第14話 凶器は、悪夢。ノアの箱舟の再来。

 閻魔大王と役人の仁は暗転を見据えていた。そこには青白い顔をした男が映し出されていた。


仁 「この者は?」

大王「死神を管理する事務局からのものだ」

仁 「では、いよいよ始まったのですね」

大王「そのようだな」

仁 「思考の脆弱、混沌を正す具体的な天罰ですね」

大王「天界もやっと重い腰をあげざるを得なくなったか」

仁 「忙しくなりそうですね」

大王「忙しくなる?寧ろ、楽になる。悪は悪。裁くにも値せぬわ」

仁 「確かに」


 この日は珍しく、来店客が居なかった。渡し船乗船の手続きを待つ者は、成仏しているか老衰・子供だった。子供は余程の理由がない限り、転生の順番を特別枠に組み込まれ早められる。その中で異様だったのが、薄いオレンジ色の混じった灰色の靄に包まれ、ポツンと立つ男だった。その男は、ロープレッドに繋がれていたが、ロープの先は宙に浮いて見えた。「あれって何?見たことがないんだけど」と思いつつ、見てはいけないものを見てしまったような気になり、店内へ戻った。すると店内は暗くなり、出入り口が例によって閉ざされた。「はいはい、今度は何ですか」と麗花はもう驚くことはなかった。店内が明るくなるとそこには、先ほど見た男が紐に繋がれて立っていた。その男は、身動きもせず、首を項垂れて立っていた。「気っしょ。なんなのこれ」と叫ぶと役人の声が聞こえた。


役人「この者は、試験者だ。裁き所の判断でここに導いた」

麗花「今までとは違うってこと?」

役人「違う。独自に導いた。一旦ここに待機させる」

麗花「何があったの?」

役人「ではこの男について知るがいい」


 モニターが現れ、そこには、早急に行わなければならない試験と浮かび上がり消えた。


役人「この者は、資産を持つ者を殺めた者だ。その手口、動機、経緯が人間界の思考

   レベルの愚かさを顕著に表した事件の主犯だ」

麗花「悪いけど、よく聞く話じゃない?」

役人「愚かさが醜さを遥かに超えている。この安易な人間像がゴロゴロ現れる事態を

   重く見ている」

麗花「で、何を試した訳?」

役人「我らが生身の人間を裁く術をだ」

麗花「人間界に任せられないってやつ」

役人「そうだ」

麗花「ここに繋がれているの理由は?」

役人「全容を簡潔に聞かせる」


と、役人は麗花に伝えると淡々と語り始めた。

 学生時代にスポーツ活動を通して得た持て囃される優越感。成績を上げることで注目されいい生活ができる。外資系保険会社に入社し、プロの仕事を目にし、稼ぐことへの執着心が高まると共に周りに認められたいと言う「承認欲求」が強まる。自分を有能な人間と周知に認識させるため、金遣いは身分相応を超え荒くなる。相手の欲求を断れない。断れば、見下げられる恐怖心。その反面、持ち上げられる喜びを生きる糧とし、ガールズバーに足蹴に通う。貢物の高価さで自らの価値を得ていた。その至福感の延長線に高級車に高額な住まい、見せかけの価値観維持に埋没していく。実力に似合わない出費額はこの者を金の亡者に育てていく。監視体制の緩いと思った保険代理店に転職。そこで顧客を騙す詐欺を働き、資格を剥奪される。表沙汰になる前に顧客だった被害者と資産目当てに養子縁組を工作。収入源を閉ざされる閉塞感と恐怖感から被害者を殺害し、逮捕される。。そもその風呂場での溺死は死因として上位で在り、この者はばれないと確信していた。保険会社の調査が厳格であったこと、周囲の「あいつがやったのでは?」という噂話でこの者の計画は破綻する。高級車・高級品に頼らなければ自分の魅力・優位性を保持できないコンプレックスや自己顕示欲に気づけずにいた愚かな男だ。


