第27話 何でも喋るラジオ(女)

【語り手:ルピス】


 6月、紫陽花オルタンシア園が一番輝く季節。

 その輝きで、湿気の鬱陶しさと、差さない太陽も許せる季節だ。


 だが―――私たち4人は紫陽花園の手入れをしていた。

 6月は本来、剪定をする時期ではない。

 けれど、オルタンシアの紫陽花園はいつでも咲いているので、いつ剪定しても構わないのよね。

 

 雨の中だけど「晴天の炎」を全員に装備させているので、私達は濡れない。

 うっかり使い方を間違えると体と同化して、水を飲むことさえできなくなり干からびて死ぬしかなくなる代物。

 なので、必ず左の手のひらに持つか、左のポケットに入れる事。

 1度でも右手で持つとおしまい。

 

 でも、全員ドレスの左に隠しポケットがあるので、そこに入れておけば問題ない。

 ご主人様が、私達を気にかけて下さり、ポケットを付けてくれたの!


 ご主人様は人間ではない、悪魔でもあり、ヴァンパイアでもある。

 そして私達店員のうち2人は―――私、ルピスとラキスは、悪魔の機械人形だ。

 捨てられて、憎悪の念を膨らませ「戦魔領」に堕ちたのである。

 暴走する私達を止めて下さったご主人様。この人について行きたいと思った。

 ご主人様は「君たちが必要だ」と言って下さった。なんて至福の言葉!

 その日柄私とラキスは、ご主人様の忠実なシモベ。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 そして私たちが育成し、可愛がっている次代の店員。


 1人の名前はリル、魔女の証、コバルトブルーの箒を持つ。

 腰まである金髪を、ツインテールの巻き毛しにて。青い瞳、白い肌

 水色の下衣に、ややかっちりした青い上衣。チョーカーと帽子も同じ生地。

 膝丈のフレアドレスに、水色のタイツ。

 それらには、縁取りのように青い薔薇のモチーフがちりばめられている。


 もう一人の名前はミラ、魔女の証、ベビーピンクの箒を持つ。

 背中まであるオレンジブラウンの髪をやはりツインテールの巻き毛にして。

 ピンクにドット柄の下衣はフレアドレス。ピンクの薔薇が乗っている帽子

 ふわりとしたスカートの後ろ部分の後ろまでを覆う、クリーム色の上衣。

 やはりそれらには、ピンクの薔薇のモチーフがちりばめられている。


 ご主人様は、ここの紫陽花園がお気に入りなので代替わりのついでに、ご自分の屋敷に引き取って―――庭園を造るらしい―――しまおうとしているみたい。

 次代は薔薇で行こうかと思っているらしいわ。

 で、今日は店の裏手の紫陽花を根こそぎ魔界に送るわけね。

 

 根っこを傷つけないようにしながら、みんなで掘り出す。

 結構広範囲だから、リルとミラはへばってしまっている。

 ………『中級無属性魔法:体力付与』(ぼそっ)

 2人は体力付与されて、泣き笑いの様な表情になった。若いんだから働きなさい。


 紫陽花を魔界宅急便に任せると、その先には、大きな平原が見えた。

 ここは森の中じゃないのかって?その通りよ。

 でもご主人様は、この2人に動物を飼って、捧げて貰いたいらしい。

 だから木々をすべて消し去って、平原に変えてしまったという訳。


 リルとミラは、森に囲まれた平原にかなり驚いている。

「あなた達の家から、取り合えず家畜を連れて来て、放牧して終わりね」

「ああ、リル、ミラ。欲しい施設を言ってくれ。家畜小屋とかはトイブロック「農場制作キット」で作って具現化させよう。料金は1回分で良いよ」

「「はぁーい」」


 ごちゃごちゃとした後始末を終えると、いつの間にか紫陽花を抜いたところが、草原に覆われているのを見た。少し寂しいわね。

 私はなんだかんだ言って「紫陽花オルタンシア」に情が移ってしまっていたのかしらね。紫陽花が減って寂しいなんて………。

 でも、魔界に帰ればあるのだから、寂しい事は無いはずよ。


 そんな事を思っていると、3人の『テレポート』で、平原に家畜と本人たちが降って来た。ちょっと!?着地点が空中になってるわよ!

