第26話 毛生え薬「種子」

~語り手・ルピス~


 5月。さわやかな季節。リルとミラには時計の針が進む音。


「はい、ちゃんとステップを踏んで!」

 私の声が訓練室(時間の流れが止まっている空間。外に出ても1秒ぐらいしかたってない)に響く。現在ダンスの練習中。

 

 何故かって?

 私たちがリルとミラを社交界に出しても大丈夫にするために、イリウス・フォン・クルックベルト伯爵(ルピスを借りた)と、テシオス・フォン・ランデルク伯爵(ラキスを借りた)に舞踏会に連れて行ってもらえるよう頼んだからよ。

 2人が共同で行う舞踏会が近々あるのよね。


 オルタンシアでは店員も「魔道具」とみなす―――だから何でもできなければ。

 リルとミラには色々教え込んでいるけど、今回は上流階級のマナーを教えるついでにダンスも覚えてもらおうと思ったわけ。

 戦闘訓練なんかは魔女フランチェスカがやってくれているしね。


 ラキスが男性役を務めているのだけど………

「ラキス、どう?」

「2人共運動神経は悪くない。このままここで、全部のダンスを叩き込もう」

「そう、あなたがそう言うなら、私もこのまま教えるわ」


♦♦♦


 9週間は(訓練部屋の時間で)たったかしら?でも外では5分も経ってないはずよ。

 ちゃんと休みと食事は取ったのだけど、そろそろ2人は限界かしら。

「ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット………きゅう(リル)」

「チャチャチャ、クイックステップ、サンバ、ジャイブ………ぷしゅう(ミラ)」

 あーダメね。まあ踊れるようにはなったし、いいかしら。


「もうそろそろ、頭に入らなくなってるんじゃないかな?

 記憶球(相手の頭の中に自分の知識を映像付きで焼き付ける)の助けを借りたけど

 とはいえ、9週間で全部のダンスを覚えたんだ。

 人間にしては上出来だろう。2人共少しづつ高能力者になっていくね」

「ダンスは覚えれば、サバトの役にもたつから………覚えておいて損はないものね」

 私達はそう言って、訓練場から出るのだった。


 とりあえずお茶の準備をしましょう。

 応接間で机に倒れ込んでいる2人のために、今日は私が淹れましょうか。

 そうねえ、えーっと………スカルキャップとかどうかしら?

 神経を強壮にして活性化するミネラルを多く含み、神経系に効くわ。

 へたれてる2人にはちょうどいいでしょう。


 ご主人様の新作、黄金のチョコレートケーキを切り分けて、と。

「ほら、2人共へたれてないで。スカルキャップとチョコレートで元気出しなさい」

「「はい~」」

「ダメだねこれは。ならとっておきを出そう」


 ラキスが2階に上がっていく。

 私たちは全然平気なのだけど、やはり人間は脆いわね。1年で仕上がってくれるとは思うのだけど、つい自分たちと比べてしまう。


 そう、私達は人間ではない。機械人形アンドロイドで悪魔(戦魔)

 人間に捨てられ、怒りと悔しさから自我が芽生えた。

 そして悪魔に―――憤怒の悪魔、戦魔に―――堕ちたのよ。

 堕ちたショックで暴走する私達を止めて下さったのがご主人様。

 私たちはその時、求めていた主人を得たの。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 2階に行っていたラキスが、大きなプレゼントボックスを抱えて帰って来た。

