第6話 愛の妙薬

 ~語り手・ルピス~


 私達、ルピスとラキスは「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」の地下に居た。


 私達の姿は紫陽花オルタンシアの化身。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 私達は、世を人を恨み、悪魔として暴れていたところを、ご主人様に拾われた。

 私達をあっさり倒したうえ、君達が必要だと言ってくれたの。嬉しかったわ。


 ご主人様は私達の体も作り直して下さったわ。

 骨組みから歯車まで、すべて金とタングステンの合金にして下さった。

 今や私達は骨から美しい。外面にも美しさは反映される。

 

 体表は生体魔鋼アダマンタイトだ。

 どんな色彩にでもなり、普通に触った限りでは柔らかく、非常に頑丈でもある。

 また表情を完璧に再現できる。


 その私達が揃って並び、頭を悩ませていたわ。

 傍から見ればさぞかし麗しい光景かもしれないけれど、私達は真剣よ。

 ご主人様から任された事。まずはこの「オルタンシア」で採取した血の一部。

 あと、魔界の悪魔の血を樽にして送るから、風味付けを任せるというもの。


「男の血は、濃くて野趣が強いよな」

「年齢にもよるけど………ここにあるのは30~40代の物っぽいわね。悪魔のは100万歳を超えた程度の若いのが送られてきたわよ」

「悪魔のは飲んでみないとどんな味か分からないぞ?」

「仕方ないから飲んでみましょう」


 私は(前の使い魔アナベルが魔界に帰ったので)新しい使い魔ピルルを呼ぶわ。

「ゴブレットを持って来てくれる?」

 ピルルは黒いTシャツとズボン、猫耳と猫尻尾の、ネコにもなれる獣人。

「はいはい、ご主人様ー。ただちに行ってきますぅー」

 ピルルは走って行ったわ。そんなに急がなくても。


 ゴブレットが届いたので、試飲だ。悪魔の血は実はなじみが薄いの。

 ご主人様に改造してもらい、初めてオイル代わりに血を飲める様になったからよ。

「悪魔の血は、個人差が強いみたいだね、丁度いいスパイスか香草類を選ばないと」

「ラキス、あなたは男の血が好きでしょ?任せていい?」

「悪魔のは一緒にやってくれよ。女の血は少なめなんだし」


「そうね。癖の強いものはレモン系が良いんじゃない?スッキリまとめられるわ」

「ならレモングラスかレモンバームだな。癖を殺し切らないようにしないと………」

「ビルベリーはどう?爽やかな酸味があるわ」

「それも使うよ」


 一通りハーブ類を漬けこんで、頭が疲れたのでハーブティーを飲むことにしたわ。

 フェンネルにしましょう。悩むのも疲れるし、即断で。

 これは甘みのあるスパイシーな香りと味で、落ち着くのよね。

 ハーブティーメーカーに「フェンネル」と書いて入れる。


すぐに出来上がるので「黄金のアップルパイ」を切り分ける。

これは食べられる黄金でできていて、食べても食べても無くならない。

凄く美味しいから、お客様に出すにもいいのよね。


ハーブティーができたので、透明な耐熱ガラスのカップに入れ、黄金のアップルパイと一緒に、店の応接スペースに持って行くわ。

疲れた頭を休めて、また後で残りの風味付けをしなければいけないものね。

愛しのご主人様の為だもの。


リーンゴーン………


休憩が終わって片付け。それが終わった頃、ドアベルが鳴ったの。

26~27歳の男性で、なかなか入ってこずにキョロキョロしてるわ。

「どうされました?お客様ですか?」

ビクッとされた。失礼ね。


「あのう、この店って本当に願いが叶うんですか?」

「大抵の願いは叶いますが、お客様ならお入りになって、椅子にどうぞ?」

彼は恐る恐る入って来た。怖くないわよ?

でも途中で私たちの顔に見とれたりして、なかなか席につこうとしないわ。


私は応対をラキスに任せ、保温されているフェンネルティーを客用カップに。

もう元に戻っている黄金のアップルパイをお皿に乗せる。

持って行くと、お客様は大分落ち着かれていた。

お茶と茶菓子を出した私に

「さっきはすみません、僕はヤーゴといいます。ここには道に迷って辿り着いたもので、得体のしれない店かと警戒してしまいまして」


「特殊な店ですが、危険な店ではありませんよ。魔道具の扱いを間違うと危険な時もありますが、ちゃんと説明を聞いて下さる方なら大丈夫です」

「実は………この森にあると聞いて探していたものがあるんです!」

「この森に………?何でしょう?」

「惚れ薬の材料です!」


私とラキスは顔を見合わせた。

「僕はとにかく口下手でモテなくて………普通にしてると見向きもされないので、きれいなお姉さんの接客してくれる酒場も、仕事以上に相手してくれる人は居ないし、友達には馬鹿にされるし憐れまれるしで………モテたいんです!」

「はぁ………それで惚れ薬ですか」


「………ここに、置いてたりしませんか?願いが叶うんですよね?」

「お代はあなたの血をカップ1杯ほど。ヴァンパイアが飲みますが、お客様には一切いご迷惑はかかりません。採血も全く痛くありません。このお代を払って下さるならお望みの物をお持ちしますが………?」

「そんなものでいいなら払います!お願いします!」


「はぁ、分かりました。ラキス」

「「愛の妙薬」でいいかな?取って来るよ」

「待ってる間に説明しておきますね。「愛の妙薬」は飲み物に1滴だけ混ぜて使います。飲んで10秒後に、相手は使用者に盲目的に恋をします。一滴以上は入れられなくなっていますが、ふたを壊さないで下さいよ?使用回数は100回分です」



