第25話 刻限

 ~語り手・ルピス~


 4月―――私たちは特別なサバトの準備をしていた。


 何が特別なのか?簡単よ。ご主人様も参加するサバトなの。


 魔界では今、次代となる王子を巡って派閥争いが繰り広げられているの。

 これには魔女も無関係ではいられない。

 開かれるのは第四王子、紅龍ホンロン殿下の誕生日を記念したサバト。

 サバトの主催者は魔女フランチェスカ、紅龍派の魔女のトップよ。

 魔女に派閥を持つのは紅龍殿下だけ。力を物語るひとつの要素ね。


 そしてご主人様は紅龍派を表明しておいでなの。

 理由は紅龍殿下が、ご主人様のお義母おかあ様であるレイズエル様(ある少女のモノガタリ参照)と結婚しているから、応援したいのですって。

 ご主人様はレイズエル様を崇拝していらっしゃるから―――


 ちなみにリルとミラは、私達を召喚できることを考慮に入れても、中級魔女。

 今回のサバトには参加できないわ。お留守番を命じました。

 というか、決闘のときに落ちる雷が黒くなって初めて上級魔女なのよね。

 上級魔女になるには道のりが遠いわね。


 さて、服にしてもご主人様に恥はかかせられないわ。でも派手すぎるのもダメ。

 こういう時機械人形アンドロイドといえど球体関節なんかではないことに感謝する。元はそうだったけどご主人様が作り直して下さった。

 そう、私達は悪魔にして機械人形アンドロイド


 人界で使われ、まだ動けるのに廃棄処分にされ、物理王国ソランジアのゴミ溜めに辿り着いた。そこで怨念―――憤怒を募らせた私たちは悪魔に堕ちた。

 落ちた先で憤怒に突き動かされるまま、暴れていた私達。

 それをご主人様が倒して下さった。そして部下にして下さった。

 私達が望んでいた「主人」と「仕事」を与えてくれたの。


 それ以来私たちはご主人様のシモベ

 ご主人様は私たちの体を改良してくれた。

 骨格はタングステンと金の合金、表皮は生体魔鋼アダマンタイト

 今の私たちは人間より人間に見える姿になっているのよ。


 さて、だからドレスも好きな物を選べるわ。

 私は長い黒髪に赤い瞳なので、魔界では一番ノーマルな黒いドレスを選んだ。

 黒のミニドレスに、黒い刺繍でダイヤ柄が描かれている。

 軽いアクセントとして、控えめに黒いスパンコールがその上で煌めく。

 肩はキャミソールの様な紐になっている。これは黒いスパンコールで出来ていた。


 ラキスは肩までの銀髪に銀の目なので、グレーを選ぶ。

 ロングドレスだけど、胸をハート形で隠す以外の上半身はレースでシースルー。

 下半身ははリブの入っている末広がりのものね。

 キャミソールタイプで、肩ひもは銀のスパンコールで出来ていた。


♦♦♦


 サバトは暑かった。私達は平気だけれど、かがり火がとてもたくさんある。

 会場の中央では、巨大な焚火がごうごうと燃えているわ。

 紅龍王子が炎の化身である以上、仕方ないかもしれないけど。

 もっとも、悪魔も魔女も上級しかいないので、暑さを気にする者がいない。


 あちこちで「紅龍様万歳!」という乾杯の声が聞こえる。

 私達も中級の魔女がスーツ姿で配っているカクテルを貰う事にした。

 ご主人様はどうしたのかって?あっちで沢山の人(悪魔と魔女)に捕まってるわよ。

