第18話 被疑者死亡案件(後編)

 男は、短気で根気がなく職業を転々とし、言葉巧みに人と接し、借金をし、踏み倒すを繰り返し、本人にとってはその日暮らしを謳歌していた。先のことなど考えず。 

 男は、訪れたスーパーマーケットのレジに好みの女を見つけた。事件を起こす一ヶ月前の事だった。見栄を張るにも先立つ物はない。缶珈琲、ガムなど安価な物を人出の少ない頃合いを見て、買い、短い談笑行い接触を図っていた。

 馴染みになると物を買わずに会うためだけに店を訪れるようになっていた。迷惑な客。その印象が強まった頃、男は焦りを身勝手な行動で補おうとした。悪人の思考は常任人には図れない。男は女と金を一挙に手に入れようと思い付く。スーパーマーケットの特売日。その日は、町内の祭りの日でもあり、盆踊りの演奏練習が周囲を賑あわせていた。男は、その日、女とレジの金の動きに注視していた。下調べから目的の女が売上金を店舗の二階に運び込むのを確認していた。男の短絡的な考えは、脅しても跪かせること。力づくの支配だ。その為に反社の者から拳銃を手に入れていた。その金は、恐喝、窃盗、空き巣、美人局によって用立てていた。

 事件当日、女がいつも通り売上金を二階に運ぶのを確認すると男は、盗んだ車に隠して置いた拳銃を取りに戻った。その間に予想外の事が起こっていた。拳銃を手に持ち事務所の扉の前に立つと中から声が聞こえた。ひとりでいるはずの女に加え、忘れ物を取りに戻って来たバイトの女学生二人がその場にいたのだ。更に女を監視していた際、その女を車で迎えに来た男がいた。その男は、女と親しげに話した後、「じゃ、後で迎えに来るから」と一旦、スーパーマーケットを車で離れた。

 男は、嗅覚でその男と女の関係を理解したのと同時に、激しい嫉妬心と支配欲から激しい憤りを覚えていた。頭に血が上ると自分を制御できない単細胞の人物。男の優先順位は、自らの欲望が何より勝っていた。予定外の事態を苦にすることなく男は、稚拙過ぎる計画を実行に移した。

 事務所に入ると女学生が怯えて悲鳴を上げた。拳銃で脅しながらガムテープで女学生の口を塞ぎ、手と足の動きを奪った。女に金庫を開けるように指示したが拒まれ、拉致しても思いを遂げようとしたが女の睨みつける瞳に迎えに来る男との情事が見え、怒りに任せてトリガーを躊躇わず引いた。

 数発を放つと女は動かなくなった。男は、怯える女学生二人を目撃者を始末するように冷酷に仕留めた。その時には、金の強奪の欲求を女の男から奪った至福感が上回っていた。男は、何食わぬ顔で事務所を出て行った。目的が感情的で行き当たりばったり。動機も二転三転。捜査関係者が、犯行動機や目的に困惑するのは当然だった。


 事件発覚後も動機や人間関係が確定できず、犯人逮捕には至らなかった。当時はまだ防犯カメラが然程普及しておらず、その映像の精度も低かった。唯一、近所にあった防犯カメラには不審な男が映っていたが、不鮮明で特定できず、警察捜査は暗礁に乗り上げていた。


 事件発覚後、幾多の日々が流れ、当時無理だった押収した絡みついたガムテープからの指紋を検出。その指紋は、警察のデータベースにヒットした。防犯ビデオの男とも合致点が多く、警察が辿り着いた時には、男は病を拗らせ他界していた。被疑者死亡。後味の悪い事件となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る