第12話 捕らえられない犯人。

 麗花はいつもと違う様子に少し違和感を覚えていた。喫茶店に立ち寄る客が全く居ないからだ。客がいないことは喜ばしい。皆が成仏しているということ。暇を持て余して行った玄関の掃除を終え、店内に戻り、店内掃除に取り掛かると背後にドア鈴の鳴る音がした。「お帰りなさいませ御…」と振り返るとそこには誰もいなかった。店内が突如真っ暗になり、浮かび上がる橙色の「啓示」の文字が現れた。店外のOPENの札は勢いよく裏返りCLOSEに。同時にドアノブが消え、壁面はただの塗り壁と化した。


 「人間界で不可解な出来事がある。その実態を知るが良い」


 「啓示」の後には、裁き所の役人からメッセージが聞こえてくるのは通例。天界の良かれと行ったシステムの崩壊が揶揄される問題が取り沙汰されることが多くなっていることに麗花は気づき始めていた。ただ、それを何故、自分に伝えられるかは分からなかった。


 ビユ~ン。


 音と共にキラッと光ると画面が現れた。今までは、メニューボードやモニターが立ち上がるタイプだったが3D映像で現れる進化を見せていた。モニターが現れたのと同時に人間を遠隔操作で動かす必要性を考慮しての試案だ、と聞こえてきた。相手を思いやる気持ちが歪められ暴走し、誤った考えが拡張させられている。領域を明確にしたり、我関せずにて争いを避けてきたものが「欲」や無知なる奢りから宗教戦争を行う愚かさは目に余る。しかし、文明・文化を推進する人間により解決されるものと信じられていたが治まる兆しも見えず、人間の作り出した身勝手な神の順位付けに躍起になっている姿は嘆かわしい。子供達には順位をつけるなと教え、大人は挙って順位の優位性を誇る。その矛盾こそが乱れた人間界の象徴として取り沙汰されていた。

 神々が地球を創造された際、食物連鎖の必要性に辿り着き、弱肉強食の試練を与えられた。弱き者にはその試練から逃れるための進化を齎した。

 乱れた増殖は、聖域を破壊し、混乱と飢饉を招き、滅びへと人間を導く。その懸念から天界の課題となり思案され始めていた。治安が私案となる人間界の管理の限界に一石を投じようとしていた。今まで禁じ手とされていた「粛清」を目的とした遠隔操作による直接介入が議論されていた。

 危惧のひとつとなる象徴的事件の映像が流れ始めた。映像に関して思う事あらば、自由に発言するがよい。それは人間の一般的感情として記録されるものとする。と役人の声が聞こえた。


 1996年7月 少女誘拐未解決事件と記されていた。

 行くへ知れずになったのは、三木谷由香里、当時4歳だった。群馬県太田市のパチンコ店に両親と共に訪れた由香里ちゃん。両親は通路を挟み、別々のパチンコ台で打っていた。


麗花「幼い子にとって冒険心は最初だけ、あとは退屈なだけ。動き回る子供から目を

   離してパチンコを打つなんてどうかしてるわ」

役人「今は珍しくない。元気だった昭和であれば向こう三軒両隣で他人の子供も叱り

   つけ、困っている子には声を掛け、保護もしていた。親も保護した者に感謝し

   ていたものが、今は誘拐と騒がれる。犬猫にも劣ることよ、嘆かわしい」


 父親には通路を走り回る由香里ちゃんの姿が見えていた。昼になると母親と由香里ちゃんは昼食を取りに車に戻るがお腹が空いていなかった由香里ちゃんは、ひとりで父親のいる店内に。母親もそれを追いかけて店内に入った。

