第16話 風の神の革袋
~語り手・ルピス~
3月、水ぬるむ季節。または早春。
「そこ、床を掃きださない!」
「だああっ、飛ぶな、飛ぶなってば!」
私達が何をしているのか、ですって?
見ての通り物置小屋の掃除です!中でも魔女たちのほうき!
ラックに入れてしまえば大人しくなるのだけれど………
出すとアクティブに動き出すのが5本ぐらい。
1本目は、掃除を始める(あなたを掃除しに来たのよ!)
2本目は、跳ね回りながら飛んで、悪戯する(やめて!危険な魔道具もあるのに!)
3本目は、カッ飛んで行って、部屋を破壊する(ラキスが抑えているわ!)
4本目は、超高速で外に飛んで行こうとする(私が抑えてる!)
5本目は、くねくねと踊り出した(なんで?)
悪戦苦闘しながら一旦ラックに戻す。そして1本1本綺麗にする事にした。
持ち主だった魔女の個性が激しいったらありゃしないわ。
まず、掃除を始める子ね。
ラキスに固定してもらってセーム皮(鹿革)で丁寧に拭いていく。
イヤイヤしてたのがおさまって来たわね。
あとは箒部分を丁寧にほぐし、埃を掃除機で吸い取っていく。
仕上げにぬれタオル(温水)をきつく絞った布で、箒部分を丁寧に拭いて終わり。
気持ち良かったのか箒は大人しい。
同じような過程で、残り4本の問題児を綺麗にする。
みんな、優しく撫でるように掃除していたら大人しくなったわ。
そして残りの20本も綺麗にしていく。バラエティー豊かな外見と能力。
ただ飛ぶだけのものも多いけど、中には超高速で飛んだりするものも。
古い物から真新しいものまで。ご主人様が魔女と交渉して買ったものがほとんど。
移動能力をお求めのお客様に人気の品です。
私達?私とラキスには自前の翼があるもの。金属製だけど空を飛べるのよ。
そう、私達は人間じゃあないわ。悪魔の
私は
自分たちを捨てた人間に怒り、憤怒の罪で悪魔に堕ちた。
魔界で自我を失って大暴れ(なりたてでは結構多いらしい)していた。
それを下す事で、ご主人様が正気に戻して下さった。
私たちは仕える喜びを取り戻したのだった。
体はより完璧なものに作り変えてもらったわ。
そして、まず研修をとこの「
魔道具の代金にご主人様(ヴァンパイア)の飲む血をいただきます。
ただし了承のない相手とは売買を成立させることはできません。
そんな魔道具屋に配属された悪魔の
私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身
自己紹介はこれくらいにして。
物置小屋をざっと掃除して回り、魔道具も、そうでないものも磨き上げる。
網だの、落ち葉満載の籠だの、拭けないものは『クリーン』でホコリを取る。
まったく、私達もこの手の作業に慣れてきたものだ。
魔法の一切使えなかったラキスが、生活魔法なら使えるようになったのだから。
「だあー!やっと終わった!」
掃除道具ごと自分の体を床に投げ出すラキス。
「確かに床もピカピカだけれど、実験しなくていいのよ?」
「してないよ!そりゃあ私も物の一種ではあるんだけどさ………」
「そうね、流石に掃除道具と同列は嫌だわ。起きなさい」
「ルピス―、お腹減ったよー、喉かわいたよー」
「暖かいおかゆでも食べる?飲み物は暖めた麦茶でいいわね?」
「たべるぅー」
早く用意しなくては。ラキスが幼児退行している。
というか、私達は子供時代なんてないのに、どこでその芸を身につけたの?
台所に直行して「魔女のおかゆ鍋」を火にかける。
ぐつぐつとおかゆが煮える音。
「魔女のおかゆ鍋」は、無限に美味しいキビがゆを作ってくれるアイテム。
ただし扱いを間違うと、家がお粥に沈むから注意!
さあ、出来上がったわ、勿論2人分ね。暖かい麦茶もある。
「はい、ラキス」
片手で私を拝んでから、ラキスはパクパクとお粥を食べだした。熱くない?
