第9話 燃えだすドレス・凍りつくドレス
~語り手・ルピス~
今年の夏は、とても日差しが強いわね。
けれどもここオルタンシアの
ちょっと奇妙な光景だろうけど、わたしたちはもう慣れてしまった。
「たち」と言っても、今はラキスがいないのよね。
ご主人様に仕事をいただいて、魔界に帰っているの。
………と思っていたら、任務は終了したけど名誉の負傷で入院ですって。
なんでも、入院治療しないと治らないんだとか。
心配だけど、気晴らしをして孤独を紛らわす事にする。
あらいやだ、私ったらいつの間に一人は寂しいなんて思うように………?
とにかく、気晴らしをすることにする。
サンチェアーを持ち出してガレージの前にある花壇に囲まれた場所で日光浴。
もちろん、服装はビキニにサングラス。
悪魔が日光浴なんて退廃的だわ。だけどちょっとだけ、ね。
花壇はすっかり夏の装いね。
ピンクの千日紅、真っ赤なアンスリウム、紫の朝顔、白いベゴニア。
橙のマリーゴールド、黄色いアスター、紅色のダリア。
1人で作ったにしては、立派な花壇じゃないかしら?
そんな事を思いながら、太陽を浴びてぼうっとする。
といっても日焼けはしないのだけどね。私は
私は悪魔になる前、暗殺用の
役目を終えて、宇宙の墓場に捨てられ、私の精神は目覚めた。
自分を捨てた人間を憎み「憤怒」の罪で魔界に堕ち、悪魔となって、憎しみのままに周囲に喧嘩を売って回ったわ。後で聞いたけどよくある事なんですって。
でも、ご主人様が私を打ち負かして下さった。
助けを求めてるように感じたからって言っておられたわ。
そしてご主人様は、使用人を必要としておられた。
私が必要だと、自分の下で働けと仰って下さったのよ。
そして最初の働き先が、ここ「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」になった。
私は2~3時間で日光浴を切り上げると「制服」に着替えた。
私はルピス。
制服である紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んだ。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
容姿は。艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳で小柄。
シャキッとするために私は、ハーブティーを飲むことにした。
何がいいかしら、そうねえ………シナモンにしましょう!紅茶とブレンドしてね。
わたしは「ハーブティーメーカー」に「シナモン&ティー」と書いた紙を入れた。
シナモンティーはすぐに出来上がる。
シナモンは、甘みを含んだ、スパイシーな香りと味。
神経の強壮剤としても使えるわ。気分が沈みがちな時にいいのよね。
私はラキスがそばに居なくて寂しいのかしら?
暗殺人形だった私には、理解できない感情だったはず。
シナモンティーを飲みながら「黄金のアップルパイ」を口に運ぶ。
ああ、いい気分だわ。これが続けばいいのだけれど………
リーンゴーンと鐘が鳴る………
お客様だ。
まだ若い女性(22~23歳ぐらいかしら)だけど、鬼のような形相をしている。
赤毛をショートにした活発そうな美人さんね。その形相は似合ってないわ。
「ここで願いが叶うって本当?!看板にそう書いてあったわ!」
「はい、叶いますよ。でも詳しくお伺いしますので、少し落ち着きましょう。こちらの椅子におかけになってお待ちください。お茶にしましょう」
「………わかったわ」
私は自分の物を下げ、台所に引っ込んだ。
えーと、そうね。パッションフラワーを淹れましょう。
鎮静、リラックス作用。あとイライラを鎮める効果もあったはずよ。
夏だから冷やして出しましょうね。
「ハーブティーメーカー」に「パッションフラワー」と書いて入れる。
その間に、来客用のティーセットを私の分も含めて出しておく。
「黄金のアップルパイ」を切り分けて、できあがったハーブティーを茶器に注ぐ。
それを銀のお盆に乗せて、お出しする。
