第5話 タナトスのシャツ

 ~語り手・ルピス~


 どんよりと曇っていたしつこい雲から晴れ間がのぞく。もう雪解けの季節なのね。

 私は季節関係なく咲いている、この店の紫陽花オルタンシアを間引く作業をしていたわ。裾が雪解け水で濡れないよう「晴天の炎」を持ってね。

 

 切り過ぎない様に十分注意する、と言っても私は「庭師の剪定ばさみ」を使っているので、間引くべき花に矢印が付いて見えるのだけど。

 店で飾るものもあるので、それはバスケットへ。

 余分な葉や枯れた花や葉、いびつな花や茎などはバケツにね。

 

 雑草取りもやってしまいましょうか「庭師の軍手」を手に着ける。

 手が自動的に動き、紫陽花に影響しないように草をむしっていく。

 でも、庭は広いので………「ラキス!手伝って頂戴!」

 呼んだら相棒はすぐに来てくれた。


 私とラキスは、まるで紫陽花オルタンシアの化身の恰好。


 私はのルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒のラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身。


「ラキス、草むしりを手伝って、「庭師の軍手」は2組あるから」

「自動で手が動くんだよな?」

「自動で動くわよ」


 私達は悪魔でアンドロイド。ラピスは悪魔になる前バトルロイドだったそうよ。

 だから基本繊細な事は(軍事方面以外)苦手なのだ。

 私はアサシン型のアンドロイドだった、だから細かい事も出来ない事はない。


 私達は人間に捨てられ、恨んだ挙句憤怒の悪魔になったの。

 ご主人様はその私達をあっさり倒し、お前たちが必要だと。

 うちに来いと言ってくれたわ。私たちは誰かに必要とされたかったのよ。

 

 そんな経緯で私達は悪魔であり、ヴァンパイアでもあるご主人様に仕えているわ。

 この店、願いの叶う魔道具屋は、ご主人様の趣味と実益を兼ねた店。

 私たちは当面の間は、ここで置いてもらって働くのよ。


 思い返している間にも草むしりは続く。むしむし、むしむし(エンドレス)

 終わる頃にはすっかり疲れ切ってしまったわね………。

 バケツ3つを雑草、バケツ1つは紫陽花ごみ。籠には紫陽花が入っている。

 手分けしてそれを持って、籠の花以外は洗濯室の「即席たい肥の箱」に入れたわ。

 後は自動で紫陽花園に肥料が撒かれるはずよ。


 疲れたとは言っても、そんな気がするだけで機械人形は疲れないわ。

 私は「引き寄せの石」で、花瓶を複数引き寄せた。紫陽花を生けるためよ。

 そうして、店内を飾り付けていくの。

 

「終わったわよ、ラキス。いつも花を生ける時はどっか行っちゃうんだから」

「だって………私が手伝うと割りそうじゃないかい?」

「それぐらいのパワーコントロールができないと、魔界には帰れないわよ?」

「それは困るな。わかったよ、今度は手伝うから、丈夫な奴を寄越してくれ」


「さて………ハーブティでも飲みましょう」

「お茶うけにご主人様がくれた黄金のアップルパイを食べよう」

 これは世にも珍しい食用の黄金を使ったケーキで、切ってもすぐに再生する。

 もちろん、とても美味しいので、食料が必要でない私達も頻繁に食べる。


「そうしましょう、うーん、ハーブティは………ゴツコーラにしましょう」

 ゴツコーラは癖のない味で、草原の様な香りがするのよ。

 わたしは「ハーブティメーカー」に「ゴツコーラ・シングル」と書いて入れる。

 すぐに出来上がったので、耐熱ガラスのカップに入れて持って行く。


 仕事のあとのお茶は美味しいわ。もちろん「黄金のアップルパイ」も美味しい。

 しばらく2人共無言で時間が過ぎていく。

 飲み終わり、食洗機にお皿とカップをいれたところで


 リーンゴーンと鐘が鳴る。


 店に戻ってみると、泣いている女の子をラキスが宥めている最中だった。

「どうしたの?」

「それが………お母さんが呪われて死にそうだって言って、泣き出しちゃって」

「泣き止まないわね、お茶とお菓子を用意してみるわ」

「うん、頼む」


 私は鎮静作用のあるカモミールティーをミルクで煮出す事にする。

 ハーブティメーカーで、すぐに出来上がったそれ。

「黄金のアップルパイ」と一緒にトレイに乗せた。急いで店の応接テーブルへ運ぶ。

 甘い匂いで、女の子(12~13歳ぐらいかしら)がしゃくりあげながらも泣き止む。


「召し上がれ」

 彼女は素直にテーブルに向かった。

 しばらくして落ち着いたらしく、うつむき気味ながら泣き止んでくれた。

「さてお嬢さん、どうしたの?どうしたいのかしら?」


 ~語り手・ラキス~


「お母さん、重い病気だと思ってたのに、司祭様が呪いだって言ってるの、聞いちゃったの。おかあさん………おばあちゃんみたいになっちゃってて、アザがいくつもあるの。見てるのも哀しくて………でも私が行くと笑ってくれるから」