 リルとミラの前に置く。

「食べ終わったら見てごらん。ご主人様の側室、ミルア様とルルア様の見立てだよ」

「ゆっくり飲んで、ゆっくり食べてね。消化に悪いわ(せっかく選んだんだし)」


 スピードアップしかかっていた2人のフォークがゆっくりになる。よろしい。

 食べ終わって、リルとミラに片付けさせる。

 さすがに、もう台所の魔道具で苦労する事は無いようね。


 帰って来たリルとミラは早速プレゼントボックスを開き、歓声を上げた。

 フリルたっぷりのクリノリンドレス。

 リルはペールブルー、ミラはクリームオレンジ。

 デザインは一緒で、肩が見える大胆なボートネック。

 膨らんだ袖、そしてフリルリボンたっぷりの襟。

 胴体はキュッと引き絞られその下のスカートはリボンとフリルで彩られている。


 リルとミラはきゃあきゃあ言いながらドレスを試着してみたりしている。

 私とラキスで着付けを手伝ってあげた。というかそうでないと着れないわ。

「ラキスとルピスはどんな服を着るの!?」

「え、私達は行かないわよ」


 沈黙


「もしかして私とミラで行くんですか!?」

「「そうだよ」」

 リルとミラは「不安ですぅ!」と叫んでいたが、もう決定事項である。


 迎えの馬車が時間通りに、森の入り口にやってきた。

 私達はリルとミラを(まだ不安そうにしている)笑顔で送り出してやった。

 あの後作法も訓練室で叩き込んだから、まず心配はしていない。


「ラキス、今回は「何でも喋るラジオ」で、見守りましょうか」

「いいね」


♦♦♦


 ~語り手・ラキス~


「よっ姉さん方、お久しぶりでんな!パーティの現場をお届けしまっせ!」

「頼むよ」

「私はお茶とお菓子を持って来るわ」


「パーティの現場でっせ、色んな男に声をかけられてるけど、あの子らは恋人同士でもあるから、断ってます。けど伯爵様に声をかけられたら、踊らざるを得まへんな」

「ダンスはどうだ?上手く踊れてるか?」

「最初はぎこちなかったけど、リードされるうちにスムーズになったみたいでんなぁ。周りから拍手が起きてるわ。これはこの後、お誘いが大変でっせ」


「何にせよ、経験値を積んできてくれたら有難いね。身分に溶け込む方法や、私達店員を「魔道具」として借りていく人への対処法、こちらにいい感情を抱いていない連中に対する対処法なんかを。今回は私たちが頼んだけど………」

「リルとミラが正しく一人前になる事を祈るわ」

「同感だね」


「………でですなぁ(4時間ほどしゃべり続けていた)お?お帰りのようでっせ。今馬車に乗り込みはったわ」

「カンテラをもってで迎えに行ってくるよ、ルピスはお茶を淹れてやってて」

「わかった、気を付けてね?」

「リルたちはお疲れだろうからね」

「あなたの事よ。相棒のくせにニブチンね」

 色々心外だと言いながら私はカンテラを取り上げた。


 リルとミラが帰って来て、オルタンシアの店内が明るくなった気がする。

 こういう所はこの2人のいいところだなあと、着替えを手伝ってやりつつ思う。

 2人は制服に着替えさせた。理由はラジオが語っている。

「いやあ、お二人とも、妖精のようだったと評判でっせ!2人の伯爵もご満足のようでんなあ!あそうそう、平服にはならん方がよろしおます。お客はんが来るで」


 私とルピスは地味な服に着替えて応接室の一画に立つ。

 ミラはそれを見て、慌ててラジオに

「何人ですか?どんな様子です?(ミラ)」

「お一人の中年男性でおま。身なりはよろしい。帽子をしっかり押さえて、何やブツブツ祈ってますで。本当に願いが叶いますように―――とかゆうて」


「うーん何のお茶がいいかなあ………何か思い詰めてそうだし、心を落ち着かせてくれるリンデンフラワーにしようかな?(ミラ)」

「私はお出迎えに立たないと………玄関に行ってるね!(リル)」


リーンゴーンと鐘が鳴る。


「いらっしゃいませお客様。

 ここオルタンシアは願いの叶う魔道具の店でございます。

 私はリル、願いを叶える手伝いをする者でございます。

 応接室にて承りますので、どうぞこちらにお進みください」

(いいぞ、リル。今のは完璧!)


