第2話 魔法のじゅうたん
~語り手・ルピス~
ああ、もう夏ね。
外に出て
もちろんこの店、オルタンシアの外は雨よ。でも手のひらサイズの紅い宝玉「晴天の炎」を持つ私には、雨がかかる事も水がつく事もないの。
うっかり使い方を間違えると体と同化して、水を飲むことさえできなくなり干からびて死ぬしかなくなる代物。必ず左の手のひらに持つか、左のポケットに入れる事。
1度でも右手で持つとおしまい。
だけど、ドレスの紫陽花モチーフに隠されている、左ポケットに入れている私には何の害もないわ。
屋敷の外には様々な
そして、紫陽花の貴婦人。咲き誇る紫陽花の体現者は、私ルピスと相棒のラキス。
私ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
相棒ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身。
私達が、この「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」の店員。大輪の紫陽花。
錆びつくことを知らない、麗しの、悪魔の機械人形よ。
ご主人様は、最高位の悪魔でヴァンパイアなの。私達を改造してくれたわ。
そして外は通年変わらぬ雨………でもじめつくことはないの。
この屋敷にはご主人様の魔法がかかっているから。
店内は春の陽気に包まれたようであり、じめつくことも乾燥することもないわ。
満足がいくまで
そうすると、ラキスが声をかけてくる。
「お帰りルピス!ねえ、花の手入れってどうやるんだい?私にもできるかな!」
「止めといた方がいいわラキス。あなただと花をちょん切りそうだもの」
「え?違うのかい?他に何かすることでも?」
「はあ、これを見なさい、枯れた花や、中途半端に伸びた茎、枯れた茎なんかでしょう?密集しすぎているときは花を切ることもあるけど、それは店内に飾っているじゃない?あれとか、それとか………。今回は白い紫陽花を切ってきたわ」
「ふうん………色々あるんだな。今度一緒しても?」
「構わないけど「晴天の炎」を失くさないでね」
「分かった!ありがとうルピス。花以外のごみは、わたしが持って行くよ」
「あら、ありがとうラキス」
~語り手・ラキス~
ルピスは幾つか花を持つと「引き寄せの石」で、小さめの花瓶を複数引き寄せた。
ただ、飛んでいく軌道上に私がいたのは問題だ。
私を迂回しきれなかった花瓶は、幸いにしてなかったが………。
「ルピス、危ないぞ!」
「貴女ならそれぐらい回避すると思って」
「それはそうだけどさ」
仕方ないので、私は台所を出たところにある洗濯室の一角を目指す。
そこにある「即席たい肥の箱」に、無機物がないか確認してごみを放り込む。
この箱は紫陽花園につながっており、入れた有機物を即座に肥料にしてくれる。
だが無機物を放り込むとゴミを店内隈なくバラまいてくれるので、注意が必要だ。
一度2人で「やらかした」時は掃除が大変だった。
私は店の内部に戻る。
「ラキス!レモングラスティーを冷やして、蜂蜜を入れて飲みましょうか」
私は相好を崩した。
「いいねぇ!」
その時、リーンゴーンという音が響いた。お客様だ!
お客様は2人連れ。カップルか夫婦のようだ。
男性は気の強そうなタイプだな。女性はなかなかの美人だけど表情は暗い。
「いらっしゃいませお客様。何をお探しでしょうか?」
男性の方が発言した。
「こんにちは、魔道具屋だと看板にありましたが」
「そうです、どんな魔道具をお探しですか?」
「私は親友の結婚式に行きたいのです。私が砂漠を越えたところの令嬢と結婚したのに、彼は砂漠越えして来てくれました。私も砂漠越えしていくつもりでしたが………どうしても、仕事が終わらなくて。時間的に間に合わなくなってしまいました」
「地図をお渡ししますので、ルートと制限時間をお聞きしても?」
「はい、ここからここまで………3日以内に」
夫ははきはきと答えたが、奥方は黙っている。
「奥様も、行きたいとお考えですか?」
「えっ………そうね」
「分かりました。道具を取って来ますので、ハーブティーを飲んでお待ちください」
移動用の魔道具を探してガレージに行ったらアナベルが居る。
メイド服を着ていて、地は灰色だけど、エプロンが白い紫陽花をモチーフにした華麗なものだ。オルタンシアの魔道具は、ほぼ全てアナベルがメンテナンスしている。
私は事情を話して、丁度いいものを選んで貰った。なるほど、これか。
~語り手・ルピス~
台所から見ていたけれど、どうにも凸凹の夫婦ね。
まあ、それは私達には関係の無いこと。
レモングラスのハーブティーを、後で私達も飲める量を「ハープティメーカー」で作り、トレイに乗せて「氷の精の冷蔵庫」に入れると、一瞬にして中にいれたものを凍る寸前まで冷やしてくれる。
引き出したトレイは、キンキンに冷えていた。
カップに蜂蜜のピッチャーを添えたら、店に出る。
「アイスレモングラスティーでございます。蜂蜜はお好みでどうぞ」
奥方が見るからに嬉しそうな表情で受け取る。男性は恐縮しているわ。
にっこりと笑いかける「お気になさらずに」とね。
ラキスが帰って来た。くるくる巻かれた大きな絨毯を持っている。
「「気難しい瞬足じゅうたん」でございます」
また扱いの難しいのを持って来たわね。アナベルの入れ知恵かしら?