 当分私達のところには来れそうもないから、カクテルを楽しむことにしたわ。


 配られていたのは「ブラッディ・メアリー」ね。

 ウォッカとトマトジュースのシンプルなカクテルよ。

 どこを見回しても、配られるカクテルは皆紅い。種類は違うようだけど。

 私たちが乾杯するべきか迷っていると、数人の悪魔なかまがやって来た。

 一緒に乾杯しようと言われたので、ほっとしながら「紅龍様万歳!」と言った。


 悪魔達と歓談して、連絡先を交換して別れた。すると―――

「ラキス、ルピス。今いいかい?」

 背後からご主人様の声!私達は急いで振り返る。

「はい!もちろんでございます!」

「何かあっても断るわけないじゃないか!」


「そうか?客から逃げられなくて来るのが遅れた。悪かったな」

「「とんでもない」」

「ドレス、似合ってるよ。2人共ずいぶん目が肥えたみたいだな。人間性も増してるようだし………オルタンシアで修業させて正解だな。これなら魔界でも通用するよ」

「「ありがとうございます」」


 ご主人様の名前は雷鳴らいな様。ヴァンパイアだ。

 16歳ぐらいの外見で、怖いほどの美少年。

 黒いサラサラしたショートヘアで、悪魔とヴァンパイアの象徴である紅い瞳。

 純白の肌は、ヴァンパイアのはずなのにほんのりと赤みがさしている。


「本題に入ろう。うちは今、側室も正妻も、みんな妊娠している。

 妊娠していると言っても、悪魔は出産の1ヵ月前まではお腹は大きくならない。

 で、俺は働く女性が好きだから、みんな何かの役目を持っているんだが………

 お腹が大きくなったらさすがに安静にしておかなければならない。

 悪魔の妊娠期間はバラバラだが1年を過ぎたら気を付けた方がいい。

 そう俺の特殊能力―――『勘』と呼んでる―――が言っているんだ。

 2人に任せたい仕事は奥さんたちと持ち回りでするつもりだったんだが―――

 1ヶ月でも不在じゃダメな仕事なんだよ」


「それが門番と嗜み返し―――ですか」

「そうなんだ。2人には1年後には担当する役目について、

 側室たちから引き継ぎを受けて欲しい。

 子供が生まれた後は交代制で仕事に就いて欲しいんだ。

 問題はオルタンシアなんだけど、閉めるのはちょっと困る。

 それで、現在修行中の店員を1年以内で教育しきって欲しい」


「リルとミラを1年以内にですね、わかりました」

「魔界に来てからも連絡を取り合っていいし、召喚を受けるのも、非番の日に様子を見に行ったり、相談に乗るのも構わない」

 ご主人様は、リルとミラに渡すようにと魔界製の携帯を渡してくださった。

「それがあった上での一人前で良いから。

 一年後までに店員としての教育を終えてくれるか?」

「「やります!」」


 そう言うとご主人様は大きく頷いて「任せた」と仰り、去って行かれた。

 

♦♦♦


 ~語り手・ラキス~


 オルタンシアに帰って来た。いつものドレスに着替える。


 相棒、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 私、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 リルとミラが出迎えてくれる。

