第15話 道徳という「徳」の有無

 人間界の悪行を戒めようと起こされる大洪水や干ばつ、飢餓、大事件。その傾向に新たな要因が加わった。人災だ。脱炭素と言う聞こえのいい言葉に隠された大きな被害要素。


大王「太陽神の力を見限っておる。神は甘くはない」

仁 「欲を捨てなければ叶わないもの」

大王「自由・平等に胡坐をかいた欲か、見苦しい」


 裁き所は、憂いていた。利益を優先し大気・土壌を汚染させ、神々が作られた仕組みを壊し続ける者たち。壊せば修復する。二度と壊さない術を利害関係を顧みず導入する、それが健全な文明だ。目先の利益に目が眩み、人的被害を増大させる。壊したものを放置し、次世代と環境に大きな負担を負わせる。それを罷り通らせる「欲」の醜さ。

 文明は、徳を積み重ねた文化の上に成り立つ。徳を積むとは、他人を敬い、迷惑を掛けず助け合うこと。自我が強く、聞く耳を持たない者が増大する今の人間界では、徳を積むのは困難になっていた。

 脱炭素の名のもとに賛美される太陽光発電。一度、火災が起きれば燃え尽きるまで収められない。感電の恐れもある。含有物質による土壌汚染もある。対処法を怠り、導入すべきではないことにも気づかないでいる。安易な発想は理解しやすく、遇者の賛同を得て、最善策のような振りをする。


大王「愚かなり。弥縫策びほうさくな美談は破綻の入り口。異国に真実の口とい

   うものがある。詐欺師たちの口車に乗り、手を差し入れれば抜けぬわ。手首を

   失ってからでは遅い。失った損害は補えぬわ」

仁 「人間とは何故に失態から学ばないのか」

大王「欲だ。欲は、洗脳の媚薬よ。真実の口より、目を持つことよ」

仁 「その真実の目とは」

大王「温故知新を愚かにせぬこと。叡智を育てることよ」

仁 「醜い真実から目を背けぬことが大切かと」

大王「背ければ、元の木阿弥よ」

仁 「信頼関係と共感が高まれば真実が見えなくなる。真実を語れば、排外感情の犠

   牲になる。排除に尽力した者は満足する、嘆かわしい」

大王「うん?あの災害を俯瞰で観ての思いか」

仁 「はい」

大王「では、役人に命じて日の本の今を知るとするか」

仁 「冥土喫茶の麗花なる者に見せて反応を視るのですか」

大王「異国との関りが深まる中、起こりえる問題を把握するのもよかろう」

仁 「早速、手配します」


 ローマ法王のこの地球が日本人だけであれば、無意味な闘いはなく、乱れても正す力を持ち、穏やかな世界を作るだろうと語ったことは、今では夢物語に聞こえる。

 国民性は、災害時のその国の民の行動に顕著に表れる。天界が手掛け始めた、他人を敬うことの出来ない者の排除と更生を促す行為は、大きなニュースとなって世界を駆け巡る。「他人のふり見て我がふり直せ」そう神々は人々に伝えているように。


