第3話 ミナザの希釈液

 ~語り手・ラキス~


 ああ、秋風が涼しいな。


 私は店の外に出ていた。

 紫陽花オルタンシアの咲き誇る庭は、屋敷をぐるりと囲んでいる。

 そして庭には、常に雨が降っているのだ。

 まあ「晴天の炎」を持つ私には、雨がかかる事も水がつく事もないが。

 (「晴天の炎」は前話参照)


 わたしは害獣・害虫忌避剤を、紫陽花園オルタンシアガーデンと外の境に撒いている。

 紫陽花園は広いから大変だ。

 だが、この液体「ミナザの忌避剤」を撒かないと、虫が大量発生してしまう。

 

 この忌避剤の撒かれている円内には、害虫・害獣は存在する事はできない。

 だが確実に―――歪でもいいから―――円を閉じないといけない。

 さもないと開口部分から大量の害虫、害獣が入ってきてしまう。

 さっきからチェックのために、園内を何周しているやら?疲れて来た。


 ああ、そういえば!手っ取り早い確認方法があったんだった。

 わたしは店(館)の中に戻り、バスルームにかかっている大量の鏡を見つめる。

 鏡はうかつに見ないように、鏡の名前を刺繍した白い布がかかっている。


 私はそのうちの一枚をめくりあげて、鏡に問いかけた

「鏡よ鏡、私は「ミナザの忌避剤」をきちんと完結させたか?」

 ぼんやりと鏡の面に侍女の姿が浮かび上がり、言う。

「はい、あなたは「ミナザの忌避剤」の円を完結させました」

「良かった!用事はそれだけだよ、おやすみ!」

 私は布を元に戻した。


 あれは「真実の鏡」白雪姫の継母の物を、ご主人様がどこからか手に入れてきた。

 ご主人様は悪魔。魔界の大公でもあり、種族はヴァンパイアであらせられる。

 こういうものを手に入れてくるのも、きっとお手の物なんだろう、うん。

 そんな事を考えながら玄関ホールにして応接室に辿り着く。


 そこには咲き誇る紅い紫陽花オルタンシア。私の相棒が待っていた。


 相棒のルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 私、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身。


 そして私たちは、ご主人様の麗しの機械人形!

 私は戦闘人形きかいへいで、ルピスは暗殺人形あんさつへいだった。

 捨てられて、世を恨み悪魔になった私達は半ば理性を失くし暴れていた。

 だがご主人様はそんな私達をあっさり下してのけた。


 生きる意味を見失った私たちにご主人様は優しかった。

 私達の、正気に戻りたいという魂の声を聞いて、ご主人様は助けて下さった。

 救いを求める手を掴んで、君達が必要だ。自分の元で働けと言って下さった。

 そして忠誠を誓う私達を、さらに美しく強く改造してくださったんだ!