私もお客様の対面に座り、ハーブティーを楽しむけど、少し水腹?ね。
さっきもシナモンティーを飲んでいるものね。
お客様の表情が落ち着いてきたのを見計らって、声をかける。
「それでお客様、願いとは?詳しくお願いします。お名前も頂きます」
「………あたしイレーネ。………あたし、不倫をしているの。初老の男だけど彼は魅力的なのよ。でも、奥さんと別れるって話になると、いつもごまかしてばかり」
彼女はぎゅっと膝の上で手を握りしめ
「2日前、その奥さんが私の所に訪ねて来たの。まだ中年の―――認めたくないけど綺麗な女だわ。でも、泥棒猫、売女、全てお見通しと言われて。他にも罵詈雑言をを浴びせかけられた。最後には床に「手切れ金だ」って金貨の袋を叩きつけて行った」
「その日から、あの人と連絡が取れないの。あの女が何かしたんだわ」
「別料金になりますが、現状、彼の置かれている状況を確認します?」
「おいくらですか?!」
「ここはヴァンパイアの主人の店なので、お代はヴァンパイアの飲むための血になります。通常料金は採血1回分。今回は追加で1回となります。大した量は採血しません。1回にコップ1杯分程度です」
私は注射器を見せて言った。
結構大きめの注射器だけど、ゴブレット1杯分しか採れないので問題はない。
「………変な事にはならないんでしょうね」
「決してお客様の不利益になる様な事は致しません。何なら誓約書もありますが?」
「………誓約書を書いてくれるなら、別料金を支払うわ」
「分かりました、こちらが誓約書となります」
私は誓約書にサインし、お客様にもサインしてもらう。誓約書をコピーして
「原本はお渡ししておきます。こちらでもコピーを保管しておきますね」
「では、魔道具を取ってきますのでお待ちください」
私は2階にあがり、私の部屋に入る。
様々な魔道具があるが今回は、壁にかかる大きな鏡「真実の鏡」を取り外した。
「真実の鏡」を持って、階下に降り、お客様の前に鏡を立てかける。
「この鏡は真実しか語りません。どうぞ質問してください。なお、こちらは非売品ですので、使用したいときはこの「オルタンシア」に来て下さいね」
「………わかったわ」
「まず、あの人が来てくれなくなったのは何故?」
「奥方が、人を雇って見張らせているため、身動きが取れないからです」
「どうしたらあの人は私と結婚してくれるの?」
「奥方が死ねば結婚に同意します。それ以外の方法はありません」
「離婚する気は最初からなかったって事?!」
「あなたをつなぎとめておくためのエサとして、離婚を語ったにすぎません」
「よく分かったわ………魔道具屋さん。あの女を殺せる物をちょうだい」
「裏切られていたのに、それでいいのですか?」
「それでも私は彼の側に居たいの!いいから早く!」
「分かりました、しばしお待ちください」
私は地下のドレスルームに入る。すべて魅了の魔法がかかった逸品だ。
でも中には、着るべきでないものもある、それがこれだ。
私は1枚のドレスを選び、店頭まで持って行く。
「これをお使いください」
そのドレスは、落ち着いた茶色に近いオレンジで、赤で蔦の模様が描いてあった。
上半身はぴったりフィットしており、肩口が大きく開き、胸を強調している。
逆にスカート部分はゆったりとしており、円形に広がる引き裾になっている。
魅了の魔法がなくても美しいドレスだった。
「これは1度着ると脱げなくなり、燃え始めるドレスです。犠牲者の体が炭になるまで燃え続け、最後には灰になって証拠が隠滅されます」
「これをあの女に送ればいいのね」
「貴女が贈っても警戒されるでしょう。適当な名義でこちらから送りましょうか?」
「確かにそうね、お願いするわ」
「承ります。明日には到着いたしますので、すぐに効果は出ますよ」
お客様は帰って行った。お代も頂いた。あとは結果を見るのみ。
カウンターの裏から、大きな銀盆を取り出しテーブルに置く。
そして『低級水属性魔法:コールウォーター』で、純水を盆に注ぐ。
これで「遠見の水鏡」の完成。この後の出来事を映せ!