麗花「張りぼて人生の末路ね。一見いい人は極悪人って奴か。畜生にも劣るわ。それ

   であなた達は何を試したのよ」


 続ける。この者は、逮捕後も反省の欠片も見せず、逃亡を仄めかす。当然、監視体制は強化される。そこで「試験」を実行した。我が子を灼熱地獄に追いやった女に試した「悪夢」の強化だ。この者は拘留中も自分を正当化することに努めていた。その夢をぶち砕いてやった。犯した罪を現実な刃として突きつけてやった。有印私文書偽造・詐欺罪・殺人罪を犯した者は、無期懲役または死刑に処される事実。殺害後、保険受取人を自分に変更、財産分与阻止のため養子縁組を解消するために死後離縁の許可を申請し遺族問題から逃れる。「悪夢」では、この者が被告人となる裁判の模様を執拗に見せた。動機・行動・結果の本人の言い訳を壊滅。娑婆復帰の可能性のない殺人罪で最も重い保険金殺人として起訴される事実を目の当たりにさせた。闇に浮かび上がる幾多の冷たく鋭い視線。監視強化でこの者の命を長引かせかねない「先に逝くのをお許しください」「もう会えない」と書き残したメモは発見されるも、所轄担当者から捜査一課の担当者に報告されるが、軽視させ、幹部に把握させず24時間監視の特別要注意被留置者に指定をさせなかった。


麗花「ナイスジャッジ!」


 続ける。姑息な知識に長けたこの者に


麗花「皮肉~」


 相応しく、自ら命を絶つ方策を考えさせ実行させた。その結果、その者はここにおる。必死の救命処置に逆らうようにこの者の生への執着心を一度たりとも目覚めさせないでいた。


麗花「当然よ」


 この者の処罰は、無限地獄行きは確定している。その際の苦痛は、悪夢で味合わせた逃れられない、闇に浮かび上がる幾多の冷たく鋭い視線と言うことになるだろう。


麗花「裁き所が手を下すってこういうことなのね」

役人「一例に過ぎない。既に無法者が支配し、その思考に洗脳されている者たちに

   は、天変地異を用いてあらゆる生きにくい世界を味合わせている。しかし、こ

   の方法ではピンポイントの効果はなく手緩いとされ、死神の名簿に強制的に記

   載させるための方策が幾多に渡り実施され始めた」

麗花「いい事じゃない、ジャンジャンやっちゃて~」

役人「天界の方々が気づかれて如何にされるかは、分からぬが、誤った考えを正当化

   する輩には、それなりの報いがなされるのは間違いないと見ている」

麗花「なんか、期待しちゃうわ」

役人「粛清は創造者の責任だ。粛々と実行されるべきだ」

麗花「そうね」


 旧約聖書の創成記第6章から9章に登場する「ノアの箱舟」。

 ノアは、アダムとイブから数えて10代目の人類とされている。人類が堕落した生活を送っていたため神は怒り、大洪水を起こして人類を地球上から消し去ることにした。その中でノアとその家族は神を敬っていたため、箱舟を作れば命を守ると約束された。それには条件が課せられていた。地球上の生き物のオスとメス、1つがいずつ乗せる事だった。神のお告げから数日して大洪水が起こり、地球上の生き物は全てのみ込まれた。洪水は40日間続いた。ノアは陸地があるか調べるため鴉を放つがすぐに戻ってきた。7日後、鳩を放つとオリーブの枝を銜えて戻ってきた。陸地がある事が確認できた。その7日後に放つと戻ってこなかった。ノアは神の罰である洪水の終わりを知る。鳩とオリーブの枝が平和の象徴となるきっかけだと言われている。

 人間を力と洗脳で牛耳ろうとする人類とそれを放置する人類に罰を与えようと裁き所の周辺は慌ただしくなっていた。大洪水と干ばつを経て大地震を起こさせる。食糧危機を起し、飢餓で人類に争いを起させ、その争いの原因を突き止めさせ、人類自らに協力してその問題を解決させる。自らの欲望を満たすために侵す「悪」の除外を無慈悲に行い、分別するためのボーダーラインを明確に決めさせることが目的とされていた。

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