第16話 通り魔がやってきた。
時間の概念がない三途の河原だったが「暇」という感覚に麗花は、退屈な思いをしていた。ある役人が言っていた。感覚が戻ってきているのは、転生の時期が近いのではと。麗花のように特殊な存在が転生する際、死の直前の生態に戻され、改めて浄化され、三途の川の渡し船に乗せられる。ここでの勤務評価は一切ない。評価される働きもないから当然だ。
冥土喫茶に訪れる客は、残留思念の強い者。それは時として裁定に不具合を生じさせるため、事前に除去する工程として設けられた場所だった。愚痴る者、自分が犯した罪を認識できていない者、懺悔の布石など、バグの除去には個人差が生じる。麗花が「暇」だと感じていたのは、入店し、注文も取らず、ただ青黒い顔で座り、時間が経つと消え去るからだった。
この日も数人の来店客がいたが麗花は、「暇」を持て余していた。そんな時、店外が騒がしくなった。ウォ~、アギャ~、ハァハァ。何事かと小窓から三途の河原を見るとひとりの男が手を振り回し、死者の列に割り込んでいた。人間社会なら逃げ惑う人たち、と表現される場面もここでは至って沈着冷静なもので、暴れている男以外は水を打ったように静かだった。男は影絵の人物像をすり抜けているだけだった。その男が喫茶店に流れ込んできた。
男がドアに手を掛け、呼び鈴がなった瞬間、騒がしかった男は急に大人しくなり、空いている席に着席した。麗花が注文を取ろうと男に近づくと突然、何者かの手によってゴンと男の首がテーブルに押し付けられ、乱暴にこねくり回されているように左右に捻じ伏せられた。麗花が驚き、一歩下がると男の首の後ろの骨・環椎c3の辺りから真上に光が立ち上りモニターが映し出された。歩行者天国で賑わう通りをトラックで突っ込み被害者を出した後、下車し、ナイフで歩行者を鬼の形相で次々に襲う来店した男の姿だった。
麗花「この人があの事件の犯人?」
麗花の記憶は、戻り始めていた。麗花自身それを気にも留めなくなっていた。それより興味を持ったのが映し出される初めて見る光景だった。
大王「こやつか、早かったな」
仁 「疑いようがないですからね」
大王「煮ても焼いても治まらぬなこの憤り」
仁 「無限地獄行きですか」
大王「暗黒の孤独か…。手緩い」
仁 「では、如何致します」
大王「見えぬ相手に翻弄された罪人。こやつには無限に嫉妬を味合わせてやるわ」
仁 「と、言いますと?」
大王「死厄所勤務よ」
仁 「それこそ手緩いのでは」
大王「転生する者を見送る、幾多もな。自分にはその日は来ないことを知らせてな」
仁 「それは、良い裁きかと」
大王「裁きの評価か!」
仁 「す・すみません…。あっ、大王、大変です、この様子が喫茶店に…」
その瞬間、映像は途絶えた。代わりにいつもの役人の声がした。
役人「今、見たことは他言するな」
麗花「あれが閻魔大王?」
役人「二度と口にするな、手痛いお咎めが待っているぞ」
麗花「わ、分かった」
役人「死刑を執行された者か。また同僚が一人増えたな」
麗花「あなたと同じ?」
役人「違うな。私と同じような者は、転生の望みがある。訪れた者の心の整理や残留
思念の整理、裁定資料として対象者の不幸な境遇の洗い出しを行い書類にまと
めるなどを繰り返し、自分の罪と向き合う機会が与えられ、改心したと判断さ
れれば転生が許される。ただ、人間に戻れるかは別だがな」
麗花「じゃ、あの人は?」
役人「転生する者を見送るだけさ。転生に嫉妬や妬みを抱けば、また低級霊に格下げ
され永久に転生など望めない。いや、更生したように思えた者も何らかの失態
を犯させられる。それに耐えた者は…」
麗花「耐えた者はどうなったの?」
役人「私が知っているのは転生を許されたが、人間界に戻ると欲が再発し、またこの
世界に舞い戻ってきた、元の木阿弥さ」
麗花「その人は人間界で何をしたの?」
役人「最初は人助けにと相談事など迷える人の灯台をボランティアで行っていたが、
周りに頼られ始めるとその威厳を保つために「神の生まれ変わりだ」と言うよ
うになってな、お布施や寄付金を強要し、多くの被害者を出した」
麗花「それって教組?」
役人「そいつはそうだった」
麗花「その人はどうなったの?」
役人「人の生き血を吸う蚊となって、幾度も人間に叩き潰される転生を繰り返してい
ると聞いたことがあるが定かではない。誰も確認できる者はいないし、その噂
がどうして広がったのかも分からない。ただ、私たちはそれを戒めと重く受け
止めている」
麗花「私はどうなるのかなぁ」
役人「君は死刑囚ではないから役人にはならないでろうけど、後の事は私の知る所で
はない。アドバイスをするなら、大人しく自分と向き合う事だ」
麗花「わかった」
偽善者の顔をして私利私欲や日の本を脅かす輩が蔓延る人間界の乱れが、波長となって魔界にバグを発生させていた。
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