次の日、届けたドレスの差出人は、ただ「ファンより」としておいた。
イレーネさんは知らなかったようだが、彼の奥さんはオペラの歌姫でもあるのだ。
美人なのも当然。惚れこんだ旦那さんが、口説き落としたという。
「ファンより」は警戒されるが、送られてきたドレスの魅力には抗えなかった。
ドレスは彼女にとてもよく似合っていた。燃えるのが勿体ないぐらい。
でも、ドレスは裾から発火してゆき、ついには全身に―――。
邸内に凄まじい絶叫がこだました。
焼死には時間がかかる。彼女はやけどでなく、炎で窒息死した。
死んだ後も亡骸は燃え続け………すべては灰と炭になった。
旦那さん―――ガンダさんは、大いに悲しみ、嘆いた。
警察も役に立たない。
そこへ、彼を慰めにやって来たのがイレーネさんだ。
両者の関係は急激に深まり―――1年後に結婚と相成った。
イレーネさんが知らなかったのは、死んだ彼女とガンダさんには娘がいた事。
そして彼女が今まさに「オルタンシア」の扉をくぐった事だ。
「母の死の真相が知りたいんです、可能ですか?」
話を聞いてみると、彼女はガンダさんと前妻の娘だった。
名をトレイシーさんという。18~19歳の少女と女性の中間ぐらいの人だ。
16の時に家を出て帰っておらず、先日帰ると、見知らぬ女がのさばっている。
どういうことかと父に問い、現状を知った彼女は再度家を飛び出したのだそうだ。
導かれる様に森に入り「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」に辿り着いたのだ。
―――実際お客様は、この店の魔力で呼ばれてくるのだが―――
彼女にも追加料金で「真実の鏡」を使わせたところ、泣き出してしまった。
私に怒りをぶつけてきたが「当店は、お客様の願いを叶えるだけです」と答えた。
「なら、私にもイレーネを殺せる魔道具をちょうだい!」
「かしこまりました、お持ちします」
私が地下のドレスルームから持って上がって来たのは、青いドレスだった。
金で縁取られた胸元は大きく開き、袖は膨らんでいる。
上から下までタイトな作りで、大きくスリットが入っている。
色は、胸元は白く、下に行くほど青くなるグラデーションの効いたデザインだ。
これにも「魅了の力」は働いており、トレイシーさんは私の注意が無ければ、着ようとしていただろう。手に取ってぼんやり見つめている。
このドレスの説明をする。効果は前とは逆だ。
「このドレスを着たものはゆっくりと凍りついて死を迎える事になります」
「それで、こちらは私の方で送った方が良いですか?」
「えっ、ええ(服から無理やり目をそらし)その方がいいわね、お願いするわ」
服を受け取り「明日には到着しますので」と言った。
彼女はうなずき「オルタンシア」を去った―――。
再度水鏡でイレーネさんを見る。
今回のドレスは、彼女の兄から贈られたものだという事にしている。
玉の輿に乗ったイレーネさんが事業に出資。成功していたので、おかしくはない。
彼女もまたドレスの「魅了の力」に抗えなかった。
不安はあったようだが、惹きつけられて、負けてしまったのだ。
イレーネさんは、足が凍りついた時点で、夫に助けを求めた。
手が尽くされたが、無駄だ。ドレスの凍結が溶けるのは、着用者が死んだときのみ。
彼女は、大勢の人に囲まれて凍死した。
その後、トレイシーさんは家には帰らなかったようだ。
私は水を蒸発させて水鏡を解いた。盆はまたカウンターの裏だ。
後味の悪い依頼が続いたわね、今度は違う事を願うわ―――
ラキスが留守(冒涜的な呼び声:第10話参照)の間のルピスでした。
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