第7話 従者人形との恋

 ~語り手・ルピス~


 春。雪が解けて泥になり、花々は咲き誇る季節。

「オルタンシア」では、1年じゅう紫陽花オルタンシアが咲き誇っているわ。

 だけどその合間合間に咲く花々が見れるのがこの季節。

 雑草も、春に花をつけるものは、むしらずに残してあるの。


 お客様からは見えないように、車庫の裏に花壇も作ったわ。

 今はチューリップと、ガーベラが咲き誇っているわ。

 他にもルピナス、ネモフィラ、ヒヤシンス………植えてみたい花は色々あるの。

 ご主人様に怒られないよう―――あの方が怒るところは、あまり想像がつかないけど―――あくまで裏口でね。


 そんな紫陽花園のガレージ裏で、私達が何をしているのかというと―――。

 私達はお互いの体に油代わりの血をさしていたわ。

 そう、私達は悪魔の機械人形。人間の血で動くの。

 ご主人様は、悪魔にしてヴァンパイアであるお方。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 血をさし終えると、私達はあじさい園を散歩して帰る。

 色々な品種があるので、年中咲いているとはいえ、新鮮味は無くならないわ。


「今日は何のハーブティーを飲みましょうか?」

「そうだな、たまには甘茶とかいいんじゃないか?」

「あれは神聖とされてるんだけど………?ダメージを受けないかしら」

「ガクアジサイの変種、アマチャの葉から作られるお茶だろ?大丈夫だって」

「そうね………ご主人様だって天使の血も飲むものね」

「お茶が甘いから、お茶うけは「無限のパン籠」のパンにしよう」

「あれは栄養豊富な上美味しいのよね。良いんじゃないかしら」


 屋敷に戻った私は、ラキスを店番にして、台所に向かったわ。

 ハーブティーメーカーに「甘茶」と記した紙を入れる。2分もあればできるわ。

 その間に「無限のパン籠」から、4種類ほどパンを取っておく。

 甘茶ができたので、パンと一緒に銀の盆に乗せて、店に運ぶ。


「できたわよ、ラキス」

「いつもありがとう、ルピス」

「大したことはしてないわ………甘茶美味しいわね?」

「パンも美味しいぞ」

 お茶が終わって片づけをし、台所から戻ってきたところで―――


 リーンゴーンと鐘が鳴る


 入って来たのは、22~24歳の金髪碧眼の美男子だった、服の仕立てもいいわね。

 明らかに貴族だわ。さぞかしモテるでしょうね。

「こんにちは、レイルズと言います。ここって本当に望みが叶うの?」

 周りをきょろきょろと見回す。周囲は魔道具アーティファクトで一杯だ。

 ぱっと見では分からないだろうけど。


「私は店員のルピスと申します。お客様の願いを叶える為に、ここはございます」

「そうか………なら頼みたいんだけど、優秀で信頼できる使用人、男1人、女2人が欲しいんだ。この間、サボるのが常態化していた使用人たちを、サボってなかった人たち以外解雇してね。だから、何人分もの仕事ができる使用人を頼みたい。男は執事、女は侍女と下女で」

「かしこまりました。ラキス、お代の説明をしておいて」


 ラキスを残して、私は屋根裏部屋に行き、そこのトランクの中から「ウシャブティ(死んだ主に使えるために作られた、小さな焼物の像)」の男1体と女2体を取り出して、それにこもった魔力を操作し、生者に仕えられるように改造する。

 あとは、お客様―――レイルズさんの名前を刻むだけだ。


 戻ってきた時、レイルズさんは甘茶とパンを楽しんでいた。

「ラキス、やればできるんじゃない」

「ハーブティーメーカーを触るのに勇気が要ったよ」

「ティーセットもガラスじゃない」

「アレは強化されているだろ?」

 ひそひそ声での会話である。レイルズさんには気付かれていない。

 ちなみに報酬は、同意を得られたとの事だ。


 わたしは、ウシャブティを床に置き、レイルズさんにフルネームを聞く。

「レイルズ=カーティーベルだよ」

 それと役割をウシャブティの背中に書き込むと―――像が人の姿になった。

 執事と侍女、下女である。


「「「旦那様、これより末永くお仕えいたします」」」

 レイルズさんは、ひざまずいた使用人たちをまじまじと見て―――。

「ねえ、侍女の彼女、もっと美人にできないか?侍女は客の前にも出るから………」

「………別料金になりますがよろしいですか?」

「いいよ」


 私は今度は地下貯蔵室から「魔女フランチェスカのリキュール」を取って来た。

 それを侍女のウシャブティに与える。彼女はみるみる美しい妙齢の女性になった。

「いいね、好みの顔だ!身の回りの世話を任せられそうだよ」

 喜ぶレイルズさんから、お代の血を頂く。

 2つの品物(ウシャブティはセットという事にする)を提供したので、採血は2回だ。


 レイルズさんは3人の使用人と共に、意気揚々と立ち去った。


 ラキスが、カウンターの裏から銀の盆を出してくる。私はそれに純水を注ぐ。

 盆は鏡となり、レイルズさんのその後を映し出した―――。


 ~語り手・ラキス~


 彼は帰る途中で、使用人たちに名前が無いことを悟ったらしく、ちゃんと名前を付けていた。執事はダッカー、下女はミシャ、侍女はリーナだ。

 どういう基準で決めたんだろう?

