転がすような美声、その持ち主は、麗しの淑女だった。

 紅の紫陽花オルタンシアをモチーフにしたクリノリンドレスに身を包み、紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。両手の中指には大粒のルビーの指輪。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


「飲む。それならミントティーがいいな、今日の天気はいつもながら鬱陶しい」


 はずむような声が返る、ハスキーでどこか男性的な声。

 彼女も青い紫陽花オルタンシアをモチーフにしたクリノリンドレスに身を包み、青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立て。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身。


「ラキスったら、この店はいつも雨でしょ。………ミントティーがいいのね?」

 紅い娘が呆れたように言う。

 全く。この相棒ときたらこんな店に居ながら晴天が好きとか言うのだから。

「そうだな!ミントティーがいい!私には上手く入れられないから頼む」


 ~語り手・ルピス~


 全く、仕方ないわね。私は紅い紫陽花のドレスを揺らしながら、山と積まれた魔道具を丁寧にどけて厨房に行く。クリノリンドレスが揺れる。

 お茶を入れると言っても、それも魔道具でするのだけれど。

「ミントティー」と書いた紙を、ガラスのポットに入れると、紙が消えうせる代わりに、完璧なミントティー(4人分)ができてくるの。良い魔道具だわね。


 耐熱ガラスのティーセットを出し、大きな銀盆にポットと一緒に乗せて店へ。

「はい、ラキス。ミントティー」

「ありがとう、ルピス。ルピスは器用だな!」

 こんなもので器用というのは、ラキスぐらいに違いないわね。


 何せ彼女は「持つと砕きそう」という理由でこのポットを持ちたがらないの。

 しかも悪筆すぎる。ティーの名を書き入れても、ポットが文字と認識しないのよ。

 器用不器用の次元を超えている。


 私達は本来オイルだけで動くので、食事の支度は必要ないのが救いか。

 お茶は道楽だ。ご主人様が色々教えて下さった。

 ………そう、私達は人間ではない。魔法で創られた機械人形なのだ。

 捨てられて、世を恨み悪魔になった私達を、ご主人様はキミたちが必要だから、自分の元で働かないかと言って下さった。


 今の私たちは、悪魔―――種族は念妖で所属は魔帝領だ。

 ご主人様は私達の体も作り直して下さった。

 骨組みから歯車まで、すべて金とタングステンの合金にして下さった。

 今や私達は骨から美しい。外面にも美しさは反映される。

 

 体表は生体魔鋼アダマンタイトだ。

 どんな色彩にでもなり、普通に触った限りでは柔らかく、非常に頑丈でもある。

 また表情を完璧に再現できる。

 他にも私達の為に、色々なモノを用意してくれている。


 ご主人様は、ヴァンパイアだ。

 ご主人様の道楽のために、種々様々な血を集めるためにこの店は用意された。

 私、ルピスと、同僚ラキスはそれを運営していくのである。

 ここ、願いの叶う魔道具屋「オルタンシア」を。


 ~語り手・ラキス~


 ご主人様の頼みでここ、オルタンシアで用心棒をやっているラキスだ。よろしく。

 今日も相棒のルピスが入れてくれたハーブティーは美味い。

 魔法のガラスポット?あれはちょっと。割りかけてから意識しない様にしている。

 

 ここには、外から来ようと思ったら、雨の日、森に踏み込まないといけない。

 そうでないと店は見えない。願いがあれば自然と引き付けられてくるものだが。

 

 ここは毎日雨の異空間だ。

 歯車が錆びつきそうな気分になる………だがご主人様の除湿は完璧だ。

 客はちょくちょくやってくる。

 ご主人様がヴァンパイアの悪魔なせいか悪魔が多いが、ターゲットは人間だ。

 今日も誰か来るかな?来てくれると楽しい。

 

 退屈しのぎに魔道具を整備するのは面白いが、私の担当は武具だからなあ。

 磨くのが主になる。まあ、メンテナンスし甲斐があるほど数があるのだが。

 ちなみにルピスの担当はキッチンだ。

 本人は自動で調理する魔道具が多いのでメンテナンスだけで楽、だと言っている。

 