 麗花は、天界の動きを懸念していたが、冥土喫茶に訪れる者は増えるどころか閑古鳥が鳴く時間を過ごしていた。そんな時、「暇か」と役人の声がした。


麗花「暇なのがいいのか悪いのかは別として退屈だわ」

役人「なら、これを見ろ。そちの感想を聞いてみたい」


 麗花が質問の意図を探ろうと言葉を発する前にいつものように空間にモニターが現れ、映像が始まった。


役人「自我に毒された制裁行動(サンクション)に満足を得た洗脳された者の愚か

   さ、恐ろしさを…あっ、いや、今のは忘れてくれ。誘導しかねないので」

麗花「誘導?何よそれ。その前に何て言ったのよ」

役人「今日は引き上げる」

麗花「これ役人。注文してキャンセルするの。許さないから」

役人「主人に対した口の利き方ではないな」

麗花「正しい事を正しいと言えない、言わせないご主人様は要らないから」

役人「怒りか。もしや人間界に戻る時期が近づいたかな」

麗花「人間に戻れるの?」

役人「戻りたいなら申し出ろ。但し、生前の罪を償って貰うがな」

麗花「じゃ、いいや。ここで奉仕していれば浄化されるんでしょ。それを待つわ」

役人「そうか。では、映像を観て貰うとするか」


 役人の言葉の終えるとモニターに映像が流れ始めた。映像は、隣国で起こった圧死事故だった。狭い通りに人が押し寄せ、押すな押すな状態に。どこからか聞こえてくる「押せ」の掛け声を起爆剤に人並みが上下に波打つ。あちらこちらから「苦しい」「押すな」の声が。一部の人が人並みに飲み込まれ窪みができ、そこへ人が倒れ重なる。警察を呼ぶが来ない、来る気がない。犠牲者は違法建築の建物を境に見る見る増えていった。危険な状態から逃れようと出口に人が殺到する。人波が緩やかになった所に横たわる被害者が幾多も伺えた。救急隊が心配蘇生を試みる。一般人も行っている。その甲斐もなく多数の犠牲者が出た痛ましい事故だった。


