第10話 時戻りのワイン

~語り手・ルピス~


 夏真っ盛り!

 8月の熱気の中、私達が何をしているかと言うと、魔法の絨毯類の虫干しよ。

 困ったことにどれも取り扱いが違うのよね。

 下手をして上に乗ったら、宇宙まで飛ばされるのとかありますし。

 ラキスはさっきから、虫干しを嫌がってじたばたする絨毯を大人しくさせるのに四苦八苦している。あ、1枚逃げ出したわ、こら!止まりなさい!


 難度か空中飛行してつかまえなければならなかった。


 ふう、何とか全部、布団バサミ(超強力な奴)で挟むことができたわ。

 裏庭には、臨時の物干し台がずらりと並び、じたばたする絨毯に耐えている。

「はあ、これ何時間干しておかないといけないんだい?」

「確か夕方までと言われたわね」

「貴重な1日を絨毯の見張りに使うのは不毛だと思わないかい?」

「そうだけど、どうせやるなら一度にやらないと手間が増えるでしょ」


 2人でため息をつく。2人共今はTシャツに短パンだ。

 でもそろそろいつもの恰好に戻らないと、お客様が来るかもしれないわ。

 私たちは自室に引き上げ、服を制服にして、裏庭に戻って来た。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 私たち2人は人間ではないの。

 魔界から来た悪魔よ。同時に機械人形アンドロイドでもあるわ。

 私たちが使えるご主人様は、ヴァンパイアにして悪魔。

 この店の商品は全部、血液と交換で売りに出されている。

 貸し出すだけのものもあるけど、大半は血で買えるものだ。


「ラキス、物置から椅子とテーブルを出していてくれない?」

 それで察したらしい

「冷たいお茶にしてくれよ?」

「当たり前でしょ」

そう言い置いて私は台所に向かった。


何のハーブティーにしようかしら………そうね、ハイビスカスがいいわ。

酸味と刺激がある味だから、ハチミツを入れましょう。

ハーブティーメーカーに「ハイビスカス」と書いた紙を入れたらあら不思議。

1分後にはハイビスカスティーの出来上がり。

それを氷精の冷蔵庫に入れると、瞬間冷却される。

あとは私たち用の、強化ガラスのカップに入れて。

蜂蜜を入れたら完成!


 裏庭に戻り、テーブルにハイビスカスティーを置く。

 太陽に赤いハーブティーが光っている。

「ああ、生き返るよ」

「本当ね、じゅうたんたちは全然大人しくしてなかったし」

「後で部屋に持って入るのかと思うとため息が出るよ」

 愚痴ってはいるが、決してご主人様に不満があるわけではない。ただの軽口よ。


リーンゴーンと鐘が鳴る。


「いけない、お客様だわ」

 私たちは慌てて店舗になっている一画に出る。

 お客様は、深くうつむいた女性だった。

「どうぞ、こちらにお座りください」

 お客様専用の椅子を指し示す。私たちは向かいに座る。


 座ったお客様は、まだうつむいていて顔が見えない。

 女性の修道女であるのは分かるのだが………。

「お客様?どうされましたか?」

 私が聞くと、お客様は泣き出してしまった。

「わたし、わたし………っ」

 言葉になってない。困ったわね。

「何か落ち着くものを淹れてきますね、お待ちください」


 お客様はラキスに任せて、私はハーブティーを淹れる事にする。

 淹れるのは、うつな気持ちに働きかけ、明るくしてくれるセントジョンズワート。

 すぐに出来上がったティーを持って、店頭に戻る。

 テーブルにお茶を置いて

 「セントジョンズワートのティーです。落ち着きますから飲んで下さい」

 まだ泣いている女性に優しくティーをすすめる。


 彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら、カップを手に取った。

 ようやく顔が見えた。まあ、凄い美人。

 泣き腫らしていなかったら、きっともっと美しかったろう。

 彼女は無言でお茶を飲み、飲み終わる頃には多少落ち着いていた。


 「すみませんでした、ご迷惑をおかけして。それで………あの」

 「願いでしたら、大抵のものは叶うので、言ってみて下さい」

 「はい、あの、見ればわかると思いますが、私は太陽神の修道女です」

 「はい、修道服を着ていらっしゃいますね」


「それで、あの、私は神に純潔を捧げていました。あの男に無理やりされるまでは」

 そう言って、また泣き出してしまった。

「大丈夫ですよ、願いは何ですか?」

「はい………ぐすっ、清い体を取り戻させてください………できますか?」


「できますよ、ただ、先に言っておきますが、代金は血液を頂きます。ヴァンパイアの飲用ですが、ご本人に害はありません。悪用もしません。お望みなら誓約書もありますが、どうします?」