 私とルピスで、ご主人様の言われたことを話す。

 1年間で、一人前になってもらう―――と。

 2人は顔を見合わせて、やります、とこぶしを握り締めている。

 その覚悟はいいことだ。


 リーンゴーンと鐘が鳴る。


 早速のお客様だ。中年の夫婦だね、指輪でわかる。

 以前の教訓を生かして、ミラは素早く台所へ行った。お茶を淹れるのだ。

「ようこそお客様。応接室にどうぞ。お茶を飲みながら依頼をお聞きします(リル)」

 よしよし………私とルピスは黙って先に応接室に行き、座って成り行きを見守る。

 出てきたお茶はオレンジブロッサム。心身の緊張を解きほぐす効果がある。

 ルピスの教えをきちんと覚えているようだね。


 お茶うけは「黄金のビスキュイ」だ。

 お客様の正面にリルとミラが座る。

「それで―――叶えたい願いはなんですか?(リル)」

「お茶を飲んで、リラックスしながらお話してください(ミラ)」


 奥さんの方がゆっくりと話し出した。

「実は―――夫婦のきずなを強くしたいんです」

 旦那さんが後を引き継ぐ。

「実は先日、私たち二人とも浮気をしてしまって。それはお互いさまという事で何とかおさまったんだが、相手を振り払う事はできなくてね」


「確固たる絆を取り戻せばその勇気も出るんじゃないかと思って」

「それに―――高齢出産だが子供も欲しい。欲しい欲しいと言い合いながらできずに今まで来てしまった………」

「そんな都合のいい魔道具、ここにあるかな?」

「少々お待ちください、調べてまいります。ミラは対価の説明をお願い(リル)」

 そう言ってリルは私の手を引っ張って応接室から出た。


「どうしましょう、ラキスさん。対面させたうえで「愛の妙薬」を飲ませるぐらいしか思いつきません」

「それはそれでいいと思うから、やると良いよ。でも、もっと方法があるね」

「………?」

「「縁切りのはさみ」を使えば何が見える?」

「あっ………人の縁が見えます!」


「そう、それを利用して赤い糸を強固に結び、要らない縁は切るんだ」

「なるほど………」

「妊娠薬もあったろう?覚えているかい?」

「はい!「ヴィクトリアの妊娠薬」ですね!」

 覚えていたか、よしよし。


「じゃあ、3つとも取っておいで」

 私はそう言って、応接室に戻るのだった。

「対価(ヴァンパイアの飲むための血の採取)のOKは出たわ」

 ルピスが私に『念話』で一言言ってきた。それは重畳。


 3つとも離れた位置にあるためか、リルが帰って来るのが遅い。

 ルピスはミラをつついて、お茶のお代わりを淹れに行かせた。

「ただいま戻りましたー!魔道具の説明をさせていただきます(リル)」

 リルはそれぞれの効力と、どうやって使うかをミラとかわるがわる説明する。

「ご納得いただけたなら、対価をいただいて、はさみはここで使用しますが(ミラ)」


夫婦は緊張の面持ちで頷く。

採血の後、2つ(魔道具コピーの術を使ったらしい)のはさみをリルとミラが持つ。

私達には見えないが、2人の動きからしてミラが糸の結び直しを、リルが余計な糸の排除をしているようだ。


「………何だか目が覚めた気分だ。………そうだな、君は僕にとって大事な人だ」

「あなた………嬉しいわ」

 見つめ合う2人に、ミラがワインを満たしたグラス(愛の妙薬入り)をさし出す。

「「一気に飲んで下さい、絶対お互い以外を見ないように」」


夫婦はワインを飲み干しお互いを見て―――抱き合った。

「愛しているよ。おまえ。何で浮気なんかしたんだろう?」

「私も愛しているわ、あなた。もう浮気なんて絶対にしないわ」

上手く行ったようだね。これで夫婦の絆は盤石だろう。


「では―――これをお持ちください(リル)」

 ミラが「ヴィクトリアの妊娠薬」をさし出す。

「繰り返しますが夫婦の営みの直前に、2人共飲んで下さいね(ミラ)」

 受け取った夫婦は、深々と頭を下げて帰って行った。


♦♦♦


「リルとミラ、一応遠見の水鏡で夫婦を確認しておくんだ」

「作り方は教えたわね?」

「「はい」」


 ミラがカウンターの裏から、重そうに大きな銀盆を取り出してくる。

 床に置かれた銀盆に、リルが『クリエイト・ウォーター』で水を満たす。

 そして二人が魔力を注ぐと、夫婦の姿が映し出された。


 夫婦は浮気相手と完全に縁を切っていた。

 夫婦仲は極めて良好なようだ。

 周囲から別人のようだ、といわれて夫婦は

「本当に愛する人が分かったからだ」と答えていた。


 そして、しばらくして医者から妊娠が告げられる。

 生まれた子供は愛らしい女の子だった―――


 水盆の水を捨て、銀盆を元の場所に戻す。

「2人共、よくやった!魔道具については勉強の余地があるけど、他は及第点だ」

「1年間みっちり特訓ね」

「「頑張ります!」」


 ここに1年育成計画が始まった―――

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