「あいたたた………だから高度調整が甘いって言っただろう!」

「「すみません!キャー!家畜の足が折れてないか確認しないと!」


大騒ぎで、私の感傷は綺麗さっぱり吹き飛んだのだった。

ちなみに家畜の3分の1は治療魔法の世話になったと言っておく。


【語り手:ラキス】


 なんやかんやあって、家畜の増量に必要なので、リルとミラと一緒に、家畜市に行くこととなった。まあ、それを見越して家畜小屋も作ったしな。

「ルピスー、お前が一番知識豊富だろう?ついて来てくれよ—」

「はぁ、仕方ないわね。リルとミラ、この店を手伝って得た報酬以外のお金は?」


「病魔退散の功績で、町長さんから金貨百枚づつ貰ってます………ダメですか?」

「大幅に家畜数を増やすなら足りないわ。世話をする者も雇わなくてはいけないし。まあそれはウシャブティを使わせてあげる………料金は貰うけど」

「えっ、私達がやらなくでいいんでしょうか?」

「全部やってたら、あなたは店員じゃなくて畜産農家になるわよ」


 あきれ顔のルピス。それとお金は貸してあげる、と言っている。

「じゃあ、テレポートするわ。皆手をつないで!」

 私達は、さっきの様などじな真似は繰り返さず、市場の死角になる位置にひっそりと出現した。言い忘れていたが、もちろん服は普通のものに変えてある。


 買うのは、アルパカ多めで。ご主人様は、アルパカの毛の手触りがいたく気にいったようで「必ず増やしてね」とのご要望である。

 多分まだ市場に出回ってないと言ったことがあったが、私の間違いだったようだ。

 次に、肉も取れるタイプの羊。羊を捧げるのは鉄板だからね。

 あとは、カシミヤヤギ。ウサギのアンゴラ種。

 オルタンシアは割と寒い所にあるので、寒冷地の動物でも大丈夫だ。


「君達、育て方は分かってるよね?」

「はい、「人形の茂平さん」に習っています。あ、お代はちゃんと払いましたよ?」

 たしか畜産や農業をサポートする人形だったか、まあ分かっているなら良し。

「帰ってウシャブティを受け取ろう。ルピス、帰るよ!」

 