 応接室まで案内して

「お茶とお菓子が参りますので、そちらのソファにおかけください(リル)」

 満点なので私とルピスは空気をやっているよ。

「いらっしゃいませお客様、リンデンフラワーティーでございます。

 心が落ち着きますよ。お供に黄金のビスキュイをどうぞ。

 私はミラ。リルと同じく願いを叶えるお手伝いをいたします(ミラ)」


「あっ、ああ、ありがとう」

「ラジオさん、心を落ち着かせる曲を」

「承りましたでー」

 しばし、お茶をすする音と、ラジオから流れる音楽だけが聞こえる。


「先にお店のシステムのお話しをしておきますね。

 魔道具の代金は、お金ではありません(リル)」

「ヴァンパイアが飲むための血を、カップ半分ほど採血させていただきます(ミラ)」

 そう言って注射器を取り出すミラ

「採決は痛くありませんし、殺菌も完璧にしてあるのでご安心を(リル)」


「ご了承いただけましたか?(リル)」

「それで本当に願いが叶うなら、構いません」

「では願いを仰ってください(ミラ)」

「ううっ、君達の様な若い娘に見られるのは恥ずかしいのだが………」


 お客様はそっとかぶっていた帽子を取る。

 そこには見事なバーコードハゲが!!いや予想はしてたけどね?

「私の髪を、フサフサだったころに戻していただけませんか!」

 2人共、笑うのをこらえるのに必死だね。ほら早く台詞を!


「「承りました、少々お待ちを」」

 2人で、バスルームに向かう。

 ああ、1人は残ってお客様と話しててほしかったかな。

 帰って来ると2人は手のひらサイズの小瓶をお客様に差し出した。

 本来は樽に入りだ。多いものは詰め替え容器にと言ってあったのを守ったんだな。

「「育毛剤・種子といいます」」


「夜、気になる所全体に薄く延ばして塗り付けて寝て下さい(リル)」

「毛が生えている所に塗っても大丈夫ですが、大量には塗らないで下さいね(ミラ)」

「3回使い切り。それで効力が出るはずです」

 お客様は震える手で小瓶を受け取り、深々と頭を下げた。

 その後採血をして帰ってもらう。


「ふぅー緊張したー(リル)」

「私達どうでした?(ミラ)」

「んー90点!惜しい!」

「「何が足りなかったんでしょう」」

「お客様を応接室に一人残してはダメ。あそこにも魔道具はあるんだから危険だわ」

「「ああー」」


「あとねえ………ラジオ、説明!」

「はいはいー。すでにお客はんが考えてるんですけどな。もしいきなり髪が生えたら周りの反応が怖い、カツラだと思われるんやないかゆうて思うてる。ワイの予想やけど、髪が生えたら真っ直ぐここにもう一回来ると思うで」

「………ていう事。2人はそれまでに相応しい魔道具を選んでおく事。以上!」

「「はい」」


♦♦♦


 3日後。


 再びリーンゴーンと鐘が鳴る。


 お客様が再度お見えだ。ミラにお茶を任せてリルが話を聞く。

「(帽子を脱いで)この通り、髪は立派に生えました!こんなうれしい事は無い………のですが、周りの反応が気になって」

「はい、お代1回で、周りの人が「今のあなたが自然でいつもこうだった」と思うようにするものを持って来ますので、お茶を飲んでお待ちください(リル)」

「アイスミントティーと、黄金のパウンドケーキをお持ちいたしました(ミラ)」


 用意してあったので、リルはすぐに魔道具を持って帰って来た。

 大き目のオーデコロンの瓶に「忘れな草のオーデコロン」と刻印されている。

「これをつけていれば、今のあなたが自然な姿であると、自然に思うというオーデコロンです。一応大きめの瓶でお持ちしました(リル)」

「今の姿をともに喜び合いたいという場合、強調して変わった事を言って下さい。相手も確かに、となりますので!(ミラ)」


「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」

「いえ、私達は何も………(リル)」

「お代を頂ければ十分です(ミラ)」


 お代を頂き、お客様は帰って行かれた。


 ラジオに「どうなった?」と聞いてみる。

「オーデコロンに効果があるのを確かめた後はルンルンでんな。秘密は奥さんと、ハゲ仲間だけに漏らす事にした様やな。しばらく同じ客が続くでぇ」

「ねえ、ラキス、ルピス。ラジオさんって遠見の鏡の代わりに使える?(リル)」

「使えるね」「そうね、使えるわよ」


「「わたしたち、遠見の鏡の代わりにラジオさんを使いたいです」」

「好きにするといいと思うよ」

「私達が口を出す部分じゃないわね」

「けど映像が欲しい場合はちゃんと水鏡を使うんだぞ?」

「「はーい!」」

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