第20話 閻魔大王の思惑(中)

 大王は、仁を心配していた。感情に触れることは、見解の広がりを見せる反面、思考の閉塞感を産み出す懸念していた。それを義は見誤り、仁の一途さが仇になると受け取っていた。義は任務にあたる前に仁の行いの粗捜しを念頭に置いて事に当たっていた。仁の作成した映像には音声もあった。それを密かに手に入れ、義は無声の映像を観る麗花の反応と音声のある映像から受ける印象を比較してみていた。その作業は徒労に終わった。音声の有無を問わず、仁の作成した映像は単細胞で軽率で短絡的な人間が犯したエゴイズムな行動の成せる物だった。

 だとするならば、仁の作成した映像こそが洗脳のツールとされたのではないか。これは、偏見と冤罪を作り出す温床となるのではないか、と義は、仁の罪として報告に値すると考えた。あの映像はあくまで仁の推察が大きく影響している。死人に口なしをいいことに創作されたもの。

 犯人の男は、浄化の門を幾度か潜っている。その際、多くの記憶はリセットされ、初期化されている。過去に遡る術はない。記憶という川がないから。

 義は、仁を冤罪を産み出す思考の持ち主だ、と勝ち誇ったように大王との接見を願い出て許可された。


義 「報告致します」


 すると大王は、突然大声で「愚か者が!」と義を戒めた。その激高に義は慄いた。


大王「義よ、お前を仁の監視を指示したのは粗捜しではない」


 義は、見透かされた悪意に「これで、終わった」と蒼白になっていた。


大王「悔いるがいい。それがお前の足りぬ所だ」


 義は、大王の憤りの中に悲しみを感じていた。汚点を残したのにはもう拭えない。状況を一変させる策などない。どん底の中で光明を失った義は、闇の存在で過ごすことを受け入れるしかないと失意を確認するように大王に質問を投げかけ、再び「愚か者」と罵倒され、期待という意思を完全に消し去ろうとした。


義 「愚かさを覚悟でお答え願えませんか」

大王「何故、仁を監視させたのか、をか」

義 「はい。仁を疑っていたからの指示ではなかったのですか」

大王「疑っていた?仁をか。それは笑える。この私が疑うべき愚かな者を側に置くと

   思うか。見下げられたものだな」

義 「では、なぜ」

大王「仁の行動を以前から監視していたな。その真意を読み解けば、裁き所勤めを志

   してのこと。これより多忙になることもとあると見解の多様化を図ろうと考え

   ての事よ」

義 「我の強さが仇になりましたか」

大王「仁は優しく、感化されやすい。感情に流され、真実を直視できないようでは困

   る。感情の導入は理性を侵食することもある。制御が難しいものだ。お前を差

   し向けたのは、仁の足らぬ所を補わさせるためであり、聞く耳をお前に持た

   せ、我の強さを和らげるためだ」

義 「親心子知らず、でしたか…」

大王「その生処しょうしょしたがいてこころの所欲にあり」

義 「空しさの極みです」

大王「煩悩を解脱したようだな」

義 「後悔先に立たずとはこのことか。良い経験をさせて頂きました。お礼を申し上

   げます。これより、現職に戻り、精進致します」

大王「お前が留まる場所はここだ」

義 「えっ」


 失意と落胆。そこに見えた光明。大王は、絶望を感じさせ、それを救う希望の光を照らすことで、強固な忠誠心を義に芽生えさせた。


大王「仁を支え、互いに精進し、己を練磨せよ」

義 「それではここに…、有難う御座います」

大王「では、早速、意見を聞こう。仁の作成した映像をどう観たのか」


 大王は、義の相手の落ち度を探す才能を買っていた。ただ、自我の強さから他の意見を聞く耳を持つ余裕のなさを感じ取っていた。落胆の先にある希望。それが義の育つ糧となる事を大王は確信していた。









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