 暫くして、パチンコを打つ母親のもとに由香里ちゃんがやってきて、「○○なおじさんがいるよ」と言ってきた。五月蠅い店内で○○の部分が聞き取れなかった。母親は、「絶対ついて行っちゃダメ」と娘に注意を促した。午後1時30分頃、お昼をろくに食べていない娘におにぎりとパックのジュースを渡した。それから10分程経った頃、由香里がいないのと焦った母親から聞かされる父親。すぐさま、由香里ちゃんがいたベンチに向かうと手つかずのおにぎりとパックのジュースだけが残さていた。ふたりは慌てて店内や駐車場・その周辺を探すも由香里ちゃんを発見できず、警察に通報した。警察は直ぐに由香里ちゃん捜索に乗り出すが発見に至らず。その後の捜査で店内の防犯カメラに映る由香里ちゃんに近づく不可解な人物を認識。当時の画像は不鮮明で在り、顔は分からないが身なりと行動は伺えた。その男は、店内に入るもパチンコを打たず、トイレに行き戻ってくるとベンチに座る由香里ちゃんの隣に座り、話しかけていた。その男は外を指さし、由香里ちゃんを外に誘導しようとする姿が確認できた。


麗花「この男が犯人よ」

役人「間違いないが、画像が荒い」


 サングラスにキャップ型の帽子、黒のジャンパー。その後、男が店を出ると追いかけるように由香里ちゃんが店外に出た。


麗花「映像は不鮮明でも犯人は確定ね」

役人「それが警察は捜査に本腰を入れない」

麗花「どう言う事よ」


 事件発生から11年が経過した。


麗花「何よ、それ!警察は無能なの?」

役に「そこが闇の部分だ」


 由香里ちゃんが誘拐された現場から半径10キロ圏内の近隣で同様の手口と思われる事件が複数発生していた。この事実を公にしたのは警察ではなく、ひとりのジャーナリスト・小南史太郎だった。小南は1、984~1990年の間に多くの共通点のある4歳から8歳の女児を狙った誘拐殺人事件が四件起きていたことを突き止める。そこには大きな壁が立ちはだかっていた、足利事件との関係性だった。

 1990年に由香里ちゃんが誘拐された事件現場からすぐ近くで起きた事件であり、犯人は既に逮捕されており、その犯人・木村武は近隣の事件とは無関係とされていた。足利事件、その他三件の未解決事件、そして由香里ちゃんの事件が存在していた。この狭い区域で起きた共通点の多い事件が無関係とされた不手際。そこに潜む闇が醜い。小南は新犯人を突き止めるため、酷似した事件で逮捕された足利事件は冤罪ではないかと考え独自の捜査を展開する。

 足利事件の逮捕に至るまでの経緯については、再現不可能な自白内容と当時の精度の低いDNA型鑑定が決め手になっている疑わしいものだった。着目すべき点は、この事件が日本で初めて裁判の証拠としてDNA型を採用したものであったこと。

 小南は、犯人とされる木村武のDNA鑑定をやり直した結果、犯人とされる人物とは一致しなかった。再現不可能な自白内容から誘導尋問による自白とされDNA型鑑定と合わせて、2009年、無罪判決が言い渡された。木村武は17年の服役が冤罪の被害者として解放された。

 これによって、由香里ちゃんが行くへ不明になった事件と足利事件、その他の三件の五件の事件の関係性が浮上する。


麗花「閉鎖された中での結論の闇ね」

役人「闇は必ずしも悪を表わすものでなし」


 事件の性質から五件の事件は、同一犯人の仕業であることが取り沙汰され始めた。小南は、由香里ちゃんがいなくなったパチンコ店周囲の調査を強化した結果、防犯カメラに映っていた男についての重要な証言を得る。「その男は漫画のルパン三世にそっくりだった」というものだった。小南は幾日もルパンに似ている男を追い求め、事件現場周辺のパチンコ店に張り込みを行った。その結果、そっくりな人物を発見。居場所も突き止めた。その後、群馬県県警に情報提供するが警察は動かなかった。


麗花「えっ?なぜ、動かないのよ」

役人「闇が顕になるわ」


 小南は、憤慨を胸に犯人と思われる男と直接対決に挑んだ。


小南「18年前の事件について伺いたい」


 男は明らかに動揺を見せていたが、「当時の事はあまり覚えていない」と恍け、事件に関する質問に明確に返答することはなかった。


麗花「当時の事はあまり覚えていない…。あまりってことは覚えているが話せないっ

   てことよね。本当に無関係なら平然と知らないと答えればいい。覚えてないと

   言うのは忘れたい、思い出したくないってことでしょ。被害者じゃなければ犯

   人しか思わない事よ」

役人「そちもそう思うか」


 小南は、長時間に及び五件の事件について問い質すと男は、当時、事件現場近くに居たことを認めた。更に五件の内のひとつの辻元麻也ちゃん事件の現場に当日いたことや麻也ちゃんに話しかけたことを認めた。小南は、この男のDNA型を入手。そのデータは犯人とされる者と完全一致した。小南はその結果を持って警察に向かったがやはり警察には動きがなかった。