「司祭様は呪いをどうにかできないの?」

「キトウしたけどダメだったって聞いたわ」


「なるほどな………お嬢ちゃんを頼む。私は「タナトスのシャツ」を取って来る」

「ああ、あれね………了解」

 私は屋根裏部屋にあがり、古びたチェストの中の大き目のシャツを掴む。

 素人の作品だ、織り目が荒い。でもこれはそういう物だ。


「おまたせ。お嬢ちゃん、これはタナトスのシャツって言って、茨のトゲを、指に刺しながら取り払って、すごく痛い思いをしてこの店の主が編んだモノだ。これを着ると呪いは消える。でも、相手が諦めなかった場合、これを脱ぐと同じ事になってしまう。その場合別の手段を考える。ずっとこれを着ている訳にもいかないだろう?」

「どっちにしてもそのシャツは貸すだけだから、いつかは脱がないといけないの」


「そういうわけでこれを貸すよ。お母さんに着せてみて」

「お代は頂戴するわよ、お嬢ちゃん。この店のお代は、ヴァンパイアが飲むための血なの。痛くないから注射させてくれる?」

「………本当に痛くない?」

「この針は特別製だから、痛くないわよ」


 ちゃんとお代は頂いて、私達はシャツを胸に抱えて帰る少女を見送った。

 わたしはカウンターの裏から、遠見に使う銀のトレイを出してくる。

 それにルピスが水を張る。少女の姿が映った。少女は真っ直ぐ母親の部屋に行く。

 これを着てみてくれくれと懇願しており、母親はゆっくり起き上がった。


「うわ、ひどいなこれは。老婆でもこれよりマシだよ。よく生きてたね」

「多分術者に死に至る決定打を放つ腕がないんでしょうね。執念は凄いけど」

「逆に残酷だな。しかしこんなになっても続けるとか………理由は何だ?」

「さあ………?」


 母親がぎくしゃくした動きで、シャツを着ると劇的な効果があった。

 そこには優しそうな30代ぐらいの美女が現れた。

 少女が泣きながら抱き着いている。

 落ち着いてから少女は、つっかえつっかえ、シャツの説明をした。


 2~3日様子を見る事にしたようだ。

 旦那さんらしき人が滂沱の涙を流してお母さんを抱きしめている。

 だが、3日目に試しにシャツを脱いだところ、呪いの初めのころと、同じ感覚がする、と言っている。もう一度シャツを着込んだら治まったらしい。


 今度は二人で「オルタンシア」を訪問しにくるつもりのようだ。

「どうする?犯人は「真実の鏡」ですぐわかるが」

「そうねぇ………もう2度と呪いがかからないようにするだけに止めるか、呪い返しを行うかでしょうね」

「本人たちに決めさせるしかないか」


 リーンゴーンと鐘が鳴る。


「どうぞ座ってください、すぐお茶が入るから」

「娘がお世話になりました。このシャツも貸して下さったそうで」

「ちゃんと代金を頂いてるので、こちらは何の問題もないよ」

「代金?」

私はこの店のシステムを説明した。

「そうなのですか………不思議な店ですね。実は今回は、この呪いの根本的な解決ができないか、お伺いしに参りました」


 そこでお茶が入った。

「明るい気分になるセントジョーンズワートのお茶と、黄金のアップルパイです」

 しばし、みんな無言。食べ終わった頃合いを見て、私は「真実の鏡」を出す。

「この鏡に呼びかけて、犯人を聞いてみて。これは真実しか話さない鏡なんだ」


 戸惑いながらも、お母さんは言われた通りにする

「貴女を呪ったのはこの女性です」

 映し出されたのは派手な美女。やはり30代だろう。

 お母さんがやっぱり、と呟いて鏡に理由を聞く。

「貴女の後釜に座るためです」

 さらに娘はどうするつもりだったのか、聞く。

「事故に見せかけて殺すつもりです。決行日は明後日です」


「放っておけません。この女性は元々、私と結婚する時、夫が婚約破棄した人なんです。その後もしつこく私達を離婚させようとしたり、私を妾にして自分を正妻にしろとか、とてもしつこくて………挙句がこれです。報いを受けさせられますか?」

「いままであなたが受けた呪いをかえすことはできるよ。ショック死するだろうけど、それでよければ報いを与えられる」


「………お願いします。この子にまで手を出そうとしているなら容赦できないわ」

「ではそのシャツを脱いでくれるかな、今までの呪いのエキスが溜まってるから」

 下に服を着ていたらしく、お母さんは躊躇なくシャツを脱ぐ。

「えーと、ここからエキスだけ取り出して………」


 私はプリズム色をした金槌を取り出す。「思いを届けるハンマー」だ。

「これに呪いを込めて、地を叩けば呪いは返る。お代はお二人ともから頂きますがいいですか?いいんだね?ではやるよ」

 私は取りだしたエキスをハンマーに注いだ。プリズム色だったハンマーはどす黒く染まる。凄い量だ。これが返ったら確実に死ぬな。


 わたしは黒く染まったハンマーで床を思い切り叩いた。

 パリィーン!透き通った音と共にハンマーが砕け散る。

 私は「真実の鏡」をお母さんから受け取って「その女は生きているか?」と聞く。

「6秒前に呪い返しに耐え切れず死にました」

 そう、返って来た。


「これで依頼は終了だよ」

 ルピスがハンマーの代金として、血を回収している。真実の鏡の使用料込みだ。

「ありがとうございました。本当に………」

「しけた顔してないで堂々としてなよ。娘さんの為にもさ」

 お母さんは、もう一度頭を下げて、娘と静かに店から去って行った。


 願いの叶う魔道具屋は、いつでもあなたをお待ちしています

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