 皆、喜んで自分の名前を復唱する。初々しいね。

 皆礼儀正しく温厚で、親切で働き者。しかも疲れ知らずだ。

 レイルズさんの他の使用人とも仲良くやっていた。


 その唯一の例外が、同僚のいないリーナだ。同僚がいないのは、寂しそうだな。

 レイルズさんの身の回りの世話を全て、見事にこなしているが、どこか寂しそうにも見える。レイルズさんは、最初はそれを気にして声をかけたようだった。

 だが、気にかけるうち、どんどん誠実で健気な彼女に惹かれていったようだ。


 彼女を必要以上にそばに置き、贈り物などをしだしたレイルズさん。

 昼となく夜となく、彼女を口説き始める。

「リーナは、私は使用人としてこの世に生を受けたものですから」

 と、プレゼントの受け取りを拒否していたリーナだが、だんだんほだされ始める。


 彼女は物としての限界を超えようとしてるのかな?

「私は使用人、それ以上であってはいけないのです」

 人形としての本能との間で苦しむリーナ。


 そんな彼女を心配そうに見て、色々と慰めようとしたりするレイルズさんだったが、ある夜、ある一言で彼女を追いこむ事になる。

「君と僕の間に子供ができたら素敵だろうな」

 ショックを受けるリーナ。人形との間に子供はできないんだよな。


 リーナは、それを聞いて、

「それはできないのです………」

 というと、悲痛な表情のまま走り去る。そこで不幸が起こった。

 走って庭を横切り、使用人たちの棟に帰ろうとしたリーナ。

 だが、ぬかるみに足をとられて転ぶ。

 そこには運悪くとがった石があり、運悪くリーナの心臓に直撃した。


 心臓には、人形―――本体―――が埋め込まれており、リーナはそれを砕かれた。

 そのまま、動かなくなったリーナを、追いかけてきたレイルズさんが発見する。

 仰向けにすると、心臓からぽろりと、ウシャブティが転がり出て来た。

 彼はそれを見て、状況を悟ったようだ。


 ~語り手・ルピス~


 リーンゴーンと鐘が鳴る


 彼は壊れた人形を慎重にシーツでくるみ、大事に抱えて持って来たわ。

 本体ではないリーナの体の方は、消えてしまったものね。

 人形が消え去ってしまわないかと不安なのでしょう。

 よくぞ夜の森に走って入ってきたものだわ。


「リーナを、助けてくれ!」

 そう叫ぶ彼、その頬は涙にぬれている。

 自分がリーナを追い込んだ自覚があるのでしょう。

「………お代は頂きますけれど」

「死ななければ、いくらでも持って行っていい!」


 悪魔に「いくらでも」は禁句よ?「死ななければ」とつけているだけマシかしら。

 私は場をラキスに任せ、屋根裏部屋に上がった。

「エルシーのおしろい」は壊れたものを跡もなく元に戻すパウダーだ。


 下りていくと、レイルズさんはラキスに縋って泣いていた。

 自分のした事が、どれだけリーナを苦しめていたか分かったのでしょう。

 私はレイルズさんに、リーナの本体を出すように言った。

 開かれるシーツ。粉々のリーナがそこには「あった」


 そのリーナに「エルシーのおしろい」を振りかける。

 と、元通りになった人形が姿を現した。

「リーナ!」

 と、レイルズさんがそれを大切そうに手に取る。


「あとは、あなたの名前を刻んで下さい。復活します」

 というと、レイルズさんは、しばらく思案しているようだったわ。

 何かと思ったら

「リーナを人間にできないか?」

 と、真剣な顔で聞いてくる。

「今までの記憶を持った、人間の女性にできないだろうか」


「………今後、うちに献血に通って貰いますが?」

 いくらでも、の一言があったので、この要求なのよ。

「構わないとも」

「仕方ありませんね」


 私は再び場をラキスに託して、地下貯蔵室に足を運ぶ。

「魔女フランチェスカの霊薬」は、「人以外のものを人にする」水薬だ。

 私はそれを棚から抜き取り、店へと持って上がる。

 本来は飲むべきものだが、おそらくふりかけるだけでも効果があるだろう。

 振りかけた霊薬は、ウシャブティの体にしみわたった。


 1分がたち、2分が立つ。

「他の物を―――」

 試しましょうか?と言いかけたところで変化があった。

 リーナの体がむくむくと大きくなり始めていたのだ。

 やがてそれは人の姿となり―――


 美しい、銀髪の娘となった。

「レイルズ………様?」

「リーナ、僕だよ。無事でいてくれて本当に良かった、これでお前は、もう使用人じゃない。僕の乙女だ」


 リーナがこちらへ問いかけるような目を向けてきたので、

「貴女はもうウシャブティじゃない、人間の女の子なのよ。感じてみなさい。もう、素直に彼に言える事があるでしょう?」

「そんな、まさか………」

 自分の異変を確かめるように目をつぶるリーナ。


 目を開けた時には、目に光が灯っており、確信の表情に変わっていたわ。

「レイルズ様、私、分不相応かもしれませんが、レイルズ様を愛しています!」

「僕も、僕も愛しているよ、愛しいリーナ」

 抱き合う二人。


 私は彼らのやり取りの間に作って置いたものを

「サービスです」

 と二人に渡す。身分(地方の貴族。コネがある所のつてを辿った)の偽造書類よ。

「今日からはリーナ=フォルナ=マッケンジーを名乗りなさい」

 これで身分の壁も無くなる訳だ。


 何度もお礼を言いながら、二人は帰路についた。

 水鏡から見えたのは、お似合いの二人の結婚式だった―――。


 まあ、レイルズさんとはまた会う気がするけれど―――ね?

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