 小南が特定した犯人を実は警察はかなり以前からマークしていた。しかし、足利事件の捜査の段階で木村武が自白し、犯人と断定されたことで捜査が打ち切られていた。小南が特定した人物は、事件そのものが解決したものとされ、小南が特定しまた警察がマークしていた男が犯人とすれば、犯人と確定した木村武は誤認逮捕で在り、冤罪が明るみに出る。また、DNA型鑑定を裁判の証拠に適応した以上、その間違いを正すことはDNA型鑑定の信憑性に影を落とすだけでなく、採用を遅らせる事にも繋がり、今後の事件の決め手となる確実な証拠を手繰り寄せる機会を失う事にも成り兼ねない。関連する闇がもう一つある。女児二人が殺害される福岡県で発生した飯塚事件があった。この事件も確証がなく犯人とされた男は否定するも自白とDNA型鑑定で有罪が確定していた。その男は既に死んでいた。足利事件冤罪説が浮上した12日後に死刑が執行されていた。それは臭いものに蓋をするという速さで執行された。冤罪事件による死刑施行。取り返しの効かない殺人が国家のもとで行われたかもしれない危うさ。特定しマークしていた男を逮捕することは、法曹界や警察が無実の者を殺めたという事実が公になることを意味していた。

 飯塚事件も足利事件も誘導尋問や供述の強要が疑われる自白と精度の低いDNA型鑑定を証拠に有罪にしていたという闇は、国家として暴かれては不都合な事実だ。

 当然、関連性のある未解決は表上では捜査中だが、今後、天変地異でも起こらない限り人の記憶から消されるのを待つだけの事件となり、実行犯は今もこの国のどこかで何食わぬ顔で生きていると言う事実だけが刻まれている。


麗花「何よ、滅茶苦茶じゃない」

役人「これが人間界の事実だ」

麗花「でも、私に」

役人「大王が、そちから一般人の感情を汲み取ろうと考えてな。この冥土喫茶はそれ

   を目的として設けられた。そしてそちがこの店の管理人として相応しいと判断

   された。管理人を行えば転生は容易には叶わない、が、叶う時期は必ず来る」

麗花「転生しても人間界での行いで裁かれれば、碌な事にならないわね」

役人「任期を満了すれば、酌量処置を大王指示のもと行われると聞いている」

麗花「任期って?」

役人「そちに代わる者を育てた後ということだ」

麗花「育てるって?何をどう?」

役人「それは自分で考える事だ」

麗花「そんなぁ」

役人「そちにはその才能があると大王は考えているということだ」

麗花「進むも留まるも、先は分からない。でも、自分で切り開くチャンスは貰えたと

   言うことね」

役人「まぁ、精進することだ」

麗花「私、頑張る。って何を頑張ればいいか分からないけど、頑張る」

役人「大王が気に入られたのはそういう処かも知れないな」

麗花「どいう処よ」

役人「無駄話は終わりだ。このように悪事を働いたにも関わらず生きている。この様

   な者を解き放つは害にしかならず。それを死神の台帳に優先的にどうすれば載

   せられるかその検討に入ったということだ」

麗花「難しいことは分からない」

役人「そちには関係ないな。ただ、今回のような悪事以外、考え方や薄弱な考え方し

   かできずに声高らかに謳う者も対象だ。そちは、その者が訪れれば何故にその

   ような醜い考えを持ちようになったかを探るのも任期満了に近づけるかもな」

麗花「えっ、それってヒント?ねぇ、そうでしょう」

役人「あっ、いや、私は何も言っておらん。では、精進しろ」


 役人が姿を消すと店内外は通常の装いを取り戻した。麗花にとってはうたた寝の夢のように感じ取れていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る