第4話 妖精のクルミ
~語り手・ルピス~
麗しの
その名前も「オルタンシア」咲き誇る様々な紫陽花。
私とラキスは、悪魔の機械人形。
行く当てもなく、魔界で暴れていた私達を、ご主人様は見出して下さった。
そしてこの「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」を任せて下さったわ。
ご主人様は魔界の大公、悪魔にしてヴァンパイア。
なので、この店ではお代は血液なの。
私達の普段の姿は
私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身
ご主人様は私達の体も作り直して下さったわ。
骨組みから歯車まで、すべて金とタングステンの合金にして下さった。
今や私達は骨から美しい。外面にも美しさは反映される。
体表は
どんな色彩にでもなり、普通に触った限りでは柔らかく、非常に頑丈でもある。
また表情を完璧に再現できる。
でも、ああ、この雪が。
紫陽花園に積もる雪は、現実離れしていてとても綺麗なのだけど………。
寒いせいか、ラキスが、機械人形なのにタチの悪い魔界風邪にかかったの。
はしゃいで雪の中で遊ぶから、魔界ウイルスにつけこまれるのよ。
私達は、この店で採血した血液の一部を、ご主人様に頂いているわ。
悪魔の機械人形である私たちは、オイルの代わりに血液で動くの。
頂いている血液は『教え・血液増量』と魔法のアイテム『保存石』を使って、採取された血液はたる、もしくは大きな瓶にいっぱいに増えている。
少しはマシになるかもしれないので、これをラキスに持って行ってあげましょう。
血にも色々味があるのよ。今回は「ミナザの希釈液」を持って帰った農夫の中から、働き盛りの30歳の男性のモノを選ぶ。味付けはショウガが漬け込んである。
味見してみた。うん、男の濃厚な血ね。そこに力強くショウガが効いているわ。
全身の歯車に染み渡る………気力が充実したわ。
「ラキス、入るわよ」
返事はないが、がちゃりと開けた。ネグリジェ姿のラキスがこっちを向いたわ。
相変わらず素っ気ない部屋。壁をむき出しのコンクリートにするなんて。
ドレスの入っているクローゼットは灰色の布で覆われているわ。殺風景。
唯一部屋中に貼られたポスターが自己主張―――軍用車と武具―――してる。
ついでに壁にはご主人様にお給金代わりに頂いている名剣魔剣が並んでいる。
「はい、濃厚な血よ、喉と歯車に染み渡るから、喋れるようにはなるかもよ」
喉の腫れているらしいラキスは、無言で血を飲んだ。「どう?」
「あーあーあー。良かった、声が出せる。ルピスありがとう」
「どういたしまして、喉が通ったなら、おかゆでも持って来るわね」
「ああ………それぐらいなら入りそうだよ」
「あと、「万病の甘酒」持って来るわ、あれなら数日で治るはずだし」
「………そういえばあったね、そんな魔道具」
私は台所に向かったわ。
「魔女のおかゆ鍋」に向かって、「おかゆを作って」といいつける。
これに命じると、素朴で美味しいキビがゆを作ってくれるの。
ただし程々で止めないと、際限なく作り続けるので注意が必要よ。
ついで「万病の甘酒」を暖める。火は使わない。魔法で温めるわ。
「万病の甘酒」は普通のメジャーな病気なら病気を6時間後に治してくれる。
さあ、出来た。悪魔化しているからか、機械人形でもご飯を栄養にできるのよね。
「ラキス、手がふさがってるから開けてくれない?」
こえをかけると「はーい」と返事があって、扉が開く。
「はい、先に「万病の甘酒」を飲んじゃいなさい」
大人しく甘酒を飲むラキス。少し顔色が良くなったわね。
リーンゴーンと鐘が鳴る。あらまあ、お客様だわ。
「ラキス、私が一人で応対するから、寝てなさい」
「分かった」という声を背後に聞きつつ、私は応接スペースに戻った。
お客様は身なりのいい、貴族らしい男性でいらした。
灰色のスタイリッシュなコートとベスト、スラックス。シャツにクラバットが花を添えている。コートには銀糸で刺繍が施されているわ。
何故か入口で突っ立ったまま、私をポカンとした表情で見ているけど………?