 ご主人様のために、種々様々な血を集めるためにこの店は用意された。

 私、ラキスと、同僚ルピスはそれを運営していくのである。

 いつか魔界に呼びもどされ、違う役目を与えられるまで。

 ここ、願いの叶う魔道具屋「オルタンシア」を。


 ~語り手・ルピス~


「何やってるんだか………ラキス、あなた円が描けたかどうかも分からないの?」

「だって足元はぬかるんでいて濡れているんだよ?どうやったら「ミナザの忌避剤」か、ただの水かの見分けがつくんだい?」

「撒いたところに線を引くとか、やりようはいくらでもあるでしょうが」


「ああ、その手があったか!でも鏡に聞いた方が確実じゃないか?」

「まあ、確実なのは否定しないけどね。これで害獣や害虫はいなくなるわ」

「アナベルが喜びそうだ。彼女はガレージに虫が入り込んでくるとお冠だったから」


「害虫や害獣じゃない事もあるから、結局あんまり変わらないのよ。変わらない」

 当のアナベルが顔を出したわ。今は白い猫。黄緑のリボンが似合っている。

 ポンと人の姿になる。黄緑のメイド服に白い紫陽花モチーフのエプロン。

 薄い黄色のショートヘアに白いフリルのヘッドドレスが似合っているわね。


「今日の用事は終わったの?」

「いいえ、まだなの。まだなのよ。お酒の保管庫は広くて、なかなか進まないのよ」

「じゃあ、ハーブティでも飲んでいく?今入れようと思っていたの」

「なら、ジャーマンカモミールがいいのよ。落ち着きたいと思っていたの」

「わかったわ、アナベル」


 私は厨房に行き、ハーブティーメーカーに、「ジャーマンカモミール」と書いたメモを入れる。1分ほどで出来上がるわ。


 リーンゴーンと鐘が鳴る。そしてどかどかという足音。随分大勢のお客様。

 台所から出てみると、農夫の姿をした10人ほどの男性たちが居たわ。

「アナベル、お酒を用意して。話を進めるのに必要そうだわ」

「わかったの」


「お客様方、まずは少し落ち着かれては?お酒など、お持ちしましょう」

 私がパチンと指を鳴らすと、玄関ホール兼応接室は広くなったわ。

 それに合わせて、机は大きく、椅子も多くなる。

 何の事はない、この部屋は指を鳴らす事で、お客様ピッタリのサイズになるの。


 農夫たちはおっかなびっくり、椅子に着いたわ。

 相手をラキスに任せ、私はゴブレットを取りに台所に。

 ガラスの食器棚には、30個以上のゴブレットが並んでいる。

 その中で魔力を持たないゴブレットを10個選んで持って行く。


 お客様の前に並べたゴブレットに、大きなボトルからワインを注ぐアナベル。

 顔を見合わせ合っていた農夫たちは、だれともなくワインに口を付けた。

 あまりの美味しさに、お代わりの注文が相次ぐ。

 魔界産のワインで、人間でも飲める、リラックス効果のあるワイン。

 ほどよくほろ酔いになった農夫たち。すっかりリラックスしているわ。


「それで、当店にどのような道具をお求めでしょう」

 顔を見合わせてから、年かさの男が発言する。

「実はな、害獣で困っとるんじゃ。柵は立てても立てても壊されちまう。ちょっと前にゃあ、森が豊かだから害獣の心配はなかったんだけんど………何故か最近頻繁に、しかも沢山現れよる………。だから害獣を近寄せないアイテムが欲しいんじゃ」


「わかりました………お困りなのは「食害」でいいですか?」

「おう、お嬢さん。その通りじゃ」

「では魔道具を取ってまいります………ラキス、報酬の交渉しといてね」

「わかった」


 私は、倉庫に行き10個ほどある「尽きぬ泉の壺」を出してくる。

 ガレージに行き「ミナザの忌避剤」を10分の1に薄めた希釈液を作り()「尽きぬ泉の壺」に流し込むと、すぐに希釈液は壺一杯になった。

 これを3つ作る。アナベルにも頼んで運んでいく。


「お待たせしましたこちらは害虫・害獣忌避剤「ミナザの希釈液」でございます」

 お客様は不安そうな面持ちで待っていた。納得はしてもらってるようだけど。

「………?量が少ないようじゃが?」

「使っても使っても無くならない、魔法の壺に入っておりますのでご心配なく」


「使い方ですが、入ってきてほしくないエリアにキッチリ、隙間のできないように撒いて下さい。隙間があると、そこから入って来ます。………それと、これで入れないようにできるのは、相手が食欲で入って来る時だけ。別の理由だった場合、効果はありませんので、効果が無ければまた当店においでください。無料でアフターサービスいたしますので、ご遠慮なく」


