第24話 琥珀の蝶

 ~語り手・ルピス~


 3月。まだ少し肌寒いけれど、今日は悪魔多めのサバトの日。


 私たち悪魔にとってサバトとは、仕事をくれそうな魔女と出会ったり、他の悪魔と知り合ったりという社交の場。

 そう、私と、一緒に来ているラキスは悪魔なのだ。

 以前、人界で機械人形アンドロイドとして働いていたけれど、まだ働けるのに捨てられた。物理王国ソランジアで意識を持った私たちは、人間を激しく憎んだ。


 その憎しみ―――憤怒が高じて悪魔(戦魔)に堕ちてしまったの。

 憤怒のままに暴れまわっていた私達。

 私ルピスは暗殺人形アサシンロイド相棒ラキスは戦闘人形バトルロイドなのだが、あっさりご主人様に下された。

 そして私たちは仕えるべき主という至高の存在を手に入れたのだ。


 今日は私たちは、普段とは違う恰好をしている。

 2人おそろいで、孔雀ピーコックを模した服を着ているの。

 1920年代の夜会服がイメージかしらね?


 タイトで引きずるギリギリ前の長さの裾の服。

 色は胸元はコバルトから、ピーコックグリーンにグラデーションしている。

 裾と胸元には薄く切った孔雀石を飾って、裾は途中から孔雀の羽に変化している。


 私は黒、ラキスは銀の、薄いロングカーディガンを纏い。

 私はとき流し、ラキスはクルクルと巻いた髪の上に羽を一枚飾って。

 私は黒の、ラキスは銀のアクセサリーを身につけている。

 靴はコバルトブルーのハイヒールよ。


♦♦♦


 今日は社交目的で来た。魔界に戻る日の為に知己を得ておくためだ。

 このサバトでは、皆が話しやすい―――木陰に置かれたベンチやカップルが入り込めるような茂みが多く作られている。美しい庭園だわ。

 カクテルも凝ったものが用意されている。


 私は、深い赤が私の目を引き立てる「キッス・イン・ザ・ダーク」

 マティーニに、チェリー・ブランデーを加えた、甘い香りが漂うカクテル。

 ラキスも瞳の色に合わせたのね「アクア」を選んでいるわ。装いにも合うものね。

 ウォッカ・ベースのカクテルで、すっきりした香りと酸味に炭酸の刺激をプラス。


 ちなみに、このサバトには「オルタンシア~願いの叶う魔道具屋」を継がせる予定である、リルとミラも参加している。宣伝のために出来立ての制服でね。

 うん、二人はサボらずに魅力度も磨いている。制服もあって、とても可愛いわね。


 私は話しかけてきた権魔(瘴気の香りからして)に応じ、ラキスと別れ、木陰に移動してお喋りを始める。相手は私が戦魔だと知って驚いているようだった。

「瘴気で分からないかしら?ああ、それと私、ステレオタイプの戦魔ではないから安心してね?戦おうとか言いだしたりはしないわよ?」

「………君のお連れさんはそうではないようだが」


 見るとラキスが闘技場で誰かと戦っている。良い感じの攻防ね。

「あれも一つのやり方ではあるけど、私はいらないわ」

「不思議な悪魔だね君は。普段はどこに住んでいるんだい?魔界?」

「魔界に戻る予定はあるけれど、今は人界の○○○というところに住んでいるわ。最近多いのは×××という座標ね」


「へえ、シュトルム大公様のお店か、凄いじゃないか。あれ、待てよ×××という座標には聞き覚えが………そうだ、知り合いの病魔が―――バズスじゃないよ―――そこを軽く流す依頼を受けたとか言ってたな。用心すると良い」

「あら、ありがとう。(私達よりリルとミラが心配ね)」

「それは置いておいて―――もう少しお互いの事を知ろうじゃないか」


 多分こんなことを言うのはご主人様の身分のせいね―――

「ええ、私ももっとあなたの事が知りたいわ。お住まいは?」

「△△△だよ。権魔領の通りの中でも上級の部類さ」

「あら、素敵な場所じゃない。一度お邪魔したいわ―――」

 こうやって夜は更けていく―――


~語り手・ラキス~


 カクテルを飲んでいたら、明らかに戦魔と分かる鬼族の若いのが声をかけてきた。

 でも、きちんとタキシードを着こんでいるのはポイントが高いかな?

