第8話 透明化の指輪

 ~語り手・ルピス~


 梅雨―――これほど紫陽花オルタンシアに相応しい季節があるだろうか?

 そう、梅雨の空は紫陽花オルタンシアの物だ。


 私達がなにをしているのか?

 雨の中の紫陽花園を、紫陽花の形をした傘で散策しているの。

 ああ、生命力が溢れてくるようだわ。

 私達のドレスは、この紫陽花園とつながっているの


 傘は頭を守ればいい、ドレスはいくらでも水を吸い込んでいいのよ。

 むしろ潤って美しくなるし、私達も気持ちがいいわ。

 私たちは悪魔の機械人形、普通の作りではないのよ。

 ご主人様は私達の体も作り直して下さった。


 私達が人間に捨てられ、悪魔となって再び動き始めた時。

 あの方が慢心を叩き潰して下さった。完敗だったわ。

 あの方は手を差し伸べて下さった。自分のところに来ないかって。

 お前たちが必要だと言われて、オルタンシアへきた。

 

 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 ご主人様は、ヴァンパイアだ。

 ご主人様の道楽のために、種々様々な血を集めるためにこの店は用意された。

 私、ルピスと、同僚ラキスはそれを運営していくのである。

 ここ、願いの叶う魔道具屋「オルタンシア」を。


 散策が終わって、店に入ると案の定。

「ルピスー、アイスハーブティーが飲みたいなぁー、なんて」

「はいはい、待っていなさい。レモンバームを淹れてあげるわ」

 レモンバームはすっきりした味わいで、レモンに似ているけど酸味はない。

 気持ちを静めるのに効果的っと。


 よーし、後は氷精の冷蔵庫で冷やすだけね。と言っても1瞬なんですけどね。

 取り出した強化ガラスのカップは、キンキンに冷えていた。

 店に帰る。ラキスが「黄金のアップルパイ」を切り分けて皿に乗せていたわ。

 鼻歌まで歌っちゃって、過ごしやすい季節に舞い上がってるわね。


 レモンバームのお茶を飲み、アップルパイを食べて、私達は満足よ。

 片づけが終わったところで―――


 リーンゴーンと鐘が鳴る


 正面扉から入ってきた青年は、めに炎を宿したかのような瞳だった。

 日焼けした精悍な顔つきに逞しい体。女性は皆なびきそうね。

 私たちは例外よ、私達は普通じゃないのだから。

 彼は言った「ある女性と結ばれたくてここへきた、と」


「わたしは商人として、炎の大陸におわす大神殿の主、大王カンロウ様に仕える身。ハーレムへの商品を納品しており、自分自身、万が一にも女などになびくわけがないと思っていた………だが彼女は違ったのだ!その言動、その所作!其の心根!そのなにが、とは言えないのだ。ただ彼女に、彼女と恋に落ちた、としか………それで、どう身をふったものか迷っているのだ!ああ狂おしい!」


「出来る事なら彼女を連れて大神殿から逃げてしまいたい。彼女もそれを望んでくれているが………警備はあまりに厳重!そこから逃げたとしても、大跳ね橋を上げられてしまえば何をすることもできず、その先の平原はあまりに無防備!その先なら私とて商人、砂漠を渡るルートも他の取引先もちゃんとあるのだが………なんとか助けて貰えないだろうか。ここは願いを叶えるのだろう?代金は?何をくれる?」


 あまりの演説にポカンとしてしまう私とラキス。

 拍手してしまったわ。

「?」という顔をしているお客様、いけないいけない。


「おまかせくださいな、お客様!ラキス、対価の説明よろしくね!」

 ラキスがえっという顔をしていたが―――言った者勝ちよ。

 私は宝物庫に行って「透明化の指輪」を手に取る。

 そして洗面室に行って「バーバ・ヤーガのタオル」を手に取る。


 そしてそっと店に戻ると、鎮静効果を期待したらしく、お客様にラキスがお茶をお出ししていた。ちゃんと客用カップで。奇跡だわ。

「ラキス、凄いじゃない」

「あのまま愛の歌でも歌いそうなテンションだったからね………仕方ないよ」

「ああ、この一杯は、君に向けた涙さ………」


 暑苦しさは多少は抑えられたようだけど、本当に多少なのね。

「この指輪は、透明になれる指輪です。でも人にぶつかりはするし、構造物を通り抜けたりはできないから、気を付けて下さい。指輪のダイアモンドを内側に捻れば透明になれます。それから手をつないでいる人も透明一緒に透明になれます」


「おお、それがあればあの応急の警備など………しかしその先が。まず、あの跳ね橋は普段は上がっているのです」

「ご心配なく、念じて水に投げ込めば青いタオルは橋になります」

「しかし、いきなり橋が現れたら、弓兵から橋を攻撃される事は必死ですが………」


「最後の赤いタオルを後ろに投げて下さい。思うように動くので、炎の壁でも作れるでしょう。それで弓兵の攻撃はしのげるでしょう?」

「わかった、そのあとはただ走るだけだな」

「願いが叶うと謳う以上、私達も手をお貸しします。その時になれば分かりますわ」


「わかった!君達とこの店を信じて一世一代の大博打を打ってみよう!」


 ~語り手・ラキス~


 いやあ、パワフルな客だった。

 押されてしまったよ、ちょっと悔しいね。でもレモンバームは効くな。

 あのお客に代償を理解させることができたんだから。

 ルピスの説明も大人しく聞いていたしね!