魔女の箒を持ってこないだけマシかしらね。
「どんなものなんですか?」
「基本的には空飛ぶじゅうたんですが、とてもスピードが速いのです。お客様の仰っている砂漠を2日で超えます。ただし、日没には必ず呪文を唱えないといけません。日が没する前に必ず「@:*#$%&」と唱えて下さい」
「えっ、なんだって?何かに書いてくれ」
「駄目です、覚えて唱えないと、じゅうたんが怒ります「@:*#$%&」です」
男性はなんとか暗記したようだったわ。ちょっと不安ね。
「間違えるとじゅうたんが怒って、あなた方を放り出しますから気を付けて」
ラキスが念を押す。夫は必死で復唱しているわ。
怒ると乗客を放り出して、作ったご主人様の所(魔界)に戻ってしまうのよね。
ご主人様も、道楽で作ってるからこんなのが出来上がるのだけれど。
「これをお買い上げですか?」
「もちろんです!おいくらなんでしょう?」
「お金ではありません。ヴァンパイアが飲むための血液を献血していただきます」
「はあっ?」
ラキスはたたみかける。容赦ないわね。私も見てるだけなんだけど。
「Yes Or No?」
「が、害はないんですよね?後で変な事になったり」
「その心配はありません。痛みもありませんのでご心配なく」
「で、ではそれで………」
私は専用の注射器を取り出す。
今回の場合、血を貰うのは夫の方だけでいいだろう。
妻の方は明らかに引いていて、夫に信じられないものを見る目を向けている。
リーンゴーンと鐘が鳴る。
夫婦は帰って行ったわ。
今夜から出発します、の一言を残して。
~語り手・ラキス~
「う~ん、なんか違和感の残る夫婦だったな」
「恋愛結婚ではないのかもしれないわね」
「そうだよなぁ、あの奥さん明らかに引いてたし」
「「遠見の水鏡」を準備しておくか」
遠見の水鏡で見たところ、奥さんは明らかにこれに乗って行くのを渋っていたが、夫に押し切られてしぶしぶ身支度したが、大きな絨毯にも過積載で、人が乗れなくなるので、荷物を半分にされてまた不満を言っていた。
夜になり、出発の時点で、夫は完璧に呪文を唱えた。
じゅうたんがぶわっと浮き上がり、凄いスピードで飛んでいく。
風防は魔力でされている。半日かからずに砂漠の上を飛んでいた。
夫ははしゃいでいる。「すごい!砂漠を見下ろしてるぞ!」
だが、不幸は起こるものだ。
日没―――夫の呪文は自信満々にもかかわらず、間違っていた。
大量の荷物と共に、振り回されて落ちていく二人。
落下中、夫はもう一度呪文を唱えたが、それも間違っていた。
砂の上に落下した二人。軽傷ですんでいるようで何より。
夫が奥さんを助け起こす………が奥さんは憤怒の形相で夫を引っ叩いた。
「あんたなんかのいう事聞くんじゃなかったわ!元々砂漠越えなんてしたくなかったけど、結婚式は夫婦で行くものだとうるさく言うから!」
「わっ、悪かった。僕が呪文を間違えたから………」
「それ以前の問題よ!何が親友の結婚式よ!向こうは1人だったから来れたのよ!私まで巻き込まないでよ!この旅自体嫌だったの!」
奥さんは夫の顔に砂を投げつける!
