第28話 さっきゅんの香水

【語り手:】


 7月。

 やることはいっぱいある。今日はリルとミラのお引越し。

 お引越しの手伝いにやって来たわよ。


 オルタンシアに引っ越すのだけれど、場所は今まで私とラキスが使っていた部屋。

 既に綺麗にして、魔界の仕事仲間(メイドとか執事とか庭師とか)が住んでいる地下 の使用人室に部屋を移している。

 けして狭くはない、広いぐらいだ。空間が拡張&歪んでいるので外だって見える。


 場所だって窓が大きく取れる角部屋をご主人様が用意して下さったし、広さも普通 に貴族の部屋だと言われても通用するほど。

 私達が「準備金」として貰ったお金を使えば、かなり贅沢な部屋にできるだろう。

 でも、家具は今のを持って行っていいと言われた。

 だから買い足す物は正直あまりないと思う。

 大浴場と広い洗面室があるから、そこに持って行くお洒落な道具くらいね。


 なので、ラキスと相談してリルとミラのためにお金を使った。

 好きな物をカタログ化して封じられる「封印の書」と好きな物をカタログから実体化でき、その時点で課金する「買い物カタログ」

 封印の書を2人で買い、カタログは二人で使える額をチャージじておいた。

 私たちの分は、通常のお給料程度だけ残したわ。


 リルとミラは私達が指示しておいた通り、荷造りなどはせず家の前で待っている。

「「あ、ルピス、ラキス!」」

「指示通り、待ってたようで大変よろしい」


「今日はね、どうしても持って行きたいものだけ餞別して欲しいんだ」

 そう言ってラキスはページの白い本を二人に渡す。

「これは「封印のカタログ」

 これに、どうしても持って行きたいものを封じて持ってお行き。

 これに触れさせながら封印シールというだけでいい。

 出す時は解放フリーというだけ。

 それから、部屋はちゃんと片付けて空にしておいたから………」


 今度は私が「女の子に贈るお部屋カタログ」を2つさし出す。

 「これ、魔界の「買い物カタログ」よ。

 今使っている物よりずっと上等な品ばかりだから、大きな物はこれで買いなさい。

 私とラキスが金額チャージしてあるから、まず足りなくなる事は無いと思うけど、足りなければお給料の「魔界通貨」を使いなさいね。溜まって来てるでしょ?

 買う時は「試し置き」で実体化。ホログラムで出るから移動させるの。

 位置が決まったら「確定」で購入「キャンセル」で本に戻るわ」


「うわぁ、ありがとう!(リル)」

「ラキスとルピスは店から居なくなっちゃうの?(ミラ)」

「まだよ、ちゃんと魔界から出勤してくるわ、三月まではね」

「そう、3月までだ。だからこの引っ越しも気合を入れるんだよ」

「「はい!」」


 牧場はもう移転しているので、まずは2人がどうしても手放せないものを「封印のカタログ」に入れてしまうのを待つわ。

 2人は実家の思い出の物、支給されたドレス等を仕舞っている。日記帳とかもね。

 

 本は、独自に入手したもの以外は、店にオリジナルがあるから入れなくていいわ。

 1時間もしたらカタログに入れる物は終わった。

 これはいくら使っても料金は発生しない。

 だから、2人へのプレゼントとして大切に持つよう2人に言った。

 

 それが終わったら私とラキスで家を消滅させる。

 空いた敷地にラキスが「トイブロック」を設置、実行。

 愛らしい小さな家が誕生した。そこに蔦薔薇の種を植え急速成長させる。

 あっという間に青とピンクの薔薇に覆われた家の出来上がり。

 植えた薔薇は魔界の品種のもので、通年咲いているわ。


「リル、ミラ、ここに案内役兼、ハーレイの町との連絡役のウシャブティを置くわ。ウシャブティの背中に名前を」

「「はい」」

ウシャブティはすぐに穏やかそうなおばさんの姿になった。

「ここはお任せください、お嬢様方」

「「お願いします」」


「さあ、この小屋の横の小道が「オルタンシア」に続くようになっているわ。もちろん元の通り世界中の森がつながっているわよ」

 私とラキスは2人をそれぞれ自分の部屋になる場所に導いた。

 

 これから、気が進まないが必要な儀式が待っているのよね………


 私はリルの担当だ。

 まず、目の前で起こっていること以外に考えがいかないような呪文をかける。

 キョロキョロしているリルにこちらを向けと告げる。

 リルに見えているのは、何故か私の腕の中にはミラの姿があること。

 私はよく見えるようにミラの頸動脈をかき切る。流れ出ていく血と命。

「リ………ル」

 そう口にしてミラはこと切れた。私は床に死体を置き、自分にキュアをかける。


「え………なん………で?なんでですかっ!?ミラ、ミラ!?」

 しゃがみこんで死体を抱き上げるリル。

「私達は次代の、店員じゃなかったんですか!?」

「それは一人で良いのよ」

「そんな………でも何も殺す事は………」

「情報をもらす訳にはいかないからね、リルは合格よ、おめでとう」

「………そんなの、喜ぶわけないじゃない―――!」

 リルが叫ぶと部屋の中に嵐が吹き荒れた。私は自分に結界を張る。

「ミラ、ミラ、愛していたのよ!絶対に私が生き返らせるわ!」

 強くなる嵐、もう一押しね。

「それには私を倒す必要があるわね」

「ミラ………少し待っててね」

 髪を振り乱したリルは、箒を杖に変えて、私に攻撃魔法を放つ。

 これは―――くっ、合格ね!