「わ、わかりました。ちなみに1滴以上いれるとどうなるんですか?」

「行き過ぎた愛になります。無理心中しようとするとか」

「コ、コワっ」

「1滴だけなら普通の愛情ですから」


ラキスが帰って来たわね。

「愛の妙薬」はハート形で、金で装飾された瓶にピンクの液体が入っている。

手のひらサイズのそれを、彼はややにやけた表情で手に取った。

「では、お代を貰いますね」


彼は嬉しそうに帰って行った。ピルルが黒猫モードで道案内する。


~語り手・ラキス~


ヤーゴが帰って、1日経った。

そろそろかな。私はカウンターの裏から、大きな丸い銀のトレイを取り出す。

それにルピスが『水属性魔法:クリエイトウォーター』で純水を張る。

出来上がった水鏡がヤーゴを映し出す。


すでに、「夜の店」である「ヴィーナス」で「愛の妙薬」を使ったようで、何人もの女の子に囲まれ、べたべたされてウハウハ状態だ。

胸を揉もうが、尻を触ろうが、女の子たちは逆に嬉しそうだな。

お姉さんのうちの1人とは、アフターでラブホテルに行く約束までしている。


どうも、素人さんよりお色気むんむんな玄人女性が好みのようだな。

………まぁ、普段の生活に女っ気がないからかもしれないが。


おや、「ヴィーナス」の女の子の中で、薬を飲んでないのか、ハーレム状態のヤーゴを冷静に見ている子がいるな。女の子たちに

「他の接客もして頂戴!」

と、雷を落としている。しぶしぶ何人かが接客に戻る。


ヤーゴは不審そうに彼女―――マナさんという名前のようだ―――を見ている。

マナさんは金髪碧眼で、木の強そうな美人だ。

あ、彼女がお手洗いに行った隙を見て、飲み物に「愛の妙薬」をたらした。

彼女は帰って来て、その飲み物を飲んだが………おや?効力がないな。

これの効力が発揮されない理由は、1つしかないんだが。


あ、店じまいのあと、アフターに行こうとしていたら、マナさんににアフターでラブホテルに行くのは禁止事項だと怒られている。

しどろもどろになるヤーゴ。

向こうから積極的に来てくれない相手には、どうしていいか分からなくなるようだ。

逃げるように帰って行った。


次の日も「ヴィーナス」でハーレムを楽しむヤーゴ。

連続でこれだけの女の子を席に呼ぶなんて、金はあるのかな?

と思ったら、女の子からお金を貰っていた。オイオイ。

こいつはこのままにしておくとダメになるな。

あ、マナさんがハーレムを苦々し気に睨んでいる。


これは私達は、準備しておいた方がいいかもしれないぞ。


リーンゴーンと鐘が鳴る。


ヤーゴが駆け込んでくる。

何か大声で主張しかけたようだが、私とルピスの目を見て黙る。小さく

「あの………「愛の妙薬」なんですけど」

「問題あったかい?ハーレムを作っていたようだけど?」

「効かない娘がいるんです!彼女が本命なのに………」


「それなら自力で告白してみたらどうなんだい?」

「それができたら惚れ薬なんかに頼りませんよ………」

「はぁ。それが効果を発揮しない唯一の相手って想像つくかい?」

「へ?」


「元からあなたを好きなひとよ」


カウンターに隠れていたマナさんが出てくる。


ヤーゴは腰を抜かしてしまった

「な………なんでここへ」

「貴方が酔っ払って、ここのことを喋っていたのよ!不思議な店があるって!何なのよ、私は元からあなたの事が好きなのに!小細工して!」

「ぼ、ぼくのことを好きって、本当?」


「あなたは、わたしたち玄人の女の子にも、素人の女の子みたいに接してくれる、気が弱いけど優しいひとだったじゃない。皆は地味だって言ったけど、わたしはできる限りあなたのテーブルに行ってたのよ。気付かなかった?ただの好意だと思っていたけど、もじもじしながら、でも一生懸命話題を探すあなたが愛おしかった」


「気付いてたよ!きつく見えるけど、君は本当は優しいって!会話の時も出来るだけ話しやすくしてくれてるのが伝わった!そんな君が好きだ!」

「えっ、今好きだって言ってくれた?」

「あっ………嫌だった?」

「そんなわけないでしょバカ!私達両思いなのよ!」


マナさんは腰を抜かしたヤーゴを引っ張り上げ、抱きしめた。

「………ごめん、僕は君に振り向いて欲しかっただけのはずなのに、欲に負けて」

「よくはないけど、これからは私一筋になるなら許してあげるわ」

「うん………でも、あの女の子たちどうしよう」

「それについては、私が手を打ったわ」


地下の貯蔵庫に行っていたルピスが戻って来た。

「お二人さん、これは「レテの川の水」だよ。特別調合で、ここ3日の愛の記憶を「愛の妙薬」の効果と共に消すようにしてあるんだ」

ルピスが「レテの川の水」を「愛の妙薬」と同じ仕組みの瓶に入れている。

「効果と記憶を消すには、これを1滴飲ませたらいい。10秒以内に効果が出る」


2人は抱き合ったまま「レテの川の水」を受け取った。


彼らが去ってから。

「遠見の水鏡」で見守っていたが、特に問題は起きなかった。

マナさんはお店を辞めて、2人で輸入食糧の店をはじめた。

そこには幸せそうな恋人たちの姿があった―――。

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