「はいはい、帰りも私が『テレポート』すればいいのね」

 諦め顔でルピス。魔女フランチェスカにテレポートを教え直してもらいなさい、とお小言を言っている。まあまあ、初心者に複数テレポートさせたのも悪かったしさ。


 帰って来た。ちゃんと応接室に出る。

「ウシャブティを持って来るよ」

 私は屋根裏部屋へ行き、4体のウシャブティを取って持って来た。

 もちろんコピー「(今回は)並」を使ってだ。

 コピーが効かない魔道具は、うちの店では私達機械人形アンドロイドだけだからね。


「さあ、2人共、2人の名前をウシャブティに書き込んで」

「「はーい!」」

 連名で文字を書き込む。男女2体づつのウシャブティはムクムクと大きくなった。

「「「「お嬢様方、これより末永くお仕えいたします」」」」

「「は、はいっ。よろしくお願いします」」


「良かったね、名前も付けてあげたら?」

「えと、じゃあ彼がジョーで、あなたがジェット(リル)」

「それじゃあ、彼女がニーナで、あなたがフィスタ(ミラ)」

「「人形の茂平さんが平原にいるから、いう事を聞いて頑張ってね!」」

「「「「承知いたしました、お嬢様!」」」」


 古風な服を纏ったウシャブティ達は、静かに「オルタンシア」の裏口に向かった。


 そしてリーンゴーンと鐘が鳴る。


【語り手:ルピス】


 鐘が鳴った瞬間、私とラキスは即座に透明化した。接客はリルたちの仕事だ。

「いらっしゃいませ、お客様。応接室にどうぞ」

 とリルが言い、ミラは素早くキッチンに向かう。連携が取れているわ。


「はぃ………」

 長い黒髪のお客様は、鼻の辺りまで前髪を伸ばしていて顔が見えない。

 さらに喋る声がとても小さい。

 応接室でお茶とお菓子が来ると「どうも………」と、言ったっきり。

 一応食べてはいるようだけれど………。


「ええと、今日はどうなさいましたか?(リル)」

「何でも願いが叶うのよね?」

「はい、大抵のことは………(ミラ)」

「なら、私に人じゃない話し相手を頂戴。ダメなの、人間と話すのは。でも犬や猫となら話せた、けど私と話した動物を、両親は殺したわ」


「私は物に喋るしかなくなった」

 そういう割にはよくしゃべるわね………と思った後、わたしは気付いた。

 彼女はティーカップに向かってしゃべっているのだ。

 多分リルとミラの声もそこから聞こえると思い込んでいるのね。


「物に喋るのは大変。無口だから。だからちゃんと喋る無機物の友達を私に頂戴」

「わかりました、取って来ますので、少々お待ちください」

 そう言って奥に引っ込むリルに、私はついて行った。姿を現して

「リル、多分「何でも喋るラジオ」を持って行こうとしているわね?」

「?はい、適任だと思うんですが………」

「親に壊されたら?あの子は多分、ここにもこれず立ち直れなくなるわよ」

「あっ………」


「ガチガチの実のしぼり汁を塗っておきなさい。オリハルコン並みに丈夫になるから。水没や火炎も平気になるわ。それと、取られた時の事を考えて、呪いをかけておきなさい。スタンダードな手放しても戻ってくる奴よ」

「………(ちょっと絶句してから)わ、分かりました」

 返事を聞いて、私は元通り透明化した。


 「何でも喋るラジオ」は、いくつか種類がある。私達の使っているラジオは、コミカルでお茶目な関西弁だが、リルは女の子タイプのピンクのラジオを「上」のコピー呪文をかけて、複製をゲットした。


 戻って来てお客様に「起動方法」と「お休みモード」方法を告げる。

 お客様は恐る恐る、ラジオのスイッチを入れた。

「はあーい!おはよう!貴方がご主人様ね!よろしく!」

「………ご主人様でなく、友達になって欲しいの」

「OK、OK、まかせんしゃい!」

「嬉しい。わたしはパミーナよ」

「あたしの名前はあなたがつけてよ!」

「じゃあ………ダイヤモンド。永遠不滅だから」

「キラキラしたええ名前やね!」


「お客様、こういう強化を施しておきましたので、ラジオはまずあなたの元にあると思っていいと思います」

 彼女はここに来て初めてリルたちを見た。

「心配していたの………ありがとう」

「「はいっ」」


 お代を払ってお客様は帰った。

「じゃあ、お客様の様子を「何でも喋るラジオ」に報告してもらいましょう」

「お、なんや、今日は妹にもワイにも喋らせてもらえるんかいな?」

「私達は、水鏡よりあなたがいいの!」

「くぅー!嬉しいねえ。ほんじゃ彼女の未来を報告や!」


「彼女とダイヤモンドは、ずーっとイチャイチャしとるで。

 親も、予想通りの事をしたんやけど、ダイヤモンドは彼女の元に帰っとる。

 これはこれでひとつの幸せやないやろか?

 まあ、結婚もせず子供もいない晩年を送るけど、

 彼女はダイヤモンドさえいればいいって感じや。

 彼女の寿命が尽きた後、一緒に埋葬されて、彼女の魂は幸せそうやで」


「良かった、アフターケアが必要かと思ってたのに(リル)」

「本当に物が好きだったのねえ(ミラ)」

 私たちは姿を現す。

「本当にね、ややこしいお客さんが来たと思ったもの」

「結果オーライだね」


 オルタンシアの未来も、結果オーライと言えるかしら………?

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