「姐さん、明らかに俺より格上に見えるよ。一手お願いしてもいいかな?」

「素直だね。嫌いじゃないから、いいよ。あと肌の色は何とかできないのかい?」

「ああ、出てたか。よいしょ」

 肌の色は人間に見えるようになった。チンピラ感はあるけど、まあいいか。


 闘技場に行くと、双方礼をし合って、儀礼的な戦いだと周知させる。

 本気だと、どっちかが死ぬまでやらないといけないからな。

 戦闘は、私が遊んでる感じになった。それでもいい感じに温まってはくる。

 この後は、観戦している別の戦魔を誘ってみよう。


 別の立候補者を募った私は、同じ上級が名乗りを上げてくれたのでニッコリする。

 いい戦闘になりそうじゃないか。


♦♦♦


 ほぼ互角で、私が勝った。いや、いい戦いだった。

 キャンドル・スティックを元の大きさに戻し、亜空間に収納する。

「次もまた、戦ってくれるだろう?今は2人でデートしないかい?」

「もちろんだ、今度は勝つ。お?夜のお誘いか?」

「そう取ってもらってもいいよ」

「嬉しいね、こんな美人からお誘いなんて」

「いい戦いだったからね」

「違いない」


 私たちは腕を組んで、暗がりの方へ歩みを進めた―――


♦♦♦


 今回のサバトは楽しかった。店に戻ってみんなで感想を言い合う。

「主催者さんがいろいろ凝っていて楽しめました(リル)」

「私、お酒はあるけどカクテルって初めてでした(ミラ)」

「でも、言われた通り『生活魔法:アルコールチェッカー』を使って度数の高いのはお断りしました(リル)」


「素直でよろしい………ああ、2人共。伝えておく事があるのよ」

 ………ルピスの口から疫病の話が出た。

 病魔からの伝聞だが、当の病魔から直接聞いた権魔が言うなら間違いないだろう。

 一応「真実の鏡」にも、真偽を問うてみたが本当だった。


「「またですかぁ」」

 今までに二回―――こっちが仕組んだのと、敵の攻撃―――あるからなあ。

「でも規模が違うと思うぞ」

「そうね、上級の病魔らしいから、この辺一帯もれなく巻き込まれるでしょう」

「この地方の町全部、ですか?(リル)」

「人口が減少しそう………(ミラ)」

「あっでも、あれがあれば………「琥珀の蝶」」


「あなたたちが使うの?違うわよね?ちゃんとお客様をお連れしなさい」

「「町長さんと、話してみます!」」


 翌日、2人はダンディーなナイスミドルを連れてきた。

「リルさんとミラさんにはお世話になっております。ナルケの町で町長をしております、リバリスと申します。何でも今までにもお世話になった薬などの調合法を教わった方3人のうち2人だとか………今回も助けていただけるのですか?」


 腰の低いヤツだな。今までの経緯を考えると仕方ないが。

「また疫病が………しかも大きなのが来るそうで?」

「ええ、そうですわ。でも今日の接客は2人に一任しておりますので話はそちらに」

 ルピスはそう言い、ミラの手を引いてお茶を淹れさせるために引っ張っていった。

 いざという時に度胸が据わるのはリルなので、リードさせるつもりなのだろう。


「じゃあ、町長さん、応接間のソファにかけててくださいね。私は魔道具を持って来ますから。ゆっくりして下さい」

 町長さんは応接間に入れられ、不安そうな顔をしている。

 これだから、お茶はもうちょい早く淹れに行かなきゃいけないんだけどな。

 入ってきた時点で、リルかミラが台所に向かってないといけない。


 そんな事を考えていると、お茶が入ったようだ。

「セントジョンズワートのお茶(鎮静作用がある)と黄金のビスキュイです」

「いただきます。しかし黄金のお菓子とは華やかですな」

「食べられる金で出来てますから~」

 あっ、ミラ、バカ!

 ギョッとしてむせる町長さん。

「特殊な染料ですよ!ミラ!食べてるのにおかしな冗談言わないの!」


 慌ててフォローする。やっぱりまだまだだ、この子。

 冷や汗を拭ってると(ミラは町長さんに謝り世話を焼いている)リルが帰って来た。

「町長さん、これです。開けてみて下さい」

 金の小箱を町長さんに差し出すリル。

 恐る恐る開ける町長さん。


「ほう………これは見事な細工物で」

 中身は薄ーく切った琥珀を、黄金でつなぎ合わせた、繊細な細工物だった。

「名前はそのまま、「琥珀の蝶」です。街の主の家に安置しなければなりません。ただし、この箱に入っているときは大丈夫ですが、安置した後は持ち主のみが姿を見ても良いんです。他者が見ると効果はすべて失われます。それと、疫病が起こってしまった後に安置しても効果はありませんから、気を付けて下さい(リル)」


「空き部屋に安置して、家族には入らないように申し付けることにします」

 町長さんは、箱を押し頂いて、懐にしまった。


「じゃあ、お代を頂きますね(ミラ)」

「私達も払います。痛くないですよ(リル)」

 慣れた調子で「お代」である生き血―――ご主人様はヴァンパイアなので、お代は「その人が飲まれることを承知した血」だ―――を頂くリルとミラ。

 ここは任せても良さそうだ。注射の腕は上がっている。


「「ありがとうございました」」

 私とルピスはお辞儀し、リルとミラは町長さんを送って行く。

 これで大丈夫かな?


 私の出した大盆に『クリエイト・ウォーター』で作った水を注ぎ、水盆にする。

 これで「水鏡」の出来上がり。

 4人で町長さんのその後を見る。

 町長さんは宣言通りにした。だが家族がついて来なかった。


 疫病の話が各地から届く中、ぽっかりと何もないナルケの町。

 気が緩んでいたのだろう。奥さんが箱の中にあった細工物を欲しくなったのは。

 盗んで隠してしまった………のではなく、指輪へ加工させてしまった。

 蝶の恩恵は、これで絶対に得られなくなった。


 2人はがっくりした顔だが、リルが気を取り直した。

「お代って店員からも取るんでしたっけ?(リル)」

「日用品なら取らないけど、しっかりした実用品なら取るわね。私とラキスは血が流れてないだけよ。機械人形アンドロイドだもの。まあ後払いで良いのだけど」

「じゃあ、「万病の甘酒」と「尽きぬ泉の壺」の空のやつ、頂きます!」


ナイチンゲールね。仕方ないけど」

「まあ、これは2人のせいじゃないからな。奥方に払って貰えばどうだい?」

「………そう言えばそうですね。疫病が流行しだしたあたりで町長さんに言えば………説得してくれるわよね?(リル)」

「今までの事もあるから、大丈夫じゃないかな(ミラ)」


「どっちにせよ「ナイチンゲール」するけどね(リル)」

「あの町は、私達の町だもの(ミラ)」


「ちゃんと成長しているようで良かったわ」

「そうだな、これからも成長に期待だ」

 そう言ってこっそりとほほ笑む私とルピスだった。

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