「わかった!謝るから落ち着いてくれ!砂漠の夜は冷えるんだ、毛布の入った荷物を探し当てないと!今は夏だけど7度になるんだ!」
それでも奥さんは罵声をやめない。
「元々!あんな怪しい店であんなもの買う………いえ、血なんかとらせるから!祟りみたいなものじゃない。呪文も覚えられないなんて!」
「いや、覚えていたはずなんだが………」
「覚えてなっかったじゃない!そもそもあんたなんて好きじゃなかった!お父様に逆らえなかったから結婚したのよ!将来性のある若者だって言うから!」
そこから先はさすがに我慢の限界が来た夫とののしり合いに発展して、つかみ合いになった挙句、旦那さんが奥さんを殴り、離婚だという話になった。
ちなみに毛布はもちろん見つかってない。
~語り手・ルピス~
「あら、まあ。離婚にまで発展するなんて」
「必要かな?アフターケア?」
「もうちょっと見ていましょう」
夫の方は、毛布を見つける事に成功した。それを何枚か妻に投げ渡す。
「私は結婚式に向かう。間に合わなかったとしても駆けつける」
「私は家に帰るわ!離婚の調印のために、野垂れ死ぬ前に帰って来てよね!でないと死んだものとして扱うから!」
それはいいけど、この2人サバイバルなんてできるのかしら?
「依頼主の夫はアフターケアした方がいいだろうな。このままだと間に合わない。うちは一応「願いの叶う魔道具屋」なのだから」
「そうね、奥さんの方は………方位磁石も水も持ってないようだから、放っといたら死ぬわね。私がアフターケアしに行くわ」
「なら、魔女の箒の中で、素直な奴を2本持って行くか」
「そうね、それがいいわ」
「テレポ石」を使いましょう。文様が刻まれた親指大のターコイズよ。行く場所を知ってないとダメだけど、水盆で見ただけでも大丈夫。扱いは便利で簡単なの。
行く場所(人でも)を念じて「テレポート」と言うだけ。使い捨てなのが玉に瑕なので、私とラキスで4個使う。
私は、脱水症状を起こしている奥さんの前に出たわ。
「お困りのようね」
「あんたは………あんたたちがあんなもの売りつけるから!こんなことに!」
ふらふらと立ち上がって、殴りかかってきたけど、軽く捻りあげる。
「痛い!放して!ごめんなさい!」
「ここから帰る手段をお持ちしたのですが………必要ないようですね?」
「待って、要る、要るわ。お願い、助けて………」
最初からそう言えばいいのに。
「これは魔女のほうき。跨れば、イメージをするだけで簡単に飛べるわ」
「お代は血よ、いいかしら?」
「構わないわ!」
彼女は献血をすると、さっと箒に跨った。すぐにコツを掴んだようで舞い上がる。
私は、背中から紅い蝙蝠の翼を出して追随する。
「街はこちらよ」
先導して飛べば、町へは3時間足らず。すぐに到着したわね。
大きな商会の本拠地の前に降りた彼女は「お父様!」と言いながら入ってゆく。
私はここでお別れ。水盆で顛末を見る事にしましょう。テレポ石で店に帰ったわ。
~語り手・ラキス~
「やぁ、お困りのようだね」
わたしは夫君の前に降り立つ。彼は方位磁石を持っていたので方向は正しいが、いかんせん歩みは鈍い。
「ああっ、店員さん!」
「そうだよ、アフターケアに来たんだ。荷物を1つだけに絞って、他を諦めるなら、この「魔女のほうき」で、砂漠を超えて、結婚式に間に合う。最初にこれを提案しなかったのは、荷物が載せられないのと、長時間乗っているとお尻が痛くなるからさ」
「これも、血でいいんですか?」
「話が早くて助かるよ、そういう事だ」
私は血をゲットし、魔女の箒(高速バージョン)を説明しながら彼に手渡す。
彼はすぐにコツを掴んだ。高速で飛んでいく彼に追随。青い蝙蝠の羽で飛ぶ。
彼が絞った荷物は礼服だった。目立たない所に降り立ち、服を着替える。
さあ、こっから後は、店の水盆で見せて貰おうか。テレポ石、起動!
ルピスより先に店に帰りついたので、先に水盆を覗き込む。
結婚式後、夫は親友に事情を説明。離婚すると告げた。
親友に、こちらの町で一緒に事業を起こそうと持ちかけている。
それは、妻のいる町で起こすはずだった事業だ。
乗り気な返事を聞いた彼は、Uターンで妻のいる町に移動。離婚を成立させた。
ここでルピスが帰って来たので、顛末を語って聞かせる。
そして2人で水盆を覗き込んだ。
妻は父親にこっぴどく叱られた。「いつまでもワガママ放題だからだ」と。
夫の事も説得しようとしたのだが、彼の決意は変わらなかった。
「彼女とは、家庭を築ける気がしないんです」
めでたく離婚。
元夫はまた魔女の箒で―――今回は背中に資金。箒の先には水と食料―――をぶら下げて、砂漠を超えた先の町へ。
夫の事業が成功するかどうかはまた別の物語。
「ラキス、冷やしておいたレモングラスティーを飲みましょう」
「いいね!今回はサッパリしない結末だったし」
「次に期待ね、さあどうぞ」
オルタンシア~願いの叶う魔道具屋は今日も開店しています~
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