「構いません、願いが叶うなら何でもします」

「わかりました、魔道具を取ってまいりますのでお待ちください」


 私は地下室のワインセラーに来ていた。時戻りのワインを取りに来たのだ。

 ワインはすぐに見つかった、ああ、専用の計量カップを持って行かなくては。


 私は店頭に戻って来た。

「これは体の時を巻き戻すワインです。どれぐらい巻き戻しますか?」

「1週間です」

 計量カップに慎重にワインを注ぐとお客様に差し出す。

 彼女はごくりと喉を動かしてから、一気にワインを飲んだ。

「ああ………その………×××の痛みが取れました。感じます。純潔が戻ったと」


「良かったですね」

「はい、あの………あの男に罰を与えたいのです。できませんか?」

「別料金ですが、構いませんか?」

「はい!」

「少々お待ちください」


 私は武具の間に来ていた。

 棚の上から、指をさした形をした手の彫刻を取り上げる。


「お客様、これはむしり取る手といいます。使い方をお教えしますね。この手で指し 示した場所を、拳一つ分ぐらいむしり取る効果があります。勿論人間にも有効です」

「むしりとる、ですか?」

「はい、その男の下品な逸物をむしり取る事ができますよ?」

 ラキスがそれ言っちゃうの?という目で見てくるが気にしない。


「ああ………!はい、そうします」

「指をさして「むしれ」というだけで、むしれますので」

「はい!ありがとうございます!」


「ではお代をいただきます。痛くありませんからね………」


~語り手・ラキス~


 お客様は帰って行った。

 カウンターの裏から銀盆を取り出し、ルピスが純水を張る。

 その後のお客様の様子が見えた。


 お客様は見事にレイプ男の×××を「むしって」いた。

 その時はいい笑顔を見せていた彼女だが、修道院に戻ってからも苦労が伺える。

 その容姿のせいで、いらん男に言い寄られまくっていたのだ。

 邪心を抱くものも多く、この間の2の舞になりそうな予感がひしひしする。


 彼女の心労はかさみ、その足はもう一度森の奥へ―――。

 

 リーンゴーンと鐘が鳴る


「お邪魔します………」

 私たちは揃って出迎え、椅子を勧める。

「今回はどうされましたか?お客様」

「私に言い寄って来る男たちを、何とかする方法はありませんか?」

「男から関心を奪う事はできませんが、そういう事態になってもどうにかなる方法ならありますね。どうしますか?」


「関心は奪えないんですか………どうにかなる方法ってどんなのですか?」

「あなたの性別を「なし」にします。簡単に言うと女性器を消します」

「………!この忌々しいものがなくなるんですか!?ぜひお願いします!」

「わかりました、少々お待ちを」


私は屋根裏部屋に来ていた。

雑多に物が詰め込まれているチェストから、目的の物を探し当てる。

それは組み立て式の、小さな人体模型だった。


「お客様、なりたい性別にパーツを組み替えて頂けますか?」

 そうするとお客様は、何と乳房も外して「なし」に組み替えた。

 もちろん下半身にもなにもない。

 おそらく、その豊かな胸が無くなった時点で、関心は薄れると思うが………。


「これでよろしいですか?」

 お客様は1点の曇りもない瞳で「はい!」と答えた。

「では、人形を握りしめて「チェンジ」と行って下さい。それですべて完了します」

「はい………チェンジ!」

 見た目では、お客様の胸がなくなっただけだが―――。

「ああ!忌々しい「あれ」の存在を感じません!本当にありがとうございます!」


お客様は帰って行かれた。晴れやかな笑顔で。

これで良かったのか?と思うが幸せは人それぞれだ。

私たちはお客様の幸せを願うばかりである。

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