第9話 裸の男女の正体とは。

 麗花はいつものように来客を待っていた。この日は、魂が肉体から抜ける際に浄化され死を受け入れる者が多く、死厄所の手続きをすんなり終えた者たちで溢れていた。麗花のいる冥土喫茶には、死厄所の役人から届く掲示板があった。滅多に文字が浮かび上がらないが珍しく掲示板がカタカタと蠢き、文字が浮かび上がった。麗花にとっては初めての事だった。

 先輩の初夢ミクから掲示板に示された者には、死厄所からの指示に全て従うように聞かされていた。その者がなぜ、掲示板に載せられるかは先輩ミクさんも知らないと聞いていた。想像の域はでないが、死因に特別な事情があるものだと感じていた。


 麗花は掲示板に従い店の外に出た。すると列とは明らかに遠い場所に白い煙の筋が二本現れ、すぐさま実態が顕になった。


 「えっ、裸?しかも、男女の二人。それも何?男子の股間…、うふふふ」


 麗花は、この世界で男子の威厳を形として見るとは想像もしていなかった。この世界では渡し船に乗り、審議を受ける最低限の能力のみが残されており、欲という感情は持ち合わせないのが常識だった。

 冥土喫茶のメイドにだけ接客のための感情や考察などの能力が残されていた。麗花は要らぬ想像を抑えられないでいた。素っ裸な若い男女。男性自身は興奮状態。だとすれば、腹上死?男子なら心筋梗塞でコロッはある。女性も一緒だ。行為中の出来事だとすれば女性の死因は?膣痙攣で抜けなくなった?でも、抜けている。女性は後追い自殺?いやいやそれではタイムラグがかなり生まれ、一緒に現れることはない。全く持って不思議な二人だと思いながら、ふたりを店の中に誘った。


 「死んで生れてまた死んで。お帰りなさいませ、ご主人様。お好きな席にどうぞ」


 先客は新たな客に何ら興味を示さない。自分の事だけで精いっぱい。そもそも欲と言うものがないだけに異様な姿に関心も示さない。麗花はここでは当たり前のことをふと思っている間にふたりは席に着いていた。驚いたのは、想像とは異なり、ふたりは距離を置いた別々の席に背中合わせになるように座った事だ。「知り合いじゃないの?」「喧嘩でもした?」。益々、麗花のふたりへの興味が沸いた。ホワイトボードに文字が浮かび上がった。女性に与えるオーダーだった。

 現れたのは、真っ青なドロドロとした液体の「愴魔透蕩そうまとうエキス」であり、麗花が初めて目にする品だった。麗花の戸惑いを読み取ったように再び、文字が浮かび上がった。説明書きだった。成分は、蛙の目玉、魚の眼球裏、ミミズの筋肉おろしを蛇の乾燥血だまりなどを浄化ジュースに加えたもの。効用は生い立ちを本人に知らせ、道を踏み外した経緯を洗い出し、正常な人間の感覚を復刻させ、審議を受けさせる、とあった。麗花は、ホワイトボードが指示するように女性に差し出した。すると女性は、それを貪り取り一気に飲み干すと、白目を剝き、後頭部を後ろに倒した。上を向いた口がカパッと開き、白い煙がポッと立ち上がった。「残っていた魂が抜けた?」そう思った瞬間、麗花の前に聴診器が現れた。どこからか声が聞こえ、その聴診器を使い、その者の生い立ちをそなたが代わりに我らに伝えよ、と。麗花は口から出てその場に留まる煙に聴診器を当てた。するとホワイトボードがモニターとなり、女性が生れた瞬間から母親が父親らしき人物と喧嘩し、離婚。生活苦の中、生きる様の映像が早送りで流れ、幼女が古びた平屋の家の前でひとりしゃがんでいる所で緩やかな流れとなった。麗花は、ホームビデオを見ているようだった。


 日によって変わる男性が夕方になると訪れてくると幼女は、外で待つようにと言われひとり遊びで時間を過ごしていた。寂しくなり家に入ると、母親は鬼の形相で幼女を叱りつけ止ま見出し、戸に鍵を閉めらることも珍しくなかった。しばらくすると、男性が出てきたお菓子をくれる事もあった。男性が帰った後の母は大概、上機嫌で、

「美帆、何、食べる?好きなものをいいな」と優しくなる。美帆はそんな母が大好きだった。ある時、雷が鳴り始め怖くてそっと戸を開けると、母と男性が裸で寝ながら揉み合っているのを見た。ママと声を掛けようと思ったが母が出している声は、痛がっている声ではないことを悟り、そっと戸を閉めた。それが幼女のトラウマとなった。その幼女も小学生の高学年になる頃には、母と男性が行こなっている事が何となくわかるようになってきた。幼女だった女の子の名前は美帆とだった。

 