「お客様?お茶をお出ししますので、こちらの椅子におかけ下さい」
テーブル周りの椅子を指し示すと、彼は私を見たまま腰かけたわ。。
私は台所に行って「ハーブティーメーカー」に「シナモン、ミルクで煮出して」と書いた紙を入れる。ティーセットは、一番高価な美しいものにしましょう。
シナモンティーをお出ししたお客様は、またこちらをじっと見ている。
しばらくお客様がティーを飲む音だけが響く。
わたしはしびれを切らしたわ。
「この店に入ったということは、何かお望みがあるのでは?」
「それなんだが………売ってはいないだろうから、君を貸してほしい」
「は?私ですか?」
それから彼は理由を語り始めた。それによると、親友とパーティにどちらがどれだけ美しい女性に出て貰えるか、賭けをしているらしい。
「その女性は君しかいないと、さっきから見ていたんだよ」
「はぁ、そういう事でしたか。私は報酬を頂けるなら構いませんよ。ただし、報酬はあなたの血。ヴァンパイアが飲むための血です。コップ一杯程度です」
「君はヴァンパイアなのか?」
「違います、この店の主がそうです。血液は飲むだけで他の用途には使いません」
「実効力のある、魔法の契約書を書いてもらえるなら」
「いいですよ、とても常識的な対応で助かるぐらいです」
私は上質な羊皮紙をカウンターから取り出して文面を作った。それに拇印を押して、お客様に渡すと、文面を確認して、自分も母音を押したわ。
採血を済ませると、お客様はようやく名乗った。
「僕はイリウス・フォン・クルックベルト伯爵です。」
「私はルピス。ケールニヒ伯爵家の令嬢(伯爵はご主人様の部下)です。」
「ええ!あの外に出ない事で有名なケールニヒ伯爵の!?」
「ええ、姉もいるのだけれど、今風邪を引いているの」
「まさかこんな所においでとは………」
「そんなことより、そのパーティーは何時なの?」
「明日です、大丈夫ですか?」
「ええ、森の入口に迎えを寄越して下さる?」
「分かりました!18時頃に迎えを寄越します」
そういうとイリウスさんは、お辞儀をした後、弾むような足取りで帰って行った。
「さてと………準備をしなくちゃ」
まず、危険はなさそうなので、両手の中指の武具に変わるルビーの指輪を外す。
そしてダイヤモンドの指輪「擬態の指輪」をはめる。球体関節が人のそれになる。
ドレスは………ご主人様に言えば何とでもなるけど、折角なのでアレを使うわ。
「妖精のクルミ」銀色のクルミで、割ると中から美しいドレスが出てくるの。
わたしは、くるみ割り人形で妖精のクルミを割った。
どこからともなく煙と共にドレスが現れる。
ドレスは何時も着ているものもそうだけど、スカートは2層になっているわよね。
わたしが引き当てたのは、ローブ・ア・ラ・ポロネーズと呼ばれる、上層部のスカートをたくし上げた裾が特徴的なドレスだった。
色は太い深緑と細い深紅のストライプで、裾や胸元には深紅のリボンが襞になってついてるものよ。特に足元のフリルは大きいわね。
次の日、ラキスの体調が良さそうなので店番お願いと言い置いて、私は出かけた。
18時。定刻通りに馬車が着く。それに乗って会場の屋敷まで揺られて行った。
パーティは、私の人工知能に収められている限り、おかしなものではなかった。
ただ、出席者のことごとくが、私をポカンとした目で見てくる。
その後、是非お近づきにと、長蛇の列ができてしまったのが困り物よね。
私は仕方がないので店の宣伝をしておいたわ。
父の収集した魔道具をお金ではなく売っているという名目で。
気になったら来てくださいねと、愛想を振りまいておいたわ。
それにしても、初めて実感したけれど、私達の容貌ってかなりいいのね。
自信をもっていいのかしら?
ダンスも人工知能に情報があったから、さらっとこなす事ができた。
結構たくさんの人と踊ったわ。
愛のささやきなんかは無視したけど。初対面ですることじゃないでしょう。
帰る時間になった。イリウスさんには何度もお礼を言われたわ。
でも対価を貰ったのだから、ちゃんと参加して当然よね。
「またのご用命をおまちしております」
そう言って別れたわ。
店に帰りつくと、ラキスはもういつもの恰好だった。
なんだか困った顔をしているわね、どうしたの?
聞いてみると「舞踏会に行くことになった」と。
わたしとほぼ同じ話だったみたい。たぶんイリウスさんの親友でしょう。
「テシオス・フォン・ランデルク伯爵」というそうよ。
私はラキスに「擬態の指輪」を渡す。妖精のクルミも使ったらいいわ。
~語り手・ラキス~
やってきたお客さんと話していたら、妙な事になった。
わたしが舞踏会だって?踊れるけどどっかでヘマしそうだな。
でも契約書を交わしたし………。
ルピスに相談したら、擬態の指輪と、ドレスの出てくる妖精のクルミを渡された。
割ってみようか、と素手で割ったら怒られた。なんでだ。
ドレスはシンプルで綺麗だ。ミ・パルティという種類のドレスらしい。
布が色分けしてあって、半分は青でユリの紋章が、もう半分はさらに2つに分けられていて、上半身部分は薄紫で、鳥の文様。下半身は水色で同じく鳥の文様だった。
それに、肘に装着する白い飾り布。
デコルテは開いている。ほっそりした印象のドレスだ。
明日18時に迎えが来るらしい。
次の日、私が森の入口までいくと、すぐに馬車が来た。
そっから後は、ルピスと変わらない。
私って、人間から見るとそんなに美人だったんだな。
帰りつくと、ルピスが遠見の水鏡を用意していた。
どれどれとのぞきこむ。
………二人の青年が、私とルピスの優劣を言い争っている。
どっちも引かないな。わたしはどっちでもいいんだが。
青年たちは争い疲れると、急に同時に爆笑し始めた。
同じぐらい素晴らしい、でいいじゃないかということになったようだ。
わたしもそれでいいんじゃないかと思う。ルピスと頷き合った。
また、ここに来ようと言ってくれているようだ。
血の味も、美味しそうだし文句はないな。
これからは、外に出る機会が増えそうだ。
ルピスも店の宣伝をしてくれたみたいだし?私もしたけど。
新規の顧客に期待することにしよう。
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