私もその横で食べる。うん、美味しい。
ラキスは結局3回もお代わりをした。私も1杯だけ………。
休憩が終わり、片付けも済ませたところに、いつものタイミングで鐘が鳴る。
リーンゴーンと鐘が鳴る―――。
~語り手・ラキス~
「ここは「願いを叶える魔道具屋」であるという看板に偽りはないか!」
「大抵の願いは叶いますわ、お客様」
ルピスが猫をかぶっている。猫が大人しいうちは私は口出ししないでおこう。
「どうぞ願いを仰ってください、相応しい魔道具が必ずあるでしょう」
その、やたらと立派な騎士の鎧を着た、いけ好かない男は続ける。
「ふんっ、こんな怪しい店に、俺の願いを叶えるものなどあるとは思えんな!」
「そうですか?あると思いますよ?言ってみて下さい」
男を応接間に案内しながらルピス。
「ではどうせ無理だろうがお情けで言ってやる。次の作戦で俺を勝たせろ!」
「もうちょっと詳しく言って貰わないと分かんないんだけど」
しまった、口出ししないつもりだったのについ出ちゃった。
「なにぃ、この無能が!城下町の攻略に決まっておろうが!」
「分かりましたわ、ちょっと魔道具を取りに行ってまいります。お代金の説明をラキスから受けて下さいね」
ルピスが魔道具―――どれにするのか知らないけど―――を取りに行っている間、私はソファの中心にどっかりと座るオキャクサマに料金の説明をしないといけない。
「うちの料金はお客様の血です。ヴァンパイアが飲むためのもので、コップ半杯ぐらい。1個につき一回。気に入らなければ遠慮はいらないから帰ってください」
「キサマ!客に向かってなんという―――」
客が怒るうちに私は背後に回り込み、腕を極める。
「このままへし折られたくなかったら―――また魔道具が要らないなら―――出ていけ。魔道具が欲しいなら態度を改めろ」
「キ、キサマ………」
私は少しだけ力を入れた。
「わ、わかった!払う!払うから私から離れろ………てください!」
よし。やや不満だが、払うというなら客扱いはしてやろう。
「受け入れありがとうございます。お客様」
ルピスが帰って来た。ナイスタイミング。
「料金の説明はしといたよ」
「ありがとう。お客様、こちらは「風の神の革袋」といって、特大の台風を封じ込めたものです。目的の場所に向けて革袋を開くだけで、大災害が町を襲うでしょう」
「おお!その隙に制圧してしまえばいいという事か!」
それはただの弱い者いじめだと思うけど?
客は採血をして帰った。
「こんなの上納したらご主人様、怒るんじゃない?」
「もちろん先にお伺いをたてるわよ。要らなければポイね」
「はあー。しょうがない」
私はそう言ってカウンターの裏から丸盆を出してくる。
それにルピスが純水を注ぐ。盆は水鏡になった―――
さっきの客が自分の率いる隊のメンバーに演説をぶっている。
「我々はぁ必ず勝つ!何故なら、神にこれを授かったからだ!」
おいっ!誰が神だ!いくらなんでも起こるぞ手前っ!!
ラキスも冷たい笑みを浮かべている。
「いくぞぉぉ!」
客(と言いたくないが名前を聞いてない)はそう言って標的らしき石造りの町に向けて、革袋の口を開く。
轟っと風が渦巻き標的の町で弾け、暴走した。
凶暴なハリケーンがひとつ解き放たれたのである。
台風は2日でおさまった。街の様子は惨憺たるものだ。
そんな街の大通りを、意気揚々と進軍するピカピカ鎧の1団。
目についた人間は、兵士でなくとも馬上槍で突いて殺していく。
そこの領主館(壊滅的ダメージをこうむっていた)を制圧するのは簡単な事だった。
敵の騎士団は、救助活動で分散していて機能していなかった。
目についた敵は皆殺しで、領主の首を―――その妻の目の前で―――取って勝ち誇っている。幼稚で醜悪、見苦しいとはこのことか。
「ルピスー。アイツ絶対また来るよね。今回のと同じようなの渡すの?」
「いいえ、あいつには間接的にせよ、ご主人様を神なんかと同一視した罪があるわ」
「よかった、なら、こいつのクソ腹立つ言動も罪に入れておいてね」
「勿論よ」
リンゴンリンゴン!!!その2週間後、けたたましく鐘がなる。
「おいっ!これはどういう事だ!!」
真っ赤な顔で、「風の神の革袋」を振り回す男。
「何がでしょうお客様?」
「ふざけるな!台風が出ないではないか!」
「使いきりなので当然です」
「ふざけるなと言っている!だったらあるだけ寄越せ!」
「(中身の台風が)同じものは、もうありません」
「なら代わりを寄越せ」
「対価を支払っていただけるならご用意しましょう」
「ふざけるな!俺はこれを使おうとして恥をかいたんだぞ!タダで寄越せ!」
「………分かりました、しばしお待ちを」
私は客を見ていると暴走しそうだったので、明後日の方を向いている。
バカな奴、正規の料金を払わず奪っていったらどうなるか、思い知るがいい。
やがて、ルピスは真っ黒な人型のあみぐるみを持って帰って来た。
「「病の人形」です。投石器か何かで、町の中央に投げて下さい。すみやかに疫病が広まります。疫病は致死性のもので、治す手段は普通にはありません」
「それでいいんだ。これは使いきりではないだろうな」
「「放り投げる」という条件が満たされている限り何度でも使えます」
そう言えばルピス、投げて道具箱に入れかけてお手玉してたっけ。
1週間ほどして、頃合いだという事で水盆を作る。
標的の町は、病に沈んでいた。
あの人形の出す伝染病は、空気感染の
どれだけ凶悪かは想像だけでも分かると思う。
そこに、敵が壊滅したからと言ってのこのこ入っていく軍隊。
前ので出世したのかね、人数が増えてるがそれは獲物が増えただけ。
数名に症状が出た段階で、一旦町の外にひいたのは賢いよ。
でも、症状の出た人はもう助からない。
ねえ、
「後であの人形、回収に行かないとな」
「そうね、役目は果たしたのだし」
私とルピスは満足気に微笑んだのだった―――
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