 麗花は、裸の女性の名前が美帆であり、凄まじい記憶の持ち主だと感じていた。


 まだ事の何かが分からない美帆はある時、母に聞きた。


 「ママは、おじさんと何をしているの」

 「知ってたの?」

 「うん」


 母の知っていたと美帆の知っている、には大きな溝があったが関係なかった。母は美帆に、あのおじさんたちはママの事が好きだから喜ばしてあげているの。だから、美帆にもお菓子をくれたり優しくしてくれるでしょ。それに、ご飯を食べられたり、洋服を買えるのもあのおじさんたちのお陰だよ。だから、いつもにこにこしていな、と教えられた。近所のおばさんや同級生から、母の悪口が耳に入るようになり、美帆も母が何をして稼いでいるかが理解できるようになってきていた。美帆の母は、朝早くから近所の工場で働き、夕方、どこかで知り合った男性を家に引き込んでは、お金を稼いでいた。そんな母の口癖は、「女は愛嬌よ。勉強など出来なくても、男の人に好かれれば生きていけるの。だから、女として男の人に好かれるように育ちなさい」だった。

 思春期を迎えるころには母の教えは、美帆にとって真逆のものとなり、いいように弄ばれている母の生き方に逆らうように支配されるよりする側に物事を考えるようになり、自分への関心を向けさせず、他人にも関心を示さないことで、育った環境から逃げようと蠢いていた。母の教えを唯一守っていたのは勉強嫌い。特に集中力が続かず投げやりとなり、すべての事に興味が沸かずにいた。母に会いに来る男たちに会いたくない思いから夜遅くまで公園でぼ~としたり、そこで知り合った中学生の悪い先輩たちの輪の中で過ごす日々を繰り返していた。中学を卒業したら目的もなく家を出る、それが美帆の身近な目標となっていた。小学生の頃から中学生と遊んでいたお蔭で、中学に上がると姉御の落ち着きを身に付けており、無関心・無感動の冷淡さは、好奇心旺盛な周りの中学生からは逆らえない不気味な魅力となり、暗の甘さを引き立たせる塩のような存在になっていた。

 そこに現れたのが桜子という同級生だった。桜子はいつも一人で過ごし、本を読んでいた。その姿を美帆は憎らしく見ていた。美帆は桜子に話しかけた。


 「いつもひとりで何しているの?」


 桜子は笑顔で答えた。


 「本を読んでいるの」

 「何が楽しいの?」

 「知らないことがいっぱい書いてあるの?私、将来、絵本作家や小説と書きたいんだ」


 美帆は自分が考えもしない未来への目標を持っている桜子が羨ましく、その思いは強い嫉妬心となり、桜子を困らせ、苦しむ姿を見る事を喜びと変えるようになっていた。無駄な事をやっている、あなたは馬鹿よ、と見下すことで何もない自分を擁護し、見下すことで自分の存在感を辛うじて保つようになっていた。美帆は弱い人間の弱点を嗅ぎ分ける能力だけは、自己防衛本能ばりに育っていた。桜子が本来寂しがり屋で友達を欲しがっていると感じるとそれを利用して、無理難題を桜子に浴びせた。桜子が反抗すると自分の存在を周囲に見せつけるように桜子への虐めをエスカレートさせていった。

 美帆は男子の中心人物の美帆と同時に現れた裸の男性・優斗に淡い恋心を抱いていた。優斗は美帆の気持ちを知る事もなく、馬鹿な女を探し出しては、遊んでいた。その中に美帆も知らない内に桜子が加わっていた。これは美帆にとって敗北感と新たな嫉妬心を掻き立てるのに充分だった。そんな時に事件が起きた。優斗が桜子の卑猥な動画を自慢げに見せびらかし、周りの男女問わずの仲間も大きな興味を示したのだ。

 美帆にとって単なる感情の取り方ではなく、動画と言う具体的な自分の存在を脅かすものが出現し、注目度を奪われる恐怖心に襲われた。美帆からすれば卑猥な動画は屈辱以外の何ものでもない。それを周囲は好奇な目で楽しんでいる。それを美帆は許せなかった。ひ弱そうな振りをして大胆な行動で周囲の気を引く。美帆にとって母から言われた男に媚びろというトラウマは、桜子の行為によって強くのしかかっていた。美帆はその日から桜子の存在を消した。興味もなければ関心も示さない。そうすることで母のトラウマから逃れていた。それが原因で、桜子が亡くなった事に関しても冷酷な対応となった。


 麗花は淡々と流れる映像を見ながら、美帆の苦悩を知った。同時にそのふたりがなぜ、あんな姿で同時に死ぬことになったのかの好奇心が沸いていた。そう思った瞬間、ホワイトボードに余計な詮索は無用、と文字が浮き上がり、画像が乱れ、一瞬だったがふたりが裸のまま椅子に座らされ、沈んでいくのを見た。それを最後に映像は映らなくなった。

 麗花は、裸の女性、即ち美帆をみると、きっとこれが死の前の顔だったんだろうというもに変貌していることに気づいた。


 ホワイトボードに「裸の男性用」という文字が浮かび上がった。




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