第12話 プリマベラの香水
~語り手・ルピス~
10月。秋真っ盛り、読書の秋ね。
私とラキスは本を整理していた。
この書庫は地下にあり、広い部屋に壁に沿って天井まで本棚なのよね。
しかも天井の高い事。浮遊の呪文がないとやってられないわ。
浮遊の呪文が使えないラキス(ラキスは何故か魔法を使えない。その代わり魔法が効かない)は、「浮遊の指輪」という簡単な魔道具を使って仕事している。
もちろんほとんどが魔法の本だが、今までは種類ごとに分けていなかったので、うっかりミスが起こりそうな雰囲気だった。
読むと本の内容にかかわらず、特定の効果のある”魔”本。
本の世界に出入りできる魔法の本。
本の内容を理解すると特定の魔法を使えるようになる魔術書。
魔法の世界の物語がつづられている本………などなど。
ここに良く来るのは(スジュールの寝物語に登場した)リルなので、魔法の世界の物語がつづられている本は、彼女の顔が来る位置に。
”魔”本の類は最上段だ。浮遊の呪文がないと届かない位置に。
リルは簡単な魔術書なら読めるようになっており、浮遊の呪文も覚えてるけど、一応、上の方は気を付けるように注意しておこう。
中段―――これも浮遊がないと全部は見えない―――には魔術書を。
その上には、本の世界に出入りできる本を。
下段は、普通の、様々なジャンルの本。様々な図鑑が多いわ。
ん?ドサドサバサバサ?
ああ、ラキスが本の雪崩に埋まったわね。
1冊引き抜こうとしたら、他の本もついてきたみたい。
ちょっと!出入りできる本に頭が入っちゃってるじゃない。
仕方がないので、下りて行って顔を引き抜くわ。
ぷふぁっとこっちの世界に戻るラキス。
「参った、行った先が海底で………塩を落とさないと錆びる!」
「はいはい、『ウォッシュ』『ドライ』………頭にワカメがついていたわよ?」
「うへえ、書面に変な記述増えてないだろうね?」
「さあね。それより雪崩てきた本、ちゃんと分類整理してよね」
よっこいしょ、と体の上の本をどけて立ち上がるラキス。
「ここは本が多すぎるんだよ………ご主人様は本当にこれ全部読んだのか!?」
「そうでなければ、写本とはいえうちに回ってこないわよ」
ラキスもぶつぶつ言いながら本を収納し直したようだ。
なんだかんだ言って、私達は分類作業は得意なのだ。
だって私とラキスは人間ではないから。
私たちは「オルタンシア」に咲く
麗しの
人間に用済みと捨てられて、強い悲しみと怒りから「憤怒」の罪に堕ちた私達。
魔界で暴走していた私達を、ご主人様が止めて下さった。
その上、私たちが必要だと言ってくれた。
そして私たちは
私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身
そして、書庫の整理が完了する。
お風呂に入って服は洗濯と言いたいところだけど、今は営業中なのよね。
「『キュア(ゴミ、汚れを取る魔法)』」で全部ホコリを取って終了よ。
私たちは汗をかかないから、これで終わってしまうのよね。
リーンゴーンと鐘が鳴る―――
あら?お客様だわ。
私とラキスは慌てて店頭に行く。
実は応接室を新しく作ったので―――元物置―――店頭には椅子と机がないのだ。
早くお客様を案内しないと―――あら?
「リルじゃない、元気が無さそうね、どうしたの?」
彼女は暗い表情のまま。
「リル、いつも元気なのに珍しいな、どうしたんだ?とりあえず新しく作った応接室でお茶とお菓子にするか?」
「うん………」
やっと喋ったわね。私たちはリルを応接室に案内する。
「使うのはリルが初めてなんだぞ」
3人掛けのソファーが2つに、その真ん中にはティーテーブル。
お客さんが増えた時用に、4脚ほど1人がけが壁に沿って並べてあるわ。
3人掛けのソファーの真ん中にリルを座らせる。
本当に大人しいわね、あれは何か悩んでいる顔よ。
お茶とお菓子を用意してあげてから聞いてみましょう。
さて、何がいいかしらね。
気分が沈んでいるなら抗うつ、鎮静効果のあるオレンジピールにしましょうか。
毎度のことだけど、淹れるのは「ハーブティーメーカー」にお任せ。
「オレンジピール」と書いた紙を「ハーブティーメーカー」に入れる。
その間に………今日はパウンドケーキの方にしましょうか。
「黄金のパウンドケーキ」を3人分切り分け、クリームを添える。
応接室に戻ると、うつ向くリルと、こちらを見てほっとした顔のラキスがいる。
なるほど、リルが喋らないから気づまりだったのね。
私は無言でお茶とお菓子をテーブルに置く。
やっとリルが顔を上げた。お茶に手が伸びる。
しばし無言のお茶会が続いたが………。
最後のケーキを食べ終わった後、リルが喋り出した。
「あのね、お姉ちゃんたち。私にはお姉ちゃんがいるの。17歳なんだけど………」
あの本を読んでから2年過ぎてるから、リルは14歳。いてもおかしくない。