「分かった。畑をぐるっと隙間なく撒けばいいんじゃな?」

「ええ、じょうろに移して撒くのがいいと思います。壺の中身は減りませんし、畑にかかっても影響はありません。衣服についても大丈夫です」

「今年の収穫がかかっておるんだべさ、それをいただくだよ」


「では皆さん、右腕の肘の内側を見せて下さい。そこから採血します」

「大丈夫、痛くないですから」

 この針はヴァンパイアの牙から作った物なので、痛みどころか快感に感じるはず。

 農夫たちはトロけた顔をしている。

 採血が終わると、農夫たちは「ミナザの希釈液」を持って機嫌よく帰っていった。


 私がパチンと指を鳴らすと、部屋の大きさも家具の大きさも元に戻る。

「片付け終わったら、「保温の石板」にハーブティーを置いてるから飲みましょう」

「いいね、大勢の人に質問攻めにされて疲れたよ」

「さあ、カモミールティーよ、勿論アナベルの分もね」


 ~語り手・ラキス~


 やれやれ、肩こったな。私はお綺麗な言葉遣いは向いてない。

 カモミールティーを飲む。優しい香りに癒された。

 さあ「遠見の水鏡」で依頼者の様子を見なくては。

 ルピスは特殊な銀の盆に『クリエイトウォーター』で水を張っていく。


 この水鏡は、依頼者を映す様になっている。

 今回は依頼者が多かったから、光景もめまぐるしく変わる。

 よしよし、きちんと撒いているようだね………だけど………。

 効果がうすい?シカやサルなどが入ってきてしまっている。


 そう思っていると、ある農夫が面白い体験をした。

 藪から、シカが逃げるように走り出て、畑に入り、森を警戒しているのである。

 森の奥には、異形―――四肢の頭と雄山羊の胴、蛇の尻尾―――影と爛々と光る紅い目が見えた。農夫は腰を抜かしたが、化け物が消えると村長さん宅に何とか着く。

 そしてこの顛末を話すと、害獣の何割かは食欲ではなく、化け物から逃げて入り込んでしまうのでは、という結論が出た。


 そして、アフターサービスをしてくれると言ってたし、相談しよう。

 そういう事になり、今こちらに向かっている。

 村長さんと前回来たうちの1名、そして目撃者である。


 リーンゴーンと鐘が鳴る。


 村長さんは、私達を見てぽけーっとなってしまった。嬉しいね。

 ついてきた二人が村長さんを正気に戻している間に、ルピスはキッチンに行った。

 この間と同じように、ゴブレットにワインを注いでおススメする。

 3人はワインを飲みながら事の顛末を話す。


 私は話の間に、バスルームから「真実の鏡」を取って来た。

「鏡よ、彼の見た化け物の姿をシルエットで映せ」

「ああ!それです、私が見たのは!」

「鏡よ、このシルエットの持ち主を映せ」

 そこにいたのはキマイラだった。


「鏡よ、森の生態系を脅かしているのはこのキマイラか?」

「はい、魔術師が作ったまま放置したキマイラが原因です」

 村人たちは絶句している。

「………という事なんですが、どうします?我々で処分しましょうか?」


「え、処分してくださるのですか?」

「また血を頂きますが、それでよろしければ、我々が出向いて処分します」

「しかし、あのう………お嬢さんたち、戦えるのかいね?」

「キマイラ如き余裕です」


 かなり迷ったようだが、冒険者への依頼は高額だ。私たちに頼んできた。

「………ではお願いしたいですじゃ」

「では今から参りましょう」


 問題の森に着いた。私たちは恰好が格好なので、開けた場所を選んで陣取る。

 野次馬がかなりいたので、危ないので、出来るだけ離れて下さいと言っておく。


 私は右手に持っていたカンテラに魔力を込める。

 するとカンテラは5mはあろうかという大槍、キャンドル・スティックになった。

 森の中では使いづらいので、最小の3mに縮める。


 ルピスも両手の指輪に魔力を込める。

 すると、中指に輪を通して持つ、鋭く太い針が、握り拳の両端から飛び出した。

 峨眉刺という武器を、大型にしたものだ。


「『無属性魔法:モンスター寄せ』!」

「ルピス、この森には他にモンスターはいないのか?」

「最初に『センスモンスター』で確認してるわよ」

「あ、来たぞ!ルピス、蛇の尾は任せた!」


 私は敵意満々で向かってくるキマイラと正対した。ブレスが邪魔だが、リーチはこちらの方が上。しばしのやり取りのあと、私はキャンドル・スティックを5mに伸ばして、ライオンの口に突っ込んだ!そのまま押し進めていく。脳に到達したらしく、キマイラはぐったりとなった。


 他方、蛇の相手をしていたルピスはいともあっさり勝利していた。

 私達の生体魔鋼アダマンタイトを蛇の牙が貫くのは不可能。よって毒も無効。

 あっさりと脳天を貫いての勝利だった。


 村人の歓声が上がる。私たちは笑顔でそれに答えた。

「村長さん、これで「ミナザの希釈液」が効かないという事はないと思う」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 森に帰るまでの道々、村人にとても感謝された。

 たまには悪魔だっていい事をするのだ。

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