 私は部屋の隅に激突し、動けない「フリ」をする。

 リルがさらりと「物質創造」した短剣で私を貫き―――


「合格よ、リル」

 ダメージを感じさせない声で私は言う。

 感じさせないだけで、さすがにないわけではない。

「まだそんな事を―――」

 もう一撃入れようとするリル。勘弁して欲しいわね。

「いい、落ち着いてミラを見てみなさい」

「―――?―――え?まさか………人形………?」


「そう、死体は偽物よ。―――上級魔女になる条件って知ってる?」

「知りません………自分で調べろってフランチェスカ先生も」

「一定以上の能力であること。………そして大事な者を失う事よ。

 いい、もう一回ミラを出すわ。私の全力でね。どう見えるかしら?」

「………何か、違和感があります。」

「―――合格ね。あれも、これもダミー。貴女は見事、上級魔女になったのよ。

 魔力にも気分にも違いが出ているのじゃなくて?」

 私はリルの乱れた髪を直し、結び直してやりながら言った。


「なんだか落ち着いた気分です、とても。魔力は以前とは比べるのもおかしいほど。

 ルピス、本物のミラを無くす前に私を強くしてくれてありがとうございます。

 私、これから自分に何ができるか試してみます」

「じゃあ隣の部屋に行きましょう。廊下でミラが待っている気配がするわ」

「はい、私にも分かります」


「リル………」

「ミラ―――」

 廊下に出ると、彼女たちは抱き合ってキスをした。ミラは泣いているわ。


(ラキス?ミラは何か変わった?リルはかなり落ち着いたようなんだけど)

(いや、あまり変わってない、普段はね。でも本気になるとかなり凶悪だと思うよ)


【語り手:ラキス】


「ゴホン、2人共、愛は確かめ合えたかな?」

「もとはと言えばラキスとルピスのせいじゃない!」

「ミラ、結果的には恩を受けたんだからそんなこと言わないの。

 私たちの愛はゆっくり確かめ合えばいいじゃないの、ね」

 囁くようにリルが言うとミラが赤くなる。

「リ、リルは何か雰囲気変わったよね」

「私は私のままだけど………妙に落ち着いた感覚はあるわ」


「さあ、「女の子に贈るお部屋カタログ」の出番だ。2人共、部屋を整えないとソファで寝る羽目になっちゃうぞ」

「そもそもこんなものを自費でくれているんだから、殺すつもりがないってすぐ分かったはずなのよね。反省するわ。でも騙されないと上級魔女にはなれなかった」

「………言われてみればそうだね!リルは本当に落ち着いたねえ」

「上級魔女になったからかしら?気分が凪いでいるのよ」


 そう言い合って各自の部屋に入り直す2人。ただ、ダミーとはいえ相手が死んだ部屋で寝るのはちょっと………と、部屋を交換していたが。

 そんなものかな?私達は恋人ではないが、ルピスの死ぬところを想像してみる(難しかったが)と、なんとなく2人の気持ちが分かったような気がした。


 ちなみに、二人が部屋を完成させるのは深夜になってからだった。

 リルは、ブルーとクリームイエローに彩られた大人の部屋に。

 ミラは華やかなピンクとフリル一杯の部屋に。

 完成を見届けて、私とルピスは魔界に帰った。


 そう魔界こそ故郷。リルとミラは魔女だが、私達は人間ではなく悪魔。

 機械人形アンドロイドの悪魔なのだ。

 捨てられて、憎悪の念を膨らませ「戦魔領」に堕ちた私達。

 暴走する私達を止めて下さったご主人様。

 この人について行きたい、この人ならと思った。

 ご主人様は「君たちが必要だ」と言って下さった。なんて至福の言葉!

 その日から私とルピスは、ご主人様の忠実なシモベ。


 ルピスとリルとミラ、彼女らを思い浮かべながら私はスリープモードに入った。


 次の日居間でお茶をしている所に


 リーンゴーンと鐘が鳴る。


 お客様だ!私とルピスは即座に透明化する。

 「ミラ、お茶!多分お菓子は要らないわ!」

 リルがそういうのも無理はない。お客様はひじょ~に豊満な女性だったからだ。

 だがその割に、非常に露出度の高い恰好をしているのが気になるが。

 そしてリルと私の予想は、うすうすあったが悪い方向に外れた。


 彼女はお茶に文句を言い、自分の好きな銘柄の紅茶に入れ直させた。

 茶菓子を出すように命令し、出した茶菓子を貪り食い、お代わりまで要求した。

 黄金のアップルパイを一人で平らげたのである!

 史上最悪なお客様?と言って差し支えなかろう。

 彼女が言うには自分は大変魅力的なのだそうだ。それに自分は侯爵令嬢。


 なのに男性たちが自分に振り向かないのは理不尽だというのだ。

 男性達がおかしい、目が曇っているからガリガリの小娘の尻を追いかけるのだと。

 だから彼らが自分の魅力に気付くように「手助けを」して欲しいというのである。

 具体的にはメロメロになるようにしてくれと。

 

 リルは処置なしという顔で「使用回数がありますが、魅力に気付くにはこれで十分でしょう」と「さっきゅんの香水」を渡した。

 淫魔の精気が封じ込められたものでつけた相手に文字通り男はメロメロになる。

 わざわざ使用回数を制限した物を渡したのは、後の惨事を軽くするためだろう。


「無くなったらご足労願うっていうの!?殿様商売なのね!」

 とか言っていたが、ブラックリストに入れておいた(リルとミラにも使い方は教えた)ので、2度とこの店を見つけるのは無理だろう。

 というか手助けとか言っていたのに、頼り切る気満々じゃないか。


 どう考えてもこれだけでは終わらないだろう。

 次に来る依頼が思いやられるなんて初めてだった。

 

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