「お姉ちゃんは小さい頃から病弱だったんだって。今も寝込んでて、窓から見える小さな庭園が楽しみなんだけど………お医者さんは治らないって………。なのにお姉ちゃんの楽しみにしてる、小さな庭園が、枯れて枯草だらけなの………お姉ちゃんはこの花壇みたいに私も死ぬんだって、言ってて。お母さんは秋冬の花を植えるわって言ってるんだけど、腰を痛めててできないの!」
「そうなのね。リルはどうしたいの?」
「魔術書に、花を咲かせる魔法ってないかな?」
「リル。ある事はあるけど、あなたの魔力じゃ花を十本ぐらいがせいぜいよ。本格的に魔力を引き出す訓練は、したことがないでしょう?」
「したことない………お姉ちゃん教えてくれる?」
「構わないけど、それじゃ今回の件には間に合わないわね」
泣きそうになったリルに私は微笑みかける。
「ここは魔道具屋よ。花を咲かせる魔道具ぐらい置いてるわ」
「本当!」
「本当よ、取りに行ってくるわね」
わたしは、裏庭の小さな庭園へ行く。
ここも、秋冬の花に入れ替えが必要ね。枯れているわ。
目的の物は、木製の倉庫の中にあった。
ピンクのボトルに入った大きな香水瓶から、中ぐらいの香水瓶に中身を移す。
「プリマベラの香水」枯れた花を1年間、枯れぬ花にする香水よ。
大きな香水瓶の中身は、減った分だけ元に戻る仕組みなの。
「さあ、リル。これを持って行きなさい」
私は、陶器で出来たピンクの香水瓶をリルに渡す。
「使い方は?」
うん、1度失敗してから必ず聞くようになったわね、偉いわよ。
「枯れた花に、まだ花がついているようなら花に、落ちてしまってないなら落ちた茎にかけるの。雑草を復活させないように気を付けてね。」
「わかった!代金はいつものやつでいいのね?」
「ええ、採血させてもらうわね」
「ねえ、これを飲むヴァンパイアさんってどんな人?」
「素敵な人よ、とってもね………はい、終了」
「いつか、会ってみたいな」
「リルが、このまま魔法使いになったら、会えるかもしれないわ。定期的に採血するのが嫌でなければ、誰か派遣してもらうよう頼むけど?」
「魔法使いになりたいわ」
「なら、話を通しておくから、近いうちにまた来なさいな」
「うん!」
~語り手・ラキス~
リルは帰って行った。
私が大盆を取り出し、ルピスが水を張る。
「なあ、ルピス」
「何?」
「魔法、何でお前が教えないんだ?」
「………わたしは魔法使いと言われるほどの実力はないのよ?便利魔法と、暗殺に使える魔法がほとんどね。教えるのには向かないの。………一緒に習おうかしら?」
「ふうん、そうだったのか。わたしは教えられても使えないしなー」
「バカなこと言ってないで、はやく水盆を見なさい」
「はいはい」
帰るとすぐに、リルは問題の庭園に行った。
言われた通りに花部分に香水を吹きかけていく。
すぐに庭園は色を取り戻し始めた。
この庭園は、チューリップの庭園だった様だ。
そりゃあ枯れるわな………納得。
姉の部屋に走って行って、ベッドサイドの窓を開けるように頼むリル。
「え、でも………」
「大丈夫だから!」
おそるおそる窓を開けると、そこには色彩の波。
「ああ………綺麗だわ。ずっと咲いていて欲しい」
「お姉ちゃんが咲いててほしい時は、リルが咲かせるから大丈夫だよ!」
「ありがとう、リル」
だがその夜、姉の容態は急激に悪化した。
急きこんで血を吐き、高熱を出して寝込んだのだ。
「おねえちゃん!なんで………」
リルは家を飛び出した。森に向かってつっ走る。
その先は―――オルタンシア。
リンゴン!
激しく扉が開く。そこにはリルの姿。
「お姉ちゃんを助けてっ!!」
「病気を治したいんだね?」
「そう、そうよ。でないとお姉ちゃんが死んじゃう!」
「そこで待っていなさい、道具を持ってきましょう」
「リル、最初からそう要求すればよかったんだぞ?これからもうちに来るなら、悪魔との付き合い方をもっと覚えるべきだ。魔法使いじゃなく、魔女の修練を積むか?」
「ここに来るのは止めない。要求方法を考えない私が悪いの。私、魔女になるわ!」
「そうか………リルに呼ばれる日が楽しみだな」
「さあ、持って来たわよ「病気を吸い取る人形」」
布と毛糸で出来た、女の子の人形。ごく普通のものにも思える。
「使い方は?」
「使いたい人―――お姉さんの側に置いて念じるだけだ。○○さんの病気を貰って下さいってね。病気10回分に効果があるよ」
「すぐ持って行きたいから、早く採血して!」
採血が終わると、リルは「オルタンシア」を飛び出て行った。
「あの子は魔女になるそうだよ」
「リルならありえるとは思っていたわ」
「ご主人様に相談しないとな」
それだけ言って、わたしは水盆を覗き込んだ。
リルは夜の森を走る、お姉さんの為に。
家に飛び込んだリルは、お姉さんの部屋にそっと入った。
両親と医師がダイニングで深刻そうな話をしていたが、今のリルは気にしない。
お姉さんの枕元に人形を置いて、言われた通りに念じる。
みるみるうちに、お姉さんの状態は良くなっていった。
リルは人形を持って自分の部屋に引き上げていく。
私は魔女になるんだ、と呟きながら。
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