 わたしはあんな繊細そうな物触りたくない。

 流石、元「暗殺人形」だったルピスだ。

 元「戦闘人形」の私には繊細さが欠けているのだ。

 武具に関するものなら何でもできるが、後は戦う事しか能がない。

 

 ご主人様はここで研鑽を積んで人間(もしくは悪魔)らしくなれと言う。

 そうすれば魔界にあるご主人様の屋敷の門番に取り立ててくれると言う。

 頑張らなくては。


 大半の魔道具の整備は私達に与えられた部下、白猫のアナベルが行っている。

 白い髪の、メイド服の少女になることもできる。

 ご主人様の作った使い魔で、透明化することもできる優れものだ。

 生意気だが、元気があって良い!私は気に入っている。


 おや?お客さんがお越しだ………。


 ~語り手・ルピス~


 お客様が来たようね。軒先で傘を畳んで、傘立てにしまっているわ。

 年齢は12~13歳かしら?扉がリーンゴーンと鳴って開かれる。

「いらっしゃいませお客様。そちらの椅子におかけください」

 そう言って私は「引き寄せの石」を使ってティーセットを台所から引き寄せる。


 大人しくちょこんと座った少女のカップにミントティーを注ぐ。

 まだ余っていたので丁度良い。少女はカップに手を伸ばし、こくりと飲んだ。

 彼女のプロフィールは門をくぐった時点で、私とラキスにインプットされている。

 名前はリル。惑星カタリーナ(中世)の首都の中流家庭の一人娘。

 親は溺愛している。が、あまりたくさん本を買ってあげる余裕はない。


「ここの看板に願いの叶う魔道具屋って書いてあったけど、本当?」

「本当ですよ、お嬢さん。ただしヴァンパイアの飲むための血をいただきますが」

「血?いいけど………もしかして注射?」

「そうですが、絶対に痛くはありませんのでご安心ください」

「本当?本当に痛くないの?じゃあ、いいよ。私は本が読みたいの!お母様は買ってくれないし………立ち読みをすると怒られるから」


「本だね、ミントティーを飲んだら、こっちに書斎があるからおいで」

「うん!わかったわ。………お姉さんたちのドレス、綺麗ね」

「ご主人様から頂いたの。褒めてもらえて嬉しいわ。似合ってる?」

私はかなり気をよくして聞いてみる。

「うん、2人共凄くキレイ」

嬉しいわね。ラキスも嬉しそうな顔をしているわ。


私達は機嫌よく微笑んで、彼女がミントティーを飲み終わるのを待った。

「ごちそうさまっ、書斎に連れてって」

ラキスがこっちこっちと手招きしているわ。

 少女は書斎へ入り、本の多さに歓声をあげた。もちろんこれは全て魔導書。

様々な効果のものがあるが、さて、彼女はどれを選ぶか………?


 彼女が手に取ったのは「スジュールの寝物語」青く染められた皮の表紙の本だ。

「小さいお話がたくさん入っているから、これにするわ。寝る前に読むの」

リルはご機嫌でそう言った。困ったものね。

「魔法の効果をお教えしましょうか?」


「要らないわ!その方がワクワクするじゃない?」

その答えに私は「紫陽花の石」―――白い紫陽花が封入された琥珀。店へ導く―――を用意した。リルが選んだものは、かなり癖の強い本だったの。

「では何かあった時の為に、この「紫陽花の石」を差し上げます。ここに来るには普通、雨の日に森に入らないといけませんが、これがあれば森に入るだけでたどり着けますから。念のためお持ちください」


「うん、また来るね!」

「ではお注射です………チクっともしませんから」

「ううう―――」

「はい、確かに1cup分の血を頂きました」


ちなみにこの注射器も魔法の品よ。ヴァンパイアの牙を針に加工してあり、普通はヴァンパイアが直接吸った血でないとできない「加工」を可能にするものね。

ちなみに「加工」はヴァンパイアであるご主人様でないとできないわ。

「血の瓶」「血の樽」というものを作るらしく、血を増量させ、かつ腐敗させないようにし、香草などで風味付けするのだとか?


