第10話 触法少年-結審。

 麗花は似たようなものを見せられるのかと、正直浮かない顔になっていた。ここで楽しい話に出会えるとは期待していないが、好みもしないのに人の恥部を覗かされるようなものは、遠慮できればしたかった。

 ホワイトボードには「腑懺悔茄ふざけんな」とあり、成分はゴキブリと…麗花は身の毛が逆立つ予感がして目を瞑った。効用は、回顧録とだけあった。「なんだ?普通じゃない」と麗花は拍子抜けを隠せないでいた。すると、それを見透かしたようにホワイトボードに「感情的にならざるべき」と浮かび上がった。

 麗花は、下痢をした時の便器を見ているような色合いみ嗚咽を堪えて裸の青年に差し出した。青年は、決まりごとのように一気に飲み干した。麗花がホワイトボードを見ると映像が現れた。「なるほど、強制的注文はこんなシステムになっているんだ」と画面を覗き込んだ。青年は自衛官の父と元保険外交員の母の間に生まれ、厳格な父親の影響を受け、小学生に上がるまでは厳しく育てられた。青年が自我を出すようになると父親は命令違反を理由に青年に興味を示さないようになる。ふしだらに育ったのは母親のせいだと父親は母親にも興味を失せ、飲み屋の女店員と良い仲になっていた。「経緯はどうであれ、良くある話~」って、頬杖を突きながら早送りの画面が流れるモニターを見ていた。画面が止まったのは、青年が小学四年生になる夏だった。青年は中学生の幾人かの男子の後を楽しそうに追いかけていた。


 「優斗、この線から入って来るな、いいな」

 「ええ~」

 「入ってきたら、痛い目に遭うからな」

 「う、うん」


 この青年の名は、優斗って言うんだ。麗花はその後の映像に驚愕した。中学生の男子たちの側に女子中学生が跪いて何かを懇願しているように見えた。それを無視して男たちは女性を凌辱した。それを優斗は友達の風馬と共に見ていた。泣き叫ぶ女性に面白おかしく甚振る先輩たち。優斗と風馬は小動物を狩った先輩たちの楽しそうな姿が脳裏に強く焼き付いていた。事件は表に出て問題になるが、地元の有力者の息子たちは形式的な処罰を経て、和解として片づけられていた。


 「この町じゃ、俺たちはやりたい放題だ。厄介な事は親父たちが片づけてくれるからな。優斗、俺たちの子分になっていれば、お前もやりたいことが出来るからな」

 「うん」


 優斗の先輩たちは、高校に上がっても後輩の子分を唆し、女子中学生を凌辱した。女子高生の抵抗に手を焼いた青年たちは、少女を殴りつけた。それ以来、少女は動かなくなった。事件は、学校生活に悩んだ末の自殺と発表された。この場に優斗もいた。見学者として。


 「何て奴らなの!」と思わず麗花は声を上げた。


 優斗は、中学生になり悪友同士でチームを組み、荒野活動のSNSを使い、常に頭の軽い女性を探しては、巧みに誘い出し、飽きたら仲間に救世主的な存在を演じさせ、回していた。レイプの舞台は、カラオケ店の個室で在り、その様子をライブ配信し、楽しんでいた。その猛獣の目に美帆がちょっかいを出している桜子がいた。優斗はいつものように救世主になりすまし、友達を欲しがる桜子の相談相手をしつこく買って出た。桜子はそのしつこさを優しさと誤って捕らえ、気がつけば心の支えの一人にまでしていた。

 優斗は桜子の変化を悪の嗅覚で嗅ぎ取り、桜子の一人になると言う恐怖心を利用して、無理難題を命じるようになった。裸の写真を自撮りさせ送らせたのを皮切りに、自慰行為の動画、そして避妊具をつけての性交にも及んだ。その一部を武勇伝のように仲間に見せて誇らしげにしていた。

 それに焼餅を焼いた美帆は桜子をいい気になっていると追い込み、自ら命を絶つように仕向けた。錯乱した桜子は、命を落としかけるが一命を取り遂げる。

 それを知った高校を卒業していた先輩たちは焦りを感じていた。先輩たちは、優斗の貢物として桜子を弄んだことがあった。それが表沙汰になれば、刑事罰が待っている可能性もあると。先輩たちの更に先輩の町の有力者に相談した結果、桜子を拉致し、失踪扱いで幕引きを図った。その計画は、火の後始末から監禁場所の倉庫が焼け、そこから衰弱した桜子が逃げ出して新たな展開を呼ぶ。疲労困憊で衰弱していた桜子は、寒空の中、さ迷い歩き、公園で力尽き、低体温症のため遺体で発見される。

 外傷がなく自殺として片づけられたが、桜子の母や支援者が騒ぎ、大臣をも動かす事件となった。世の中が忘れ去るように桜子の事件も何ら追及の手は打たれず幕引きの方向で進んでいた。


 「こいつら、糞ね!」と麗花は憤慨していた。「でも、そんなふたりがなぜ、ここに」「それに最後に見た海底に沈んでいくふたりのいような姿は何だったの?」「さらにこのふたりの死に審議する側の役人が関わっている?」麗花は幾つもの疑問に心を掻き乱されていた。


 ホワイトボードに「話は付いている。ふたりを渡し船に連れて行け」との指示が映し出され、麗花は行動に移した。彼らの順番が来るとふたりは揺れの最もひどい最後尾の席に座らされていた。その席は、船から放りだされてもはぐれないように足枷が付けられ、仮に川に落ちても荒波を受けながらも引っ張られて審議場へ辿り着くものだった。

 遠ざかる船を見て「ああわ、なりたくないわね」と麗花は虚しさを口にした。


 審議場に着いた優斗は、審判を受けた。


 「そなたは、随分、おなごが好きなようじゃな。では、願いを兼ねてやるわ。思う存分、愉しむが良い」


と、閻魔大王が結審を行うと左手の人差し指と親指を擦り合わせお札を作り出すと、ふっと息を吹きかけた。お札は優斗の額にピタリと張り付いた。そのまま誘導員に連れられ、門を潜っていった。閉った門のどこからか、お札だけがひらりと舞い降りてきた。そこには、「ミツバチの雄」と記されていた。


 交尾するために生まれてくる雄蜂。雄蜂に針はなく、刺さない。働き蜂の牝蜂から餌をもらって生かされる。女王蜂は複数の雄蜂と交尾するが、ほとんどの雄蜂は交尾できない。繁殖時期を過ぎてると雄蜂は、働き蜂によって巣から追い出され、戻って来ようものなら「この用無し」と乱暴に扱われ中には入れて貰えない。餌の取り方を知らない雄蜂は、そのままのたれ死にするかスズメバチの奇襲に会い命を落とす。当然、優斗が生まれ変わる雄蜂は、交尾も出来ず死ぬ運命にある。閻魔大王のなりの粋な計らいかも知れない。


 続いて美帆が審議に掛けられた。


 「そなたの精神的育成に不備があった。よって今一度、機会を与える。ただ、苦労を苦労と思わず真っすぐ進むことが条件だ、と言ってもその記憶はあるまい。まぁ、非正規軍の更生を試すものとする」


 美帆は誘導員連れられ、今一度初期化され、人間として生まれ変わることになった。麗花には、審議の報告は一切なされないのが通常だった。


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