第17話 被疑者死亡案件(前編)

 麗花は、不思議な客を目にしていた。ふらっと入ってきて一言も発せず、席に座った。余りにも違和感があり、麗花は声を掛けられずにいた。

 霊魂が浄化されずに死を受け止められない者、人間界に未練を残し、再出発を躊躇っている者、転生そのものに悩んでいる者などは、青白い顔をしているのが常だった。でもこの男は違っていた。泥焼けしたようなくすんだ顔色だった。麗花が初めてみる存在だっただけに、注文を聞くのを躊躇っているとその男の背後に裁き所の様子が映し出された。

 裁き所は、人間界の現状を知るため、麗花に憑依し、麗花の意思とは関係なく、その五感、感情、思惑などを通して裁きに生かす試みを行っていた。その同調具合が時として裁き所の意志とは関係なく、麗花に漏洩するバグを犯していた。


仁 「こやつ浄化門を潜るも幾度となく不具合を生じさせ、戻されています」

大王「未決事件か。ここに来たと言う事は、証拠は見つかったが時既に遅し。犯人は

   亡者となっていたか」

仁 「はい。しかし、我らには犯人が分かっているのに手を下せないのですか」

大王「人間が知らぬ処で裁いても戒めになるまい。非道を憎む気持ちを持ち続けさせ

   ることこそ、罪人に反省を促すことが出来る。我らが奴らに施す最後の命乞い

   の機会よ」

仁 「その機会をこの者は失ったと言う事ですね」

大王「人間界で逃げ果せたと安堵するのはお門違いよ。待っているのは訊問の闇だ」

仁 「聞いたことがあります。答えても答えても聞き返される無限地獄の一つだと」

大王「気が狂うことも休むことも許されず、攻めたてられる、まさに地獄よ」

仁 「では、この者も」

大王「該当者だ。人間界で認知された故に裁き所送りとなった」

仁 「認知されない者は如何に」

大王「冥府魔道を彷徨うのみよ。逃げるも地獄、隠すも地獄だ」

仁 「罪人を逃した人間界にも責任があるのでは」

大王「万能ではない人間の犯す罪よ。償うは、その事件を忘れぬことよ」

仁 「人間とは、忘れる事で生きられる。その恩恵を悪用させないのですね」

大王「記憶とは生きる糧にもなるが、その逆にもなる。懺悔の重みを噛みしめさせ

   る。それが天上界の方々の願いよ」

仁 「大王、また、あの喫茶に映像が」

大王「捨て置け。我らが如何に人間界に疎いかの戒めであろう」

仁 「では、あの者の使い方を改めなければなりませんね」

大王「どう扱うかは、そなたが決めよ」


 仁は、麗花に泥焼けした顔をした男の罪を映像で見せる事にした。麗花が目にするのは無声映画のようなものだった。映像のみを見せ、人間界を経験し、お世辞にも真っ当に生きてこれなかった者に見せ、その思考を観察し、裁き所の考えとの差を推し量ろうとしていた。仁が、麗花に見せたのはほんの短い映像だった。

 麗花は、無言の客の背後の映像に釘付けになっていた。


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