麗花「酷いわねこれ。日本にもあったわ。花火を視ようと歩道橋に殺到したのが」

役人「生前の記憶が残っている、いや、蘇っているのか」

麗花「本当だ、えっ、何故?でも、他が思い出されない」

役人「だとすれば、裁き所の判断だ。偏見を助長しないためにな」

麗花「裁き所の人ってそんなことも出来るの?」

役人「思い出したのだから出来るんだろうな」

麗花「お役人さんは裁き所のことを知らないの?」

役人「知らない。指示は文字か声だけだからな」

麗花「完璧過ぎる縦社会なのね」

役人「縦社会?私たちは私たちの任務を果たすだけだ」

麗花「楽しい?それで」

役人「感情はない。寧ろ私には今のそちが理解できない」

麗花「感情がないって、つまらないんだ。失くしてわかったわ。生前は、嫌なことば

   りで感情何てなくていいって思っていたけど、今は愛おしくさへ思えるわ」

役人「無意味な会話は終わりだ、で、見た感想を聞こうか」

麗花「その前に質問があるの」

役人「蘇生行動とその現場、遺留品のことか」

麗花「分かっているなら感じたまま言うわね」


 役人からの返事はなかった。麗花は最初に役人が「誘導」と言いかけてやめた理由を理解した。


麗花「私が知っている蘇生行動とは違うわ。胸骨圧迫にズボンや上着を脱がしたりし

   ないもの。ましてや胸やお尻を揉むのに何の理由があるの。花をつままない人

   工呼吸って意味があるの?犠牲者の多くが女性ね。事故現場から見ても遺留品

   に違和感があるわ」

役人「裁き所は、人間界に身を置いた者として、日の国で起こるのかをそちに尋ねて

   いる」

麗花「記憶の事故と同じだけどあれは筒状の中で余りにも特殊な状況だったわ。日本

   では割り込みはまずないもの。電車の中ならまだしも野外公道ではその混雑を

   見て入ろうとはしないわ。隙あらばに付け込むのは卑劣とされているから」

役人「そうか」

麗花「遺留品が可笑しいわ。女性が多いのに貴金属や携帯電話、財布類がないのはも

   しかして…」

役人「考えたくもないか。言葉を濁したのはそこだ。私もこれを見せられた際、同じ

   思いをした。ネックレスや財布、携帯電話がなく、あるのは破損品か安価な物

   ばかりだ。現実は、極限状態でも抑えられない欲。蘇生行動に見せかけた卑猥

   な行動、窃盗だ。火事場泥棒の常套化だ。日の本では犯罪者が行うものが、隣

   国では日常的であり、国民も起きて当たり前と怒りを顕にするくらいだ」

麗花「国民は何とも思わないの?」

役人「卑劣な行為として報道が過熱し、犯人探しに怒りをぶつけている」

麗花「怒りの方向性が可笑しいわね」

役人「裁き所の懸念はそこにある。道徳を身に付けない付け方を忘れた者を受け入れ

   ることは経験した事のない犯罪を招き入れるものだと。原因は明白だ。教育に

   ある。その教育が国民性を構築する」

麗花「私に分かるように話してくれる?」

役人「信頼関係と共感を誤って学んだ結果だ。信頼関係と共感には、時として自我を

   抑え込む自制心が必要だが、虐げられた民族は被害者意識から誤りを認める事

   は自我の否定で在り敗北と感じるようになる。異端な者が入ると排外感情が強

   くなり制裁活動が高まる。それは周りに認められる認めさせると言う報酬系の

   活動を高め、誤った結束力を強め、聞く耳を削ぎ取り、自分に都合のいい考え

   だけを聞き入れる。現実と虚像の辻褄を無理やり合わせるため、虚言を作り上

   げ信じ続けることで真実が何かを判断する術・能力を国民性が許さなくなる。

   排除こそが幸せになる。嘆かわしい現実だ」

麗花「日本では報道されていないの?」

役人「対応の拙さは報道されている。犯人探しでの問題の擦り替えだ。醜い行動は一

   切報道されていない。それが問題なのだ。日の本が過去に囚われ過ぎ、聞く耳

   を誤った形で持ち続けた結果、間違いを正せなくなっている、嘆かわしい。利

   害関係は主従関係を築く。そこに罪悪感と言う善人が抱く感情を逆なでし、付

   け込み支配され洗脳される忌々しき事態が今の日本を席巻している」

麗花「リセットできないの、その悪式風習を」

役人「同意だ。天界の方々も重い腰を上げたと聞くが、やり方が手緩いと思う」

麗花「上層部批判だ」

役人「馬鹿な事を言うな、事実を話している。正しい事には声を挙げる。この世界は

   そこまで腐っていない。ただ、権限がないのは事実だ。だからこそ、裁き所が

   動かない天界に痺れを切らし、知らせようと仕掛けているのだ」

麗花「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ。ってやつね」

役人「何だだそれは。まぁ、いい。行っていることは間違っていないからな」

麗花「親の心子知らず、とも言うのね」

役人「そちは前任者と異なり、浄化されたはずの記憶や思考力・感情を取り戻してい

   るのか?それはそれで興味深い」

麗花「それって、愛の告白?照れるじゃない」

役人「ば・馬鹿な事を言うな。私には感情などない」

麗花「動揺している~」


 役人は一歩的に通信を切った後、確かに何らかの変化が自らに起こっていることに違和感を感じていた。役人の殆どは、法によって裁かれ、命を絶たされた者だった。

名前も呼び名も与えられない。いつ終えるか分からない職務を熟すだけ。規定はある。そ奴が関わった罪で悲しむ者が全て他界して初めて、生まれ変わりの初期段階の浄化の手続きに入れる。そのことはそ奴らには知らされない。麗花との接触を許されるのは模範囚のように日々懺悔に勤しむ者だけだった。


大王「まだ、この国の民度とやらは辛うじて保たれているようだ」

仁 「揺るがす輩の粛清が急がれます」

大王「学ばぬは、罪だ。罰するに値する」

仁 「違法建築での事故が繰り返される、嘆かわしいより愚かな」

大王「責任の意味を理解できぬようでは、生まれ変わらせるしかないか」

仁 「それも無理かと。事故の原因追求ではなく犯人捜しで手一杯かと」

大王「学ぶの意味も分からぬのか」

仁 「私たちの想像を超越した地縛霊にでも好かれているようです」

大王「その国の裁き所も民度が示すように腐っておるのか…嘆かわしい」

仁 「見た目や体裁に翻弄され、核心を疎かにする報いかと」

大王「ローマ法王とやらが、倫理的・霊的に生まれ変わることを望む、と言っていた

   が本心は無理と嘆いていたわ」

仁 「出生数を管理している者に事実を知って貰いたいものです」

大王「批判か。嘆くより行動で示すことよ。出来ぬのなら与えられた責務を粛々と果

   たすことだ」

仁 「異国の裁き所との交流を聞いたことがありませんが」

大王「ないものは語られず、だ。神々の思惑など我らには分からぬ」

仁 「我らの世界も風通しが求められていると思う事は罪でしょうか」

大王「動かぬが罪だ。正しいと思えば動くが良い。束縛などせぬ」

仁 「如何にすれば動けるか調べてみます」

大王「好きにするが良いわ」



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