「~♪」

リルは鼻歌を歌いながら出て行こうとする。

私は慌てて本を防水ケースに入れてから持たせたわ。

「ありがとう、おねえちゃん。またね!」


リルは足取りも軽く出て行った。心配ね。


~語り手・ラキス~


さあ、アフターサービスの時間だ。

私はカウンターの中に置いてある、大きな丸いミスリル銀の盆を出してきた。

重量感のある逸品である。勿論魔道具だ。「遠見の水鏡」

「『水属性魔法:クリエイトウォーター』」

ラピスが呪文を唱え、盆の中を純粋で満たしていく。純水でないといけないのだ。


水に満たされた盆は、映写機の画面のようになり、リルを映す。

心配は的中した。というか多分ほぼ必然の結果だ。

「スジュールの寝物語」は、読み始めると止まらなくなる。

そしてページの間に潜む邪悪な魔力に囚われてしまうのだ。


 その魔術とは時間の早回し。読み終わる頃には、読み手は老人になっているのだ。

リルもその例にもれなかった。

読み終わってページを閉じると、違和感を感じたのか自分の顔を触って慌てている。

慌てて鏡で自分を見、悲鳴を上げた。


リルの家族が駆けつけてきた。だが今のリルは老人。

不審者扱いされて放り出されてしまう。泣いているリル。

わたしはここでルピスと目配せして「紫陽花の石」を光らせた。

あと、「スジュールの寝物語」はアナベルに回収を頼んだ。


リルが夜の森に入る。「紫陽花の石」の光が光線となって道を示す。

わたしとルピスは「遠見の水鏡」を片付けた。リルはもう来る。


リーンゴーン。扉が開く。

リルがよろめき入って来た。

「やあ、魔法の効果は聞いておくべきだっただろう?」

「お願い………こんなの酷いわ、元に戻して………」


「普通は元に戻す手伝いはしないんだけどね、リルはいい子だから特別に教えよう」

嘘だ、そんな理由じゃない。理由は彼女は貴重な「健康な処女の血」の持ち主だ。

そしてリピートが見込める。だから助けるのだ。

「さあ座って。代金はまた貰うけど、新しい魔導書をもってくるからね」


「元に………元に戻るの?」

「大丈夫よ。新しい魔導書を読めば治るわ。ハーブティーを入れましょうね」

そう言ってルピスは「引き寄せの石」を使って台所から作成済みのラベンダーティーを取り寄せる。カップも一緒だ。


私はその間に目当ての本を取りに行く。そうそう、手鏡も要るな。

手に取ったのは「ユーフィミア姫の日記」だ。若返りの効果がある。

だが、知らずに読むと「若返りすぎる」ので、注意が必要だ。

だから手鏡が要るのである。丁度いいところで止めれるように。


私は店の展示スペースに戻った。

「はい、これだよ。血は後でいいからね」

私は注意事項を述べると、バスルームから持って来た手鏡を渡す。

黄金で出来た手鏡で、これで身繕いすると理想的な出来になる、という物だ。

今回は関係ないので、ただの手鏡として持って来たが


リルは「ユーフィミア姫の日記」を読みだした。

本好きは変わらないらしく、百面相をしながら読んでいく。

そのまま行き過ぎると見て、丁度良さそうな所で、つんつん、とつつき鏡を見せた。

「戻った!戻ったわ!これでおうちに帰れる」


「お代は貰うよ?」

元に戻ったリルからはまた血を頂いた。

 多分、多量に浴びた魔力で風味も変化したろうと思う。ご主人様から聞いている。


「帰るわ。あ………でも。ここの本って、注意事項を守れば安全なの?」

「もちろん安全だ。ダメな本もあるが、いくらでも助言するとも」

「その「紫陽花の石」は預けておくから、いつでも来ていいのよ?」

「ここの事はあまり喋らないでいてくれると嬉しいね。変なお客はごめんだ」


「じゃあ、なにか借りて帰るわ!」

リルはやはりリピーターになりそうだな。


そして彼女は「ビッケル教授の魔法陣入門」を借りて帰った。

魔法陣を実際に描いてみない限り安全なので大丈夫だろう。

むろんリルに警告しておいた。


さて、本日は店じまい。皆さまも、何かお探しなら是非ご来店を………。

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