 そう思いながら私はカウンターの裏から銀の盆を出してくる、ラキスが魔法でそれに純水を張る。水はさっきのお客―――ハッサム―――を映し出す。

 見た限り、ハッサムはかなりの大富豪だった。

 連れ出してしまえば大王と和解も出来そうな気がするほどに。


 あんな方法を使うのは、きっと大王を認めさせるためなんだろうな、うん。

 ああ、ちなみに、南の不毛の大地に森があるのかと、ハッサムがどこから来たのかと、疑問に思った私達だったが、それは早計だった。

 ハッサムは化石化した森の奥から来たのだ。そんな所から来れるとは………。


 お、ハッサムが両思いらしきハーレムの娘と一緒にいるぞ。

 不安がる娘さんを、力強く説得している。

 へー。正直思い違いかとも思ったけど、本当に両思いのようだ。やるもんだね。

 あ、彼女がハッサムに協力する気になったようだ。


 まず、ハッサムが透明化し、お嬢さんの手を掴む。

 そして、衛兵にぶつからないように、大橋までの道を歩くが………お嬢さんをかばうあまり、変な姿勢をとっていたハッサムが職務質問されている。

 何とか大橋までの道を乗り切り青いタオルを水に投じる。


 それはたちまちのうちに、大橋に匹敵する橋になり、対岸に届く。

 ハッサムは、お嬢さんの手を取ったまま力強く抱き上げ、橋を走り始める。

 おっ、ちょっ、走るのに集中するあまり、姿が見えてるんだよ!

 ハッサム!気付けよっ!ミ・エ・テ・ル・ぞっ!


 何とか持ち直したか………弓、射かけられてるけどな。

 最後の赤いタオルを早々に使用することになっている。

 逆巻く炎が二人に届くはずの矢を焼け落とす。

 だが、その先の平原は二人の足跡をくっきりとうつしだす。


 さっき見えたせいで、二人は狙われている。

 私は水盆から顔をあげてルピスを見た。行くだろう?

 あでやかな笑みが、答えを物語っていた。当たり前でしょう?


 ふたりの後方に結界が光る。私たちの技だ。

 押し寄せる兵を私が逆に押し返す。

 私の持つ「蝋燭立て」は「キャンドル・スティック」という大槍と化していた。

 5m越えの化け物槍は、どんな兵士も寄せ付ける事は無い。

 それを振るう私の顔は微笑んでいたという。

 ただ依頼者の今後を考えて、虐殺はしないように気を付けた。

 要は、適度に手を抜いたのだ。


 指揮官級の首筋には我眉刺が光る。

 ルピスがその指輪を双方向の針と化し、輪はそのままに握りこんだのだ。

 その針は、一撃で人の急所を突いてあまりある鋭さを持っている。

 やはり手加減し、指揮官の後方をとって脅すだけに留めている。

 だがその妖しい微笑みは本物だ。


 花盗人は、砂漠までたどり着き、生き延びた。


 私とルピスは店に戻り、ドジな花盗人を見守り続けた。

 ハッサムは何とか彼女を守り切り―――途中で私たちに助けられたりしつつも―――砂漠を横断してのけた。カップルは実に幸せそうだったよ


 彼女を自分の拠点に運んだ彼は、使者のやり取りで大王との和解を図った。

 それは何度も何度も何度も―――使者が可愛そうになる感じでかなりの期間やり取りが続けられたが、結果的にはいい方向に収まろうとしている。

 つまりハッサムさんは、大商人として返り咲いたのである。


 結婚式は実に盛大で派手だったが、随所に紫陽花の意匠をあしらってくれたのは嬉しかったね。貢献したかいがあるというのもだよ。

 花嫁さんは、どっても綺麗だった。語彙が足りないかな?でも綺麗だったよ。


 あと、結婚後に礼に来てくれた依頼人も初めてだった。

 もちろん、今度も化石と化した森を抜けて。

 一応ご主人様に確認を取ったのだが、「面白いじゃないか」で済まされた。

 奥さんも一緒だったので、両者の中を「冷やす」事もないだろうという事で、「ホットジンジャーティー」と「黄金のリンゴパイ」が出された。


 奥さんは店の内部を見て、目を白黒させていたけど、これが普通の反応だろうというものだ。あのハッサムさんを選んだ割には肝が据わってない………いや、あの無茶な愛の逃避行を受け入れたのだから、肝は座っているのかもしれないな?分からなくなってくる。


 とにかく私なりに、できるだけの祝福しはした!

 あ、ルピス、呆れた目をするのはよせ。


 無謀な大商人ハッサムの夢は、こうしてここに完結したのだった。

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